美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

引っ越しまでの…… 店主、懐かしの我が家


 日は進み、シエラ一人きりでは入らせない倉庫の中の物の荷造りを少しずつ始めていった。
 しかし難問が店主とセレナの前に大きく立ちはだかった。

「こんなにたくさん数が増えてきたからどんなふうに送っても目立つと思うのよね。何度も同じ場所に送ることになるし、配送の人を何度も呼ぶことになるし」

「かといって一度や二度じゃ運びきれない。無理にやろうとすると動物車を何台も用意しなきゃならん。大所帯のキャラバンかっつーの。どのみち発送元も送り先も一か所なら遅かれ早かれ目についちまう」

 店の物をすべて運ぶ時少しずつ送るにしても一度に送るにしても、勘が鋭い者達は必ず気付く。ましてや客のほとんどが冒険者。勘の鈍い者は依頼達成を失敗させたり戦場で命を落としたり、早々と引退するものである。
 ところが常連客には実力上位の者も多い。
 そんな者達の目を避けることは至難の業である。

「転移魔法使えたらいいけど、冒険者の誰も使えない魔法だしねぇ。それ以外の魔法は使用禁止。力技で運ぶしかないのよね」

「ちょっと待った。店のドア使えねぇかな?」

「店? ここの?」

「あとは向こうが更地になってなきゃ、この手は使える。ただあれから二十年。俺を知ってる奴は、俺の今の姿を見て驚かねぇ奴はいねぇ」

 セレナの表情は明るくなる。

「それよぉ! 大丈夫! 使えるわ、その手!」

 ある意味能天気。
 店主がセレナを評価する中での一文である。
 そんな能天気の奴に任せて大丈夫か?
 そんな不安がよぎる。

「今回ばかりは猊下様様よね」

「猊下って言葉に様はつかねぇだろ」

「それだけ今回ばかりは猊下に感謝よっ」

 店主はセレナから、大至急余所行きの恰好になるように急かされた。

 ─────────────

「いらっしゃ……あら? え? ひょっとして、社長? ……って、元社長ですね。どうなされました? 先日引継ぎが完了したばかりでしたでしょ? 忘れ物ですか?」

「おや、後ろの金髪の女性は……。あぁ、いつぞやの。お元気そうで何よりです、しゃ……って、今では私が社長と呼ばれる立場でした。慣れませんな、何とも」

 セレナに背中を押されて店主がやって来たのは、店主が生まれ育った日本のとある田舎にある『天美法具店』の店舗。
 店主の姿を見た九条が驚きの声を上げる。
 同行していたセレナの姿に挨拶をする東雲は、長い議論の結果店主の後を引き継ぎ、代表取締役社長の肩書を持った。
 店主にとっては二十年以上も足を運んでいない場所。
 しかしセレナが思い出した転移の特性と、ウルヴェスから受けた店主への褒美の効果があればこそ出来た行動である。

「あ、あぁ。ちょっと伝え忘れたことがあってな……実はこの……セレナって言うんだが、彼女と一緒に暮らすことになってな」

『天美法具店』の代表取締役社長になった東雲とその補佐の役目になった九条が目を丸くする。
 店主の私生活についての話は全く出ない上普段と変わらない振る舞いだったので、交際相手がいるなどと夢にも思っていなかった。

「ご結婚ですか! おめでとうございます。式はいつですか?」

 普段の落ち着いた姿勢が全くどこにも見当たらない九条。それだけ店主の事を喜んでいるのだろうが、うれしいような気もする。しかしやむを得ないとはいえ、異世界の存在から力を借りていたこともあった事実を隠していたことへの申し訳なさも感じる店主。
 そしてさらにセレナから出された案も持ち出さなければならない。
 二十年ぶりに感じる、これまで従業員達に黙っていた心苦しさはその罰か。ならばそれも受け入れなければ物事の筋は通らない。

「あ、いや、そこまではまだ話は進んでいないんだが、その外のトルマリンなんだが……」

「え? 何か問題でも?」

 セレナが最初にこの世界にやって来た時に、一緒に落ちて来て、「天美法具店」のショーウィンドウの前にいまだに鎮座し続けている。
 店主の感覚では二十年前の話。しかしこの世界ではほんの数か月前の話である。
 当初は店にとっては迷惑以外何物でもなかったトルマリンの塊だが、その珍しさゆえに見物する者も増え客足もついでに増えていった。
 今では商店街の名物の一つとして、従業員ばかりではなく商店街の人たちからも歓迎されている。

「実は、ちょっとした成り行きで判明したんだが、このセレナの所有物らしくてな」

「今までご迷惑かけて大変申し訳ありませんでした。私共もあのヴ……とるまりんを探しておりましてあの塊を道すがら視認したのですが私共の物という確証がありませんでした。テンシュ……元社長でしたか、がここを勇退されるという話を聞いて、それからさらに詳しく話を伺ったところ、間違いなくこちらの所有物であることが判明しまして……」

 東雲と九条は驚いた顔を互いに向き合わせた。
 誰かの持ち物である可能性も、今まで考えないでもなかった。空から降ってきたり落ちてきたりした形跡もない。
 持ち物が判明したのなら返却するのが当然だが、この場合は返却ではなく撤去である。今は受け入れているものの、初めて見た時は迷惑千万な存在だったからだ。

「お……私の気持ちはみんなと同じだと思う。アレのおかげで客が増えたのも事実だからな。だからいつまでも残ってもらいたいという気持ちはある」

 東雲と九条はやや安心した顔。しかしセレナの出方が分からない。

「私からはお詫び申し上げて撤去するのが物事の筋を通す方法なのでしょうが……」

 しかし現在もその恩恵を受けている物がなくなるということは、その影響のが店ばかりか街にまで及ぼしていることを考えると、どうしても引き留めたい二人。
 その事情をセレナに説明をする。
 それを聞いたセレナはなおさら申し訳なさそうな顔になる。

「ならばお願いがあるのですが、聞き届けていただけるならそちらにお譲りしましょう」

 不安な顔から安堵、そしてまた目を丸くする顔になる東雲と九条。
 あんな大きな物を譲るその条件を持ち出されては、何を言われるか分かったものではない。

 店主はその二人の表情を見てやや顔を緩めた。

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