美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

依頼・依頼人の壁 1


 多くの国民達の関心を持つ競技大会の賞品を作ってほしい。
 それは、その競技大会で使われる道具。

 法王からの依頼の内容を端的に言うとこれである。
 しかしその仕事はとにかく壁の連続である。

「あぁんのジジィ、気軽に言ってくれてよぉ……」
「でも、面会はいつでもできるって約束してくれたよね。……口約束なのが心配だけど……。でも間違いなく約束は守ってくれると思うけど」

 セレナは店主の慰めにもならないことを言う。
 依頼主に会ってどうするのか。
 会って店主の状況が変化するとしたら、依頼撤回くらいである。
 もちろん店主はそんなことは考えもしない。

「……にしても、あのジジィがやってることは、宝石職人の俺に道具作製を依頼しに来たことだけじゃねぇか。それでできた完成品とあのジジィがどんな関係が……」

 そう言いながらセレナの方を向く。
 セレナは暗い表情をしている。
 憧れのお兄ちゃんであるウィリックを失ったときはそこまで暗い顔をしていなかった。むしろ仇討だなんだと鬼気迫る顔で立ち上がるほどの気概はあった。

 しかしそんなセレナを見る店主の顔は驚きに満ち溢れていた。
「な……何で気が付かなかった! ここよりもたくさんあるに決まってるだろう! それに法王からの褒美だったら、法王もそれなりに身を削ってもらわなきゃ意味ねぇんだよ!」

 いきなり言い出した店主にセレナは追いつけない。
「ちょ、ちょっとどうしたの突然。何か思いついたの?」

「今から首都……えーと、何て名前なんだ? あのジジィんとこに会いに行く! 動物車とやらを手配しろ!」

 思い立ったが吉日とばかりに立ち上がる。
「え、えーと……王都ってことよね? オルデン、そして天流法国首都、ミラージャーナ。法う王に会いに行くってことは、皇居よね? えーと、無理、なんだけど」

 一瞬の間をおいて、店主は聞き返す。
「……無理?」
「うん、無理。車引っ張る動物が死んじゃう」

「……どうすりゃ行けるんだよ?」
「竜車の業者に頼むの」

「あんのクソジジィに会いに行くっつってんだろ! 頼む先は何でもいいからとにかく今すぐに会いに行くっての!」

 細かいことに拘ってる場合ではない。
 ウルヴェスからは一年という期限だったが、店主自ら決めた半年という期限を考えれば、一刻も無駄にしたくはない。

「い、今すぐには会えないかも……」
「何でだよ! お前、国からの調査員と毎日調査に出かけてただろうが!」
「あの人達村役場に滞留してたから」

 まさかまた何か壁があるのか?
「……ひょっとして……。王都とやらまでにどれくらいかかるんだ?」

「竜車で片道三日くらい」

 店主は眩暈を起こした。

 ─────────────

「せっかちにもほどがあるわい。昼間に別れたと思うたらどうしたんじゃ、急に呼び出ししたりして。いつでも会えるとは言うたが、いつでも呼び出せるなどと思ってほしくはないんじゃがな」
「黙れやクソジジィ! 会おうと思えばいつでも会えると思ってたよこっちも! まさかここからそっちまで片道三日かかるなんて思いもしなかったぜ! 俺だってアンタとそっちの住まいで会うつもりだったんだよ!」

 店主には、どんな手段でセレナが法王と連絡をとったかは不明だが、連絡が取れた直後に店内に現れたウルヴェス。
 セレナの言葉をきっかけに名案が浮かんだ店主だが、なかなか思い通りに事が進まない。
 そのイライラを依頼人にぶつけている。

「ワシに比べりゃ、ホントにまだまだ子供じゃの。で、ワシと皇居で話をしたいと? ここじゃできんことなのか?」
「向こうの方が都合がいい。だがいきなり現場に連れて行ってもらうのもなんだから、筋は通しておきたいこともあるし落ち着いて話せる場所がいい。ジジィの部屋でもいいが、依頼が公に関することだ。他人の目があった方がいいな」

 できれば人に聞かれない場所で話をしたい。
 そう持ち掛けて来る者が多い中で、逆に衆人環視の中で話をしたいというその内容にウルヴェスは興味を持つ。

「よかろう。んじゃ連れてこうか。嬢ちゃんも一緒でいいかの?」

 セレナは生唾を飲み込みながらウルヴェスに近寄る。かすかに全身が震えているようだ。

「あぁ。一緒の方が都合がいい。瞬間移動でもするのか?」
「いろいろ姿を変えとるよ。空に浮かぶ雲とか、翼竜になったりとかの。今回はテンシュ殿の言う通り、瞬間移動じゃ。何やら慌てとるらしいからの。ほいっと」

 いきなり店主達の周りの景色が変わる。
 夕日が沈みかけ、夜の街の明かりが方々で目立ち始める外にいた。
「え? 夜……だったか?」

 昼過ぎにウルヴェスと別れて巨塊の坑道で宝石を採掘。そして集めた宝石の塊を直方体にする作業でそんなに時間がかかるのも当然だが、店主はそんな時間の流れすら気づかずにいた。

「付き人に案内させるからここで待っておれ。王の立場を守る者達の目もある。それなりの姿にならんと何かと都合が悪いからの」

 店主の背後にそびえ立つ皇居がそこにあった。
「……でけぇ……田舎にあった斡旋所の鍛錬所なんか比べ物になんねぇ……」
「……力の分かるテンシュなら、きっと腰抜かすどころじゃないよ……」

 セレナの震えはさらに大きくなった。
 瞬間、店主は皇居からの圧迫感を感じた。
 何が起こったかを確認するため店主は再び皇居を見るが、外観は何も変わらない。
 ただ、その圧迫感はこの世の物とは思えないほど力の存在を表していた。

「……見慣れてたから忘れてたぜ……。初めてあのジジィと会ったとき、すぐにでも向こうの世界に逃げ込みたくなるくらいだった。が、逃げ切れることも出来そうにないと思った。損くらい怖かったのを思い出した……。セレナのこたぁ笑えねぇな……」

「テンシュ……」
 少しの間が空いて、セレナは店主に話しかける。

「なんだよ……」
「私、法王を見て震えてるのだけは、テンシュからバカにされたことはなかったよ……」

 セレナと共に視線を皇居に釘付けにしたままの店主はボソリと答える。
「何の慰めにもなってねぇよ……」

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