美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

嵐、到来 1


 翌朝、『法具店アマミ』の開店二時間前。
 ウィーナとミールは既にバイトの仕事を始めていた。

 ▽   ▽    ▽    ▽

「バイト代、プラマイゼロのペナルティは構わないんですけど、私達のチーム事情を考えるとそれはちょっと何とか思い直してほしいと言いますか……。妹の不祥事は姉が挽回しますので……」
「えー?! あ、あたしが悪いんだから、あたしが……」
「大岡越前みたいな展開誰も期待してねぇから。バイト代減らされたくなきゃその分働け」

 大岡越前と言われても何のことを言っているのかさっぱり分からない。キューリアへ助けを求めるような視線を投げかけるが、彼女も店主が何を言っているのか理解不能。お手上げ状態である。

「普段より早く来て、普段より遅く帰る。バイトの時間を増やせばバイト代を増やす理由にはなる。もちろんノーミスでだ」

 調査の仕事から帰って来たセレナはその騒動に遭遇。一部始終を聞いてちょっと不憫に思ったセレナは、二人にも朝食を用意すると言う。

「今度はこの朝食分とプラマイゼロじゃねぇか」
「私からの善意だからいいの! たくさん食べてね。私はまた朝から調査の方に協力してくるから」

 △   △    △    △

 このような経緯から早い時間からバイトを始めている双子。
 しかし最悪の事態を免れた二人の表情は明るい。

 前日のミスはミールの帰店時間が遅すぎたこと。
 しかしその原因は、その理由を店主が聞き届けなかった『ホットライン』にあり、彼らを代表して、帰り道を付き添ってくれたキューリアが平身低頭で店主とウィーナに謝罪した。
 そんな彼女に免じて姉妹は仲直り。店主は渋々ながら、その条件を満たすことでバイト料のマイナスを見送った。

 朝一番に客が来るのはわかっていた。
 それに備えて入り口の外を入念に箒で掃き掃除。
 そして店内も丁寧にきれいにする。
 迎え入れる体勢は万全。

 しばらくバイトから離れていたが、ブランクはさほど問題としなかった二人。
 あとは会計と帳簿の付け方さえしっかりしていれば何の問題もない。
 彼女達の仕事は、店主にはそれだけで十分だった。
 店主には、彼女達がそれ以外の仕事をする必要は感じなかった。

「いらっしゃいませー。お待っ……とと。いらっしゃいませ」

 朝一番に来た客への挨拶なのはわかる。しかしウィーナが変な挨拶をする。
 それは店主の伝言を受けた『ホットライン』ではなく、双子も、そして店主も初めて見る客。

 しかし予想外の客だからと言って追い出すようなことはするわけがない。
 だが予定の客なら、店主はしなければならないことがある。そうでない客が来たということは、それをする必要はない。
 そのように判断をした店主は、次の依頼客のための作業を続けた。

 双子は接客しようとするが、客との会話にしては常軌を逸していた。

「あぁ? トカゲ女か?」
「しかも二匹もいるぜ。普通の道具置いてあんのかここ?」

 この日の最初の客は、来店早々不穏なことを口にする男二人組。
 一人は一件カモシカの獣人族。そのような体毛に覆われて、足は完全なそれである。
 もう一人は人の姿をした、全身が魚の鱗で覆われている獣人族。

 双子の二人は自称でもトカゲと口にすることがある。しかしこの二人は明らかに侮蔑の口調である。
 ずんずんとカウンターに向かって進む。入店時は確かに何かを欲しがっていたようだったが、ウィーナとミールを見てから態度が変わる。

「えっと、何かご用でしょうか?」
「主に防具、武器、装飾品を販売しており……」

「うるせぇな。聞こえなかったか? 普通の道具は置いてあんのか? って聞いたんだよ、ト・カ・ゲ」
 魚の男の聞く姿勢が、端から双子の答えを求めていない。

「……店内に展示してある……」

 それでも怒りを堪えるウィーナは、自分の感情よりもバイトを全うすることを優先し、丁寧な言葉遣いを心がける。しかしそんな心がけとは別次元の行動をとる来客。

「だからうるせえっつってんだろうがよぉ。あるのかねぇのか聞いてんだ、このトカゲェ!」
 カモシカの男が頭ごなしに怒鳴る。

「あります」
「トカゲがやってる店にあるわきゃねぇだろうがよぉ!」

 ミールも姉に従って丁寧な口調で答える。だがカモシカの男はカウンターを力任せに叩いて威嚇する。

「なぁ、なんでトカゲがこんなもん扱ってんだ? 有り得ねぇだろ。そもそもトカゲの獣人族ってのは、頭脳労働には不向きな種族なんだぜ? それが何で店番やってんだ。目障りなんだよ、なぁ」

 この世界での一般的な常識らしいことを口にする魚の男が、静かな口調で文句を続ける。しかしその指先は相当イライラしているのかカウンターの上をトントンと執拗に叩く。

 双子は自分の立場を弁える。
 たかがバイトとは言え、店の看板を背負っている。それを汚したりするわけにはいかない。

 大体その手の言いがかりは、魔術師という職業に就いた時から言われ続けて来た。しかし全種族から見ても魔術師としての素質は決して低くなく、種族内でも珍しいステータスを持っている双子。誰よりも本人達がそれに興味があった。
 この双子の種族は特性上、冒険者の職業では戦士や剣士に向いている種族。それが魔力もあり、術も操れる二人。両立させたらいろんなチームから引く手数多かもしれないという期待が、そんな数多く降りかかって来た困難を二人で乗り越えて来た。

 そういう偏見があるのは当然知っている。だが今の二人は、その時と立場が違う。
 自分だけの事であるなら抵抗もするし反抗もする。
 だが店主や店主に迷惑をかけるわけにはいかない。

「なぁ、肉体労働しか能がねぇくせにこんなとこいるんじゃねぇよ。品物扱ったら傷物にするだろぉ? 俺らが買う予定の物片っ端から壊してんじゃねぇよ!」

 そう怒鳴るカモシカの男の握り拳は、彼らが言うところの傷がつく品物より先に、カウンターに窪みをつけそうな力で再度叩きつけた。
 その音よりも大きい呼び鈴が鳴ったのはその振動のせい。

 リンリンリンリンリンリン

 その呼び鈴の説明を受けていなかったウィーナとミールは、カウンターの上から突然の音に驚いて小さく飛び上がる。

 店主が一人で店番をしているときに作業にかかると、来客に気が付かない場合がある。
 そのためにセレナが取り付けた呼び鈴。
 その甲高い音は、集中して取り組んでいる店主の作業さえ止める。
 しかし他に店番がいるときには、それを使う理由がない。

 つまり今現在、バイトが二人もいるので、来客をほったらかして作業に集中しても何の問題もない。
 その作業がその音によって無理矢理止めさせられたのである。その不機嫌度は如何ばかりか。

「何か用か? お前ら」

 のそりと動き、カウンターまで移動した店主が低い声で客に威圧した。

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