美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます

網野ホウ

休店開業 の途中ですが、ここでいったん中断です


 カウンターから突然声をかけられた店主は素で驚く。
 それを見たカウンターの男は、珍しい店主の姿を見て小さく喜んでいる。

「うおっ! 驚かすなよ。呼び鈴鳴らせよ。キューリア」
「男女ばかりじゃなく、種族も区別はつけてほしいんだけどね、テンシュ。こんなゴタゴタの中ですいまないけど、友人を連れてきた。」

 『ホットライン』のリーダー、ブレイドがそこにいた。
 彼の言う通り、耳も尖っていなければ、背中に羽もついていない。腕は二本余計についている。
 
「あぁ、ご苦労さん。そのまま階段に上がりな。セレナの声も上から聞こえる。誰かの声マネだと思うから、セレナ目当てに行っても無駄だけどな」

 店主とまともに会話するためには、必要以上の苦労をするのはいつものこと。
 だがそんな店主の様子は普段と変わらないことに安心する。
 しかし彼と対照的に、その後ろにいる、一見ヒューラーに似た姿の男が不安げそうに店主を見る。
 ヒューラーとは違い、腕には翼はないが背中からあふれ出んばかりの羽が、彼の正面からも見える。

「……ブレイク、この人のこと? 確かに聞いた通り変な人っぽいが……」
「あぁ。だがやるときはやってくれる人だ。俺達も装備品の依頼を頼んでいるとこ。テンシュさん、紹介するよ」
「いや、勘弁してください。俺はノーマルだから」
「だからそうじゃなくて……そういうのはもういいから」

 ブレイドは普段通りの様子に安心した。確かに安心はしたが、それと会話のズレにも向き合わなければいけない気の重さも彼の心に同時にやって来る。

「ホントに大丈夫? この人」
 鳥の羽の男は胡散臭そうに店主を見る。しかしブレイドは店主への信頼は揺るぎないものになっていた。
「で、俺達『ホットライン』と共闘っていうか、共同で依頼を受けることが多いんだ。『クロムハード』って言うチームのリーダーでスウォード。彼らは渾名が呼び名になってる」
「スウォードです。よろしく」

 自己紹介を聞いた瞬間、店主は顔をしかめる。

「ヤバい。スウォードってば剣とか刀のことだろ。しかもチーム名が硬い金属か」
「え、えぇ。何がヤバいんです?」
「覚えやすいじゃねぇか……忘れづれぇじゃねぇか!」

「何忘れようと頑張ってんだ、店主! ホントお願いだからそれもういいってば」

 突然しばらく無言の時間が三人の間で流れる。

「……何してんの。いや、だから上に行くんだろ? 何突っ立ってんだお前ら」
「だからテンシュに用事があるんだってば」
「お前は今、友人を連れてきたとしか言ってねぇんだが? 昨日のセレナの様子見りゃ、励ましに来たって言う方が自然の流れだろうよ」

「お、おい、ブレイク。大丈夫かこの人?」
 ブレイクが店主を紹介するが、スウォードは半信半疑。しかし店主は一向に構わず、『ホットライン』からの依頼の最後の一人分の製作にかかる。

「俺に紹介するのもいいけどよ、まず、上」

 店主は作業机に向かったまま、後ろの階段の上の二階を指を差す。

「何か物騒なこと言ってんぞ。リーダー混ざった方が早めに収まるんじゃね? あいつ、昨日の今日だろ。落ち込んで泣いたと思ったら、激怒してるっぽいしよ。この世界での俺の役目はこれだけだ。新顔さんの依頼はこいつが終わってからにしてぇしよ。余計なことに首突っ込みたくもねぇし、新顔さんも一緒に連れてってくんねぇか」

「話に聞いた通りだけど、まさかそのまんまだとは思わなかった」
「けど、まぁ紹介した理由はほかにあんだよ」

 そんな会話をしながら二人は二階に上がる。
 上からの喧騒は続いているが、作業を始めた店主は気にならなくなっていった。

─────────────────

 作業中の店主の足首に何かがぶつかって来た。

「ちっ」

 集中して作業している店主の邪魔になった。一気に気持ちが分散する。
 足元に転がっているのは、金属板が筒状になったもの。その周りは宝石が散りばめられている。
 それを拾い上げ、一瞥しても何かが分からなかった店主は、しげしげと観察している。

「仕事の邪魔しやがって……。なんだこりゃ? 何の意味があるんだこれ……」

 その筒の両端は、その直径の差がほとんどない。材質の金属は当然固く、伸縮性はない。
 内側には柔らかい素材が張り付けられている。
「武器の装飾品か? いや違うな。内側か外側のどちらかにグリップのようなものがなきゃ意味がねぇ。……板に継ぎ目があるが……伸びたり曲がったり歪んだりすることもねぇ。そもそも武器に付けるんなら、武器そのものにつければいいんだよな。防具だったら……筒状で都合の良い防具もない」

 宝石の方に目を向ける。

「宝石の方で何か嫌ったんか。金属を動かす力がありそうだが……。塩を嫌う石? なんでそんなもん付けたんだ。色合いだけで選んだか? どこの道具屋……ってそんな効果とかわかるのは俺くらいか。ならこんなもん出来上がってもしゃーねぇか。あとは……?」

 電気や冷気に強い。風力に敏感になる。そんな力を持っている道具のように感じるが、宝石同士の相性までは考えられていないようで、さらに土台の金属とも不具合があるようにも感じられる。

 ただのオシャレならそれでもいいだろう。
 だが彼らは冒険者である。身につける物があるなら、ついでに何か効力を持たせる方が活動するには都合がいいはず。そして彼らは実力者である。そんなことは彼らの間では常識だろう。
 これが階段から転げ落ちてきたのなら、上の誰かの装備品か装飾品ということになる。

 鑑定を終えた店主は、何でこんな次元の低い物を所有しているのかと思いっきり力を落としている。
 階段から落ちてきたところは見ていない。だが勢いよくぶつかってきたことから、見なくてもそれくらいは分かる。
 すると、二階にいる誰かがこれの持ち主であることも、考えれば分かること。
 誰もが相当の実力を持つ冒険者。
 そんな者達が持つにしては、店主から見ればただの記念品かお土産の品物としか思えない。

「視たのは俺の勝手だけどさ……。あぁ、そういうのを見ることが出来る奴がいないから、あいつは俺を無理矢理この世界に連れ込んだのか……?」

 店内の時刻は九時半を過ぎていた。

「……こんなガラクタ、見たくもねぇや。しかも誰も取りにくるどころか探しにも来ねぇ。捨てちまっても俺には痛くも痒くもねぇが……。上に上がる気しねぇし、どうしようか……。……そう言えば俺、朝飯まだ食ってなかったんだよな……」

 店主は急に空腹を覚える。このままでは今日の作業は進まなくなる。
 普段は会話しているだけの間柄だが、体力に物を言わせて争い事をしているのなら、店主にとってそこはまさしく修羅場だ。
 いつものセレナなら、店主が空腹になったら物を食わせてくれる。
 だがあんな空気で何か食えるわけがない。何より用意しているわけがない。

 気になり始めた空腹感。時々怒号が飛び交っている二階はおそらく騒乱の現場。そして店主の気分を落とし込ませるほどのガラクタ。

「何で俺、今日ここに来ちまったんだ……」
 夜中の目覚めの時以上に気分を重くしながら、力のない足取りで階段を上る。


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