美女エルフの異世界道具屋で宝石職人してます
『天美法具店』の店主の後悔の始まり 9
固い笑顔で出迎えて、怒りを無理矢理抑え込んだ声で店主が対応する。
まさか知らない世界に無理やり連れ込まれるとは思ってもみなかった店主。
発作的に無理やり連れ込んだセレナ。
その彼女がここに来た目的は、再度店主を彼女の世界に連れ込む目的なのか、と店主が警戒するのも当然の事。
それでも従業員にもその怒りを悟られないように接客する店主の演技は見事としか言いようがない。
「いらっしゃいませ、どんな御用でしょうか」
「こちらはそろそろ閉店になるか思って来てみました。ご機嫌いかがですか?」
店舗の担当の九条と若手の一人で今日の販売の当番の大道(おおみち)泰雅(たいが)の注目を浴びる。
店主は一気に青ざめた。
初めて会った素性も知らない人物と、関わりを持っているように思われる。
知らない振りをしてもいいが、こうも親しげに話しかけられると、果たして誤解を解くことが出来るかどうかも怪しい。
セレナに、ここに来ないように念押しすべきだったと後悔するが後の祭り。
従業員全員、彼女を見るのは初めてである。そんな彼女の口からそんな言葉が出るということは、店主とはすでに顔見知りであることを公言したようなもの。
業務の担当が日によって違う若手達ならしょっちゅう来店していても、彼らが見たこともない客はいる。
だが九条は休日以外は常にここで仕事をしている。彼女が見たこともない客はいない。
せめて別の場所で出会ったように彼らに思わせ、彼女からこの店を遠ざけるようにする必要がある。
「や、やあ、セレナさん。お久しぶりですね。宝石の展示会以来ですかね。ここではなんですから、別の部屋でお話ししましょうか」
セレナに余計なことを言わせないために、大きめな声で捲し立てた。
なるべく不審がられずに従業員達に退社してもらい、セレナには速やかに波風立てずに出て行ってもらい、勝手にそっちからこの店に入らないように釘をさす算段を立てた店主。
まず応接室にセレナを案内し、自分抜きで退社前のミーティングの指示を出す。
滅多にそのような指示を出すことがないため妙に怪しまれ、セレナと二人きりで今朝の件の話を聞かれても困る。同じ指示を他の社員に出して、それは間違いではないことを伝える必要もある。
「あぁそうだ。九条さん、注連野さんに来客と自分の二人分のお茶を用意してくれないか? よろしく頼むよ」
来客との仕事の打ち合わせなどを担当する注連野(しめの)陵子は、先代が店主になった時に入社し、三十年以上勤務している。しっかり者の九条同様若手への指導や面倒も見てくれる、店主にとって有り難い従業員の一人。
九条と注連野の二人に同じ指示を出せば、疑われないうちに彼女を自分の世界に帰すことができると店主は判断した。
九条は店主からの指示を特に疑うこともなく頷く。
セレナを応接室に案内するため誰も見ていない廊下を歩いている間、ずっと店主は顔を怒りで歪ませていた。
応接室に着き、彼女をソファに座らせる。店主は何とかその表情を押さえるが、セレナは終始ニコニコしている。
間もなくノックの音。店主が返事をすると入ってきた従業員は九条に伝達した通り、注連野が入って来た。
店主とセレナの前にお茶を出した注連野に、店主はさりげなく声をかける。
「九条さんにも伝えたんだけど、ちょっと長めの話になるかもしれないから今日の最後のミーティングは私抜きでやっておいてくれませんか。戸締りは私に任せていいですから。これも九条さんに伝えてるはずですので」
「は? はい、わかりました。そうなると今日のみんなの帰りの時間は……午後七時半頃になりますが、社長に断らずに帰宅してよろしいんですか? 申し訳ありませんが戸締りの方はよろしくお願いします。了解しました」
店主からの指示を受け注連野は退室した。
これで当分セレナの事について怪しむ者はいない。
店主は部屋の四隅を指差して、セレナにアピールする。言葉が通じ合う術なしでは言いたいことが伝わらない。
セレナは店主の動作で何をすべきかを理解し、店舗にかけた術をこの部屋にもかける。
「お待たせしました。ところでこの部屋は……」
「まさか今日のうちに二度もお目にかかるとは思わなかったな。まずは……」
店主はイライラした顔をセレナに向けるが、彼女はそれを気にも留めない。
「今朝の事はすいません。でもホントにお礼を言いたかったんです。それと用件が一つありまして。ここのお店の前に置かれた塊なんですが、撤去する前にちょっと見てもらいたい石があって相談に参ったんです」
セレナにも魔力を判別する力はあるが、そのための時間はかかる。しかしセレナに比べたらほとんど時間をかけず、力を持つ石を的確に選別した店主の力。
それに惚れ込んで依頼に来たらしい。
店主は店主で考える。確かにあの塊はそのまま放置したら自分の立場はまずくなると。
店の責任者である以上真っ先に動かなければならなかったはずが、裏は取ってはいないもののある程度の事情を知ったばかりに、従業員の後手を踏んでしまった。
このままでは従業員から不満をぶちまける的になってしまう。
渋い顔をしながらもセレナからの要望を聞くことを承諾する。
「……で、何を見てもらいたいんだ?」
「えっと私のお店にある物なんですが……」
従業員全員は今、事務室での一日の業務の締めのミーティングをしている。
『天美法具店』の二階が店主の住まいなので。、従業員達がどんなに残業で遅くなっても最後の戸締りはいつも店主がしている。
だから今外出しても従業員達は自分を探しに回ることはない。仮に用件があったとしても、スマホに連絡が来る。
つまり、今セレナの店に行くために店舗のドアに向かっても、セレナの事について聞かれることはない。
それでも二人はなるべく気配を消して店舗に入る。
「あ、そうだ。今度はテンシュさんが作動してみませんか? 私もあの店の経営をしているんですが、本職は魔術師なんです。自分の魔法の確認も兼ねたいのでお願いできます?」
店主はやれやれと肩を竦め、説明を受けた通りの手順で二人揃ってセレナの世界に転移した。
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