季節高校生

goro

妨害





ぐったりとした表情で二年生教室から帰ってきた藪笠と鍵谷。




「アンタたち休憩しに行ったのよね?」


調理場で休んでいた浜崎は疲れたように顔を伏せる藪笠に尋ねる。
と、返答は薄ら笑いと一緒に返ってきた。


「ああ……………休憩というか………………………取り調べ?」
「いや、私に聞いても仕方がないでしょ」


浜崎は呆れたように息を吐き、視線を藪笠の隣にいる鍵谷に移動させた。


「……………………」


こっちは完全に意気消沈している。
休憩に行かしたのに疲れて帰ってくるとは、行かせた意味がない。


メイド喫茶はちょうど昼の時間帯に入り客行きも増えてきている。
交代で藪笠たちは戻ってきたはいいが、現状の二人を今入れて支障はないだろうかと思うのも事実。




(どうしよう……)


浜崎は、顎に手を当て考え込んだ。












その時。








ガシャン!! と皿が割れた音に続き教室の奥から突如、男の怒号が上がった。






「おい、どうしてくれんだぁ? 服汚れちまったじゃねぇか!」
「ご、ごめんなさい!!」




ガラの悪い、髪を金髪に染めた男が声を上げながらメイド姿の女子、島秋に詰め寄る。


「弁償だ弁償!! 結構高いんだよこの服。なぁ、今すぐ払ってくれるよなぁ?」
「で、でも私、今…」
「払えねぇってか? だったら今からちょっと付き合って貰おうか」


男はニヤリと笑みを作ると、戸惑う島秋の腕を無理やり掴んだ。


「ッ! は、放してください!!」


男の手を振りほどこうと腕に力を入れる島秋。だが女性の力と男の力、その違いは明白。
逃げようとする島秋の腕を男は力強く握り締める。


「ッ!」


じわじわと強まる腕の痛みに島秋は顔を歪め、教室内にいた浜崎や男子たちは急いで男を止めようと足を踏み出す。
しかし、




「おっと、悪いねぇ」


さっきまで客として椅子に座っていた男二人がタイミングを見計らったように立ち上がり、その行く手を塞ぐ。
両者の指にはシルバーの指輪がいくつもはめられ首筋には蛇の入れ墨が見え隠れする。


外見からの威圧感が、浜崎を含む生徒たちの動きを止める。






「おら、さっさと来い!!」


邪魔が入らないことを確認した男は、島秋を無理やり引き寄せ教室出口へ向かおうする。


「いやっ!!」


島秋は声を上げ掴まれた腕に力を込めるが、その手は離れない。
抵抗すらできず島秋は男に教室出口へと引き連れられて、






「あ?」




だが、直後。
男の動きが止まる。


教室出口、ドアの前で今にも飛びかかろうとする鍵谷を手で制し、顔を伏せた、


「………………」


藪笠芥木が出口を立ち塞ぐ。




「おい、何邪魔してんだ?」
「………………(四季装甲、春)」


男の声を無視して、藪笠は小さく呟きながら右手に力を込めた。
瞬間に身体から漂っていた雰囲気が変わる。
だが、男は全くとして気づいていない。




男は突き飛ばすつもりか口元を緩めながら足を進める。
藪笠は男のがら空きとなった懐を睨みつけ、後……少し。








特定の位置に来た瞬間に潰す。


「…………………」


藪笠の、その瞳が一瞬桜色に変わった。






直後だった。
















「調子に乗ってんなよ」


男の背後、藪笠の耳にその声が聞こえた瞬間。
シュ!! と、


「ッ!!」


音と共に、男の頬を細い銀色のリングが掠めながら通り抜け、藪笠はリングを難なく掴みとる。


そして、さっきとは違う、呆れた表情を浮かべながら藪笠は口を開く。






「あんま目立つなって言わなかったか?」
「心配しなくてもアニキの方が十分目立ってますよ」


コツ、コツ。
男の後ろから徐々に足音が近づいてくる。
男は眉間を寄せ、殴りかかる勢いで後ろに振り返ろうとした。


だが、その小さな動作をした瞬間。
シュ、と。


「ッア!?」


鋭い刃物に切られたような、肉が切られたような感覚が、飛んで来たリングにより出来た頬の傷に走る。


「………………ぁ」


男は、用心した動きでゆっくりと手の指で頬を触ると、そこから少量の血が指先にベトリとついた。


「な、ァ!?」




血が出たことに男は驚きの声を上げ、同時に掴んでいた島秋の腕を離した。


「あ…」


腕が解放され島秋は男から距離を取る。
そして、その後ろにいる人物に島秋は体を振り返させ言った。






「りゅ、竜崎さん……ありがとうございます」


髪にカチューシャをつけ、黒の皮ジャンにサングラスと全体が黒一式とした外見をする男。




「ん? ああ、気にすんな気にすんな」


竜崎牙血は口元を緩めながら、腰に片手をつけゆっくりと入れ違うように島秋の横を通り抜ける。




「り、竜崎……」


浜崎たちの行く手を止めていた男の一人がその名前を口にした。


「ま、まさか……竜崎ってあの竜崎牙血じゃ」
「竜崎牙血って、おい! それって確かに数十の暴力団を一人で潰したっていう、暴れ暴君のことじゃ」


行く手を塞いでいた男たちから次々と言葉が出てくる。


藪笠は呑気な口調で呟く。


「ああ、そう言えばそう呼ばれてたな」
「あ、アニキ……頼みますから古い傷口をえぐらないでくれませんか?」


苦い表情を浮かべる竜崎に藪笠は小さく息を吐き、足を踏み出し竜崎も今だ硬直している男の直ぐ側まで足を踏み出す。


「ぅ……………」
「……さて、どうしますか?」


竜崎はこの男の処分を藪笠に尋ねる。




「お前に任せる」


軽い返答を返し、藪笠は手に持つ輪を竜崎に返す。
そして、目の前で立ち尽くす島秋の元に足を進める。


「…………………はぁ」




竜崎は大きく溜め息を吐く、直後。


ガッ!! と大きく上げた右足を一気に男の背中に向かって放ち、男の体は出口前の床に倒れ込んだ。


「っァッ」
「他の奴もさっさとそいつ連れて出ていけ。今回だけは見逃してやる」


サングラス越しから竜崎は人睨みを他の二人にも向ける。
その男の二人は慌てて倒れ込む男を引き上げながら逃げていく。


竜崎の以前の通り名が予想よりも効果が出たようだ。




「………………はぁ」


竜崎はもう一度、大きく息を吐き、クルッと後ろにいる緊迫した表情を浮かべる生徒たちに向かって、一言口にした。








「サンドイッチとコーヒーを一つ頼む」


無邪気な笑顔を向け、堂々と注文を出した。
直後。




「空気読め」


ボコッ!! と竜崎の懐に詰め寄った藪笠の一撃が決まった。


「ぐはっ!!」
「全く………ほら行くぞ、後で食わしてやるから」


藪笠はそう言って倒れる竜崎の襟首を掴みとる。


「っな!? あ、アニ、首しまってます!!」


ジタバタと首を押さえる竜崎を、藪笠は無言で引きずる形で外へと連れていってしまった。












……………………………………………。
静寂が続く室内。


教室にいた皆が、嵐が去った、といった表情を浮かべる中、ただ一人。










「ぅーん、確か前に会ったよーな……」




鍵谷だけは竜崎の事を思い出そうと頭を抱えるのだった。


















「グギャ!!」


校舎裏、一時間前に笹鶴を反省させた場所に藪笠は竜崎を投げ飛ばした。


「…………まぁ、アソコにいたことだけは勘弁してやる」
「………痛い」


泣き言を言う竜崎を無視して藪笠は話を続ける。


「牙血、さっきの奴ら知ってるか?」
「? ………いや、知らないです」
「………………」


首を傾げる竜崎に藪笠は目を細目ながら、数分前の島秋との会話を思い出す。




『大丈夫か、島秋』
『あ、…………うん』
『…………………さっきアイツが言ってたこと、本当なのか?』
『………うーん…………………ううん。私、やってないよ』
『………………』
『あの人の横を通っただけで、当たった覚えも……………ないと思う』
『……………………そうか。悪かったな、変なこと聞いて』




自分のしたことに嘘はつかない。
島秋 花はそういう人間だ。
だからこそ嘘をついたとは思えない。




「牙血」
「はい、何ですか?」


服についた土を払い、竜崎は顔を上げる。


「さっきの奴ら、もし校内で見つけたら写真でも取って調べてくれ」
「? 調べるって、周辺とかで」
「……よく考えてみろ。お前の名前が普通の奴らの耳に入るわけがないだろ」


藪笠は携帯を使い、今さっき会ったばかりの笹鶴にも同様の内容をメールで送信する。




「いいか、わかったら俺に教えろ」


苦い表情を浮かべる竜崎に背を向け、パタンと携帯を閉じた藪笠は口を動かす。












「……面倒事は早めに片付ける」







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