季節高校生

goro

開始直前





準備期間、五日目。


文化祭開催まで後二日と迫った藪笠芥木のいる教室では、今まさに只ならぬ緊迫感が漂っていた。




「……藪笠、アンタは私を殺すつもり?」
「いいから食え」


藪笠芥木は無表情で進める。
浜崎玲奈の目の前、机の上に出された料理。






命名、鍵谷特製サンドイッチを!




「………………」


ごくり、と顔色を青くさせながら唾を呑み込む浜崎。
周囲には同じ仲間の生徒たちの姿があり、皆が鍵谷特製……。いや、デスクッキングの威力を知っている。




以前、家庭科の先生を三途の川に渡らせかけた、その現場を目の当たりにしているからだ。


「………………」


だから、誰も口を挟もうとしない。
自分に飛んでこさせないためにも、固唾をのんで見守るしかないのだ。


「………………」


そして、それは大食い女子こと島秋 花も同じだ。


ただ、一人。


「………っ」


緊張感に顔を強ばらせるデスクッキング発明者こと鍵谷真木を除いては。




(どうする………)


目の前に存在する外見を見繕ったデスクッキング。
その威力は今でも繊細に脳内に甦る。


大丈夫だ。
そう藪笠は言うがこれでもしアウトなら絶対に窓から突き落としてやろうと思う。




もう………、覚悟を決めるしかない。


「………い、いくわよ」


震える指先で慎重にサンドイッチを掴み取る。
今のところ、外見から見て危険は感じない。




しかし、安心してはいけない。


何故なら鍵谷が生み出すデスクッキングは外見とは別に中身がデスなのだ。


「……………ぅ」


サンドイッチを口元に近づける。
側ではこちらを凝視する鍵谷と島秋、見張りのように目の前に立つ藪笠が見える。




この状況から逃走は不可能。






「(……ぅぅぅ、どうにでもなりなさい!!)」


決死の覚悟。
ハムっ!! と、浜崎はパンと中身を噛み千切る。
次の瞬間。




「!?」


浜崎の両瞳が見開かれ、同時に全身が、ビクッと震えた。


やっぱりダメだった。
皆が目を瞑る。
だが、その時。


震えた浜崎の唇がゆっくりと開かれる。






「う、うそ………これ、買ってきたとかじゃないの?」
「……お前も大概ひどいな」


皆の目が点になる。
そして、その会話に対して一番に驚いたのは鍵谷だ。
口元を両手で抑え、嬉しさに涙を溜めた。




その瞬間。


「「「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」


教室一室から大音声が鳴り響く。












皆が感激している。
浜崎に対して、というよりも危機を回避できたことに対しての方が本命だろう。


浜崎は大きく息を吐き、ちょんちょん、と背中を見せる藪笠の肩をつつき、小さな声で尋ねた。


「ん、どうした?」
「……(アンタ、これ一体何日かかったの?)」


鍵谷の料理上達に藪笠が関わっているとふんだみたいだ。


「(…まぁ、その…い)」
「(い?)」
「(……い、五日ぐらい)」


………………………………………。




よく五日で出来たわね……、と苦笑いを浮かべる浜崎。
とはいえ、このままテーションが上がってしまった教室を放置しているわけにはいかない。


浜崎は騒ぎを抑えるべく教卓前に立ち声を上げた。




「はい、静かに!!」


剣道をやっているお陰か、気合いの入った一声は騒いでいた生徒たちの口を、ピタリと閉じさせ、静寂になったことを確認した浜崎は口を動かす。


「後二日で文化祭になるわ。今のところ、準備もあらかた完成してるし、後は教室内のデザイン強化と文化祭を成功させることだけよ。…………それじゃあ皆、気を抜かず頑張るわよ!」
「「おおおおーっ!!」」


皆が気合いを込めるように声を上げる。


文化祭開催まで後二日。




本番は直ぐそこまで来ている。


















茜色の夕陽が地上を照らし出し、時刻は五時を回っていた。


下校時刻のチャイムは既に鳴り終え、放課後の現在。
作業のため教室に残った生徒たちは、メイド喫茶に見合ったピンク色のカーテンなので飾り付けをしている。
そんな中、文化祭用の木材置物を完成させるべく金槌と釘を手に藪笠は制作に取り掛かっていた。
と、その時。
ちょん、と後ろから何かが肩をつつく。


「ん?」


藪笠は後ろに振り返る。
そこにいたのは、夕焼けの茜色を背景に立つ頬を少し赤らめた鍵谷の姿だった。




「はい……コレ」
「あ、ああ…………悪いな」


鍵谷から暖かいコーヒー缶を渡され、藪笠は少し躊躇しながら素直に受け取る。


「………………」
「………………」


教室内で作業する生徒たちを見つめながら、共に口を開けない藪笠と鍵谷。
だが、勇気を振り絞るかのように鍵谷は藪笠に振り向き、


「あ、その………」


小さな声で、精一杯の感謝を込めて鍵谷は言った。










「料理のこと、教えてくれて……あ、ありがとう……」












…………………………………。
一瞬、突然の事に反応し遅れてしまった藪笠。
慌てて口を動かす。


「あ、ああ。ま、まぁ、その…よかったな。…………認めてもらって」
「……………」


その言葉に、鍵谷は頬をさらに赤らめ口元を緩める。




浜崎や生徒たちに認めてもらったことは嬉しかった。
だが、………それよりも一番に嬉しかったことがある。
それは、




「うん、ありがとう!」




彼に、藪笠芥木に誉めてもらったことが……一番嬉しかった。


「…………」
「ん? 藪笠?」
「え、あっいや……」


茫然としていた藪笠の頬が微かに赤いのは気のせいか?




「……………」
「……………」


二人の間に和らいだ空気が流れる。
鍵谷はその心地よさに一層このまま……、と思った。


だが、














「野球部からバット借りて来ました!!」
「よし、じゃあ行くぞ! てめぇら!!」
「「「おおぉぉぉぉ!!」」」




離れた場所からそんな平穏には相応しくない会話が聞こえてきた。




「……悪い、浜崎に先に帰るって言っといてくれ」
「あー…………うん。その、頑張って」


言うや否や全力失踪で逃げ出す藪笠。
その数秒後に二十人ほどの鉄バットを握った生徒たちが、少年の跡を追い掛ける。








結果。
藪笠は数時間にげつづけるはめになり、帰れたのは夜の七時になった。
















薄暗い学校裏のごみ捨て場。
ゴミが詰められたビニール袋が沢山あり、片隅にはコンクリートの倉庫がある。


日中と深夜。
人があまり寄り付かない場所で、複数の男たちが居座る。
そして、その中でリーダーらしい一人の男が目の前の壁に背を預けている女に尋ねた。


「で、これをやればいいのか?」
「ええ、そうよ」


男の手にあるのは女に手渡された写真。
周りにいた男たちは、写真に写し出されたモノを見て、口笛や笑いを溢す。


「いいのか? 後輩なんだろ?」
「私は関係ないわよ。ちょっと上手いだけでいい気になってんだから」


男の言葉に対し、女は口元を緩めながら言う。








「高学年の私たちが、常識って物を教えてあげようってね」






写真。
そこに写し出されていたのは、少女。














文化祭に不穏な気配が近づいている。







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