季節高校生

goro

前触れ







静けさが増す、夜道の路地。
人通りが少ない分、静寂が日々漂う。
だが、


「な、何なんだよ!お前ッ!?」


震えた男の声が路地から放たれる。
それは恐怖と対抗心。二つが混じりあったような叫び。
腰を落とし立ち上がれない男は逃げるように手足を動かす。


しかし、その直後に、




「う、うぁあああああああああああッ!!!」


その場一帯に響き渡る男の声。
そして、男の声はその後に聞こえることはなかった。


















朝日が昇る早朝。
人通りが少ない道を浜崎玲奈は一人、走っていた。
つい数日前に言われた基礎練習。多少、納得がいかなかったがとりあえず続けているみたいだ。


「ふぅ………ん?」


一定のリズムで呼吸し、そろそろ切り上げようとした。
だが不意にある人混みが目に入る。


「何だろう?」


走るのを止め、人混み付近に足を向け歩き出す。
徐々に近づいていく内に人混みの声やその場の光景が見えてくる。
遠目からだが、どうやら事件らしい。
近くには警察車両と救急車が止まっており、周りの会話から殺人事件みたいだ。
人混みの後ろにいた浜崎は、その場に異様に飛び散った血痕に眉を潜めた。
が、その時。






「玲奈様」
「ッ!?」


突如。背後から聞こえてきた声に、ビクッ!! と肩を震わせる浜崎。直ぐ様後ろに振り返るとそこには、




「リ、リーナ!?…なんでこんな所にいるのよッ!?」


一般では見られない黒のタキシード姿の金髪ツインテール少女、リーナが腰に手をつけながら立っていた。
リーナは呆れながら息を吐き、


「それはこちらの台詞です。早く帰って支度しないと学校に遅刻してしまいますよ?」
「まだ朝の五時よ。十分間に合うわよ」
「何を言っているのですか。『まだ』ではなく『もう』です! 髪の毛の手入れや服のシワとりやら沢山」
「私は別に気にしていないわよ」


淡々とそう宣言する浜崎。
リーナは、ガクッと肩を落とし溜め息を吐く。


確かに浜崎玲奈という彼女かそういう所を気にしない傾向はあった。SPをやっている身として知ってはいる。だが、とはいえ一応はお嬢様。
いや、お嬢様でなくても一人の少女。
少しは気にしてもらいたい、というのが心境なのである。




「所でリーナ。そこの、何があったのか知ってる?」


話を変えようとしたのか、浜崎は後ろで集まる人混みに指差し尋ねる。


「まぁ、一応は………」


嫌々なのか眉を寄せながら苦い表情を浮かべるリーナ。
心境を言えば。






はっきり言って、教えたくない。








だが、


「リーナ」
「はい」


その表情を直ぐ様読み取った上で浜崎はニッコリと笑い、


「教えなさい」










結局、リーナは教えるはめになってしまった。


















時刻。朝の八時過ぎ。


「えー、藪笠は欠席だから」


学校チャイムが鳴り、席につく生徒たちを確認した担任教師が始めにそう口にした。


「先生。藪笠くん、また休みなんですか?」


すると、席についていた島秋は手を上げ立ち上がりそう質問する。
担任教師は小さく唸りながら、


「ええ、今朝学校に電話があったから。まだ風邪で休むって」
「そうですか……」


担任の言葉に静かに座る島秋。
彼女は心配していた。


別に風邪ぐらい誰だってひく。


当たり前だとわかってはいた。
しかし、島秋はそれよりも藪笠自身の事が気がかりでならなかった。






何故ならあの旅行の後、藪笠は未だに学校に来ていないのだ。
違和感を感じたのは旅行の帰り。正確に言えば鍵谷真木と一緒に洞窟から出てきてから様子がおかしかった。






普段と変わらない彼の仕草。
帰りも普通だった。
だがどこか辛そうな、そんな感じがした。




そして、気がかりな存在はもう一人。








「………………」


藪笠の隣席に座る顔を伏せた鍵谷だ。




彼女もそうだった。


あれから数日経つが未だに彼女から元気が見られない。
藪笠が来ないことと関係しているのだろう、がそれ以外にも何かあるふうに見える。










いったい、あの洞窟で何があったのか。


島秋と同様に浜崎もその事に疑問を浮かべることしかできなかった。


















学校の一時間目が始まると同時刻。




ブォォ!! と車の通りがすくない道路を走る一台のバイク。
赤い装飾のフレームを纏わせたようなそのバイクは学校から離れた人通りが少ない怪しげな建物が建つ道を走り抜け、ある一件の建物前で止まった。


「………………」


赤い装飾のバイクから降りた、赤いヘルメットを被る少年。
ヘルメットを取ったそこには、藪笠芥木の姿があった。




「………………」


目の前に建つ車屋らしき建物。
シャッターは全開であり、室内は外から丸見えの状態。様々な解体されたバイクや車、中には分解され中身むき出しのパソコンなど、解体途中の機材が散らばっていた。


端から見て、言うならばゴミ屋敷だ。




藪笠は呆れながら、室内に足を踏み入れる。
と、




「今日は休みだって表の紙にも書いてんだろ」




不意に聞こえてきた男の声。
奥からのそりと人影が起き上がるように現れ鈍い動きで近づいてくる。
店員。もしくは店長だろうか。しかし、藪笠は全く動揺すら見せず口を動かし、


「悪い、ちょっとコイツの調子を見てもらいたかったんだ」
「!?」


藪笠の声に、ピクッと人影が反応した。
さっきまでの鈍い動きが一気に素早くなる。


人影は走るように藪笠に近づき、そして太陽の光に照らされその姿は明るみに出た。






銀色のリングが何個もついた黒い皮ジャンを着た青年。
髪を後ろにやるカチューシャをかけ、前と両耳付近だけを残す変わった付け方をしている。
青年は藪笠を見るや嬉しそうに笑い、口を動かし言う。








「久しぶり、アニキ!」


















青年の名前は、竜崎牙血。
歳は笹鶴と同年代。
藪笠は竜崎に案内され、室内は入る。


最初、ゴミ屋敷だと思っていたが以外にも中はきちんと分別されていた。
車関係は右に、バイクは関係は左に、と青年自身分かりやすいよう配置してあり、奥は以外にも何人かはくつろげるスペースがあった。






「また笹鶴の奴、迷惑なもん作りやがって」


青年はぼやきながら赤い装飾のバイクを観察する。
手をつける所を考えているのだろう。




「一応、エンジンギアとか基礎は仕上げた。ただ笹鶴が作った仕掛けだけはわからなくてな」


藪笠は小さく溜め息を吐く。


「ああ。まぁ、笹鶴が勝手に俺の所から盗んだ設計図から作ったんで、わからないのも無理ないかと思いますよ」


それに、逆に理解されたらへこみます、と竜崎は小さく呟く。


「それにしても、笹鶴の奴。本当に作っちまいやがって」
「え?」
「アイツが盗んだ設計図は本当は未完成のままだったんですよ」


未完成。
その言葉に藪笠は眉を潜め、竜崎は横目でその表情を見ながら小さく笑った。


「だって乗り手の居ないのに生み出されてもかわいそうなだけじゃないですか。まぁ機械に心があるかはさておきとして」
「…………」
「だけど、アイツは。笹鶴は認めようとしなかった。『自分が作る』って言って盗んじまったんですよ」
「………………」


元気しか見せない彼女。
諦めかけたりもした。忘れようともした。だが、それでも彼女は最後の希望を信じ、作り上げた。


血と涙の結晶。


それがこの一台。


「俺も頑固だけど、アイツには負けるな。さすがにここまで完成させたんだ。最後は俺が仕上げますよ。いいですよね?」
「………ああ、頼む」




藪笠は小さな口調でそう答える。
竜崎は口元を緩ませながら、テーブルに置かれていたノートパソコンを開いた。


「そう言えば、アニキ」
「ん?」


赤、青、緑と奇妙な線をバイクに繋ぐ竜崎は背を向ける藪笠に呟くように口にする。


















「通ってる学校に、美羽のチビに似た奴がいるんですか?」












その一言。
一瞬にして辺りが沈黙に包まれた。


「…そうですか。笹鶴の奴が言った事は本当みたいですね」




質問に答えない事は正解みたいだ。
竜崎は小さく息を吐き、懐かしそうに壁に貼られていた一枚の写真を見詰めた。




どこかの工場で撮られた写真。
そして、その中に写った四人の人物。




未だに何も喋らない藪笠に竜崎は口を動かし、


「やっぱり、似せてるんです?」
「……………」
「………アニキ。分かってると思いますが、アイツはもう」


その先、その先を言おうとした。
だが、


「分かってる」


口上を遮り、藪笠がそう口にする。






言われなくても理解している。
似せている、それがないとは言えない。




だけど、


「なぁ、竜崎……」










それでも、




「美羽は何も悪くないよな」
「……………」
「アイツが自分を責める事なんてないよな」










その面影を見るたびに藪笠は許せずにいられない。


















「悪いのは、全部。俺のせいなんだ」
















救えなかった。
守れなかった。
弱かった。
何もできなかった、己自身が。
















許せない。













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