季節高校生

goro

夜日常





部屋の明かりだろうか。やけに眩しい。


「はっ!?」


パチッと両目を見開き体を起き上がらせる島秋。
辺りを見渡すと、そこは森の中ではなく見覚えのある別荘の二階のリビングだった。


「大丈夫、花?」


側では島秋が目を覚ましたことに気付き、駆け寄ってくる鍵谷の姿が見られる。
大丈夫だよ、と島秋は小さく笑う。
そして、頭に手を当てながら考えこむ。










籔笠芥木と一緒に肝試しに行きそこで突然、謎の少女が現れた。さらに、襲われそうになり、その後に衝撃が……。






「……………」


覚えているのはそこまでだった。


島秋は唸りながら苦い表情を浮かべる。
と、そこで島秋はある事に気づく。


「あ、籔笠くんは!?」


慌てたように辺りを見渡す島秋。
すると、突如。




「……………ああ、あのゲスの事?」


そう言葉を発し、殺気ともいえる禍々しいオーラを出す鍵谷の姿。
さっきまでの彼女とはかけ離れている。




「………ま、真木ちゃん?」


島秋はひきつった表情で声をかける。
と、その時。




ドンッ!!




一つの音。
一階の剣道場から聞こえてきた。
島秋は飛び出すように、その音が聞こえてきた場所。




一階の剣道場に走り出す。


















「…………………何してるの、籔笠くん?」


島秋は目を点にしながら尋ねる。


「……………見たまんまだよ」




眉をひきつり、そう答える籔笠。
そして、その隣ではさっき襲ってきた少女がいる。




変な組み合わせだと思う。
だが、それよりも変なのは……。












「……見たまんま、って。どうしたらそんな…………縛られた状態になるの?」




縄で手足を拘束された籔笠の姿。
一方の少女にいたっては正座姿勢。




さらに付け足せば、そんな二人を眉間にシワを浮かべながら見下ろす手に竹刀を持った浜崎の姿。


「…………れ、れな」
「ごめんね、花。勘違いとはいえ、危険な目に会わせて」


浜崎は小さく笑いながらそう謝り、直ぐに表情を切り替え冷たい目線が一人の少女を見下ろす。






「リーナ、説明してくれる?」
「……………」




リーナと呼ばれる少女は全身から汗をかきつつ、母親に叱られる子供のような顔をしている。


「…………警護はいらない。私、言ったわよね?」
「……はい」
「……追跡も、待ち伏せも、全部却下って言ったわよね?」
「…………………はい」


浜崎の質問じみた言葉にただただ答える少女。




その異様な光景に島秋は縛られた状態の籔笠に近寄り尋ねる。


「籔笠くん、あの子……」
「ああ、何か玲奈のSPなんだと」
「SP?」


その言葉に島秋は思い出す。
以前、浜崎が話してくれた。
浜崎玲奈。
彼女はどこかの財閥の一人娘であり大切に扱われる存在だった。


ただ、彼女自身はそんな特別扱いを望まず、財閥の支援を少しながら受け島秋たちの住む街にやって来た。
最初は皆から異論の声も出たらしいが、いつなんどき襲われるかわからない財閥側より、都市から離れた街にいたほうがまだ安全だろうと、結論が出された。


そして、今回。この島に現れたSPという彼女も密かに雇われた者なのかもしれない。




何となく納得を自身の頭でつけた島秋。
だが、それはそうだとして一つ。
気になることが、




「でも、何で籔笠くんは縛られて」


島秋がそう言った瞬間。
ドンッ!!と。
二人の間を割るように、竹刀が振り下ろされた。


「ッ!?」
「え、え?え!?」


突然の事に動転する島秋。
すると、そんな彼女の腕を一つの手が掴み、籔笠から引き離すように引っ張る。






「花から近づくな、ゲス」


その手の主、鍵谷は眉間にシワを浮かべながら、そう吐き捨てる。


「ゲス、ゲスってお前」
「ゲスでしょ。普通、気絶した女の子の胸とか触る?」
「全くよ。春香さんの知り合いじゃなきゃ潰してた所よ」


さっきまで自身のSPに怒っていた浜崎も加わり、彼女ら二人は島秋を守るように前に出る。








籔笠が言うに実際は勘違いなのだ。




あの森の中。
二人運ぶのに困った籔笠は仕方なく彼女たちの腹に腕を回し、雑な持ち方で別荘に帰ることになった。
そして、別荘近くまで来た時。そこには鍵谷たち三人が心配そうな表情を浮かべていた。




と、いう所までは普通だった。


……どうやら、鍵谷たちからの目線では籔笠の腕が腹から胸に伸びていたふうに見えたらしく、その結果。
現在に至った。




「………籔笠、そんなに飢えて」
「違うって言ってんだろうが!お前らが勝手に勘違いしてるだけで触ってねぇ!!」


わざとらしくハンカチを目に当てて言う笹鶴。籔笠は歯ぎしりながら怒号を飛ばす。
と、そんな時、




「籔笠くん……」


その声に怒号を止め籔笠は顔を向ける。
……そこには不安そうな島秋の姿が、




「島秋………」


信じてくれ…、そう言わんとばかりに籔笠は彼女を見詰める。






数秒。時間が過ぎていく中、島秋の唇が動く。
そして、その口から発せられる言葉に籔笠は希望を抱いた。










だが、














「言ってくれれば……触らしてあげたのに…」
「ブハッ!?」


その言葉は希望すらなく地獄一直線。
あまりの事態に咳き込みながら表情を青白くする籔笠。


「「…………………」」


二つの爛々と光る視線。


それは地獄一直線というより死刑宣告だった。


















「俺、何かやったのか?……」


一言。籔笠は呟く。
今、籔笠の体は地下の倉庫で放置されていた。
あの場で助け船とばかり笹鶴の『取り合えず朝まで反省してもらいましょ』という言葉がなければどうなってたか分からない。
のそり、と腕と足を縛られた状態の籔笠はイノムシのように体を起こす。


静かな室内。
数時間前に見た一台のバイクには大きな布が覆い被せられている。




息を吐く音。
だが、それは一つではない。
室内の奥。壁際に佇む人影。




浜崎の命令により、籔笠を見張る。
SP。少女、リーナ=サァリアン。
リーナは、その力強い視線を籔笠に向けながら腕を組み、壁に背を預ける。
そして、少女は静かに口を開く。


「いつまでそうしているつもりだ」


敵意を持った口調。
彼女の中では既に籔笠は敵対的対象になっていた。


「……………」
「オマエなら、そんな縄引きちぎれるだろ」


その言葉の意味。
たった数分での死闘。その一撃一撃と受けたからこそわかる。




……この男は何かを隠し、偽りの仮面をつけている。


「……………はぁ」


重い溜め息を吐く籔笠。その直後。


ブチッ!と。
鈍い音が籔笠の後ろから聞こえてきた。そして、その音の発声場所には硬い印象のあった腕を縛っていた縄が無残に引きちぎられている。
籔笠は自由になった腕を動かし、続けて足を縛る縄を引きちぎる。








リーナはその籔笠の行動を静かに見ていた。
何分、力強い印象が強かった。
だが、それよりも微かに感じるものがある。
あの森の中で、見せた雰囲気。


それが微弱だが感じられる。


「………単刀直入に言う。オマエは何だ?」


リーナは手足が自由になった籔笠を確認し、あえてそう質問した。
彼女の目からして、籔笠芥木は人間と認識出来ない。


「私にくらわせた攻撃……普通の人間だったら、まず起きない」


あの威力。
手加減されていた事は薄々気づいていた。
だが、それでも自身のように鍛え抜かれた体をしていなければ、確実に何日間かは寝込んでいたかもしれない。


「…………」
「…………」




二つの視線が交差する。


どう答えるのか、リーナは緊迫した感情を押し殺し、待つ。
そして、やっと。異様な雰囲気を漂わせた籔笠の口が動く。


















「…………ただの人間だよ」


何の変鉄もない言葉。
しかし、それはどこ冷たく。
そして、孤独と。


そんな遺憾ともいえる感情をリーナは敏感に感じ取った。


「……………」






籔笠は何も答えない彼女を眺めながら、力を抜くように息を吐く。
そして、構うことなく足を進めた籔笠は目の前にある布の被せられたバイクに近づき、その布を取り払う。


そこに隠されていた一台のバイクのハンドルを掴んだ。


「……………?どこに」


しばし茫然としていたリーナはそこでやっと籔笠の行動に気づく。
だが同時にリーナの視線はある物に奪われる。


紅い、生き物を連想させる。全く見たことのない一台のバイク。




目を見開きながらそれを見つめるリーナ。
興味津々。だが、はっと自身の状況を思い出し、左右に頭を振りながら、心の中でそれは一旦閉まっておく。
リーナは主たる浜崎の命令に守るべく、籔笠を止めようと前に足を動かす。
と、


「この島一周するだけだよ」


背を向けた状態の籔笠はそう口を開く。
そして、


「何なら来いよ。見張りなんだろ?」


















籔笠の言葉通り、見張りという立場上ついてきたリーナ。
着いた場所は別荘から少し離れた岸沿いのコンクリートの道。


「ヘルメットは?」
「………一々うるさいな、お前も」


籔笠は呆れつつ、一つの赤いヘルメットを座席収納庫から取り出しリーナに放り投げる。


「ん?これは?」
「乗れよ。走って見張る何て無理だろ」
「………………」


ヘルメットを受け取ったリーナはその言葉に少し興奮じみた表情を浮かべ、頬を赤く染めた。












バイクに股がる籔笠、その後ろにリーナは座った。
冷静を装っているようだが、はたから見るに嬉しさで興奮している。
そんな彼女に籔笠は密かに口元を緩めつつ、エンジンをかける。


ブゥゥン!ブゥン!!と。
調子を整えるかのようなエンジン音が鳴り響く。籔笠はバイクの調子を確かめ、問題ないことを理解すると、


「舌、噛むなよ」
「ん?ッッ!!」


ブォォォォォォォォォォォォ!!!
リーナの確認無しにハンドルを回した。
その瞬間。
紅い獣が夜道を走り出した。






始点から遠くなるにつれ時速が上がっていく。
速くなるにつれて、吹き飛ばされそうになるリーナ。


笹鶴の言っていた100キロ。しかし、既にその時速は越えていた。
あれは籔笠を騙すつもりの嘘らしい。
時速が予想、180キロ。最速に到達した時には、既に島の周り。
岸側の中間辺りまで走っていた。








「(あ、そう言えば春香の奴、何か仕込んだって言ってたよな)」


不意に、籔笠はふと笹鶴の言葉を思い出し、ハンドルや時速メーター等辺りを見る。
すると、時速とエンジン、二つの計測器の間に赤く光った後から付け加えられたボタンらしき物がある。


エンジンをかけたことで点灯のスイッチが起動したのだろうか?




「これか?」


籔笠は、興味本意でボタンを押した。
その直後。


「え?」


ガゴッ!と。
音と共に異変が起こった。
まるで特撮を見ているかのように、前輪を守るフレームが左右に別れ、その間に入るようにタイヤが前に伸びた。
さらにリーナの後ろにある後輪のフレームもガシャッ!と、音と共に変形し小さな羽のような物が飛び出る。
青いパネル。ソーラーパネルだろうか。




驚きはした。だが何より一番に驚いたのは、


「……お、おい。もしかしてガソリンから電力配給に変わったのか!?」




ォォォォォォォォン、と物静かな音。
燃料を燃焼させて吐き出るエンジン音とは全く違うその音。
後ろから出たソーラーパネルから察するに、太陽光で溜めた電力を共通させているのだろう。




「ず、随分エコなんだな!」




籔笠の言葉を聞いていたリーナは関心と興奮。同時に二つの感情を抱く。
外人にとってこういう物は新鮮らしい。
しかし、そんな興奮する彼女の前いる籔笠は、




「いや…………これは不味い」




不穏な言葉。
え?と、リーナはその言葉に首をかしげた。








変化はその直後に起きた。


ォォォォォオオオオオオオオオオン!!
物静かだった音が段々と大きくなり、それにつられて時速が急激に速くなる。


180キロを越え、レーシングカー並みの馬力。












例えるなら、暴れ馬だ。




「ッぁ!?………」


下手したら本当に飛ばされる。
リーナは抱き締めるように籔笠の体にしがみつく。




籔笠はそんな暴れ馬の勢いに負けず、体勢を維持し、止めようとする。
しかし、


「なッ!?」


前方、目の前には大きな急激カーブが現れる。
知らなかったわけではない。




あまりの事態に忘れていたのだ。


「とッ!止まれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


急いで籔笠はブレーキを入れる。
だが、このままでは間に合わない。




籔笠は歯噛みながら、ハンドルを力一杯握り締める。


チャンスは一度。


海に飛び出る。その数メートル手前で籔笠は前輪を右に傾け、右端により、そして。


「ッ!!!」




流れ滑るように飛び出る手前で暴れ馬を左に一気に傾けた。
キキキキキイィィッ!!
岸を越える手前、そこから地面を引きずる音と共に暴れ馬は一気に止まる。
さらに言えば、




「きゃ…………」
「え?……………」




一人の少女の体がその勢いに海に放り出され、また一人の少年の体も助けようと追いかけるように飛んだ。












バシャン!!と。
こうして、二つの影が海に落ちるのだった。







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