双対魔導の逸脱者(ディヴィエイター)

goro

双対の平穏と不穏





第二話 双対の平穏と不穏


あの日、演劇部の事で騒ぎ過ぎた為に担任教師に追い出され、凹んでいた雪先に突然と来た魔法部への部活勧誘。
それから二、三日と時間が過ぎた今、演劇部に入りたかったと駄々をこねていた雪先沙織はというと、


「雪先さん、雪先さん」
「ぅぅん……ん、どうしたの?」


夕暮れ時の空き教室で、何ものっていない机に頬杖をつきながら寝とぼける雪先沙織。ちなみに、そんな彼女を起こしたのは隣に立つ女子生徒、ルトワ=エルナである。
初めは上級生だと思っていたのだが、実のところ雪先と同じセイヴァリアン学園の一年生、つまりは同級生だった。
そして、当の短髪ショートヘアーのルトワは頬を膨らませながら、未だ大きな欠伸をする雪先に対して眉を顰めている。


「また寝てたんですか? ここは一応部室なんですから、ちょっとは」
「ぅぅーん…だってー…」


完全に怠けきっている雪先は今怒られている立場である。
だが、そんな彼女は周囲を見渡しながら、思った事を何の躊躇いもなしに言い溢す。


「ここ、私とルトワしかいないし」
「ぅ!? ……そ、それは…その」
「それに、ここはセイヴァリアン魔術学園だよ? 魔術の学園だよ? それなのに今更、魔法をならおうっていうか、そもそも魔法部っていうのもどうかと思うんだよねぇ…」


ルトワに勧誘され、流れされるがまま入部する事になった魔法部。
初めは、先輩だの何だのがいるんだろうなぁ―、と思っていた気楽な考えを抱いていた雪先だったのだが…。


まさか上級生不在の一年生二人だけしかいないとは思いもしなかったが、同時に納得もいった。


そもそも、今の時代で魔法は古いものとされ記憶されており、わざわざそんなものを練習しようとするものはいないというのが現状なのである。
ルトワもそれを理解した上で、魔法部の勧誘活動に力を注いでいたらしいのだが、


「わ、分かってますよ! どうせ、魔法なんて古いことも、皆からシラケた目線で見られてることもっ、ぜんぶぜんぶ、知ってますよっ!!」
「……………いや、そこまで言ってないよ…? って、わかったわかった。ちゃんとするから。ほら…もう拗ねないの」


どうやら弄りすぎたらしい。
頬をパンパンに膨らませながら顔をそっぽ向けるルトワに対し、苦笑いを浮かべる雪先は慌ててご機嫌を取ろうと席を立とうした。
そう……椅子の真下に置いていた自分のショルダーバックの輪に片足が入っているとも知らずに、


「っわ!? きゃッ」
「え…ちょっ!?」


その直後。
ドン! バタン! ガラガラガラガラ!!! と立て続けにテンポよく音が鳴る。


正確に述べるなら、ドン! で雪先とルトワがぶつかり、バタン! で二人一緒に床に共倒れした。
そして、極めつけに、ガラガラガラガラ!! とたまたま教室前を通りか掛かった体育の教師が魔法部の様子を伺いにやってきたのだ。
…………さて、教師の目から見て、今の彼女たちはどんな風に見えたのだろう?




「…お前たち…確かにこの学園での相思相愛…恋愛について禁止といった決まりはないが……少しは自重を覚えておいたほうがい」
「「違いますよ!? 後、誤解したまま帰らないでください―――っ!!」」


数分後、何とか二人の説得もあって誤解を解くことは出来た。(ただ、体育教師のあの引きつった笑顔だけがもの凄く気にはなるのだが…………)


「全く……エラい目にあったわよ…」
「…言っておきますけど、雪先さんのせいですよね、あれって」
「………………(プイッ)」
「雪先さーん? 顔こっちに向けて下さいねー?」


何だかんだ騒ぎながらも、楽しく部活動を送る雪先とルトワであった。






◆ ◆ ◆






数日が過ぎた昼時、火鷹はいつものように昼食を取る為に屋上に足を運んでいた。
そして、屋上の扉を開くとそこには…


「ぁ……こんにちは、焔月くん」
「……またいるのかよ、お前」


屋上で使い魔と戯れる少女、妼峰アゲハはそんな彼を待っていたようにこちらに振り返り、微笑んだ顔を浮かべる。
肩には小さなショルダーバックが掛けられ、その中身が気になるのか鞄の周囲を泳ぐイルカの容姿を持つ使い魔、ヴァールはクンクンと鼻を鳴らしていた。
肩では同じ使い魔に反応して興味津々とピクピクと耳を動かすフラルがいたが、あえてそこには触れず、火鷹は溜め息をつきながら彼女と一定の距離を空けつつ腰を落とした。




あれから日にちが経ち、こうして彼女とお昼を共にするのが毎日の日課となっていた。
火鷹自身、本当は一人で過ごしたいと思っているのだが、対する彼女は毎回決まって同じ言葉を言う。


「そうは言いますけど、私だってここで昼食を食べたいんです。こんな綺麗な青空の下でお食事ができるですもん。火鷹くんだけそれを独り占めするなんて酷いですよ?」
「…ああ、そうかよ。だったら勝手にしてくれ」


このやり取りも、そろそろ疲れてきた。
小さく息をつく火鷹は手に持つサンドイッチを包む袋を破り、中に卵とハムが挟まれたそのパンを一かじりする。妼峰もまた同じように腰を落とすと鞄の中から柄物の袋に包んだ可愛らしく小さな弁当を取り出し、その蓋を開ける。
中身はご飯に卵焼き、ウインナーやポテトサラダと一般家庭に出てくるような料理の品が丁寧にその小さな容器に収められていた。
別にそこにおかしい所は見られない。そう――――――その弁当に対してはだ。


「……………」


妼峰アゲハ。
彼女は実のところでこのセイヴァリアン学園でも有名な貴族のお嬢様なのである。妼峰財閥という名の魔術師の家系でありながら、それに沿うように成績や運動神経、その他諸々は常に学年の上位に立つ、一般人が戯れることのない高貴な存在として噂されるほどの女子生徒なのだ。
にも関わらず、彼女は何故かこの屋上という場所に限って火鷹に積極的に声を掛けてくる。


「フラルちゃん、この卵焼きとかどうですかー? 美味しいですよー?」


しかも、いつの間にか火鷹の使い魔たるフラルの胃袋を掴んだらしい。
普段から人見知りもあって中々、周囲にこびを売ろうとしないフラルが小さく鳴きながらトコトコと妼峰の所に歩いてしまう始末だ。
火鷹は横目でフラルを抱き寄せる妼峰を一目見つつ、視線を頭上に広がる青空へと向ける。




そして、思った。
こんな偶然とした出会いからなるようになった奇妙な関係……それがいつしか和やかな平穏に変わってきていることに、ふと小さな疑問を抱くようになっていた。






昼食が終わり、屋上で妼峰と別れた火鷹は自身の教室へと戻るため一人肩にフラルを乗せ、中庭に差し掛かる廊下を歩いていた。
だが、そんな彼の目の前に、


「おい、卑怯者」
「……………………」


火鷹の行き先を遮るように、数人の男子生徒が待ち伏せをしていたかのように姿を現わした。
そして、リーダー格の男が先に前に出て、アゴを動かし、中庭から少し行った先にある校舎裏へと視線を向ける。
口を閉ざす火鷹は何も言わず、肩に乗るフラルをその手で廊下に下ろすと、言われるがまま数人の男子たちの後を追うようにその場所へと歩いて行く。




やがて、彼らは教師や生徒たちの目が届かない、校舎裏へ辿り着いた。
その直後――――――――前置きもなくして、数人の男子たちによる数の暴力が火鷹に襲い掛かった。


人間を蹴る音が。
人間を殴る音が。
交互に、校舎裏という他の世界とは隔離された場所で鈍い音を発しながら響き渡る。




ドン!! と校舎の壁に体を打ち付けられた火鷹の口から小さく掠れた声が漏れる。口の端が切れ、体のあちこちに内出血を起こした青あざが出来き、その体は酷く痛めつけられ、制服にはあちこちと傷が残っていた。
対するリーダー格の男はそんな彼の胸ぐらを掴み上げると、苦痛の表情を浮かべる火鷹に顔を近づけ、その巨悪そうな口を開く。


「なぁ、卑怯者。お前みたいなやつが、何んで堂々と妼峰さんと一緒にいるんだよ? お前とあの人じゃあ、身分の違いがありすぎるだろ?」
「……………ッ…ぅ」
「あの人とどうやって関わり合ったかは知らねぇが、お前目障りなんだよ。さっさとこの学園から消えてくれねぇかな? 本当に、お前を見てると吐き気がするんだよ。父親だか何だか知らねぇが、大層な使い魔を貰ってそれを俺たちに見せつけて………必死に魔術を習おうとしてる俺たちを馬鹿にしてるんだよな? だから学園からも消えてくれねぇんだよなぁ?」


火鷹が皆から冷たい目線を向けられる、その真の理由がそれだった。
人間は優秀な物を見て、憧れや劣等、様々な感情を抱く。この学園にとって、皆の注目を集めたのは火鷹自身ではなくその肩に乗る使い魔、フラルだった。
ヴァルスシステムを組み込んだ事によって、本来の使い魔たちには人格がない。例えそう見えたとしてもそれは使役する者の人格がインプットされた仮初めのものに過ぎないのだ。


だが、フラルは違う。
ヴァルスシステムを持ちながら、自我を持つ。


入学した当初にフラルが見せた動物らしい仕草がその証明になってしまった。そして、その事実に追い打ちを掛けるように今亡き父親がヴァルスシステムの創設者だという情報が全生徒に知れ渡ったのだ。
そこから火鷹の学園生活は一変し、最悪の日常へと発展するのにそう時間は掛からなかった。虐めや暴力、教師の目を盗んだ卑劣な行いが日に日に増していったのだ。
だが、そんな事態になってなお火鷹には譲れないものがあった。
目を見開き、額に青筋をたてるリーダー格の男子生徒。そんな彼に対し、皮肉な笑みを浮かべる火鷹は言う。


「…だ…ったら…」
「アン?」
「…お前が、アイツに言ってくれよ…。焔月火鷹に…もう、関わるな、ってな…っ」
「ッツ!!! 舐めてんじゃねえぞ、クソがああっツ!!!」


そして、その怒りの声が開始の合図ように再び数による暴力が再開される。
誰の目にもとまらない、非道な音が校舎裏で鳴り続けた。




その時間がどれだけ経ったか分からない。だが、地面に倒れた火鷹が空を見上げた時には、既に空は茜色に染まっていた。


全身ボロボロで立つのにはまだ少し時間が掛かる。
体のあちこちに激痛が残り、掠れた吐息を漏らす火鷹。そんな彼の元に、使い魔のフラルがそっと近寄ってきた。
使役者である彼を心配するように、瞳を潤わせ、必死に鳴き声を上げる。
そんな顔するなよ…、と火鷹はそんなフラルの頭を撫でながら、ふと心の底で譲れないものを思い出した。


使い魔という存在は魔術師であるからこそ使役する許可を貰える。
例えそれが亡き父の形見であったとしても例外ではなく、魔術師にならなければ使い魔は廃棄されてしまう決まりになっていた。


だが、そんな決まりを簡単に認められるわけがない。


(……父さんが残してくれたコイツを……廃棄なんて、させてたまるかよ…)


多くの傷をおきながらも、火鷹がこの学園に残る理由。それは、亡き父の形見であるフラルを守るため。
ただ、それだけの為に……彼はこの学園で生活していく……。
夕暮れが次第に夜へと変わっていく。
そんな空を見つめ、火鷹は痛む唇を開き、深く息をつくのだった。









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