異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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憎悪の焔





第七十三話 憎悪の焔




赤いコートを翻るがえし、地上に降り立つ一人の青年。
開かれた深紅の瞳には光はなく、ただ純粋な殺意だけが込められていた。
突き刺すような眼光は、ただ真っ直ぐと目の前に立つローブの魔法使いを睨んでいる。
その心には憎悪しかない。
青年は、一人の少女が願った祈りを食い潰した男を憎む。
優しさなど、もう消えていた。


そして、二年という歳月を経て青年。
鍛冶師ルーサーは―――――復讐者となっていた。






『…ルーサー、さん」


毒の進行によって苦しむアチルの口から漏れた、青年の名前。
ダーバスの攻撃によって窮地に陥っていたアチルたちを救ったのは二年前、剣都市インデール・フレイムでの事件を後に、今まで消息を絶っていた鍛治師ルーサーだった。
絶望を押し返す、新たな光の登場。
本来なら、その瞬間に歓喜の声が沸き上がるはずだった。
だが、その青年が引き連れてきたのは、息苦しいほどに濃く染まりきった殺意だけが込められた強烈な重圧だった。


「……………」


眼前を睨むルーサーは、軽い動作で周囲に浮かぶ火種を払うようにその手に持つ骨刀を振う。
その動きは、ほんの一振りの仕草だ。
しかし、その次の瞬間。
ドゥゥッツ!!! と、まるで爆風の爆弾を落とされたように、ルーサーを中心にしてその場一帯に強風という余波が起き、砂煙を巻き上げながら爆風が吹き荒れる。
後方に控えていたブロも顔を歪ませ中、ルーサーは一切表情を変えない。
さらには、後方で倒れるアチルに振り返る素振りすら見せない。
ただ、単純に。
眼前に立つダーバスを睨み―――やがて、その重い口を動かした。




「やっと、見つけたぞ」




それは背筋が凍るほどに、感情のない声色だった。
低く、殺気だけが籠っていた。
弱い生き物がその周囲にいたならば、その声を聞いただけで卒倒していただろう。
だが、そんな驚異を前にしてダーバスは笑う。
ローブの裏に隠れた瞳でルーサーの姿を見定め不適な笑みを浮かべながら、その口で挑発めいた言葉を返す。


『やっと、見つけた? クックク……勘違いもいいところだな』
「……………」
『逆だよ。お前が見つけれるように、態々出てきてやったんだ』


相手の神経を逆なでするような言葉だった。
もしこの場に以前の少年がいたなら、その言葉に少なからずも苛立ちを見せていただろう。
しかし、今の青年は違う。
全くとして表情を変える素振りも見せず、無言のまま前を見据える。
そして、その手に持つ骨刀の柄を強く握り締め、刀の峰に再び炎を灯した―――




「打現」




開始の合図はなかった。
その言葉が出た時点で――――――――戦況が動いたのだから。


「ッ!!」


目の前に漂う砂煙を切り裂くように骨刀が振り下ろされた、その直後。
空気を強引に切り裂く音と共に、ルーサーを始点に広範囲に向けた業火の炎が刀から放たれる。
空気を揺るがす轟音を引き連れ、波のように進む炎は観客席を埋め尽くす勢いで揺れ動き、地面の土が悲鳴の音を上げる。
熱気は周囲に影響を及ぼし、観客席の前に張られていた鉄の柵もまた、その熱に負け原型を崩れ落ちる。
誰の目からみても、その炎の直撃は確実な死へと繋がる。
そんな事は、誰かに教えて貰わなくても理解できることだった。
だが、


『クックク…』


眼前に迫る炎を前にダーバスは未だ笑い続けている。
そして、その声を打ち消すように迫り襲い掛かる炎は、逃げる素振りも見せない魔法使いを一瞬にして呑み込んだ。
ゴォォォォォォォォォォ―――!!! と、炎は勝利の雄叫びを上げるように空気を震わせ音を吐き出した。
だが、その炎の中心で――




『面白い』




次の瞬間。
バン!! と、内側から弾けるように大波の炎の一部分が弾け飛び、その中心でダーバスは怪我一つ負わずして健全と立っている。
足場には赤黒の魔法陣が展開され、そこから発せられた障壁が炎の侵入を防いだのだ。その為もあって、壁の外側にある炎は未だ地面を埋め尽くした状態のままだ。
そして、さらにダーバスは魔法を使う。
邪魔だな、と呟き、パチンと指を鳴らした瞬間。
地面の平面上に広がっていた炎が一瞬にして凍り付き、バラバラと砕け散っていく。
あれだけの高熱量を一蹴するその驚異的な力を震うダーバス。
障害となる炎を排除したダーバスは、自身の周囲にかけていた障壁を解き、一歩前に踏み出そうとした。
――その時だった。


『?』


不意に、足場となる地面に新たな影が差し込こまれている事に気づいた。
視線は、その影に導かれるように上空へと向けられる。
直後。






「翼王衝音・芭蕉乱舞ばしょうらんぶ




最初の攻撃を陽動だった。
炎の双翼を羽ばたかせ、炎が埋め尽くす地上の上を飛翔するルーサーは、自身の体を回転させながら刀身にためられた光から斬撃の刃を連続として放つ。
それは、カマイタチに似た光の刃を模した斬撃波。
空気の壁を次々と切り裂き、地上にいる男を一点に刃は目指し攻撃が突き進む。
また同じような攻撃か…、とダーバスは鼻で笑いながら、再び障壁を張る魔法陣を展開させようとした。
だが、その光の刃が至近距離にまで近づいた。
その時。


『…ッ!』


突如、ダーバスの動きが一変する。
ダーバスは、今まさに地面に展開しようとしていた魔法陣を破棄し、新たに手を前に突き出し、円上の魔法陣を展開して後方に回避した。
さっきまでの余裕めいた動きとはまるで違う、突然の行動。
時間がなかったのか、陣の大きさは小さくお粗末な物に見えてしまう。しかし、その陣の表面には微弱な稲妻が薄い膜を張るように纏われていた。
あの男がやることだ…ただの防御魔法ではない。上空を飛ぶルーサーも、その事を重々と理解していた。
しかし、それに怯えることなく光の刃は陣に立ち向かうように突き進んでいく。
そして、魔法陣に光の刃が接触し、激突した。
バチ――――ッッ!! と、刃が陣の表面に触れた瞬間、激しい音を上げ稲妻は自身に触れた存在を排除しようと行動を開始する。
それと同時に、光の刃が突如と輝かきを強めた瞬間、まるでその光に吸収されるように不規則に放たれていた後を続く複数の刃が急激に速度を上げ、助け合うように激突する刃に積み重なっていく。
徐々に大きさを膨れあがり、数秒して強大な力を濃縮された刃は巨大な凶器へと変化を遂げていた。
せめぎ合う稲妻と光。
魔法陣の表面に、ヒビが入り、そこから攻撃を保つ時間など数秒もなかった。
バキィンと音をたて、魔法陣は稲妻もろとも真っ二つに切り裂かれた。




(この技……セルバーストか)


冷静に攻撃の形態を分析し、ダーバスはその正体を瞬時に見抜く。だが、その対抗策を練る時間をルーサーは与えない。
遠距離から近距離へ、翼を大きく動かし急接近するルーサーは再び刀身に炎を灯し、さらにまた新たに黄色の光を混ぜ合わせていく。
急落下に合わせ接触するまでの数メートル。眼前に近づくダーバスに向けて、その手に持つ骨刀から更に強大な一撃を放つ。




「獣王衝音・咆吼無牙ほうこうむが




振り下ろされた刀身から直後、獣王の顔を模した咆吼の牙が振り下ろされた。
威圧による振動はその場一帯に地響きを与え、空気の振動を取り込みながら驚異的な破壊力を発揮する。
舌打ちを打つダーバスは、瞬時に転移魔法でその場から回避した―――


ゴォォン――――ッ!!!! と。
咆吼の牙が、巨大な顎で開け、その場所にあった地面を喰い千切り、地面に深々とした野獣の咬み痕が大きく刻み込まれる。






「す、凄い……」


ブロは視界の内で広がる戦場の光景に、そう言葉を呟いてしまう。
突然と現れたルーサーという青年もそうだが、その弱々しい骨刀から放たれる圧倒的な破壊力には目を見張るものがあった。
親しい仲で、タロットという称号の力を使うチャトという少女がいる。彼女の持つカードの中には、今目の前で繰り広げられる強大な破壊力を持つカードがあると耳にしたことがあった。
しかし、それをするには多大なチャージを必要であるとチャトは言っていた。
本来、大技にもなれば、それを溜めるための時間が要するのが基本だ。それは力の維持もそうだが、完璧な制御を確立させるためになくてはならないものだからだ。
しかし、目の前でそんな大技を放つルーサーの技全てには、チャージがない。まるで、その攻撃全てが、自分の手足のように動かし放っているようだった。
驚異的な象徴。
まさに、戦いを求める者にとっての理想。
目を奪われたといってもいいほどに、ブロの視線はルーサーに釘付けだった。
例え復讐に絡められた存在であろうとも、彼女はその姿に感嘆の声を漏らすことしかできなかった。


「はぁ…はぁ…ッ」


毒によって全身の動きが麻痺する中、アチルは自身の容態が未だ回復には至っていないことに苦い表情を浮かべていた。
だが、それでも意識を失う状態にならなかったのだけは幸いだった。
アチルは震える手を地面につけながら、上体を起こそうとする。だが、思うように力が入らない。


「ちょっと、まだ無理するんじゃないわよ」
「ッ……だ、大丈夫、です…」


ブロの手助けを借り、何とか背を抱えて貰う形で上体を起こすアチルは、痛みに顔を歪めながら、顔の前に持ってきた手のひらを見つめる。
毒の進行による肉体の悲鳴が今も自身を苦しめる。
龍脈ルートは今、体の緊急処置によって意志とは関係なく閉ざされている。
普段の状態に激減してしまったことによる影響は、彼女だけに止まらず、四本から元の一本に姿に戻った魔法剣ルヴィアスもまたその影響を受けていた。
ただ、ルートの封鎖によって、これ以上の毒の侵入はないだろう。
だが、龍脈を利用した特殊魔法はこのままでは使えない。
仮に強引に龍脈に手を出せば、下手をすれば術者自身に多大なダメージが加わることとなる。


「……ッ!」


しかし、ここで諦める。
その選択肢は、アチルにはなかった。
例え、龍脈が使えないとしても―――まだ自身には魔法という武器がある!!


アチルは地面に落ちた魔法剣ルヴィアスの柄に手を掛ける。
今、目の前で戦いを繰り広げる鍛治師ルーサーによって生み出されたアチル専用の唯一の武器。
その魔法剣を手に持ち、ダーバスに向けてその剣先を構える。
そして、背中越しでブロが見守る中、アチルは呼吸を意識しながらゆっくりと魔法を唱えていく。
背を支えてもらう、情けない姿。
だが、それでもここであの男を必ず倒す。その思いを動力源に、


「ジグル・アル…」


それは、かつて二年前。
一度としか使用したことのない魔法。
魔法剣ルヴィアスの刀身に魔力が注がれ、その刀身に氷を纏わせていく中で、アチルはその魔法の名を唱える。


「リヴァイアサン―――ッ!」










攻撃のラッシュは止まらない。
上空で空を飛翔するルーサーは、刀に込められた炎を何度も放っていく。
だが、転移魔法という回避を続けるダーバスに決定的な攻撃が通らず、刀の峰に灯る炎が荒々しく燃える、その姿がルーサーの苛立ちにも見えた。
そんな状況の中で、ダーバスは転移を続けながら密かに魔法を唱え、指先を上空にかざす。そして、次の瞬間。


「ッ!!?」


空を飛ぶルーサーの背後。
正確には四肢にあたる部分に突如、魔法陣が現れ、その動きを拘束する。


まるで十字架に縛り付けられたように身動きがとれない。今までの一方的に攻撃が止まり、ルーサーは自身の腕を拘束する魔法陣を睨む。
対して、ダーバスはそんな彼の姿を見据え、笑いながら言葉を口にした。


『少しは話す気になったか?』


途中で中断された会話をダーバスは再びルーサーと始めようする。
自身が未だ優勢に立つ存在であることを見せしめるように――――だが、






「……黙れよ」






ルーサーは、その言葉を一蹴した。
それと同時に異変が起きる。魔法陣に捉えられていたルーサーの肉体が徐々に炎へと変わっていくのだ。
それによって、物体という肉体をなくした炎によって魔法陣の拘束がすり抜ける。
炎の塊は、まるで意思があるかのようにさらに上、空に浮く雲を突き抜け、その炎の光によって雲の色が橙色へと染められていく。
そうして、数秒経ったその時。


『グゥ……ゥ…』


雲の内で、轟音に似た声が鳴り響く。
雲を抜けた青空の中で炎はさらに広がり莫大な巨体、新たな姿へと変化していく。
それは骨格がしっかりとした正確な実体化ではない。
だが、それでも頭と両手だけは、その異様へと変化することが出来ていた。雲の色がドス黒いものへと変色する。




そして、空の上。
雲を突き抜け、その姿が現実という世界へと姿を現わす。
その存在は、地上にいる全ての者に恐怖を与える存在――――




『……ほぉ』


ダーバスが感嘆の声を漏らす。
そんな状況の中で、空に潜んでいた存在が、その巨体を曝け出していく。
その手は、爪すら強靱な武器によって守られた装甲手があった。
その頭は、一角獣を思わせるような巨大な剣を生やし、顔全体が武器による装甲に被われた鎧の兜を模したドラゴンの頭があった。
その他の部位は、肉体が顕現されず炎による不安定な形でしかその姿を作ることはできなかった。
だが、それでも…その生物は空想上にある本物の存在だった。






かつて、この世界。
アースプリアスにとって最強と呼ばれた生物。
武装による鎧を身に纏い、ドラゴンの頂点と言われた存在。
その名は――――武装神龍エンバスタードラゴン。






『「ガガガガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――ッツツツ!!!!」』






その場一帯に広がる空間そのものに、その轟音は響く。
龍の咆吼は、銃都市ウェーイクト・ハリケーンを支配していた重圧を、たった一つの一声によって完膚なきまでに粉砕した。
重圧から解放された人々は始め歓喜の声を漏らそうとした。だが、その後で直ぐに上空の存在に気づく。
この世界に生物としてのドラゴンは、もう存在しない。
だから、初めその生物がどういうモンスターなのか、都市に住む者たちは理解できなかった。
しかし、それでも彼らの心を一種の感情が突き動かす。
それは、恐怖。
圧倒的存在が今、自分たちを見下ろしている。
このままこの都市にいてはいけない。本能の叫びによって徐々に動きを見せる人間たち。
そんな中で。龍の咆哮が再び放たれる。
それが開始の合図だったかのように、都市中に悲鳴が響き上がった。そして、それと同時に銃都市ウェーイクト・ハリケーンにいた人々の避難が始まることとなる。








目の前で初めて見た、ドラゴンの姿。
ダーバスは両腕を広げ、歓迎するような仕草で叫ぶ。


『クックク……ハッハハ!!!! そうか、そうか!! お前はついに、その身にまで昇り詰めたのだなッ!!』


その瞳に写すドラゴンの姿に、ダーバスは高らかな笑い声を吐き出す。
そして、その強敵に挑むように、その手を真下にある地面に振り下ろし、その瞬間。
その場一帯に巨大な魔法陣を展開されようとする。
展開の指定は闘技の広場一帯。
アチルたちのいる足場にまで大規模な魔法陣が広がっていき、線と線が広がりながら繋がり、魔法陣は着実と完成に近づいていく。
だが、その陣が描かれていく中で、




『「!!!!!!!」』




エンバスタードラゴンはその瞳の色を深紅に染めた瞬間、体を模した炎から連続として巨大な剣や刀が産み落とすように地面に向かって撃ち出されていく。
その矛先はダーバスではなく地面に展開されようとする魔法陣に対して。


ドドドドドドドドドッツ!!! と、轟音に続いて大量の砂煙を上げ、巨大な武器たちは地面を貫き砕く。


それは一瞬だった。
音と共に完成されようとしていた魔法陣は、その名も知らない巨大な武器によって完膚なきまでに破壊される。
さらに突き刺さった武器の表面から帯電していた雷が弾け飛び、発生と同時にその場にいたダーバスの体を拘束した。


『ッ…グッ…』


青白く激しい火花を弾かせる雷。
まるでそれが縄のようにダーバスの体に巻き付き、喉元を絡め、小さく声を漏らさせる。
それと同時に、エンバスタードラゴンは実体化の限界が来たのか、その姿は再び炎へと戻り、地面に炎が落ちた時には既にその姿が人間と変わらない、ルーサーの姿に戻っていた。
二本足でその地に立つルーサーは、骨刀の腹に片手をかざし、そこから深紅の光を刀身へとチャージしていく。
目の前で動きを封じた、ダーバス。
その男を、今度こそ殺す。そのため、ルーサーは憎悪に染められた瞳を向け、技の名を口にする。






「これで終わりだ………龍王衝音」






骨刀に莫大な炎と赤いオーラが交わっていく。
殺意と憎悪、感情を表現したような赤黒い光が禍々しい音を上げ高まっていく。
それと同時にダーバスの後方には、ブロに背を支えて貰うアチルの姿があった。そして、そんな彼女の手には魔法剣ルヴィアスを突き出され、いつでも攻撃が出来る構えを見せている。
魔法によってさらに強化を見せた魔法剣。
その刀身は氷によって支配され、小型化されたリヴァイアスの竜口が柄の上から剣を喰ったような姿をしている。


リヴァイアサンという強大な魔法をさらに練り上げ、剣元々にあった魔法と組み合わせた二重魔法。


絶対零度の魔力弾を放つ、魔法使いとしての最大火力を持つ武器を手にアチルは告げる。


「はぁ…はぁ……ッ…これで、終わりですッ…!」


両者から、挟まれる形となった窮地の状況。
ダーバスは身動きの取れない状態のまま、静かに顔を俯かせた。
この状況に諦めたのか? そうブロが思う一方で、ルーサーとアチルの二人には矛先を収めるといった選択肢は一切ない。
感情が漏れ出るように、殺気が両者から受けられる。
だが、その時。
ダーバスは、






『…クック……クク…』






笑う。
薄気味悪く、そして、聞いているだけで鳥肌が立つような声で。
さらに、口を動かし、男は言葉を続けていく。


『これで終わらせる? ふッ……そんな中途半端な力でか?』


まだこの状況で平然とした態度を取る。
その姿に、アチルとルーサーの眉間にさらに力が籠る。


『自らの力が既に最上にあると間違いする者同士、哀れだな。さらに言えば、それで私を殺せると思っている。そのことを含めても、お前たちには落胆するぞ』
「ッ……黙れ…」
『しかし、そうだな。……本来なら、ここまで手を煩わせるのは、こちらとしても疲れるのだが、……それも仕方がないか』
「黙れッ!!」


苛立ちを隠せず、怒りを露にするアチルの叫び。
ルーサーは声を荒げないが、それでも炎の質量がさらに膨れ上がったのが見て取れた。
この緊迫とした戦況で、どちらが有利なのか? そんな事は、誰が見てもわかるはずだ。
だが、そんな状況にも関わらずダーバスは笑う。
負け惜しみではない。
そう、今自身を殺そうとしている者たちに、その言葉で――








『感謝しろ。……私自ら、今ここでお前たちの力を底上げしてやろう』








力を与える、そう言ったのだ。
それと同時に、不意にダーバスの目の前に小さな魔法陣が展開された。
初め、何かの攻撃かと疑った。しかし、それに攻撃する意思はなかった。ただ単純に、魔法陣から出てきたのは、音を出すという機能だけだった。




ザザザッ……ザザザッ……、と雑音が続く中で微かにその他の音が混じる。






「ぁ……ゃ……っ…」






ザザザッ……ザザザッ――――と。
それは、雑音の混じった、生物の声に似た音だった。
さらに陣から漏れるその中には、加えて何かを噛みちぎるような音も含まれている。
聞かせるにしては、どうにも不始末な代物だ。
今、何故このような状況でそれを出してきたのかわからない。ブロは怪訝した表情で眉を顰め、


「何よ、あれ? …一体何がしたいのよ、アイツは…?」
「………………」
「ねぇ、そう思うわよ……ね……? ちょっと、ねぇ…どうしたのよ…!?」


ブロは、背を支えるアチルにそう言葉を投げ掛けようとした。
だが、その時。彼女は突然と体を小刻みに震わせる、アチルの異変に気付く。
今まで怒りや憎悪、感情を高ぶらせていたアチル。
そして―――ルーサーもそうだ。


「「…………………」」


二人は、声を発せずにいた。
その異変は、魔法陣から声が流れてきた、その瞬間から始まった。
全身の体温が急激に下がり、さらには長い時間、冷たい水中にいたかのように彼らの顔は血の気がひいた蒼白なものへと変わっていたのだ。
そして、ドクン、ドクン、と鼓動が早くなるのがわかる。喉の渇き、全身から吹き出る大量の冷や汗。
傍では、アチルの容態に戸惑いながらブロが必死に声を掛け続けている。
だが、それでも彼らの意識は既にもう……魔法陣から聞こえる音。
それ以外、頭に入ってこなかった。


短い時間の中で、異様な空気がその場を支配する。
次第に音から雑音を無くなっていく。
さらには、音に混じった声も、着実と鮮明なものへと調整されていく。




「…ちょっと、…これって…」


ブロは、その時。
その声が一体何であるのか、ようやく理解することが出来た。
それは生物、一人の人間。
少女の声だ。
聞いているだけでも悲痛な思いになるほどに、少女の声は必死に叫び………『助け』を求めていた。




『…ゃめって……もう…やめって…ぇ…!!』




音がさらに調整されていく。
鮮明に高く、響くように―――
音の中には絶叫が入り交じっていく。
そして、声によって、その状況がより詳しく魔法陣から流されていく。






『助け……誰か…助けてぇっ!!! ッアアッ!? うぁアあああああッ!!??』








二人の男女に対し、ダーバスは笑みを浮かべる。
悪魔のように、凶悪な笑みを浮かべながら。






『痛い……痛いょ……ぉ願ぃッ……だずけで……だずけ…でッツ!!』










そして―――――。
その魔法陣から聞こえてくる声は、はっきりと……一人の少年に助けを求め、絶叫を上げた。












『助けてぇぇっ……助けてよぉぉッ!! るぅ…るぅさぁーっ! ルーサーぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――っ!!!!」












ブツン、と魔法陣から音が切れた。
あまりに悲痛な叫びだった。
誰にも助けてもらえず、泣き叫び続けた声だった。
その場にいた者たちは、その訴えに何も言えず………、ただ言葉をなくすしかできない。
そんな中で、雷に拘束されるダーバスは、ゆっくりと顔を上げる。
両端が裂けたような笑みを浮かべ、




『さぁ……お前たち』




そうして、ダーバスは言った。
同じ人間だと思えなかった。満面に喜びを顔に浮かばせながら―――








『体がグチャグチャになってまで、ボロボロに泣きつくした町早美野里の声はどうだった? 聴いていて、そそる物があっただろう?』
「「                                                         」」










グツグツと、こみ上げるものがあった。
その音を聞いている間、それは永遠にも思えるように、高まっていた。
腹の底から沸き上がる感情。
それは何なのか、もう自身たちでもわからない。だが、それでも目の前で笑い続けるダーバス……いや、その存在が……殺したくて、殺したくて、殺したくてッ!!! 仕方がなかったッ!!


その直後。
ブロを後方に吹き飛ばすほどに、空にまで昇る爆風が二つの地点から巻き上がる。




一つは赤く、黒い龍オーラ。
もう一つは、青く、黒い魔力と龍脈の力。


「―――――ッ!!!!!!」


ルーサーは、歯を噛みしめた時、中を切ってしまったのか口の端からは血がこぼれ出る。
しかし、そんなことすら気にも止まらないほどに、全身が熱く、思考はもう何も考えられなかった。
だが、それでも、やるべきことは理解していた。


『――――ッ!!!!!!!』


アチルは口から、ドロリと吐血を漏らす。
龍脈の力によって、毒の進行が再び始まる―――――それが、どうしたッ!!
強大な力によって、周囲に圧倒的な破壊の影響が刻まれることになる―――――それが、どうしたッ!!




小刻みに震える体を突き動かし、アチルとルーサーの瞳孔が見開く。
握り潰す勢いで固く掴まれた柄からは、あまりの強さに皮膚から血が噴き出したのか、その血が柄を伝い地面に落ち続ける。
二つの光が高まり、爆風が闘技場の中心で台風のような砂嵐を巻き上る。
そして、莫大に溜められた破壊の一撃。


絶叫にも似た、激昂の叫びを連れ―――その一撃が振り下ろされる。




「『貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ―――――――――ッッツツツ!!!』」




再び龍脈を行き渡らせた、龍の一撃に匹敵する絶対零度の砲撃。
完全に理性を失った暴走によって、莫大に膨れあがった龍王の斬撃。


空間、地面、その前に遮るもの全てを破壊し尽くしながら突き進み、圧倒的な破壊の塊は、ダーバスという存在全て、一瞬で消し飛ばした。
そして、呑み込まれる形で衝突する力と力がさらに均衡し、円状の光となって広範囲に広がっていくのだった。






































消滅の瞬間。
ダーバスが見せた、笑みを謎に残したまま…。









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