異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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ルーツオーバー







第六十八話 ルーツオーバー




衝光の親であるシンクロアーツ、町早美野里を狙った敵襲との一件から数日が過ぎた今、アンダーワールドの防衛は再び改め、見直されることとなった。
今回はセリアの持つ称号の覚醒によって戦いは事なきを得たが、また同じようなことが二度三度とあるかもしれないとレムボートは考え、新たに魔法陣を強化するために今も手を尽くす最中だ。
危機は去ったが、まだ完全な安全は考慮されていない。
レムボートも急ぎ結界の強化に手を動かす状況が未だ続く。そんな最中で村から離れた洞窟奥地で、


「はぁはぁ、はぁ……っ」


町早美野里は体を屈ませながら膝に手をつけ、荒い息を吐く。
顔全体にはびっしりと汗が浮かび、ポタポタと頬から地面へと汗が落ちていく。瞳に入りそうになる汗を衝光ライフィニーモードによって機能を取り戻した光る右腕で拭い、呼吸を取り戻すため深く息を吐く美野里は、


「……アレのおかげっていうのは嫌だけど、……何とかいけそう、かな」


眉を潜めながら、そう呟き意識を落ち着かせ、四肢に溜まっていた無駄な力を抜いた。
彼女は今、村から少し離れた鉱石に囲まれた地表の奥地で手には武器一つ持たず、何度かその場所に訪れていた。
村の周囲には結界の役割を持った魔法陣が展開されているため、モンスターの侵入はその結界が破られる以外皆無に等しい。だが、一度外に出た洞窟内では強敵クラスのモンスターたち無数にその地に生息している。
本来なら武器を持たずして外に出ることは死に行くようなものと等しいものだった。しかし、そんな危険地帯の中でも美野里は一人その場に立っている。
呼吸と共に精神が落ち着いたのを見計らい、美野里は再び自身の内に存在する力を発揮する。
洞窟全体に広がる、無数と刻まれた大小バラバラ傷痕を背景にして――――――


「―――――衝光」


その傷がどうやってできた物なのか、その詳細を知るものは美野里一人として誰も、その正体を知る者はいない……。








時間が昼頃を回った頃、勇者の称号を持つセリアは目の前に広がる光景に目を見開いたまま茫然と固まっていた。
というのも、彼女の視線の先にはテーブル一杯に置かれた見たことのご馳走の数々がそこに広がっていたのだ。


「す、凄いご馳走ですね…」


彼女が今いるのは町早美野里が住まいとして住む宿の一室であり、さらに言えば室内の中央に置かれたテーブルの周囲にはファルトやチャトの姿もある。そして、さっきも言ったようにテーブルの上には四人前では食べきれない量の料理がずらりと並べられていた。
和食や中華といった料理の数々が皿の中を彩っている。この世界では見たことのない品に目を輝かせるセリア、その一方でテーブル前に人数分と置かれた椅子の上に腰掛けるファルトは、呆れた様子で溜め息をつきながら口を開く。


「あー、あんま気にすんなよ。この人、悩み事と色々ため込むと事決まって料理作りまくって気分を落ち着かせようとするんだよ。で、その後は作りすぎて余ったからって住民にお裾分けしまくって」
「ファルト、あんまりそこは攻めないでくれると嬉しいんだけど……」


彼の背後から新しい料理を皿にのせテーブルまで持ってくる美野里が頬を赤らめながら、事実なだけあって反論できないことに苦い表情を浮かべていた。
だが、そんな事を言うファルト自身もまた美野里の料理の美味しさは十分理解している。隣に座るチャトも目の前に出された食事に手を付けながら、


「でも美味しいよ?」
「……まぁ、そこは俺も認めてるんだけどな」


結果として料理は好評だった。
馬鹿にしてからの褒め言葉に対し、喜んで良いのかどうか迷う美野里は小さく苦笑いをつきながらセリアの隣に置かれた椅子に腰掛けた。
と、ファルトの横に座るチャトがそんな彼女に声を掛ける。


「あの、美野里さん」
「ん、なに?」
「えっと…これは一体何なんです?」


チャトが指さす料理は、豆のような物を纏めて一塊にしたものを天ぷらとして揚げたような品についてだった。
その料理もまたはこの世界に存在しない料理な為、彼女にとっても初めて見る珍しいものだったのだ。興味津々の視線を向けられ、初めはキョトンとしていた美野里も直ぐに小さく口元を緩ませながら料理の説明を始めた。


「えっと、それはプトパの天ぷらって料理でプトパっていうのはこの洞窟で生えてる植物から取れる実の事なんだけど、作り方は実を十分に茹でた後で卵と小麦粉…っていうか白い粉と混ぜた卵を順につけて最後に油で揚げたもので、それを」
「おい、チャト。そろそろ止めとかないとこの人ずっと料理の事で喋り続けるぞ」
「ッちょ、ファルト。邪魔しないで」


彼女の料理自体は味も美味しく、文句の付けようもない物なのだが、どうにもこのくだりに入ると決まって『料理についてのスピーチ』が始まるという問題が発生するのだ。
その長さも下手をすると一時間ものになる為、経験者は語るとファルトは話を中断させたのだが、未だ料理の探究心を衰えていない美野里にとっては話を邪魔された事に、ふてくされた表情を浮かべていた。
まるで子供が親に叱られ、不機嫌になったように頬を膨らませているのだ。
元々顔立ちに幼さが残っていた彼女がさらに幼く見える。ファルトはそんな彼女の仕草に正直、可愛い、と思ってしまった………と、そんな彼の隣で、


「……………」
「うっ……ご、ゴホンッ」


チャトから冷たい視線を感じる。わざとらしい咳をつきながら思考を一度すみに置くことにしたファルトは今一番に考えなければならないことがあることを思い出す。
そう、今話題を出すなら、それは目の前で今もバクバクと料理を口に溜め込み続ける、


「って、お前どれだけ食べてんだよ!」
「むぐ?」


勇者の称号を持つセリアが目の前にずらりと並んでいた品の三分の二をほぼ一人で食しているということのほうが一番の問題だった。
彼女が口にした摂取量は多く、普通の人が食べるであろう基準の量をとうに超えているのだ。おかしい、と思っても仕方がないことだ。
ファルトの隣に座るチャトは小さな唸り声をあげながら、


「これってやっぱり、ライフィニーモードが原因なのかな? 確かにあれって体力使うから」
「それって馬鹿みたいな力使ったから盛大に腹を空かしたってことか? いや、それにしたって明らかに食い過ぎだろ、もう軽く飯三人分は食ってるぞ、こいつ」
「うーん……まぁ、確かにそうなんだけど」


ファルトと話す中、実のところ内心でチャトも称号の力について疑問を抱いていた。
彼女自身が知る中で称号の覚醒は、称号の力を持つ者なら誰もがいつ発動するか分からない代物だった。
チャト自身も同様の物を持っている為、それについては十分に理解していた。
だが今、問題となるのは今まで見てきた称号とは何かが違う『勇者』という称号を持つセリアについてだ。
一度、魔王の称号を持つ少女によって重傷を負ったチャトは薄れゆく意識の中、セリアが持つ称号の力が覚醒した姿を目にしたことがあったが、それについても姿形が異形に変化したわけでもなく容姿その物が大きく変化したわけでもない状態で全身から放つ力の波動が凄いといった軽い印象を持つ物だった。
しかし、二度目に見せたセリアの、いや―――『勇者』ライフィニーモードの二段階となるその姿は全く違った姿をしていた。
容姿の変化もそうだったが、それよりも全身から放たれる力の波動から感じる重圧は以前とは比べものにならない強者の威圧を放っていたのだ。
さらに言えば、


(そもそも、ライフィニーモードに段階があるなんて、聞いたことがない…)


初めて見たその現象に対し、チャトは勇者という称号について深々と考えさせられる。
何が要因でそんな力が秘められていたのか?
普通の称号と一体何が違うのか?
考え込みながら無言になるチャトの姿を見るファルトは、この状態では何も解決しないと、一先ずセリアについての話を止めることにした。
そして、彼はもう一つ、と気になることをその本人に尋ねる。


「……で、さっきからずっと気になってんだけど」
「?」


それはセリアの隣に座る女性、平然と両腕を動かし皿に装われた料理を箸でつまみ、口の中へと運ぼうとする町早美野里に対して――




「師匠。何でさっきから、ずっとライフィニーモードを使ってんだ?」




ファルトの視界には、右目と右腕が今も光り続けた美野里の姿が映っている。
元々機能を失っていたはずの、腕と目が今機能している事は、衝光ライフィニーモードを発動させている何よりの証拠だった。
彼が何故そんな疑問を口にしたのかと言えば、それはこの家に来てから一度として彼女はその状態を解くことはしなかったことにある。
最初は上手く料理を作るために発動させているのかと思っていたファルトだったが、料理が終えた後も一向に力の発動を止める気配すら見えなかった。
まるでその状態を維持しようとしているかのように……。


「………………」


怪しいと視線を向けるファルトに対し、美野里は自身にくる視線から顔を背けつつ言い淀んだ雰囲気で、


「え、いや、ちょっと運動がてら……みたいな感じで」
「…………」
「そ、そんなに信じられない?」
「ああ、信じられない」


弟子にキッパリ言われるのは正直に辛い。
美野里は小さなうなり声を漏らす。その間にもファルトの視線は解かれることはなかった。だが、そんな中で美野里の隣で座るセリアが顔を上げながら、


「美野里さん!」
「えっ、な、何?」
「おかわり、ありますか!」


…………………と、何とも空気の読めていない言葉がその場を静寂へと変え、さらに言えば、ファルトやチャトもその言葉については呆れかえっていたというのが事実だ。
ちょっと待ってて、と急ぎ席を立つ美野里はそそくさと逃げるように調理場へと離れていき、逃げられたことにファルトは溜め息を吐いた。
しかし、そんな彼の姿にさらに不機嫌になるチャトの姿があり、


「ファルト、あんまり師匠さんをいじめちゃ駄目だよ………っていうか気にしすぎ」
「ふん、別にいじめちゃいねぇし、気にもしていねぇよ。ただ、村の大人がしっかりと叱らねぇから俺が代わりにやってるだけで」
「ふーん。……やっぱり、気に入ってるんだ」
「いや、だから気に入ってるとかそんな話じゃなくって、っていうかさっきからなんだよ、一体…」
「別に。………ただ、ファルトってああいう綺麗な人が好みだったんだなぁーって」
「ッグ、ブフッ!? おまっ、何言ってんだ!?」
「動揺するってことは、正解ってことだよね?」
「違う!! 俺は、だからその」
「ふん!」


立場が一変し、今度はチャトにファルトが攻められる立ち位置になった。
調理場でそんな彼らの会話を聞きながら、隠れて笑う美野里は再び料理を作ろうと、棚にのせた野菜に手を差しのべようとした。
だが、その時。
リーン、と胸のあたりで小さな音が鳴る。


「……………………」


美野里は静かな動作で服の中に手を入れ、そこから紐に括られた小さなソレを取り出す。
ソレは、小さな首飾りだった。鉄によって作られた葉っぱ形をしたアクセサリーだが、葉の中心には今の光を失わない真珠の姿がある。
真珠の名はエリサリア。以前に美野里がルーサーと共に採取のため立ち寄った場所で一輪としか咲かない花から取ったたった一つの宝石だった。
そして、美野里にとっても一番に大事な物でもあった。
美野里がアンダーワールドという場所に落とされて尚、なくなることもなく首にかけていたと、以前にレムボートから聞かされていた。
何度も死の淵に立たされたにもかかわらずちぎれることなく一緒にいてくれた首飾りだが、そんなエリサリアに音が出るといった機能があるなんて、誰からも聞いたことはない。
ただ、美野里はエリサリアが特殊な物だということを以前から知っていた。今回も同じで、――――エリサリアが何かを伝えようとしていることも。
美野里は手に持っていた野菜を棚に戻し、再び料理が並ぶテーブル前まで戻ってきた。そして、突然と戻ってきた彼女に首を傾げるセリアに対し、


「セリアちゃん、ちょっと悪いんだけど、食材を買いに出てきてもいいかな?」
「え?」
「は? 何言って、それに食材ってまだあそこに」
「もっと美味しいのを作るから、それに具材が足りないの。だからファルトも、ちょっと留守番たのんだわよ」


そう、美野里は途中から話に入ってきたファルトに手を振りながら留守番を頼み、後ろ姿を見せながら玄関の外へと出て行った。
ファルトとチャトが共に眉を潜める一方、ただ一人……チャトだけがそんな中で一枚のカードを手に持ちながら美野里の出て行った玄関ドアを静かに見つめていた。








暗闇の中、男の嗚咽する音が聞こえてくる。
さらに奥底からは肉と肉が混ざり合うような音が、グチャ、ムチャ、と続く。
男の声もしだいに鈍く途切れたものへと変質していく。


『お前は失敗した』
「『な、ニが…だァ』」
『だからお前にチャンスをやろう』
「『フザ、けル、な!』」


ズシ、ズシっと足音が続く。
その音から大きさは人の物ではないことがわかるほどに。


『お前がこのチャンスに勝つようなら、元にもどしてやろう』


巨大な体を無理矢理動かし進む存在は、背後に百体ほどの黒狼を従える。
そして、その化け物は叫ぶ。


「『あノ女、許サなイッ!!! たダじゃスまサないいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!」』












村を守る魔法陣は未だ補強が十分ではない。
レムボートとまたそちらに集中している為、周囲の警戒がおろそかになっていた。
だからこそ、再び迫る脅威に誰一人と気づくことができなかった。
第一魔法陣を越え、第二魔法陣が展開される敷地内で、遅い足取りでありながらその軍団をやってくる。百体ほどの黒狼を引き連れる、巨大な肉塊が二本の足を使い、村へと着実に近づいて来ていた。
たが、そんな軍団の前に――――ライフィニーモードを維持したままの美野里が立ち塞がる。


「悪いけど、ここまでよ」


美野里は真っ直ぐと見据えるそこには、あらゆるモンスターが集まった容姿そのものがわからない醜い肉塊が二本の足を動かし進んでいる最中だった。そして、その肉の表面には見知ったか顔が一つ浮かんでいた。
それは今立つこの場所で称号の力を利用した戦法を使って美野里たちを窮地に追いやった、分裂という称号を持っていたはずの男の顔だ。
顔だけとなった男は、視線の先に立つ美野里の姿を確認するや足を止め、怒りの形相でその口を開く。


「『おまエの、オマえタちのせいダ、よくモ、ヨクモ!!」』


人間と別の何かが混ざり合ったような声が男の口から発せられるが、自身の肉体とは別物になった後遺症によるものだろうと思われる。対して美野里はそんなモンスターに近い体となった男と静かに向き合い、


「勝手なことばっか言わないで。……そんなの、アンタがつく相手を間違っただけじゃない」
「『ダまレッ!!!」』


男の言葉に反応するように、肉塊から伸びた触手が周囲にいる黒狼たちの体に突き刺さり、赤く光る黒狼の瞳が淡い青光へと変色する。さらに刺された黒狼の声もまた男と同様に正常なものから一変して醜い鳴き声へと変わってしまった。


「……その触手で黒狼を操っているのね」
「『あア、オマえもスグにでもそうして、やある」』


ニョロニョロと触手は伸び、まるで品定めするかのように矛先を前に立つ女性に向け、その状態で固定される。美野里にとって、その動きもだがそこから感じる異様な悪寒は男が正常だった時と同じようなものだった。
だが、今更そんな悪寒に反応しながら戦うつもり等、今の彼女にはない。
美野里は空いた左手を右肩に添え、そのまま衝光を放ち続ける右腕を動かし、


「アンタには、礼をしないといけないとは思っていたの」
「『ナニが」』
「あの時、アンタとの戦いで私は負けた。元から私自身も未熟な所があったから、そこは本当に考えないといけない部分でもあったの。だけど、アンタが私にもう一度と気づかさせてくれた、私が今のアンタと同じ………化け物なんだってことを」


光る右の掌を、目の前に対峙する肉塊や黒狼に向けてかざした。武器一つ持たず、無防備な状態のまま彼女は言葉を唱える。


「衝光」


言葉によってさらに右腕と右目に宿る光が、その純度を上げその強さを強化していく。
まるで何かを始める、そんな兆しを見せるかのように。


『「まタおなジことをッ!!』」


だが、美野里の行動を見た直後、何かを察した男は指示を飛ばし、周囲にいる黒狼たちが一斉に美野里を目掛けて、掛けだし迫り来る。
その数は半数の五十体。
しかし、そんな危機的状況にも関わらず美野里は前を見据え、その手を下ろそうとはしなかった。
距離は短く、後数秒で五十の牙がその肉体を噛みちぎるだろう。そして、迫る脅威や近づく死、そんな現実が今目の前にやって来る。


だが、ソレがなんだ、と美野里は思う。


自身に来る物など、今更どうでもいい。
彼女が今恐れるはただ一つ、自身の問題で誰かが傷つくこと。そして、それを目の前にして、何もできない、その事だけだ。


『これ以上、私の問題で皆を巻き込ませるわけにはいかない』


こんなちっぽけな脅威に――
こんな状況に負けるわけにはいかない――
血を吐き、例え自身の肉体が傷つこうとも、そのせいで誰かが悲しもうとも、もうこれ以上誰も傷つかせるわけにはいかない。
一度瞳を閉じ、意識を集中させたと同時に再び見開く美野里は深く息を吸い込み、眼前に迫る黒狼たちを視界に入れた状態で彼女は発動とされる言葉を言い放つ。






「ライフィニーモード・ルーツオーバーッ!!」






次の瞬間、眩い光が洞窟内の闇を一掃する。
さらに、地上にはないはずの星のような光が周囲を染め、その場一帯の闇という背景を塗り替える。


「『ナ、なニが…!?」』


肉塊の男が目を見開きながら見つめる光景の先で、一人の女はその手に武器を持つ。
光続ける右腕には空中に飛び交う粒子のような数センチサイズの星光が右腕を中心に纏うように漂い、そんな彼女の両手には光によって作られた二つのダガーが握られていた。
そして、さらに驚くは彼女の頭上に漂う星々の数々――周囲に飛び交った星々から突如と現れた光剣が五十体にも及ぶ黒狼を全てが切り裂いていたのだ。
肉塊から美野里までの一直線に数々と横たわる黒狼たちが眼前に広がる中、進化したその右腕を下ろす美野里は瞳を細め、驚愕に顔を歪める男を見据えながらそっと口を開く。


「私にはライフィニーモードの他に、ルーツライトっていう技があったの。でもこんな体になってから、私はその技を使うことができなくなった。だけど、そんな時に唯一なれたのがライフィニーモードだった。誰に教えられたわけでもなく、感覚的にできるようになった所は、私が初めて衝光を使えるようになった時と同じだった」
「『だカら、ソレが、ナンだと!!」』
「この体になってから、私の力は行き止まりになっていた。でも、そんな中で………アンタとの戦いで私の右腕に変化が起きた」


それは男に襲われそうになった恐怖によって発動された変化だった。
まるで化け物のような右腕、人という形状からかけ離れたその姿は初め美野里にとってもただ驚くしかできない物だった。
しかし、


「私の右腕はその形状を変化することができた。……そこで私は考えたの。私には自身の力を十分に発揮することができる武器がその手にない。なら、この腕を武器にすればいいってね」


その切っ掛けが今の答えを導き出した。
人の腕という形状をそのまま維持し、残り余った力を武器へと形状変化させる。
それが美野里の考え新たに生み出した力、ルーツオーバーという力だった。


「やってみて、私自身も驚いてるの。でも、これで。まだ戦える。……………これ以上、私の問題にあの子たちを巻き込ませずに済む」


強く、手にある光輝くダガーを握り締める美野里はその直後、全速力で前へと走り出す。
新たに進化した力を手にして、目の前にいる敵を倒すために。
驚異的な力を発揮した彼女という存在に怖じ気づいた男は、残りを控えた黒狼に指示を出し、触手の洗脳によって意思を奪われていた黒狼たちに自身を守るように命令を飛ばす。
黒狼たちは肉塊の前で、山のように積み上がり、それはまるで塀の壁を模したような姿へと変化させた。だが、それは一時の守りであり、今更そんな事をして何がどう変わるわけでもない。
ただ今の男の中には、既に戦意が失われていた。
壁となれと命令を下した後、男は重くなった肉塊を動かし背を向けながらその場から逃げようとしていた。その遅さでは逃げ切れるわけがないことは明白にも関わらず、そんな簡単な事さえ考える思考が既に男から失われていたのだ。
逃げに徹する男の一方で、美野里は目の前で作られた黒狼の壁を深々と観察する。
一体一体を倒すのは造作でもないことだ。しかし、そんな悠長に時間を掛けるつもりは今の美野里にはない。
右腕全体に漂う星々を、まるで流れる水のようにして少しずつと右手に持つダガーへと送り力をチャージさせていく。
そして、刃に十分な力が集まった直後、美野里はそのダガーを目の前を遮る壁に向かって投げ放つ。
刀身が大きなダガーは初め、真っ直ぐとした状態で宙を飛んでいた。しかし、速度がある一定を越えた直後、その状態に回転が加わりそれは円状の武器へと変化し、円状と化した武器が壁の表面を切り裂いた。
さらに、美野里はそこに付け加えるように技を発動させる。




「打現・チェインブレイク!」




それは、美野里が以前から使う技の応用技だった。
触れた一点から連鎖するように壁全体に打現という技が炸裂する。振動の衝撃波は黒狼の肉体全体を突き進み、その肉を一瞬のうちに吹き飛ばす。
刃が肉を切り裂いた瞬間で、巨大となっていた壁は一瞬にして木っ端みじんに吹き飛ばされたのだ。
後方から放たれる破壊音に逃げる男は驚き、後ろに振り返る。だが、その鼻先に光り輝くダガーの刃を突きつけられ、そしてそこに美野里の姿があった。


「『ま、マて、やヤメ」』


男は顔を振わせ、助けを請う。
今まで悪行の中で、同じように言ってきた者たちがたくさんいただろう。そして、男はそんな者たちの言葉を嘲笑っていたはずだ。
にも関わらず自身の危機に対してその言葉を口にする。
悲壮な泣き顔を浮かべる男を静かに見据える美野里は、大きな息を吐きながら突きつけるダガーを下ろした。
そして、そのまま口を動かし、




「……アンタの待てなんて、明らかに罠でしょ」




その瞬間、背後に伸びていた触手が美野里の首筋に迫ろうとした。
だが、それも一瞬にして美野里の頭上に漂っていた星々から生み出された光剣によって切り裂かれ瞬殺される。ハッタリと共に奇襲さえも潰された。
今度こそ、完全に男は死相を露わにする。
そんな最中で美野里は手に持つダガーを振り上げながら、


「来て、シンファモロ」


ダガーは一変し、その武器は小さな短刀へと進化した。
柄の部分で光りの輪が止まり、その輪に小さな羽が四つ間隔的についている。
善悪関係なくして全てを浄化する武器、聖浄刀。


「『たスけテ、くレ」』


男は再び同じ言葉を呟く。
だが、それは言い終わる直後、一閃と一直線に縦から刃は振り下ろされ、その場を強烈な光が支配した。










痛みが来ない。
そのことに男が目を見開き、自身の体を見つめる。
だが、その時。男に心に衝撃が走った。それものはず、肉塊という醜い体はなく、今目の前に数日前まであった自身の肉体が存在しているのだ。


「な、何が…」
「これが最後よ、このまま退くっていうなら私はもう何もしないわ」


美野里は手に持つ剣、シンファモロを消し、そう言い残しながら男に背を向け離れていく。
『聖浄刀〈シンファモロ〉』その力は善悪という基準なくそこにある全てを浄化する力を持つ伝説上の武器だ。
その力は強大であり、以前に同じような肉体を変化させられた少女をこの力で救ったことがあり、今回も同様に同じような状態にあった男を救うことができた。
男の返事を待つことなくその場を後にしようとする美野里だったが、そんな彼女の背後で男は自身の肉体が戻ったことに笑いながら、ふと地面に落ちていた砕かれた岩に手を伸ばす。
そして、口元をニヤつかせたまま武器を持たない無防備となった彼女へと静かに近づき、その頭に向かって手に持つ岩を振り下ろそうとした。




「だから言ったでしょ、これが最後って」




だが、次の瞬間。
無情な光の剣が頭上の星から放たれ、男の右腕は有無を待たずして切り裂かれる。今度こそ、切り裂かれたことによって鮮血が飛び交う。男は切り裂かれたことによって襲い来る激痛に情けない悲鳴を上げた。
だが、そんな痛みの叫びが聞こえようとも、美野里はそこから二度と振り返ろうとはしなかった。ただ真っ直ぐに、迷うことなく今の居場所へと帰っていく。


「あっ、あが…腕、が、ウデガアアアアアッ!?」


液体が地面に落ちる音と、鉄臭さが混じり合った匂いが周囲に広がる。
男は失った部位を見つめ、涙と叫びを漏らしていた。しかし、そんな時だ。ズシッズシッ、と暗闇の中、続々と赤い目をちらつかせる黒狼が現れ―――――。




「さようなら」




最後に美野里の言葉が呟かれた、その後で……背後で鈍い音と共に大音量の悲鳴がその場一帯に響き渡った。
そして、それから数分後、その場所に残るは地面を汚す真っ赤な鮮血のみだった。








人の生き死には外の世界ではどこも同じような物だ。この世界にとってはの話だが…。
死闘の後、レムボートにバレないよう隠れ、村の直ぐ近くまで帰ってきた美野里だったのだが、そんな彼女の目の前に一人の少女が岩陰からゆっくりとした足取りで姿を見せた。
ローブ姿に加え、手に一枚のカードを持つ少女、チャトだ。


「やっぱり、チャトちゃんにはバレてたか」
「美野里さん、貴方は…」


その雰囲気から、どうやら彼女は美野里が今何をしてきたのか知っている様子が見て取れた。手に持つカードが今も尚光っていることから、タロットという称号の力を使ってどこかから美野里の戦いを盗み見ていたのだろう。
だが、今更そんなことで態度を変えるつもりは美野里にはなかった。ただ、未だ警戒した顔色を浮かべるチャトに対し、彼女は小さく口元を緩めながら、


「多分、チャトちゃんが言いたいことは、あってるんだと思う」
「………………」
「そんなに警戒しなくても、私はチャトちゃんに何もしよとは思わないわ。ただ、多分色々と話さないといけないことはあるわ。………シンクロアーツの事や、この世界の事も。そして、チャトちゃんの住んでた一族のことについても…」
「ッ!? や、やっぱり、貴方はッ」
「悪いけど……断片的な記憶はあるの。でも、完全に残った記憶はない。…それでも、チャトちゃんは本当に似てるかな、………私を異世界へと逃がしてくれた、あの子に」


そう、言葉を交わし笑う美野里。
しかし、対してチャトの反応はまた違ったものだった。
見開く瞳の端で、熱くなると共にこぼれ落ちる涙が頬を伝わり地面へと落ちていく。


「…………ちゃんと、話してください」
「…うん」
「私たちの一族のことや、貴方のこと…っ」
「………うん」
「…私の、一族がなんで殺されなければいけなかったのか!! なんで、逃がしたはずの貴方が、この世界に戻ってきたのかッ、ちゃんと答えてくださいッ!!」


ここでの会話は美野里とチャトの二人しか理解できない内容だった。
それは根っこの部分に繋がる、この物語が始まるようになった。その切っ掛けとなる失われた物語の話だろう。
しかし、この長い話をすれば多大な時間が掛かる。だから、このルートにここで一先ず終わりを迎える。
そして、美野里の次はもう一人のルート、物語が始まる―――――いや、始まっていた。
アンダーではない、地上の物語。


魔法使いのアチルの物語が……。











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