異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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迫り来る窮地





第六十七話 迫り来る窮地




真っ赤な魔法陣の光と警報が鳴り続ける。
平穏を守り続けていたアンダーワールドに突如と異変が起きた。照明のように発せられる光はその色を赤く染め村全域を照らし、さらに警報を知らせる音が住人全員に行き渡るように今も継続して鳴り続けている。
それは屋外だけでなく住民の住む屋内もまた同様であり、魔法陣の全てが同じ反応を示していた。






災厄の剣姫と呼ばれる町早美野里と勇者の称号を持つセリアとの話は、途中で中断という結末と終わった。
原因は感情のコントロールを怠った事による称号の暴走によってセリアの持つ勇者の力が解放されたことにあり、その力によって彼女は美野里の経験した記憶を覗き見てしまったのだ。
幸い精神が崩壊する一歩手前で突如と現れた魔法使いレムボートによって九死の一生を得たセリアは今、美野里の自宅に置かれたベッドの上で気を失っている。
一端は落ち着いた。そんなことを思っていた矢先で突然とアンダーワールドに異変が起きた。


「これって…」


今まで見たことも聞いたこともない事態に美野里は険しい表情を浮かべる。
その一方で魔法使いレムボートは自身が張った結界となる魔法陣に意識を集中させ、事態の詳細を探っていた。
警報を鳴らす機能は、この村の上に展開された魔法陣ではなく外枠として展開させた三つ目の魔方陣と付け加えたものだ。というのも彼女がアンダーワールドに張っている魔法陣は大きく分けて三つあり、一つは村の明かりや防壁を担う第三魔法陣。
次にその周囲の状況を認識しつつ観察を行う第二魔法陣。
そして、アンダーワールドの入り口の守りとなる危機感知といった察知を管理する第一魔法陣の三つに分けられ、何かあればこうして警報や危機を知らす設定を組み込んでいた。
しかし、第一魔方陣の察知に関しては、特定のものに対してのみ反応を示すように設定していた為、普段なら察知したとしても警報という機能を働かせずそのまま待機を継続するはずだった。
そうしないと展開された入り口を通るもの全てに警報音が鳴り響いてしまうからだ。
だが、現状で今も警報は鳴り続いている。
誤作動でもないことは詳細を調べる中で確認した。
つまり、この警報は正しいのものであり、初めに設定された特定の物が侵入したということを示していることになる。


「……………」


眉間を寄せ、レムボートは苦悩の表情を見せる。
彼女が設定した特定の侵入者というのは、野生のモンスターや迷ったハンターといった人間ではない。
察知とヒットする特定のもの、それは……その身に魔力を持つ存在に対してだ。


「何者かが、このアンダーワールドに侵入したみたいじゃな…」


レムボートが調べた限りでは、既に第一魔法陣は突破され、現在はその者は第二魔法陣が張られた中間地点の滞在している。
だが、着実とその者は第三魔方陣の張られたこの村に近づこうとしていた。まるで最初から目的の場所が分かっているかのように、迷う素振りもなく真っ直ぐとこの村へと進んで来ている。
目印のような明かりもないにも関わらず迫る、単に魔力を持つ者というわけではなさそうだ。
状況を確認すればするほど問題が大きくなっていく。
レムボートの眉間に力がこもり、頬に一筋の冷や汗が流れ落ちていく。
だが、そんな中。イスに立てかけていた鉱石剣を手に取る美野里がレムボートに向かって声を掛ける。


「レムさん、転移で目的地まで飛ばして」
「…ッ、じゃが」
「大丈夫だよ、レムさん。この村は私が守るから………それと、セリアちゃんのこともお願い」


そう言って、美野里は安心させるように口元を緩ませる。
この村に来てから数ヶ月が経ち、彼女の笑い顔をよく見るようになった。だが、それとはまた違った意味で彼女はこの村を守るためなら自身の身を厭わない、そんな無謀な無茶をするようになった。
そんな彼女に、得体の知れない存在と対峙させることは出来るならさせたくない。
だが、この村の守りに魔力を注ぐレムボートが帰ってこなくなることは同時にこの村の死を示すのと同じ意味を持つ。
苦い表情を浮かべるレムボートは、打開策のない状況で彼女を行かせるしかないことに渋々了承するしかできなかった。


「美野里ちゃん」
「ん?」
「……気をつけるんじゃよ」
「…………何言ってるの、レムさん」


レムボートが床に展開させた転移魔法陣の上に乗る美野里は、そんな彼女の不安げな言葉に対し、小さく唇を浮かべ、


「私にその言葉はいらないよ」


そう言い残し、美野里の体は目標とされる第二魔方陣の敷地内に今も滞在する正体不明の存在の元へと転移された。








アンダーワールドを支配する暗闇の洞窟。
入り口を通り抜け、奥へと進む中で次々と遭遇するモンスターを切って捨て、歩き続ける存在。その姿は軽装の装備に加え、長く折りたたんだ鎖を両腰に装備する男の姿をしていた。
そして、男はそこで一度足を止める。


「またか、まったく…」


彼の前には赤い光を放ちながら行く手を塞ぐ巨大な魔方陣が突如と展開されている。
それは初めの第一魔法陣を突破した為に展開されるようになった砦の壁となる守りの魔法陣だ。
追撃や強度といった力も十分に備えられている。
しかし、男は後ろ腰に備えた短剣を抜き取り、それを壁に向かって振り下ろした。
その直後、魔法陣はガラスが砕け散ったように割れ四散する。


「脆すぎんだよッ!!」


魔法陣が破られたことによって道が再び解放されてしまった。
男が既に、これと同じ魔法陣を六つ壊している。
さらに最悪なことに、後四つの魔法陣が壊されることによって第三魔方陣に守られた村まで道が解放されてしまう。
男が笑みを浮かべ、再び歩く中でさっきと同じ魔法陣が再び展開される気配を感じ取った。いい加減飽きてきた、と溜め息を漏らす男は手に持つ短剣に力を意識し、


「しゃあねぇ、……まとめて潰すか」


そう言って、男は今までの構えとは異なる突進を重視したような構えを見せる。
そして、そのまま地面を蹴飛ばし、陣を突き抜く勢いでその場から走り出そうとした。
だが、直後だった。




「悪いけど、さっさとここから退いてもらえるかしら?」




暗闇の中、正確には男の正面。
ゆっくりとした足取りで手に鉱石剣を持ち現れる町早美野里。
黒目とされた左の反対で、右目には既に衝光の光が灯されており、同様に右手もまた衝光の力が解放され戦闘態勢万全の状態で男の目の前に立っている。
だが、突然と現れた彼女に対し、男の反応は一風して異様な反応を見せ、


「ほぅ、こりゃあ情報どおりじゃねえか」


まるで初めから知っていたような口ぶりを見せ、さらに男は舌を出し、品定めするような視線で目の前に立つ美野里の体を見つめる。
まじまじと見られ、全身に悪寒を感じる。だが、美野里はそれに怯える素振りを見せることはなく警戒した顔つきで構え強くさせ、慎重に言葉を選び尋ねた。


「アンタ、何のようでここに来たの?」
「は? そんなの決まってんだろ………なぁ、災厄の剣姫?」
「……」


男は既に美野里が災厄の剣姫だということを知っている。
アンダーワールドから表へと顔をさらしたのは魔王の少女と戦った時が初めてだった。にも関わらず、こうして素性が簡単に暴露されてしまっていた。それはつまり、少なからず魔王の少女と関わりがあることを態々言っているようなものだ。
当然、男もその事を重々理解している。が、理解している上でその口で美野里の名を呼んだのだ。
警戒する気持ちが高まり、美野里の手にさらに強く力がこもる。
しかし、一方で男は未だ美野里の全身を見つめながら、


「それにしても、いい女じゃねえか。……ハハッ、決めた。俺がお前を倒したらそのまま、お前を俺の付き人にして一生可愛がってやるよ。良いだろ?」
「………悪いけどお断りよ、そんなの」
「そうかいそうかい。………なら、拒否できないまでにいたぶってからにしてやるよ!!」


ダン!! と次の瞬間。
男は凶悪な笑みと共に美野里に向かい走り出す。
美野里もすかさず走り出し、両者がぶつかり合う形に戦況は変化を遂げる。


「衝光!」


鉱石剣に衝光の力を注ぎ込む美野里はその剣を振り上げ、未だ剣同士がぶつかり合えないはずの距離で刀身を振り下ろした。
距離が遠い分、剣の長さは圧倒的に足りない。だが、美野里の持つ衝光の力にはその形状を変化させ、自由自在に長さや大きさを変化させる技がある。


「ソウルアップ!」
「ッ!?」


その直後、鉱石剣は美野里の言葉と共に巨大な光刀へと進化した。
振り下ろされる合間での突然の変貌に足を止めてしまう男だったが、既に先手の攻撃は実行され、光刀の剣先は間近に迫り、避ける暇すら無い。
迫る死………。
茫然と立ち尽くし男はその瞬間、…………小さく笑った。
その表情の答えを聞く間もなく、光刀は男を飲むこむ形で頭上から振り下ろされ、その姿は一瞬で塵と化し、地面に縦一閃の切れ目が刻まれることとなった。
速攻での決着と同時に訪れる静寂。


「……………なに、今の」


あまりにも呆気なさすぎる。
斬った際の感触や男が見せた笑み、得体の知れない空気が今もその場に漂っている。
警戒を維持したまま、美野里は一度衝光によって変化した光刀を元の鉱石剣へと戻した――――




「「おっ、もう戻すのか?」」
「!?」




その直後、前後の方向から男の声が呟かれた瞬間。
ジャリジャリ、と金属同士が擦れ合う音に続き、美野里の胴体を左右から飛んできた鎖が巻き付き、彼女の動きを封じる。


「ッ!?」


最初の動揺もあって、反応が遅れた。胴体に巻き付く鎖に舌打ちを打つ美野里は攻撃が飛んできた場所へ首を動かす。
だが、そこにいたのは、


「……どう、いうことッ」


美野里の表情が驚愕に染められる。
何故なら、その視界に映るそこには鎖を片手に持つ、男が二人いたからだ。
その姿形もが同じ顔に同じ背丈、声も瓜二つといったまさに双子のような雰囲気を漂わせる男たち。


「「ハハッ、驚いたか?」」


共に同じ言葉を吐く男は仕草も姿も、何一つ変わりようが無いくらいに同じ過ぎる。
まるで、自身をそのまま写したような………と、美野里の頭にその考えが過ぎった瞬間、男が持つ力の正体を見えてきた。
今の短い戦況の中、男に魔法を使う動きはなかった。
かたや、衝光やセルバーストといった言葉による発動を起こした仕草もない。なら、それらの力でないとすると、残るはあの力しかない。
それは勇者という名の力を持つセリアと同じ、


「アンタのそれ、…称号の力でしょ」
「ああ、俺の称号は分裂って言ってな。こうやって何体でも増やせるんだよ」


男はそう言って首を軽く動かした直後、自身の隣からヌルリと新たに同じ服装と顔をしたもう一人の男がその姿を露わにする。 
さらにその直ぐ近くで、一人、また一人と、


「ッ、こんの!!」
「気をつけな、災厄」


分裂し続ける男たちに危険を感じた美野里は全身に力を込めた瞬間、驚異的な力によって鎖は呆気なくバラバラに解き放ち拘束を破る。
だが、それと同時に男が言葉を呟いた直後、周囲を囲むように増えた何十人の男が手のひらサイズの玉を手に持ち、それを一斉に美野里に向かって投げつけた。
素早い動きでもない。至って普通の速さで投げられた玉だ。
だが、それを黙って当たるほど馬鹿ではない。
迫る玉に対し、回転する形で自身の体を回し、横一閃に鉱石剣を振り払う。
ザン!! と玉全てがその直後で切り裂かれた―――――――――――――はずだった。


「ッ!?」


斬られた玉の数々。
その中から何百との小針が飛び出し、一直線に美野里に向かって針が襲い掛かる。
まるで攻撃後を付け狙ったような攻撃方法だが、大きなモーションの後で全方向からの攻撃をかわすことは難しい。さらに、言えば衝光の力で高度な動きは出来るが、昔のように二振りの武器を持つならまだしも一本しかない今の状態では例え斬り落とせても、全部は無理だ。
逆に攻撃の後に残った隙が無防備になる。
美野里は歯を噛みしめ、体を屈ませながら顔を両腕で隠し防御の姿勢に入る。
できるだけ、最小限の怪我でこの場を乗り切る為。そして、何百の針が、


「ッがあっ!?」


容赦なく、美野里の全身を針のむしろにするかのように衣服を貫きながら身の肉へと深々と突き刺さる。
一斉にくる激痛に苦痛の声を漏らす美野里は強く痛みを押し殺すように歯を噛み締め、顔を隠す腕を振り払いながら全身に衝光の力を行き渡らせる。


「こ、こんな…のッ!!」


光る右腕の輝きがさらにその強さを増す。
全身を強化し、痛みを少しでも和らげる。そして、目の前に立つ敵を倒す。
確固たる意思の元で美野里の片目、右目の衝光の光がさらに強く輝きを見せた。
その時だった。


「ッぁ!?」


ドクン!!! と体の内部から強烈な痛みが全身を駆け巡る。
衝光の力を発揮しようとしていた体の力が抜け、ガクンと膝を落とす美野里は自身の内部で広がる、締め付けられるような痛みに眉間を寄せ、苦痛の表情を見せる。
そんな彼女の様子を伺う男たちはこみ上げる笑いを押さえながら、ゆっくりと美野里へ近づいていく。
同じように、男たちの手にはさっきと同じ玉が握りながら。


「いいだろ、これ。小さい攻撃と思わせて、実は奥には強力な毒素を持つ針を持つ」
「ッ…毒………ッ! こ、の」
「こうも上手くいくとは、……アイツの考えは当たってたみたいだな」
「…あ、アイツ…」


視界が歪む中、男の言葉が美野里の意識を逆立てる。
対して男はさらに笑いを含めながら、


「ああ、…アイツはお前が不死身だってことも言ってたよ。後、もしかすればその力は大きな損傷じゃないと発動しないんじゃねぇかってこともな?」
「ッ」
「まぁ、その様子を見ても正解みたいだな。ハハッ、最強だー不死身だーって皆怯えすぎなんだよ全く。…で、どうだ、災厄。その毒はじわりじわりと効く毒だ。次第に動きも鈍くなって真面に立てなくなってくるぜ」


そうしている間に男たちが美野里の直ぐ側まで迫り、誰もが口元を緩め、見開いた眼光で彼女の体を見つめている。


「それじゃあ、こっちはこっちで楽しませてもらおうか、なあ?」


ハハハッ、と笑い声を上げる男たちは膝を落としたまま動けない美野里の体に手を伸ばし、その手でその体に触れようとする。
抵抗するように腕を振り上げようとした美野里だったが、先に足腰が崩れ、そのまま地面に倒れてしまう。そして、徐々に迫り、美野里の衣服にその手が触れようとした。
死とは違う、何かが奪われる。
黒狼に味合わされた、それとは違った恐怖が美野里の脳内を駆け巡り、一種の感情が表へと現れる。
その思いは誰もが持つもの。
こんな体になったとしても、体と心が思ってしまう。


『嫌だ』


不定の言葉が、感情が叫ぶ。
男の手が触れかけ、美野里の右目に灯った衝光の純度が増した。
その瞬間、喉奥から彼女の感情が叫びと共に吐き出されようとした、それと同時に、




「さッ!!!」




呼応するように、光を放つ右腕が突如と変貌を遂げる。
それは人という形とはかけ離れた、異物の腕。何もかもをかぎ取る、巨大な鈎爪へと変化したのだ。


「触るなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


美野里は絶叫を上げ、大きくその腕を振り上げる。直後、強烈な強風が巻き上がり数十といた男たちの体は後方に吹き飛ばされ、壁や地面に叩きつけられていく。
複製された男たちが次々と倒されていく中、本体たる男は後方からその状況を見つめていた。だが、その表情には皮肉な笑みが浮かばれていた。
笑みの意味は、今の美野里の異形そのものに対して、そんな身になってもまだ精神を保っていられる。そのことに男は笑う。


(おもしれえ、タフな女は本当におもしれえよ)


自身の物にしたい。その感情を表にさらけ出すように男は舌を出し唇を舐める。
そんな中、一方で美野里は荒い息を吐きながら肩を上下に動かしつつ、化け物のように変化してしまった鈎爪となった右手を驚いた表情で見つめていた。
脈の動きのように痛みが右腕から今も走っている。
衝光の光を放つようになった右腕になったからこそできる荒技なのだろうが、美野里自身、こんな姿になったのは初めてだ。
これではまるで称号の暴走と同じ、


「……っ」


不穏な言葉を思い返し、美野里は苦い表情を浮かべ鈎爪をもう一度見つめる。
この力によって助かりはした。だが、事態は何も改善していない。
変化の継続は保たないのか、鈎爪はしだいにその大きさを小さくし始めている。さらに言えば、右腕の変化が徐々に収まってくるに加えて体に回った毒は以前継続して美野里の自由を奪おうとしている。


(やるしか、ない…ッ)


鈎爪となる右腕。
その異様な腕を見つめながら、美野里は呼吸を落ち着けることに意識を集中させた。
そして、大きく右腕を振り上げた………手を前に出し―――


「ッ!!」


その直後。
不気味な音と共に、美野里の視界は一瞬、漆黒に包まれることとなった。
















「おいおい、嘘だろ」


美野里と対峙する男ですら、その光景に驚愕の表情を浮かべる。
理由は今起きた出来事によるものであり、…………鈍く、何かを潰したような音がその場を支配したからだ。
男が見た、その光景。視線の先で、見せられる……そこには、




「あ……ぁ……ッ」




鈎爪となった右腕で、自身の腹を貫く美野里の姿だった。
傷口からは大量の血が噴き出し、さらに全身が酷い震えをみせる。ゴボッと口から血を吐く美野里は引きつった顔にさらに力を込め、


「ぐっあああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


苦痛の叫びと共に、血が吹き飛ぶのもかまわずその右腕を引き抜いた。
空洞となった傷口から大量な血液が地面を汚し、美野里の意識が一瞬飛びかけた。だが、その時。傷口が突如光りを放つと同時に全身が光によって包まれていく。
そして、十秒もかからずして傷全てが治り、さらに腹部に開いた風穴がいつの間にか塞がり、綺麗な肉体が新たに創世されていた。
人間離れしたその光景はある力のお陰によって成り立っている。それは、衝光シンクロアーツの持つ創世という力によるものだ。
だが、男が言ったようにシンクロアーツの発動条件には小さな怪我では発動しないという欠点があった。そして、体の内部に溜まった毒素をなくすためにはどうしても必要になるにも関わらず美野里にはその力を制御することができなかった。
そこで美野里は一つの賭けに出たのだ。
軽い怪我で力が発動しないなら、大きな怪我をして無理矢理にでもその力を発動すればいい。
生死を賭けた挑戦だった。
結果、その行動は上手く事を運び、少しは体の重さが軽減されることとなった。


「ぁ……っ」


吐き出すように口に溜まった血を吐き捨て、激しい動悸をしながら男を睨み付ける美野里。
対して男は全身にくる冷や汗を意識しながら、


「まさか自分で体に風穴開けるなんて、イカれてんだろ」
「ッ、はぁ……はぁ…ッ」
「………ハハッ、ハハハハッツ!! おもしれえ、おもしれえよ、お前!! さぞ欲しくなったよ、本当に!!!!」


男が歓喜の声を漏らすは再び、分裂を開始する。
そんな中で美野里は足腰に力を込め、立ち上がろうとするが、動きは未だ完全とはいかず動きが鈍い。
彼女の状態を見据える男は口元を緩めながら、小さく笑い、


「確かにちょっとは軽減したみてぇだが、その毒はもう全身まで言ってんだろ? なら一部治そうとしても完全回復は無理じゃねえのか?」
「ッ、黙ってなさい…」


そう言って美野里は距離を取るべく後ろに下がろうした。だが、その矢先に一本の鎖が美野里の足に巻き付く。


「ッ!?」
「捕まえた」
「こ、のッ!?」


逃れようとするも、強く鎖が引かれた瞬間、美野里の体は地面へ強引に倒されてしまう。力が未だ戻らない。右腕の力を発揮した分の負い目が今に来ているのか。
倒れた美野里は必死に鎖を外そうと片手で取りに掛かる。
だが、鎖は一行に外れない。


「さぁ、どうやって遊んでやろうか? まずは女として遊ぶか、それか生き物扱いで遊んでやろうか?」
「は、はなッ」
「いやだね、……お前のその顔を泣き顔になるまで何度でも遊んでやるよ!」


ジリジリ、と男は鎖を引き戻し、美野里の体が徐々に男に寄せられていく。
まさに絶体絶命の窮地にたった。美野里の顔に焦りと同時、その瞳の奥で何かを覚悟した決意の色が浮かんだ。
だが、その直後だった――――――






「戦車!!」






突如、上空から現れた二体の猛獣が鎖を持つ男に向かって襲い掛かる。
威圧の咆吼を放つ二体に男は舌打ちを漏らし後方に跳びながら攻撃を回避し、その隙を逃す間もなく彼女の足を引き寄せられる為に張っていた鎖が黒いオーラに纏われた短剣によって斬り落とされた。
ジャリ、と音を立て美野里の足に巻かれた鎖が地面に崩れ落ちる。
突然のことに茫然と座り込む美野里だったが、そんな中、目の前に黒いコートを着た少年が舞い降りた。


「…ふ、ふぁ」


美野里はその少年の名前を口にしようとした。
だが、それよりも早く少年が怒りの剣幕で怒鳴り声を上げる。


「師匠、アンタ馬鹿だろ!!」


一人の少年、ファルトは完全に頭に血が上ったように美野里を睨み付けていた。
後ろから遅れて現れるタロットカードを手に持つチャトの姿があったが、それよりもファルトの怒りは収まらず未だ鋭い眼光を継続させている。


「…ッ、ごめ」
「ちょ、ファルト! 今はこっち!! こっちも戦車だけじゃちょっとキツいんだから」
「ああ、悪い。でもちょっと頑張って踏ん張ってろ!」


ファルトはそう言って美野里の側にしゃがみ込み、地面に残った大量の血や倒れる彼女の衣服の一部に穴が空き、素肌が見えていることにさらに苛立ちを募らせる。


「師匠、また自分を傷つけたのか?」
「………」
「……ックソ。……なぁ、何でまだ動けないんだよ、傷は治ったんじゃねえのか?」
「そ、その……毒がまだ残ってて…………ちょっと動けそうにないだけ、だから………」
「毒……」


ファルトが地面をもう一度見下ろし、そこに無数に針が落ちていることに気づく。
単なる攻撃をそう簡単に師匠である美野里が受けるとは思わない。考えるとするなら、攻撃の中で一瞬の隙を狙われた、それしかないとファルトは思った。
その証拠に、美野里の衣服には数カ所と針が刺さっているのが見て取れた。
「………師匠はここで、休んでろ」
「ッ!? ま、待って、アイツはッ」


そう言って背を向ける弟子を止めようと美野里は声を出し立ち上がろうとする。だが、未だ足腰に力が入らず立つ事ができなかった。
だが、それでも止めよとする美野里に対し、ファルトは背を向けたまま、苛立ちを含んだ声色で言った。




「師匠、アンタさっき……シンクロアーツを使おうとしただろ?」
「…………!!」




その瞬間、心臓を握りつぶされたような感覚と共に美野里の動きは止まり、さらに表情に動揺が走った。
やっぱりな、と横目でそれを確認したファルトは静かに息を吐く。


「アンタ、一回それやって不味いことになっただろう。あの時はたまたまババアがいたから何とかなったけど、こんなところでそれをやったらどうなると思ってんだ」
「……でも、それは」
「…わかってる。アンタがどうしようもなくお人好しなことも、そんでもって自分のことなんて全然考えずに誰かを助けようとする性格のことも」
「………………」
「だけどな。いい加減、一人で何でもやろうとするなよ」


美野里は自身の身を全く考えようとしない。
それは壮大な体験をしたからによることはファルト自身わかっている。
もし仮に、この身にそれが起きたとして、はたして自分はそんなことを考えることができるかと問われても、わからないだろう。
だが、それでも、そうだとしても………。


「ちょっとでいいから、弟子にも少しは期待してくれてもいいだろ」
「…ファルト」
「後、アンタがどう思ってるかは知らねえけど、………師匠が苦しんでるのを見てて、腹を立てない弟子なんていないんだよッ」


ファルトはそう言い残し、美野里から離れていく。
弟子である彼の言葉は、確かに怒りもあった。だが、それと同時に悲しみの声色も混ざっていた。そして、傷つき倒れる美野里は自身の負い目に顔を伏せ、ただ弟子の勝利を待つことしかできなかった。








「悪い、チャト、いけるか?」


ファルトはチャトの隣に立ち、現状を確かめる。
戦車のタロットから現れた二体の猛獣は今も男を噛み殺そうとしているが、一行に倒せる気配が見えない。さらにいえば、その体には所々に小さな針が刺さっているのが見て取れ、戦車の動きも遅くなり始めている。


「戦車も頑張ってくれてるけど、このままじゃ」
「ああ、分かってる」


敵は無数に自身を増やす技を持つ。
対してファルトたちには圧倒的に数もすくなく不利な状況は変わらない。
なら、その場合の対処方法は、


「敵の攻撃を完璧に防げる状態で、全員を叩き切るしかねえ」


全武器が揃ってないことを確かめるファルトは鎖を切り裂いた際に使った地面に突き刺さったまま残った短剣にセルバーストの力を纏わせ、自身のコートへと帰還を命じる。
地面から離れた短剣はまるで自己の意識を持つかのように宙を移動し、コートの端に取り付けられた収納スペースに収まり、少年の武器が全て揃った。


「ダークネスセル」


ファルトは呼吸を整えながら、意識をセルバーストへと集中させていく。
本当なら、この技は師匠との特訓で見せたかった。だが、こんな状況で使うことになるとは思わなかった。
複雑な思いがファルトの心に募る。
だが、それでも、目の前にいる男たちが美野里を傷つけた、その事実に変わりようはない。
苛立ちがこみ上げる。沸々と煮えくり返るほどの怒りが、力をさらに強くさせる。
タイミングを計り、両目を見開くファルトは息を強く吐いたと同時にセルバーストの力を解放した。
それは、ファルト自身のオリジナル。




「オーバー・フォートロス!!」




六本の短剣に黒のオーラが纏う。だが、それだけで終わりではない。
まるで浸食するかのようにオーラはコート全体を包み込み、まるで新たに仕立てたようにセルバーストで出来た衣服が構築されていく。
オーラを継続させることに対し、以前から修行を積んでいたファルトにとって、今回が初となるオリジナルの技だ。継続するための力量も少ないことを自覚し、時間はそう掛けられないことも理解している。
自身の状態を目で確かめ、途切れなどがないことを確認し終え、


「これならその毒針っていうのを防げるだろ」


ファルトは瞳が目の前で笑みを浮かべる男たちに向けられ、怒りが再び集中する。
師匠を苦しめたことや村に住む者達を不安にさせたことに、対して。
これ以上、俺たちの居場所を汚すな。


「行くぞッ!!!」


ファルトは声を上げ、駆け出す。
分裂という力とセルバーストの力が、その瞬間、ぶつかり合う。









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