異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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残った傷跡





第六十五話 残った傷跡






黒狼の住処から美野里がレムボートに救出されて、二日が経った。
瀕死の重傷だった傷跡は既にシンクロアーツの力によって新たに創世され作り替えられていたが、何故か黒く変色してしまった右腕と右の瞳だけは一向に戻る兆しを見せず、身体的の異常を上げれば、その二つ以外は無傷と言ってもいい状態にあった。
しかし、シンクロアーツの力で体を治せても、その心までは元通りという訳にはいかなかった。


「………………るぅ……さ…ぁ」


救出されてから、それ以降。
美野里は、ずっと壊れた人形のように同じ事を呟いている。
あの黒狼の住処には彼女の体から漏れ続けた湖に近いような大量の血液が地面を覆いつくしていた。それは同時に、何度も体を引き裂かれる激痛が永遠と続いていという何よりもの証拠だった。
致命傷を負って、死ねたら楽だっただろう。しかし、彼女自身の力がそれを許しはしなかったのだ。
傷が治り、また傷つけられ、また治る。
意識が残ったままそれを永遠と続けたのだ。心が壊れ、いつ発狂してもおかしくはなかっただろう。
村に運ばれた当初は美野里の傷が治ったことに住人は驚きを隠せずにいた。しかし、魔法使いのレムボートによる彼女の状態とその力の詳細を聞かされ、皆はその悲惨な運命を知ることになった。
そして、その話を聞いた次の日から、村に住む者達は毎日のように意識を戻さない美野里の様子を見に来るようになった。
いつでも意識を戻した彼女を安心させてあげようと、まるで自分たちの子供を心配するように顔を出す日が続いた。
だが、そんな中で一人、セルバーストを扱うことが出来るファルトだけはまた皆と違った感情を抱いていた。
それは、彼が初めて美野里の状態を見た時、思った感情。
―――気持ち悪い。
まるで人の形をした何か、人という分類に感じられない。そのことが、今も意識が定かでない彼女をどうしても異様に感じてしまう。


「ッ……」


レムボートの言い伝で毎日のよう様子を見に行かなければいかなかったファルトにとって苛立ちが日に日に募るばかりだった。
いい加減にそんな奴をほっとけばいい、と本心でそう思う程に……。




しかし、そんな事を思っていた、ある日のことだった。
いつものようにファルトは美野里が寝かされた部屋に訪れ様子を伺いに来た。だが、そこにはいつも床に引かれた布上に眠る彼女の姿がなかった。
部屋の周りを見渡しても、どこにもその姿がない。
あまりのことに絶句するファルトは急ぎ、部屋は飛び出し、村中を走り回った。


「おい、アイツどこ行った!」


住人隅々まで美野里の所在を聞き回るファルト。
だが、皆が答えは『知らない』の一点張りだった。ファルトの様子に気づき、住人もまた美野里を探すほどに村に波乱が起こった。
荒い息を吐きながら、額の汗を拭うファルト。と、そんな時、目の前で開店していた武器屋の店主である老婆が声を掛けてきた。


「どうしたんじゃ、ファルぼう」
「はぁッ、いや、…この前レムバアが連れてきた女がッ、突然といなくなっちまって」
「ん? あの嬢ちゃんなら、さっき体を動かしたいからって剣を何本かもって出て行ったよ?」
「……はッ!?」


突然の言葉に目を見開くファルトは直ぐさま老婆に迫り、その詳細を聞き出した。
なんでも、フラフラとした足取りでやってきた美野里はその老婆に後で金は払うからといって武器を十本購入し紐で無理やり結んだまま外へと繋がる出口へ歩いて行ったという。
普通ならフラフラとした状態で外へ出るのを止めていただろう。
しかし、この老婆はここ最近と物忘れが激しなりよく間違った武器を客に提供するとして有名でもあった。だから、瀕死の重傷でこの村に運ばれた美野里のことをよく理解せず武器を渡したのだろう。


「クッソッ!!」


ファルトは吐き捨てるように叫び、その場から急ぎ外へと向かう道へと走り出す。
全身重傷を負って回復したとしても、まだそう日が経っていない。それに加え、外のモンスターたちはどれもが強敵といった強さを持つ。
そんな危険地帯にわざわざ行くなんて、馬鹿がすることだ。


(あの女は何考えてんだッ!!)


ファルトの心は、苛立ちでいつ爆発してもおかしくないほどに乱れていた。
美野里に対して、だけではない。
それは、最初は不気味だ、異様だとは思っていた自身に対して。
危険な場所へ態々行くような奴を助けなくちゃならない。いや、助けに行く。
嫌っていた女にも関わらず、そう考えてしまう、そんな自分が対してのお人好しさに、ファルトは歯を噛みしめていた―――








物静かな空気の音が聞こえる。
重い足取りでフラフラと歩き続ける美野里がやってきた場所はあの黒狼たちが住処としていた場所に洞窟内の奥地。
足場の地面には、ちょうど靴の中腹が沈むぐらいの水溜まりあり、どこかからの地下水が漏れて溜まっているのだろうと思われる。
水面から足を上げ、また踏みながら前へと進む。
水の跳ねる音は雑音のない洞窟内にとってはより鮮明に響く。だが、それと同時に、ガチャッガチャッと金属同士がぶつかり合う音が挟み込まれる。それは美野里の背中に背負われた十本もの武器による物だった。
刀や剣が主体となり、それらを無理やり紐で縛り、背中に乗せて歩く美野里。
だが、そんな彼女は水溜りが集まった、その中心で足を止める。


「…………」


美野里は無言で顔を上げ、周囲を見渡す。
明かりの無い洞窟にとって、周りは暗闇に包まれているのが普通だ。しかし、そんな暗闇の中、明かりの変わりをするかのように赤く光る、それはあった。
その数は数十、いや数百といった数にも昇る。……光の正体は、この洞窟に生息し増殖した黒狼の集団たちだ。
圧倒的な数の赤く光る瞳は確実に美野里を見据えていた。一人の彼女を囲うようにそれぞれが円陣を組み、その口内から唾液を垂らす。
その瞳はまるで待ちわびた餌を見るように…、逃した獲物をもう逃がさないように…。
荒息と共に、じりじりとその距離を詰めていく。


「……私の臭いを、かぎつけたんだ」


髪で隠れた美野里は顔を伏せながら、これまで自分の身に起きてきた事を記憶として思い返す。
この洞窟に飛ばされてからどれだけの時間が経ったかわからない。
その時間という流れの中で、肉や骨、髪や血とその他に何もかもが食べられ、暴食された。
数日前に、突然と黒狼の手から助けて貰い、自身の感覚が定まらず朦朧としていた美野里だったが、意識がはっきりとした瞬間、あらゆる感情が美野里の心を無茶苦茶にした。
平穏ではいられない、一種の感情を抱く程に――――


「衝光」


言葉と共に、美野里の背に背負われた武器全てに光が纏う。
そして、同時に黒く染まっていた右腕と右の瞳に衝光の光が灯る。だが、以前のように髪全体が光りを放つことができなかった。
その代わり、今まで動かなかった腕や瞳がその力によって、機能を取り戻す。
両目を使い、前を見ることができるようになった美野里は、その直後で周囲に迫り来る黒狼の姿が視界に映り、思い出してしまう。
その強靱な牙や圧倒されかねない数、それらが今まで自身を食い、腹を満たし、喜んでいたことを……。


「ッ!!」


背中から飛び出すように宙へと浮く十本の武器の内、一つを手に取り、その刃から発せられる衝光の光をさらに強くしていく。


『殺す……、殺す………』


歯を噛みしめ、あまりの強さに口の端から血がにじみ出る。だが、そんなことなど気にすることすら忘れ、美野里の心はドス黒い物へと変色していく。
そして、ついにその心は一変し、




『殺す、殺す、殺す、殺すッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』




『殺意』という…。
染まってはいけない感情に染まり、身を任せてしまった。




「っく、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」




美野里は咆吼のような叫びを吠え、駆け出す。
十本の武器、そこにある物全てを武器にして一人の少女は視界に映る全てを切り裂いていく。黒狼の手足、頭、胴体と次々と切り裂き、突き進む美野里。
だが、仲間がやられたことによって頭を働かせた黒狼たちは身内の一人を犠牲にして生まれた一瞬の隙をつき、美野里の四肢を四体で噛みつき強靱な牙が肉を抉りながら血が噴き出させる。
だが、美野里は歯を噛みしめた直後、宙を浮いていた剣が自動で動き出し、四体の首を一瞬で切り落とした。


「ッんんッ!!」


痛み叫びで誤魔化し、殺意に染まった美野里の瞳が今も向かってくる黒狼に向かって突き刺すように向けられる。
そして、死闘はさらに続いた。
肩を噛まれようが、足を噛まれ、腕を噛まれ、肉が削れ落ちようが、美野里は止まらなかった。例え、傷つけられたとしても、また創世され作られていくからだ。
激痛は脳へと直接たたき込まれるように伝達される。
だが、そんなものが、今さらどうしたというのだ。
肉が切られ血飛沫が飛ぶ。地面の水が血に染まっていく。
今まで起きていた自身のことを思えば、こんなことで立ち止まるという考えには至らない!!
振り切られた剣の音が複雑に混雑する。
そうして、時間が経つ中で次第に剣の音が獣たちが漏らす断末魔の悲鳴へと変わり、その場を支配していった……。
真っ赤な鮮血が飛び交う、まるで違った光景へと塗り替えられる音のように…。






ファルトが美野里を探して数時間が経った。
先に先行して村の外付近を探し周り、まさかと彼女がいたとされる洞窟へとやってきた。そして、ついにそこで美野里を見つけることができた。
だが、そこに来て初めにその視界に映った光景は、


「な、なんだよ…これ…ッ」


まさに、地獄そのものだった。
数百の死体。首が切られ、足や胴体、見るからに生々しい黒狼たちの亡き後が地面に転がり落ち、血が地面全体を真っ赤に染めていた。
死体が地面を埋め尽くす、そんな足場の中央で、その場に座り込む美野里。
刃の折れきった武器たちがまるで姫を守る兵士でもあるかのように地面に突き刺さった形で彼女を守っている。
だが、美野里の体は既にボロボロだった。
全身が返り血に染まり、虚ろな瞳で天井を眺めていた。
ファルトは息を詰まらせながらも喉奥の唾を飲み込ませ、一歩と足を動かしつつ声を掛けようとした。
だが、


「…………また、死ねなかった」


返答とは程問い、その言葉が美野里の口から呟かれた。
耳を疑いたくなるような言葉だった。背筋に悪寒が走り、その場で足を止めてしまったファルト。だが、そこで彼女の状態に再び旋律を覚える。
何故なら、美野里の体には致死量は優に超えているほどの出血が今も脇腹の傷痕から流れ地面を染め上げていたのだ。
さらに言えば、腕や胴体、重傷となる傷があちこちと衣服を貫き肉体を貫通していた。
普通なら、そのまま出血多量でショック死に陥っているだろう。
だが、彼女は今も意識を持ったまま今も生き続けている。
信じられない光景に困惑した表情を浮かべるファルトは、この状況で一体何を口にすればいいのか分からなくなってしまった。
水の滴る音以外、何も聞こえない洞窟奥地。
静寂という空気がその場に漂い、ただ茫然とそこに立つことしかできないファルト。
そんな中で、美野里は未だ残る片方の瞳から大粒の涙を流し、茫然と立ち尽くすファルトに視線を動かした。
ひるんではいけない。そう思うも、彼女の視線に警戒した表情を向けてしまうファルト。
だが、そんな彼に対し、美野里は涙を流し続けながら、唇を動かし、


「……お願い」


目の前に立つ少年に、懇願する。
彼女が望むのはただ一つ。
何もかもをなくし、関わりを捨て、人や生き物と違う体を持ってしまった。
そんな、自分を――
どうか――






「お願い…だからッ、私を、殺してよ…ぅ」






そんな言葉を頼み込むことなど、残酷なことだ。
ただ、それでも頼むしかできなかった。それが、例え、無駄な事だとわかっていたとしても………。


今の美野里には、それしか望むことが出来なかったのだ。


















昔の事を思い出すのは久しぶりだ、とファルトは思う。
急所の溝に受けた痛みがやっと引き、次第に意識が戻ってきた少年がゆっくりと瞳を開けた、そこには、


「起きた?」


タロット使いの称号を持つ少女。
チャトは呆れた表情で気絶していたファルトを覗くようにして見下ろしていた。


「ああ……ッ」


起き上がろうとした瞬間に未だ痛みが残る。
あの女、全力でやりやがったな…、と眉間に力を込めるファルトだったが、直ぐ側に立つチャトの様子の方が気になって仕方がなかった。
何故なら、彼女もまた魔王と名乗る少女に重傷を負わされた一人でもあるからだ。


「…お前は、動いてて…大丈夫なのか?」
「うん、カードたちが治してくれたから」


そう言ってチャトは懐からハートの絵柄が書き込まれたカードを見せる。
愚者、戦車と違った、サポートとした力の役割を持つ『幸運』のタロットカード。確かにあの場での戦いの最中、そのカードが彼女の近くで光を放っていたことはファルト自身、その目で見ていた。
そうか、と小さく唇を緩ませるファルト。
短い返事だが、その言葉を受け取ったチャトは小さく頬を赤らめつつ、そんな彼の隣に座り、改めて小さく頭を下げ、


「その、ありがとうね。…ファルト」
「何言ってんだ。………俺は何もしてねえし、全部師匠のおかげさ」


そう言ってファルトはあの場での自身の不甲斐なさに小さく歯を噛みしめる。
助けに来たつもりが、逆に助けられるなど、見てられない醜態だ。
自身に対して、負い目を感じるファルト。
と、その時、チャトは突然とあることを尋ねてきた、


「ねぇ、ファルト?」
「ん?」
「ファルトの師匠って、本当に災厄の剣姫なの?」
「ッ! …………………ああ」


その言葉は美野里自身もそうだが、弟子としても聞いていて気に入らない。ただ、それでも苛立ちを押し隠すように眉間にしわを寄せながらファルトは質問に答える。
だが、対してチャトはその言葉を聞いた直後、今まで掴んでいたローブの裾を小さく握り締め、


「そう、なんだ……」


彼女の態度に怪訝な表情を浮かべるファルト。
そんな中、どこか歯に噛んだような仕草でチャトは口を動かし、


「それじゃあ、…やっぱり」




その先の言葉を言おうとした。
その時だった。




『ビィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!』




魔方陣の光が赤く染まったと直後。
村全体に奇怪な警報音が鳴り響いた―――









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