異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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覚醒と暴走、そして



第六十二話 覚醒と暴走、そして






アチルとセリアが旅立ちに対し言葉を交わした、その一時間前。
夜空の下、宿となる木造で作られた建物の裏手、月明かりの陰の下でアチルは一人空を見上げ、そこに広がる星を眺めていた。
夜になると夜風は少し肌寒くなり、アチルの唇から漏れる吐息もまたそれに呼応して外の温度によって冷やされていく。
白い息として顔の前で漂い、そして消えていく。
寒さを自覚する中、アチルは視界の先に広がる太陽の光を反射して光る月と、その周りに米粒ほどに数々と浮かぶ星たち。
それらにどういった名前がついているかは、アチルにはわからない。
だが、魔法使いにとって星は一種の占いに必要なものだと昔に教えられたことがあった。
実際、その占いに正確性があるかは定かではない。
大昔の曖昧な勉学だったと、今更ながら思いだし溜め息をつくアチル。
そんな時だった。
ジャリと、地面に落ちた小石を踏む音が聞こえる。


「……来てくれましたね」


アチルは顔を下ろし、音の聞こえた地点に振り返る。
夜ということもあって、明かりのともさない場所は暗闇に包まれている。だが、月が出ているおかげもあって月光は明かり代わりとなっているのだ。
そして、音の発生地点はちょうど月光を遮る他建物の裏手となる場所。ジャリジャリとその音は隠れる素振りすら見せず月光で照らされた地面へと足を踏み入れた。
その正体を解き明かす、月光。
そこにいたのはローブを着た少女。タロット使いの称号を持つ、チャトだ。


「……………」
「突然のことで本当に悪いとは思っています。でも、貴方に一つ、聞きたいことありました」


普段とはどこか違う、無言を突き通すチャト。
彼女の表情には笑いや穏やかといった色はなく、どこか冷め切ったような、そんな雰囲気が感じられる。対してアチルはそんな彼女を静かに見据え、本題となる疑問を言葉にして尋ねた。


「貴方は何故、六本剣使いを探しているのですか?」


それは至ってシンプルな質問。
もう一人の双剣使いは単に戦いといった戦闘にしか眼がない事はあの時の話で大方、理解は出来た。だが、彼女は違う。その場に流れる空気から一歩後ろに引いた位置で自身の気持ちを隠し、その場を和ますムードメーカーという役を演じていたにすぎない。
そして、そんな彼女がセリアと共に行動することとなる。……気がかりで仕方がなかった。
だから、尚のことその言葉で尋ねたのだ。
静かに、返答を待つアチル。だが、一行に口を開かない彼女に対しもう一度。
言葉続けようと―――




「……もしかしたら、彼なら知っているかもしれない、からだよ」




そう、不意にチャトは答えた。
何を、と当然のごとくアチルはそう返そうとする。だが、その瞬間。


「……!」


できなかった。
アチルを前にして、初めて見せる彼女の本当の―――――素顔。
その顔は、まるで―――








「私の大切な、家族同然の皆を殺した化け物について……」








憎しみに覆われた、復習の皮を被る称号使い。
タロット使いという名など、似合わないと、思うほどに………。
















『どこにいるのかしら、ほんと…』
















夜は明け、朝へと変わる。
セリアたちが向かおうとする黒狼の住処までは足を使っても丸一日は掛かると愚者は言う。だが、正直な話。そんな悠長な時間を掛けたくない。
しかし、アチルの扱う転移魔法には転移先への刻印によるマーキングが必要となり、足を踏み入れたことのない黒狼の住処たるトコヨ洞窟まで飛ぶことができない。
故に、そんな状況の中でタロット使いたるチャトの出番がやってくるのだ。


「戦車なら、そう掛かっても半日ぐらいだよ」


戦車というのは、黒狼との死闘の際に召喚した黒と白に分かれた二頭のライオンのことを指す。セリアにとって、もっとも早く到着することのできる移動手段を持つ彼女とのペアは組み合わせともして正解であり、愚者はそこまで計算していたのかと、


「愚者の言うことは大体が適当だから、偶然だと思うよ」


……………主人のチャトが言うに、そうらしい。
とはいえ、こうして移動手段は手に入った。
あと残るは、洞窟まで到着するのに半日掛かるという問題だ。
野生のモンスターたちとの遭遇や視界の悪くなる夜は極力避けたい。セリアたちは十分に考えた後、明るい内に到着するためにも早朝の時間に出た方がいいと決断し、そうしてアチルたちとウィヒロン村で別れることを決めた。


『来て、戦車!』


タロットカード、主の声に呼応し絵柄として描き記された戦車によって二体の猛獣は召還される。黒の方にチャト、白の方にセリアがその毛並みが整った背中にまたがった。
………ここで別れることは、どちらかの正解につながる。
ウェーイクト・ハリケーンか。
トコヨ洞窟か。
そのどちらかに消息を絶った美野里の手がかりがある。
昨日のチャトの一件もそうだが、心残りを残し、小さく唇を紡ぎながらセリアたちを見守るアチル。と、不意にセリアは彼女の視線に気づき、顔を振り向かせた。
そして、彼女は口元を緩めながら、


「アチルさん」
「えっ」
「美野里さんに会ったら、必ずアチルさんの思いを伝えます」
「……セ」
「だから、アチルさんも頑張ってください」


それは一つの約束。
今回のことに関して、どちらかが諦めてもいけない。
だから、この言葉は約束。もっと言えば誓いでもあった。
それじゃあ! と言ってその場から離れていくセリアたち。アチルはそんな彼女たちを見送りながら、自身が挑まなければならない、行く先。
銃都市、ウェーイクト・ハリケーンへと双剣使いのブロと共に足を向け、進み出すのだった。
















『強いやつ、強いやつ、どこかしらー』














あれから数時間と時間は経った。
二頭の猛獣は前足の二本で地を蹴り上げ、全速力で目的地へと突き進む。前方からくる風は速度に合わせて圧力を高める。
二体の背中に乗るチャトとセリアは顔にくる風圧に目を細める。とはいえ、前を向けないほどではない。
この状況は早朝から走り続け、時間でいうならちょうど昼を回った頃まで続いている。
半日といったがチャトがいうには後三時間ほどすればつくと言う。


「頑張って、戦車」


主人の声に反応し、二体は返事を返すかのように吠える。
だが、かれこれ数十時間と走り続けているためかその声にはどこか疲労感も見え隠れしていた。ここらで休憩を入れるか? とチャトは隣で同じく背に乗るセリアに休息の声をかけようとした。
だが、その時だった。


「……見られてます」
「え?」


突然とそう口を開くセリア。
その表情からは警戒と同時に周囲の状況を見極めようとしている目の動きが見て取れる。直ぐ様、チャトは周囲を見渡し注意を払うが、そこら一帯に広がるのは岩地や草木といった物のみ。


「見られてるって、どこから」
「わかりません、でも‥‥…見られているのは、確かです」


勇者の称号を持つ、セリアだけがそのことに気づいた。
それは視覚や聴覚、そういった感覚とは別の彼女自身が無意識に感覚として認識することが出来る、気を探る力によるものだ。
しかし、気のせいという可能性もある。だが、チャトには彼女の力について一つ覚えがあった。
それは以前にアチルたちの様子を伺うため、透明となるタロットカードを使用して隠れた時のことだ。隣に歩くアチルは全く気づく様子はなかった。ただ一人、セリアだけがこちらの視線に気づき視線を向けたのだ。
気を感じ、周囲の状況を確認すること。
達人となるハンターなら、もしかすればそういうことを簡単にこなすことができるのかもしれない。
だが、セリアはチャトとそう歳も離れていると思えないほどにハンターとしては幼い。
その歳で、達人に至るまでの感覚を手に入れることなど、果たしてできるだろうか?
もし、その可能性でないとすれば、


(称号、…………勇者)


チャトが思い浮かべる勇者というイメージ像は、至ってシンプルな超人という力を持つ存在。
しかし、それはただの想像でしかない。
勇者の力が覚醒した時、それは攻撃に特化したものとなるか、それ以外、もしかすれば………そんな生易しいものを遙かに超える力が解放されるのかもしれない。
だが、もしそうだとするのならば……、


「……………」


思考に浮かぶは六本剣使いのファルトが口にする言葉がチャトの脳内に浮かぶ。
それは、―――――――暴走。


















『うん? あれ何だろ、もしかしたら』
















どこかわからない。
それは暗闇の奥に存在する、正確な位置などつかめない場所。
だが、そんな場所の壁一角。黒く光り輝く結晶が立っていた。傷一つない自然の鉱石。値段にすれば普通なら手に届かない高い値打ちで売れるだろう、そんな結晶だ。
そして、毅然と露わになる結晶の正面で、黒い衣装を身に纏う少年ファルトは、


「……ふぅ」


短剣を構え呼吸を整えながら一歩、と距離を離し、小さく、さらに強く息を吐いた。
その直後。短剣の刃に黒いオーラが纏った瞬間に地面を蹴飛ばし、鉱石に向かってその剣を振り下ろした。
それも、何度も切り返しを繰り返していく。
その動きは規則的でもあり、彼が行う修行の一環でもある。
ただ我武者羅にやっているのではなく、彼の持つセルバーストの力を常時継続して酷使し続けるための修行。
キン、キンと数度の音が弾け、そして響く。
短剣によって何千何百と切り込まれているだろう結晶。しかし、その表面にはこれといって傷が一つも入っていない。
計っているわけでもなく、ファルトは連続的な切り返しを一行に止めることなく続ける。自身の足腰が立たなくなる、体力が続く限り。
だが、


「!?」


その矢先、剣に纏っていた黒いオーラが突如として消えた。
セルバーストの継続時間が過ぎ、維持ができなくなったのだ。
ファルトは歯切し、剣をコートに戻した。
両膝に手をつけ、両肩で息をつく。額には大粒の汗が溜まり、ポタポタと滴のように地面に落ちる。
少年は大きく息を吐き、呼吸を整えようとする。
少し休息を入れ、また続けよう。そう思考した。
と、そんな時だった。


「ファルト」
「?」


暗闇の奥、その声は聞こえてきた。
明かりもなく、目をこらしたとして顔まで確かめることはできない。だが、少年にはその声が誰の声なのか、わかっている。


「どうしたんですか、こんな所まできて」
「うん、ちょっとね。レトさんから言づてを頼まれて」
「オババから?」


うん、とそう答える声の主。
ファルトは首を傾げる中、その声はどこか苦笑いしたような言い淀んだ声で言った。






「ファルトに、早急に行ってほしい所があるって」
















交わることのない、会話。
だが、それは。たった一つの存在が出現することで、交わり急展開を迎える。
















『あはは、……やっと、見つけた!!!!』


















それはまさに、次の瞬間だった。
チャトたちを乗せ、敵がいないかと臭いで探りながら地面を駆ける戦車。
そのまま周囲を警戒しつつ、風を押しのけ前へと突き進む―――




「避けて!!」




瞬間、セリアの声が弾け飛ぶ。
それと同時に、戦車の二体は前足に力を込め、後方に飛び退いた直後、前方に存在した地面がまるで何かでかぎ取られたように一瞬で抉りとられた。
その傷痕は一筋、まるで鋭利な刃物で切り取られたような痕。そして、それと同時にその傷元に一つの陰が上空から着地する。






「へぇ、今の……気づいたのね」






何もない空間から、ぬるりと現れ地面に着地した存在。その存在は、黒いドレス衣装に身を包んだ一人の少女だった。見た目から見て、セリアとそう変わらない年頃と思われる。
だが、ただ一つ異様なのは彼女の手に握られる、自身の背丈ほどの刃がある大剣。
柄の部分にはゴツゴツとした装飾が施され、深紅の刃が大きく目立つ。だが、刃の中央で赤とは違う銀色が微かに見え、


「……ッ」


その直後、セリアはその剣の正体に気づく。
大剣は元々、銀色だった。いや、今も銀色の刃を持つ大剣なのだ。だた、刃に染みとなって残る深紅、それは………血の痕。
離れた場所からでもわかる、彼女の体から漂う血の臭い。それがまさに証拠だった。
大剣は、多くの者の血を吸い取ったように刃を血で染め深紅へと変わった。
普通なら血によって刃が錆びるはず。しかし、刃は錆びることなく、逆にその切れ味を証明しているかのように色を見せる。
色として残るまで、どれほどの者を斬ったのか…。
思考がそこまで行き着いた瞬間、全身が震えたのと同時に危機感が脳から全神経へとダイレクトに伝達される。
セリアは歯を噛みしめ、長刀ヴァファートを抜き取り、慎重的な口運びで尋ねた


「……貴方は、何者ですか」
「何者って、私のこと?」
「…………」
「うーん。………そうねぇ」


至って平然とした表情を浮かべる少女。
片手で重々しい大剣を持ち上げ、柄を肩に乗せながら、しばらく考え込む。
そして、そっと……少女は口元を緩ませながら、言った。






「魔王、って言えばわかる?」
「「!?」」






それは突如。
強大な圧力がその場一帯に押し掛かり、チャトとセリアの呼吸が一瞬止まった。
クス、と笑う魔王と名乗った少女。
ゆらゆらと、足を一歩動かし、


「せんしッ」


チャトは戦車に攻撃を指示しようと、した次の瞬間。
二体の獣は首と胴体が分かれ、地へと転がり落ちたと同時にチャトの目の前にその少女は転移したように現れる。
実際には転移ではない、地面を駆け、急速でそこまで迫っただけなのだが、驚愕の表情を浮かべるチャトをよそに少女はチャトの懐、そこにあるカードへと指先を触れながら、


「貴方、タロット使いか………フフッ」


その直後。
カードが雷を発し、その指先を後方に弾き飛ばした。
それはチャトの意思ではなく、カード自身の防衛による攻撃。少女は眼を見開きながら、一端、その場から距離を取る。
警戒を強めるチャト、対して指先に微かに残る焦げた痕を見つめる少女はしばし、うなり声を漏らすと、その口で、




「その力、オリジナルね」




何も、特別なことは言っていない。
そ少女は思っていることを口にしただけ……、


「……な」


だが、この状況下の中でただ一人。
チャトは顔を硬直させ、大きく見開いた瞳で目の前の敵を見つめていた。


「な、なんで……ど、どこで」
「?」
「オリジナル、その言葉を…………貴方、どこまで」
「どこまでって、そんなの全部だけど?」


キョトンとした表情を浮かべる少女はその問いに対し、逆に疑問を投げかけている。だが、そんな余裕な表情を見せる、その背後で一つの陰は迫り攻撃を放つ。


「居合い抜刀、爆切!!」


セリアは長刀ヴァファートによる斬撃。
刃と刃による接触と同時に強烈な音を弾き、音の刃が相手の聴覚へとダメージを当てる抜刀技だ。
身体による直接攻撃ではない干渉を目的として編み出された技でもあるため、肉体への大きなダメージとはならない。
しかし、防御として大剣を交える。その際に、刃と刃が重なり合うことは同時にその刃が持つ強度や堅さを感知することができる。
目の前に立つ敵の詳細は未だわからない。
なら、尚更それを見極めなくてはならない。
その思考を持ち、セリアは技を放ったの――――――




「何、それ?」




思考は、その矢先で潰された。
ヴァファートの刃は、大剣に触れる。そんな淡い幻想を砕くように、その刃が触れたのは指だった。
それも、刃を二つの指先で捕まれる形で、


「っ!?」


あり得ない光景に眼を見開くセリア。
退くという考えが、脳内に走る。だが、その時間すらなく彼女の首に少女手が伸び、ガシッと音を立て首筋は握られた。
ギシィ、と音がなり力は強まる。
気道が狭まり、セリアの喉奥から嘔気が襲う。


「ねぇ、もう一回聞くけど、何それ?」
「ッ、っあ」


首筋を握る、その手の握力は尋常ではない。
セリアは必死にその手をどけようと試みるも、一行にその手は外れない。
少女はしばらくセリアの様子を眺めていたが、次第に興味を失せたように溜め息をつくと、その手を離した。
首を締め付ける力が離れ、呼吸の気道が平常へと戻る。
だが、圧倒的な力に対し、セリアはその場に倒れ何度も嘔吐きながら荒い息を漏らし続けるしかできない。
その目の前では、少女はそんなセリアを見下ろしながら呆れた表情を浮かべていた。
そして、その口で彼女は言う。








「貴方、まだ『ライフィニーモード』にもなれないの?」








それは、初めて聞いた名だった。
セリアは涙で潤む視線を向け、掠れた声で呟く。


「ライフィニー…モード…?」
「ええ、称号の覚醒のことだけどもしてして、知らないの?」


眉をひそめる少女はその場にしゃがみ込み、セリアに顔を覗く。本当にわかっていないのか、そう真に尋ねられているようだった。
困惑するセリア。対して少女はその口にした力について話を続けようと――


『殺れッ、魔術師!!』


その直前。
言葉の先を塞ぐようにして、緋色の閃光弾が少女に向かって放たれる。
何の前触れもない、突然と現れた攻撃。ブレもない動きで目標へと一直線に向かい、その光弾にどれほどの威力が備わっていたかは定かではない。だが、そんな攻撃でさえ少女は軽い調子で剣を振り上げ一瞬で斬り裂いてしまう。
斬られたら際の微かな光すら消し去ってしまう。
驚異的で、圧倒的な力を見せしめる魔王の力。
セリアを見ていた少女は光弾がやって来た方向に振り返り、そこに召還された左右白黒でわかれた仮面を被る道化師を見つけた。
そして、その隣に立つ殺意を宿した瞳を向けるチャトの姿も、


「さっきまでの可愛らしい顔が台無しよ?」
「何で、……ライフィニーモードのことまで、知ってるのッ」
「ん? どうし」
「答えろッ!!!」


今まで見せたことのない、怒りの形相で言葉を吐くチャト。
対して少女は、


「へぇ、貴方も知っているのね。………でも、おかしいわね」


顎に手を置きながら考え混む。
目の前からくる殺気など気にする素振りすら見せず。
次の言葉を発することがどういう意味を持っているのか、それすら考えるまでもなく。






「この事を知ってる、ってことは……もしかしてあの一族の生き残り? でも確か、私が全員殺したはずだったんだけど?」
「!!!!」








その言葉は、同時にチャトの精神を崩壊させる。
怒りという感情を剥き出しするに十分な言葉だった。自身の声と思えない発狂したように怒号が響き渡らせ、眼を血ばらせるチャトは懐からさらに二枚のカードを取り出す。


『皇帝、審判ッ!!!!!」


複数召還。二枚のカードが光ると同時にその背後に二体の巨人が召還された。
それは圧倒的な力を持ち、その場一帯を荒れ地にする力を備える。はずの存在たちを―――


『…―――――ァ』


召還はした。だが、それは未完成だった。
魔術師や愚者といった鮮明な姿を整っていない、彼女が出現させたのは光の巨人だったのだ。失敗の原因は複数召還という力量を超えた召還方法をしてしまった為。そして、さらに言うならチャトがタロット使いとしての力を存分に操れていないということもそれに含まれる。
しかし、たとえ完全体として召還できなくともその力は強大だ。
少女もそのことを感知したのか、クスクスと口元を緩めながら大剣を構え立ち上がる。


「あら、そんな不完全で勝てるとでも」
「黙れ……黙れええええええええええええ!!!」


チャトが叫んだと同時に、三体はタロットは強大な光を手にため少女に向かって打ち出した。
その光弾はさっきまでの小規模な光とは違う。
大地に直撃すれば、その場一帯に大きなクレームを作るに十分な威力を秘めているはずだった。






「魔王、ライフィニーモード」






その時。
少女が、称号の力を使わなければ―――


「………ぁ」


瞬間、チャトが召還した三体のタロットは一瞬にして斬り殺された。
横一線と傷口は皆一緒だ。そして、それは主であるチャトにとっても同様に上着の表面に一筋の線が入り、真っ赤な液体がその傷から前に噴き出される。
ドン、と音を倒れるチャト。
地面には真っ赤な血の痕がじんわりと広がっていく。


「これがライフィニーモード。そして、これが………魔王であるべき者の手際よ」


構えから大剣を戻す少女は、側に倒れるセリアに向けてそう説明を加えた。
だが、今の彼女にとってそんな小さな答え等、耳に入る訳がなかった。強大な力を持っていたタロット使いのチャトが、こうもあっさりと倒され今にも死にそうになっている。


「チャト……さん……ッ!」


掠れたように声を出すセリア。
その一方で大剣を持つ少女は鼻歌を歌いながら地面に倒れるチャトの元へと近づいていく。


「フフッ、真っ赤な血……いいわね」
「な、なにを、する……つも」
「そんなの、決まってるわ」


少女は口元を緩ませ、大剣の腹に片手を添える。
その口から、外見とは似合わないような言葉を付け足して。


「この子の頭を切り取って、私のコレクションに加えようと思ってね。ピクピクして、とてもいいわ」
「!?」


フフッと笑い、さらに一歩とチャトに近づく少女。
その足取りは次第に速くなる。
セリアは全身に力を込め起き上がると同時、駆け出し、技をはな、


「弾我ッ」
「邪魔」


だが、対する少女は大剣すら使うことはなかった。
背後に迫ったセリアのガラ空きとなった腹部に向かって、空いた手を伸ばし、軽い当て身のように手の甲をその部位に当てた直後。
ドッン、と強烈な衝撃が全身を襲う。体内に溜まった酸素も強引に外に押し出され、血を口から吐くセリアは再び地に倒れた。


「称号すらロクに使えない雑魚なんて、私いらないの」


少女は興味を失せた瞳で、セリアを見下し、再び前へと歩き出す。
手に握る大剣を大きく振り上げ、


「さてさて、切り取った時の顔、どんなのかしら」


誰にも邪魔されることはない。
口元を緩ませる少女は倒れるチャトの元へと、一歩、足を動かそうとした。










「ダークネスセル・メテオブレット!!!」










次の瞬間、上空から六つの黒流星が少女に向かって落下する。
攻撃が見えていなかったわけではない。ただ、少女は無邪気な笑みを表情に浮かばせ、観察するように攻撃の軌跡を見つつ後方に跳び回避し、チャトとの距離は離す。
そして、それと同時に黒い衣装で身を包む少年、ファルトが上空から着地する。
セリアは激痛に顔を歪めながら、声を絞り出す。


「あ、貴方…は」
「おい、お前! これ、どうなってんだ!」


ファルトはセリアにそう呼び叫びながら、直ぐさま重傷を負ったチャトに振り返ろうとする。
だが、視界全体には、


「へぇ、面白いわね。貴方」
「ッ!!」


ただ純粋に、面白いおもちゃを見つけた子供のような笑顔を見せる少女の顔があった。
思考を巡らせる時間すら与えてはくれない。ファルトは反撃するようにセルバーストを纏った短剣を振りかざそうとする。
しかし、少女は再び刃を指先で掴み止めて攻撃を防いでしまう。
ファルトは素手でセルバーストに触れたという事に驚愕の表情を浮かべる。だが、同時に触れれば何かしらのダメージがあってもおかしくないにも関わらず、目の前の存在はそれすら感じず顔色一つ変えていないことに疑問を抱く。
何故なら、ダークネスの力は彼の知る中でも、その存在自体が強力な力だ。


(ただの女じゃない、ってことかッ)


今の状態で効かないなら、さらに上。
セルバーストの力を底上げするため、ファルトは意識を力に注ぎ込む。
オーラを荒々しくなり、その力はさらに大きく、さらに強く―――。
だが、その直後。


「!?」


まるでガス欠を起こしたように、オーラの大きさが急激に弱々しく減り始めた。
少女は首を傾げながら、様子を伺う。


「クッソ!? ………力がッ」
「何、もしかして体力不足?」


数分前まで訓練をしていたファルト。
こういう状況になるとは思いしていなかった分が大きかった。
訓練として力を乱用し、ツケが今になってふり返してきたのだ。
一度は興味を持った少女だったが、目の前の敵が弱り始めたのを確認すると落胆したように溜め息をつき、片足を振り上げた。
それは小さな動作、だが。


「ッ!?」


少女の振りはなった蹴りがファルトの脇腹を打ち抜き直後、地面から足を浮いたと同時に彼の体は近くにあった大岩に向かって吹き飛び、激突する。
衝撃は全身を貫き、声を上げることなく地に落ちるファルト。
一方で、ファルトたちが小さな死闘を続ける中、その隙をついてチャトの側まで駆け寄っていたセリアは必死に声を出す。


「チャトさん! ち」
「に、…」
「ッ! チャトさん、しっかりしてください、早く、ここから」


戦闘、セリアの頭にはその言葉は浮かぶ事はない。
この状況では、どれだけ惨めだろうともしても、逃げに徹しないといけない。そう判断するしかできなかった。
だが、チャトはそんなセリアに対し、口にしたのは、




「に、げ……って」
「…え」


逃げて?
そう耳から脳へ、その言葉が注がれた瞬間。
セリア自身の腹部、ファルトと同様に少女の蹴りが入り、彼女の体は真横に吹き飛ばされる。
地面を何度もバウンドし、傷から血が飛び、全身の骨の何本からが折れる音が聞こえた。
砂埃をたて、地に擦る形で止まった体。
悲鳴を上げ、痛みに悶えるセリア。
霞む視界で、彼女が見たのは、


「…ッ!!」


少女の持つ大剣は、再び振り上げられる瞬間。
助けとして駆けつけたファルトもやられ、自身も何一つ守ることも出来ない。
そして―――




「それじゃあ、さようなら。心配しなくても、すぐにお仲間の所に連れて行ってあげるから」




そして―――――少女は笑う。
目の前に横たわるチャトを見つめ、その命を殺すことを…。
セリアの、瞳に映る中で、










「や――――――…」


















『勇者なのに』
『勇者なのに、勇者なのに』


自身への、言葉が心に伝える。
時間のない、誰もいない、心の中。
自身が誇りとして思っていたもの、それを貫こうと思っていたもの、それが、今まさに壊されようとしている。
だから、言葉は彼女に問う。






『勇者って………誰が?』






カチリ、と音をたて外れる枷。
五つある中、その一つが取れた瞬間、閉じ込められたものが漏れ出す。
問いは、火種だった。
セリアの持つ、全てが、……心が炎へと生まれ変わる為のッ――






















少女の大剣が振り下ろされようとした瞬間。
突如、離れた場所で巨大な炎が空に向けて巻き上がる。


「何?」
「ッ………ま、さか」


手の動きを止め、顔を動かす少女。
対してファルトはその炎に驚愕したと同時、その発信源にいた一人の少女を思い出す。
その力の元となった………称号使いの名を。
数秒と火柱が上がり、炎はその直後に四散した。
だが、その炎の下で、地に足をつけ、その称号使いの眼は開く。
手に握られるは自然のエレメンタルを操る剣、長剣アルグート。
白い生地で出来ていた上着とネクタイは紅に変色し、下に伸びるスカートは原型を炎へと変わり、髪を一括りにしていた五つの花をイメージして作られていた髪留めの一花が外れている。
そして、括られていた髪の間から炎が漏れ出すように灯され、セリアはその深紅の瞳を見開いていた。
光のない、無感情の心を映し出したように。


「まさか、ここでライフィニーモードって」
「…………」
「フフッ…………面白いじゃない!!」


返答は返していない。
だが、少女は興味をセリアに変更し、大剣を構え迫ってくる。
間近への急速な接近。それと同時に大剣が振り下ろされる中、セリアは自身のもつ剣、アルグートを振り上げ、その攻撃を防ぐ。
それも、圧倒的な力持つ少女の攻撃を………刃と刃でせめぎ合う形で、


「へぇ、凄いわ。でも、それで全力?」
「……………」
「? 何、もしかして意識がないの?」


少女の言葉に未だ一行に答えない。
ただ、セリアは無表情の顔を上げ、その唇を動かし、言う。






『勇者……勇者…』
「!?」






何かの反応を見せようとした少女。
だが、それよりも早く、アルグートの持つ能力が暴走を始める。
四つのエレメンタル、それが光となって刀身に集まり、刃は虹色の光を放つと同時に力を補充する。対して少女はその光景に眼を見開かせ、口元を緩める。
それは強敵との死闘。
いや、それ以上にセリアの口にした『勇者』というキーワード。






「そう、貴方が………そうよね、魔王と対決するのはいつだって勇者だもの!!!」






少女の声に呼応し、彼女の持つ大剣にも同様に黒色の光が纏わり付く。
二つの強大な力。地盤や空気を振動させ、その力たちは暴走を続ける。セリアは意識のない、暴走状態。対して少女は自身の持つ力を全開に発揮できることに狂喜している。
だが、そんな二人の力がこんな場所で使われたとしたら?
近い場所で横たわる、今にも死にかけているチャトは――――――


「ッ、くっそ!!」


ファルトは痛む体に鞭を打ち、立ち上がろうとする。
自身の体もそうだが、距離を見ても時間は圧倒的に足りない。しかし、それでもあの彼女をこんな場所で死なせるわけにはいかない。
なのに、なのにッ!!




『お願い、だから……私を、殺してよッ』




ファルトの脳内に映る、一人の少女の言葉。
目の前で、ポロポロと泣き続けた彼女を前に立つ、無力な自身を。
情けない。
何が?
悔しい。
何が?




こうして、目の前の死を黙って見るしかできない事がッ!!!




「!!!」


眼を見開くファルト。地面を殴りつけ、強引に立ち上がった少年はコートの端に納めた六本の短剣を抜き取り、限界ギリギリにセルバーストを纏わせる。
狙うは大剣を持つ少女。
両腕を振り上げ、全剣を少女に向かって投げ放つ。
空気など蹴散らす威力、オーラによって強化された黒流星はセリアと対抗する少女の体を貫こうとした。
だが、それは瞬間。




『邪魔を、するなッ!!!』


少女の一睨み、その直後。
魔王としての力がさらに上限を超える。
セリアの力は急激に押し負け始め、黒いに染まる大剣の刃から触手のような物が伸びた瞬間、迫る六本の剣を全剣叩き落とした。
そして、そのまま茫然と立つファルトの心臓に向かって、触手はその肉を貫こうと迫る。


一歩も動けない。
確実なまでの死が、目前にして襲いかかった。


























































「衝光」




それは、突然の声だった。
この場所、地上では絶対に聞いてはならない、声。
だが、その声と直後、彼の目の前に一本の剣が地面刺さる直後、強大な光が縦のように広がり、触手からファルトを守った。
その力に触れた触手はまるで浄化されたように、一ミリもその身を残さず消え、そして、それと同時に剣は音を立て崩壊した。
まるで役目を終えたように、


「な、……なんでッ」


目の前の光景を見つめ、悲痛な声を漏らすファルト。
だが、そんな声を聞いても、その声の主は止まらない。




「衝光」




再び、その言葉を口にした直後。それに呼応し、その主の手に持たれた刀に強大な力が宿る。
それは眩い光、地上おも照らし、衝撃の力を持つ―――
声の主――――彼女は放つ。








「大打現」








一時。
その場にある全ての音が消えた。
それは二つの力を、さらに凌駕する力によるものだ。
そして、大剣を弾かれ後方に跳ばされた少女は、口を開けながら、茫然と見つめる中―――


「もう、大丈夫」


気を失い、元の状態に戻るセリア。
そんな彼女をファルトの元へ届け、地面に突き刺したクリスタルで構成された刀を抜き取る存在。
黒い上下の服、大きな布を何回もと巻き、胸と右腕を隠すように広げた、その姿。
そして、右目が隠れるほどの前髪、黒へと変わってしまった長髪を持つ主。
彼女は少女に振り向き、口を開く。


「悪いけど、弟子もだけど、この子も殺させるわけにはいかないの」
「あら、貴方……何者?」
「うーん、それはこっちの台詞だけど、まぁ……いいか」


この名前を口にするのは何年ぶりか、わからない。
実際には二年ちょっとという時間が経っている。しかし、そんな事さえ考えることができないほどに、彼女の時間は長かった。


「初めまして、魔王のお嬢ちゃん」


だから、本当に久しぶりだった。
女は、いや、……彼女は小さく口元を緩ませながら、そして、口にする。






「私の名前は町早美野里。災厄の剣姫って言えば、わかるかしら」






大人びた風格。
表に出ることをしなかった、少女はいつしか大人になっていた。
災厄の剣姫という名を付けられ、皆に嫌われる存在になろうとも―――――――『誰であろうと助けを求める者を助ける』受け継いだものを捨てることをせずに………。






第六十二話 覚醒と暴走、そして―――――災厄の剣姫は表へ歩き出す







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