異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

goro

近づく者たち



第五十八話 近づく者たち




称号との死闘を終えたセリア。
敵を地に伏せさせるまでいき、後一歩という所まで追い詰めた。だが、そこで奇襲によって敵には逃げられ、さらに間一髪で魔法使いのアチルに助けてもらった。
そうして彼女は、現在――


「あのー………アチルさん? そろそろ」
「肉が焼けるまで我慢してください」


それが罰です、と付け足すアチル。
彼女たちは今、ラビット村から少し離れた岩地の隅で野宿のため食材を調理している最中だ。ちなみに調理している物というのは彼女たちの実力を知らず無残にも突っ込んできた草原で口端の角を巨大化させた猪である。
そして、アチルが手を動かしてしている事というのは、ソレを斬り裂いた際に得た肉を焼くといったシンプルな調理方法。なのだが、彼女は魔法陣の上に置かれて音を出しながら焼ける肉にもう一手間を加える。
それは懐から取り出す、小さな筒。中には白い粉が込められ、それを表裏と肉の表面に振り掛け味を付けたす。


「よっと…」


二本の細い棒を起用に使い、肉をひっくり返すアチル。
魔法都市アルヴィアン・ウォーターでは基本の調理技術が疎く、それを補うように食事に対して味を醸し出すための調味料に力が注がれている。
その為、アルヴィアン製の調味料はその美味は確実であり、各都市でも有名で注文が絶えないという。
そうこうしている間に肉の表面にのった粉は、加熱していく温度に応じて溶け始めてきた。
肉にその味が染みていく。
美味しい匂いが鼻をつき、その匂いは空腹を刺激する。
と、その直後。ぐるるるるぅー、と大きな腹の音が鳴り出した。


「もう、…もう、太ももが限界なんです!!」


それと同時にセリアの悲痛な悲鳴がその場に大きく響く。
彼女の太ももの上には魔法陣で構築された石台が二段と積まれている。その状態のまま、かれこれ一時間とそのままの体勢なのだ。
当初、アチルが冷徹であること雰囲気から察していたセリアは土下座の後に長い説教で終わりかと思っていた。
だが、まさか……。あの場での正座では許してもらえず、こうして罰をアチルから受けさせられるとは……。
しかも、


「はい、もう一つ追加です」
「っう!?」


――アチルは、かなりのスパルタだった。
ドン!! と二段積まれた石台の上にさらにもう一段と石が転移され落とされた。
これにはセリアも涙目でしくしく泣くしかなかった。そうして、それから調理が済むまで一時間ほど続いたのだった。








「うぅー、太ももの感覚がないです」
「貴方が静かに待たないからです」


そう言ってセリアに焼いた肉を皿に乗せ渡すアチル。
痛みの訴えを続ける彼女だが、目の前で香ばしい匂いを漂わす食材に敏感に反応した彼女は有無言わずそれに食らいつく。味がのった肉は噛み応えもあり、噛み千切る際に肉汁が漏れる。
一方、アチルは自身の分を少量食べ終えると、魔法によって生み出した水を容器に入れ喉に流し込む。
そんな彼女の仕草を眺めていたセリアは、口をモグモグとさせながらそんなアチルに話し掛けた。


「それで、はむっ、……次はどこに行くんですか?」
「とりあえず、ウィヒロン村に行くつもりです。ここから近いですし」
「ウィヒロン村、ですか……」
「? 行ったことがあるのですか?」
「あ、はい。……まぁ、あそこは観光地として有名な村ですし、食材調達とかでよく使いを頼まれたので。確かにラビット村に比べれば大きな村ですし、色々な情報が得られると思います」
「………………………そう、ですか」


村が大きいということはそれだけ行き交う人も多くなり、さらに言えば情報も豊富にあると思われる。だが、アチルはその説明を聞き、どこか言い淀んだ表情を見せた。
当然、違和感を抱いたセリアは首を傾げ、そんな彼女に声を掛ける。


「アチルさん?」
「あ、いえ……何でもないです」


そう言って顔を反らすアチル。
セリアの視線を横目で感じながら、彼女はここに来るまでの間に耳にした、あの噂を思い出す。
それはラビット村での依頼受付人から情報を得ていた時の事だ。




「六本剣使いは、男?」
「ああ、俺も実際にはみたことはない。ただ、お前と同じでソイツのことを聞きにきた女二人がそう言ってたぜ」
「………………………」




今にして思えば、六本剣使いを追っているのがアチルたちだけでないという所に意識がいってしまいがちになるところだ。
しかし、


(あの情報が、嘘か本当か………)


この問題は今後の旅に大きく関わる。
男か、女か。それだけでここまで来た意味がなくなってしまう。
無言を続けるアチルは、容器に入った水を見つめ、悶々とした思いを静かに胸の内に閉める。
そうしている間にも、思考を巡らせるも遅かれ時間は流れていく。
晴れることのない、思いを、抱きながら………、
















翌朝。
凶暴と化した生物たちと接触するのは極力さけたい。アチルの指示に従い、セリアたち一行は早朝に足を動かし、目的地へと向かって歩き出した。
冷たい風が微かな音をたてながら吹き抜け、一見厚着をしている風に見えるセリアは両肩を手で擦りながら声を震わせ口を開く。


「うぅぅ、少し寒いです」
「確かに、朝方は冷えますね。……そういえば数年前までこの地方は大嵐に囲まれていたと聞きましたが」
「はい、前は本当に砂嵐が凄くて外に出るのもやっとでした。でも、ある時から突然に嵐が止んで、今では何もないんですよ」


まぁ、そのお陰か気象の変化が凄いんですけど、と鼻をすすりながらそう話すセリア。
本当に寒いのか体を縮こませる彼女を見かねたアチルは、溜め息をつきながら、白い吐息と共に、


「シーエアー・ルータ」
「!?」


ぼそり、と魔法を唱えた。
その直後、セリアの全身を橙色の光が包み込み、それと同時に体温が上昇する。
今、アチルが唱えた魔法は以前にドライヤーのような微弱な体温変化をもたらす魔法の強化版ともいえる魔法だ。
長旅をする際に教えられる魔法であり、魔法使いの大体はこれを利用している。
とはいえ、それは余りの極寒などに耐えられない場合のみの使用なため、もしもの時にしか使わないのだが、


「あ、あの………ずずっ、そんな魔法があるなら早く使ってほしかったんですが」
「言っておきますが、この魔法は永続するために魔力を注ぎ続けないといけないんですよ。貴方は私に延々と魔力を注げと?」
「……………けち」
「昨日の倍にお仕置きも可能ですが、今日もやりますか?」


後ろに振り返り、満面の笑顔を浮かべるアチル。
―――その瞬間、背筋がゾッとした。ちなみに補足するとセリアが顔をかぶり振り、全力で拒否したのは言うまでもない。
と、そんな笑えない話や小話を続けながら歩き続ける二人。
そうして時間が経ち、ちょうど朝日が昇る頃には、


「着いたー!」
「ふぅ、ここがウィヒロン村ですか」


日差しの下、人通りの多い観光地ウィヒロン村に二人は到着した。
大きなゲートにその名が記されているのはラビット村と同じ。しかし、その奥に広がる村の大きさは前に訪れた村とは比較しても違いが一目瞭然に分かるほどだ。通りに並ぶのは武器屋や飲食店、その他宿などが横並びに続き、行き行く道には多くの人々が通りを歩いている。
その光景はまるで二年前のインデール・フレイムの通りと同じ―――
インデールを除いた大都市に住む者ならその光景に驚きを感じなかっただろう。しかし、この数年、インデールに住むアチルにとってはその光景は思い出と重なる。
一度は足を止めてしまうアチル。
だが、直ぐに頭をかぶり振ると何かを吹っ切ったように彼女は前へと歩み出した。
そして、セリアも首を傾げながらその後についていくのだった。








「それにしても賑やかですね」
「はい、この時期はちょうど人通りも多くなる頃なんです。それに、ここには美味しい食べ物とか、綺麗な装飾品とかも色々あるんですよ!」


そう言って辺りを見渡すセリアは、不意に見慣れない飲食店を見つけたのかそのまま足を向け走り出そうとする。
だが、そう簡単に自由行動を許さないアチルはそんな彼女の襟首をガシリと掴み、


「当初の目的を忘れてないですよね?」
「うぅぅ、…はい」


連行される形で彼女たちはこの村の依頼所へと向かう。
この村では一つと建てられた依頼所。そこらに並ぶ店よりも大きく建てられているようで、遠目から見ても直ぐに見分けがつく場所にそれはあった。
そして、数分と歩き到着した店の前で、


「貴方も一緒に来てください」
「え、どうし」
「この前の事もあるからです、ほら行きますよ」


セリアを連れたアチルは店の扉を開き、中へと入る。
依頼所の店内には数個のテーブルとイスが置かれ、その場には多くのハンターたちが立ち話や談話をしながら賑わっていた。依頼の紙は壁に数十枚と張り出され、中には高難易度の依頼も張られている。
依頼を受け取るカウンターは三つあり、それぞれ採取、捕獲、討伐に分けられているようだ。
アチルは三つの内、採取担当をしているカウンターへと足を向ける。
単純に他二つは人の列が並んでいた為だが、採取カウンターの奥に立つ女性にアチルは声を掛けた。


「あの、すみません」
「はい、何でしょうか。採取依頼なら紙をお持ちになって」
「あ、いえ。ちょうどこの村に立ち寄ったもので、少しここ最近のことについての話を聞きたくて」
「……………は、はぁ」


見た限り、話をしっかりと聞いてくれる雰囲気の女性にあたった。
これなら大丈夫と、アチルはラビット村のような強引な攻めはしない。とはいえ、後ろではそのことについて冷や冷やしていたセリアがいたのは言うまでもない。
アチルは少しばかり小話を加え、それから旅の目的。その一つである称号について情報を聞き始めた。


「称号の受け取りは、この村でも?」
「はい。あ、でも称号についてはこちらでもよく理解はしていないんです。色々の名がありますので、どこまであるのかもわからず」
「いえ、それについては大丈夫です。こっちとしては、称号について何か知っていないかとお聞きしたくて」
「何かと言われましても…………そう言えば」
「?」
「……称号を付与される際、何故か大都市の役人が対応しているとお聞きます。この地方では、ウェーイクト・ハリケーンから来るみたいですが」


女性の口から出た、ウェーイクト・ハリケーンという名の都市。
銃を基本とした、別名で銃都市ともいえる大都市のことだが、アチルにとって、あまり思い出したくない都市の名前だ。


「称号に、都市が関係している………ということですか?」
「具体的にどうなっているのかは本当に私たちとしても理解出来てはいないんです、…すみません」
「いえ、こちらも急だったのでそう気にせず。………あの、頭を上げてください」
「……はい」


そう答え、頭を上げる女性。
肩を下ろし、息をつくアチルは小さく咳払いを見せ、


「それで、……………………次は称号とはまた関係のない話なのですが、もう一つ」
「?」


アチルにとってはここからが本当に欲しかった情報。
たとえ、聞いた所で完璧な答えが返ってくるとは思えない。だが、それでも……知りたいという気持ちは抑えようがない。
一度、呼吸を整えるアチルは慎重な面持ちで口を開き、その言葉を言った。




「六本剣使いの者について、何か知りませんか?」




ダン!! とその直後。
アチルの目の前で静かに聞いていた女性がカウンターに手を付け、体を伸し上げるように顔を前に出し、声を出す。
だが、


「も、もしかして、彼のことを何か知っているんですか!?」
「!?」


その言葉は同時にアチルの表情を凍らせた。
一字一句、女性の言葉を巡らせ、その上で思考が止まった。さらに言えば、その先の言葉が口から出ない程に。
だが、その一方で後ろに立っていたセリアが眉を顰めながら女性に尋ね返す。


「彼? えっと、すみません。彼って……六本剣使いは女の人なんじゃ」
「え? 女とは一体…」


セリアの質問に顔を悩ませる女性。そうしている間にも、彼女の前に立つアチルは今だに声を発せずにいた。
しかし、その――






「もしかして、彼が言っていた師匠さんのことですか?」
「!?」






次の瞬間。女性が口にした言葉がアチルの思考を解凍させる。
覚醒したように体を起こし、そのまま両目を見開かせながら女性の両肩を掴んで声を荒げる。


「師匠って誰の事です!」
「え、ああ、あのっ!?」
「美野里の、美野里のことなんですか!? お願ぃ、お願いだから答えてッ!!!」
「ちょっ、アチルさん!!」


強引に話を聞き出そうとするアチル。
両肩を掴む手に力が籠り、女性の顔に苦痛が走る。セリアは動転したアチルと女性との間に入り、何とか引き離す。
そして、アチルの名前を強く叫んだ。
気が動転していたアチルはやっと気を取り戻すが、既にその騒動は注目を集め、辺りを見渡すとその場にいた皆がこちらに視線を集中させていた。
周囲の視線と自身の過ち、アチルは反省した表情を見せ小さく口を紡がせ、女性に深々と頭を下げる。


「あの、すみませんでした」
「い、いえ……」


アチルの謝罪に答える女性。
怒りを向けられてもおかしくない中、女性は穏便にすませるように口元を緩めると乱れた服を手で整え、六本剣使いについての話を始めた。


「六本剣使いについて、私たちもあの方には一度お礼を言いたいと思っていまして」
「お礼?」
「はい。前に一度、称号使いが暴動を起こした際、突然とこの地に現れた彼が私たちを助けてくれたんです。それで、その時に彼がこちらで販売していた髪飾りを見つめて、師匠がどうのと言っていたのを思い出して、もしかすれば貴方たちが探しているのが、その師匠という人なのかと思い」


確かに髪飾りをつけるとすれば、女性を想像させる。
彼女がそう考えたのも、そう言われれば理解できなくもない。だが、世界は広い。中には男でも髪飾りをつけるものもいるのだ。


「………………」


失礼なことをしてしまったことに下手な事を言えず、顔を伏せるアチル。その一方でセリアは彼女が話した内容の中、暴動を起こした称号使いについて疑問を抱き、尋ねた。


「あの、称号使いが暴動を起こしたって?」
「ああ、そのことですが…。この依頼所の中で突然と怒り出して、騒ぎを起こしたんです。…………その姿はまるで外にいる危険な野獣のような雰囲気で、ただ叫ぶだけで対話すらできませんでした」
「………………………」


称号使いの暴動。
話を聞いたかぎり、まるで力を制御できず暴走した風にも聞き取れる。話を聞き終えたセリアは自身の称号。
一度、勇者の称号について思考を巡らせた。
影を自由自在に移動することができる道化師の称号を持つ男。また双剣の称号を持つブロという女。
初とも言える彼らと戦闘をした中、彼らはその称号の力を自在に使用していた。


(なら…………、勇者の称号には)


自身が持つ称号の力。
セリア自身、その名前から覚醒される力が予想できない。


「…………………」


暴動を起こした称号使い。
そして、そんな彼らを倒したという六本剣使いの男。
疑問がまたも積もる。
情報を得る為に来たはずが、まさか謎がまた増えるとは……思いもよらなかった。














「セリア、すみませんが先に宿を取っておいてください」
「えっ、アチルさんは」
「少し、頭を冷やしてきます」


依頼所を出て、セリアにそう告げ一人歩くアチル。
人混みを通り抜け、道の途中、裏通りを何度か進んだ先に小さな広場がそこに存在していた。最初から知っていたのではなく、たまたま行き着いた場所だったが、何故かそこには人の姿もなく、一人になるに最適な場所だった。
広場中央には小さな噴水があり、そこに近づいたアチルは上から下に落ち溜まった水面を一人見つめ、黙り込む。
普段から冷静を装っているアチル。
だが、急な感情に対して、どうしても心が乱れてしまう。機械ではない、人間ならそれは当たり前の事だ。


「私は…………………」


不甲斐ない自身の顔が、水面に映る。
波紋もない、鏡のような水面。そこに映る自身の顔に、一瞬と二年前に過ちを犯した自分とが重なる。
アチルは強く、歯を噛み締めた。
こうして落ち込む惨めな自身、そのままではいけない。
こうしている間にも、今できることは多くある。
やっと見つけた取っ掛かりを、こんなことで取り逃すわけにはいかない。
アチルは心の騒つきを静かに目を伏せながら沈める。それは深い奥底、深海のごとく心を落ち着ける。
そして、そっと水面から視線を前へと移した。


「はじめまして」
「!?」


その直後。
視線の先、噴水を中心とした向かいに立つローブを着た少女が笑いながら、そう挨拶を交わす。
だが、いくら落ち込んでいたとしても、ここまでの至近距離に対して気づかないわけがない。アチルはその場から後ろに退き、警戒の体勢を取る。


「………いつからッ」
「貴方たちがこの村に入って、ずっと、かな」


そう口にする少女、チャトは懐から一枚の紙を取り出し、それをアチルに見せながら自身の名前と称号を口にする。




「私の名前は、チャト。称号はタロット使いね。今日は、貴方と少しお話しをさせてほしいと思ってきたんだけど、いいかな?」


















アチルとチャトが対峙する中、それを遠目から監視する者がいた。
チャトと同じく顔が隠れるほどの厚着のローブを着る男。だが、その容姿からは禍々しい雰囲気が漂っている。


「アイツだな、報告にあったのは」


男が見つめるのはチャトと対峙するアチル。
その名は有名で、ハンターたちの間でも注目の的となっている女だ。
有名の理由は人によって色々だが、一番に言うなら剣と魔法を扱うという特殊戦闘を得意としている所が特殊だった。
剣はインデール。
魔法はアルヴィアン。
今でこそ関わりのない二つの都市、その武力を手にする魔法使い。


「一度、試してみるか」


ローブの隙間から見える口元が左右に緩み、男は笑う。
そして、懐から取り出した杖を真横の足元に振りかぶり、魔法を唱えた。宙に展開された魔法陣から、のそり、と現れる強靭な爪、四本の脚と腰下の尾。
その姿は、殺気だった瞳を輝かせる黒狼。


「いけ」


男は黒狼に指示を飛ばす。
その直後、獰猛な獣はアチルたちのいる方向に向かって颯爽と駆け出した。














「「!?」」


風を切り抜け迫る殺気。
共に無言を突き通していたアチルとチャトは、その気配を瞬時に察知する。


「気づきましたか?」
「うん」


背後から来る何か。
アチルとチャトはその向かってくる方向に体勢を変えた―――その直後。
ドン!! と多大な音を立て地面にソレは着地した。
黒い毛並、強靭な爪、獰猛な瞳。
黒狼は唸り声を牙奥から漏らし、敵対する者たちを睨む。
一見、そこらにいる狼を想像させるが、それとはまた何かが違う。眉間を寄せ警戒するチャト。
だが、その中で一人。
アチルの顔色が、硬直と同時に瞳孔が大きく見開かれる。


「…………ぁ」
「えっと、一応言っておくんだけど、アレは私たちの仲間じゃないからっ」
「ッ!!!」
「え、ちょっ!?」


チャトが止めるよりも早く前に走り出したアチルは歯切りと共に魔法を唱える。
攻撃魔法の中でも上位の魔法であり、確実に殺すための魔法。


『火は幾戦を突き抜け、物を消失させるッ!!!』


顔の前で鉤爪のように構えた掌から、炎の光が灯る。
そして、手を真横に振り払った瞬間。炎は炎槍と化し、弓矢のように真っ直ぐと黒狼へと放たれた。
至近距離での高速攻撃。
例え躱そうとしても、地面に着地した槍は炎を巻き上げ、その場に存在するものを焼き尽くす。
勝負は一瞬でつく、とそう誰もが思った。
だが、次の瞬間。


「「!?」」


ガリィ!! と不気味な音が黒狼の咢から弾かれた。
本来なら、ありえないことがその場で起きたのだ。
視界の光景に驚愕を隠せないアチル。無理もない。何故なら、黒狼は平然とソレを咥えていたのだ。それも、触れるだけで全身を焼き尽くすはずの炎の槍を。
轟々と燃える炎を、黒狼はまるでエサのように噛み砕いて捕食する。
そして、


「避けて!!」
「ッ!?」


チャトの声に弾かれ、真後ろに避けたアチル。
その直後、足元に向かって極小とした炎の槍が地面に着弾し、その場を溶かした。
視線を黒狼に向けると、先程まで黒かった毛並の先が微かに赤く変わり、炎を灯している。


「ッ……まさか」


幻覚ではない。
黒狼は、魔法を捕食して自身の力に変えたのだ。
自身の魔法を奪われたことに歯噛みするアチル。そうしている間にも黒狼は毛並を逆立て炎の槍を今度は五本、一斉に発射する。
その攻撃は逃げ場をなくすための広範囲に向けた攻撃だ。アチルは防御魔法に展開して攻撃を防ごうとする。
だが、既に槍はアチルの手前まで迫り、魔法を展開させるにも時間が―――




『タロット、戦車』




その時だった。
アチルの視界を、黒と白の毛並に分かれた二体が遮る。
突然と現れた唸り声を漏らすそれは、ライオンを要したような姿をした四本足の猛獣。
顔周囲に伸びた毛並が揺れ動き、猛獣は大きく開けた咢から轟音を発した直後、迫りくる炎の槍がまるで蝋燭の火を消すようにして吹き消される。
声だけでの攻撃を封殺。
立ち姿だけでも威圧感を感じさせる獣。
突然と現れた新たな猛獣に困惑するアチルだったが、その時。背後からする奇妙な音に顔を後ろに振り返させた。


「間一髪だったね」


そこにはいたのは、一枚のカードを手に持つチャトの姿。
彼女の周囲には二つの車輪が宙を浮き、音を立てながら回転している。


「あの黒いの、魔法を取り込むみたいだね」
「ッ…」
「魔法使いさんは後ろにいて。ここは、私がやるよ」


アチルの横を通り抜け、前に踏み出し黒狼と対峙するチャト。
手には二枚のカード、それ自体が彼女の戦闘スタイルと思われる。だが、まだその詳細は謎のままだ。
緊迫とした空間の中、共に唸り声を出す獣たち。
ライオンのような猛獣を二体従わせるチャトと黒狼。
そして、両者の姿を見つめるアチルは静かに歯を噛み締め、手を握り締めた……。


















アチルと離れ、一人となったセリア。
彼女はソワソワした動きで、どこかでアチルが見張っていないかを気にしつつもある所へ向かう真最中だった。


「あっ、ここだ」


セリアが向かってそこは、この村に来て早々に興味を示した店。
大きな容器に汁と麺が入った料理を客に出す、有名店だ。まだ食べた事のない分、正直期待した気持ちでいっぱいだ。
ちょうど昼時を終え、列もない。今、中に入れば直ぐにでも料理を食べれるかもしれない。
悩むことは多いが、まずは腹が減っては戦は出来ぬ。


「お邪魔しまーす!」
「おう、いらっしゃい!!」


元気よいセリアの声に反応する店主。
店内はガラガラで、ちょうど食べ終えた客は今さっき帰ったみたいだ。カウンターには客が一人しかいない。
これなら直ぐにでも料理に手がつける。
セリアは笑顔のまま店主に料理を注文しようと、


「はむっ?」
「……………え?」


セリアの声に反応し、カウンターに座っていた客。女性は麺を咥え、こちらに振り返る。
当然、その視線に気づきセリアも視線を交えたのだが…………何というか、これは神のイタズラだろう。
いや、きっと、そうに……ちがいない。
普通、昨日に死闘を繰り広げた女とこんなヘンテコな再会をするはずがないのだ。


「「…………………」」


だが、こうして出会ってしまったものは仕方がない。
勇者と双剣。
セリアとブロは共に固まり、互いに絶句することとなった。









コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品