異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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称号と魔法剣使い







第五十六話 称号と魔法剣使い






転移魔法によって人目の突かない路地裏に戻ってきたアチル。
共に戻ってきたアーサーとルアがいる手前、アチルは何も話さず彼らの元を去り、その彼女の跡を追うようにセリアも離れて行った。
アーサーが顔を上げると、空の色は橙色に染まりもう少しすれば陽が落ち夜となる頃合いだった。
人目のつかない路地裏ということもあり、流石に男女二人でここにいるのは気分的にもまずい。
アーサーは隣にいるルアに口元を緩める。
そして、そのまま片手を腰にやり、






「ところで、そこで隠れているのは誰かな?」






その直後、そう口にしたアーサーはゆっくりとした動作で後ろに振り返った。
その表情をさきほどまでの穏やかなものとは打って変わり、動揺の色を見せない冷静なものへと変化していた。さらに言えば腰から剣の柄へと伸ばされた手の位置はいつでも黄金剣エクスカリバーを抜ける状態にある。
誰もいないはずの一本道の裏通り。前髪から覗く両目を細め、アーサーは通りが続く路地の奥を睨む。
その時だった。


「ほう……よく気づいたな」


音の低い、男の声と共に夕日によってできた影。
地面しか存在しない、何もないそこからヌルりと紫の衣服に身を包んだ坊主頭の男が這い出るようにして現れた。
対峙するアーサーの表情を見つめ、不気味な笑みを溢す男。
アーサーの隣にいた魔法使いのルアは、その顔色に対し悪寒を抱く。だが、同時に突如と現れた男から全くとして魔力を感じないことに動揺を露わにしていた。
影から現れる、その光景事態こそ普通の現れ方ではない。それこそ魔法かなにかを使ったというならまだ理解はできる。
しかし……、


「……………」


隣で眉間を寄せるルア。
魔法にそう詳しくないアーサーは隣で考えこむ彼女を一瞥しつつ、その冷静さを解くことなく男に向かって尋ねた。


「突然のことで悪いとは思ってる。だけど、できれば名を名乗ってくれると嬉しいんだけど」
「……何、ただの道化師の称号を持つ者だ」


そう言ってニヤリと笑う男。
だが、その口から数分前までアチルたちと話していた称号の名前が出た。
話の本題で未確認の力を使うという情報だったが、どうやらルアの反応から見ても今の現象に魔法が使われていないらしい。


(どうやら、先にそっちから来てくれたみたいだね)


鞘から黄金剣を抜き取り、剣を構えるアーサー。
彼は男の容姿を注意深く見つめ、武装を見せず手に何も武器を持たないその姿勢に不気味さを感じた。
しかし、それを抱いたとして動揺する素振りは見せない。
夕暮れは刻一刻と過ぎていく。
静寂がその場を支配し、その場に無音が続く。
だが、それもほんの束の間。
動きは、その直後に起きた。


「ッ!」


男がアーサーに向かって突如走り出す。
対してアーサーはエクスカリバーを構え、側にいたルアを後ろに下がらせた。


「ッ!!」


無用に迫る男。
地面を蹴飛ばし、振り被った剣を振り下ろすアーサー。
狙うは男の肩。
動きを止めるよう、手加減するつもりだった。
だが、対して男はその攻撃を軽い足取りで後方に跳び回避する。
剣戟の速さに対して、普段から町の中にいるハンターたちよりは速いという自負していたアーサー。
しかし、その攻撃を軽いステップで避けた。


「どうやら、ただの口先だけの存在というわけではないみたいだね」
「ッフ」


アーサーの言葉に笑う男。
柄に力を込め、アーサーは再び地面を蹴飛ばし走り出す。
今度は手加減しない。
素早さをワンランク上げ、男に向かって走り出し、斜め上からの剣を振り下ろすが、男は再びそれを避けた。
だが、アーサーの攻撃はそれで終わってはいない。振り落とされた剣を今度は下から上へ振り上げ、チッ、と剣先が男の衣服を切り裂いた。


「これでも、だめか」


剣は触れた、にも関わらず攻撃はその身に届くことなく男は後方に勢いよく跳びことでまたも剣戟を回避した。
攻撃が通らない。二回の対峙で一向に勝負が使いないと踏んだアーサーは、静かに呼吸を整える。
そして、手に力を込めたと同時、


「ライトニング・セル!」


その直後、アーサーが叫びに呼応し彼の持つ力、セルバーストが発動する。
衝光に続く、未知の力。
自然界の力を身に纏わせる力、セルバースト。彼自身の周囲から雷は弾け跳び、剣の刀身にも雷が滞納される形でその力が纏わる。
その姿はまさに激しい音を弾き出す雷剣。


「セルバーストか……」


坊主頭の男はアーサーから発せられる雷の力に対し、笑みを崩さず観察するような視線を向ける。
その表情にはまだ余裕が見られる。
眉間を顰めるアーサーは、手に力を入れたと同時、セルバーストによって身体強化されたその脚力によって一瞬で男の間近に接近する。
そして、


「!?」
「ガンライトニング」


地面に剣先を突き指した、その直後。
刀身から数段の雷弾が男に向かって至近距離で放たれる。
乱発のごとく跳び出す弾。回避しようとしても弾は後方まで続き、予測のできない軌道を描く。
回避は不可能。
そう確信するアーサー。だが、それが一瞬、


「なっ!?」


突如、男の姿が目の前から消えた。
後方に跳んだわけでもなく、上空に跳躍したわけでもない。
的を仕留めそこねた雷弾が地面を焼き焦がす中、辺りを警戒しつつ剣を構えるアーサー。と、路地の先、影から再び男が這い出るように現れる。


「……………」


嘲笑うように笑みを向ける男。
アーサーはあの至近距離からの雷弾に対して簡単に攻撃を回避するその移動や速さに脅威を抱く。
セルバーストの技は、この世界に存在する武器の主要を似せている。
ガンライトニングも同様、銃弾を見立て作られた技だ。
その速さもまた銃のようには行かずとも、どの技よりも勝る。その為、先手を取る際に使用される。
しかし、そんな先手攻撃にも関わらず男は陰に潜る力で回避した。
速さでの勝負では、こちらが負けている。
戦法を変えないといけない。アーサーは一度速さという面を思考から外す。
そして、


(なら、これならどうだ!)


ゆっくりとした動きで剣を振り上げた、その直後。
数度と雷が弾け、刀身に光の稲妻が蓄電される。次の剣戟から放たれる一撃はセルバーストの大技とも言える技。
目の前で起こる予兆、男はその驚異を肌で感じ再びアーサーに向かって走り出す。
しかし、その行動に移った所で、






「ライトニングブレイカー!!」




その攻撃は、絶対に止められない。
アーサーが剣を振り下ろした直後、刀身に溜まった雷が瞬間に真上から地面に向かって叩き落とされる。
その攻撃範囲は最初の位置から路地通路の全体。ブレイカーが似せた、武器の主要。それはフルバースト(全体攻撃)だ。
アーサーが一切の隙を作らない最大力の技を放った。その後に待つ光景は、その場にある壁や地面は高熱によって焼き上げ黒一色に染め上げたものだった。
ただ、男には聞くことがある。
その為、力の加減を最小限に抑えて原型や意識が残るほどに威力にした。
だから、男も火傷を負いながらも地面に倒れている。


「!?」


そのはずだった。
地面やその他の逃げ場、どこを見渡しても男の姿が見当たらない。
あの攻撃でなお影に潜って逃げたのか。アーサーは周囲を見渡し視線を凝らす。
そして、小さく後ろに退いた。
その時だった。


「アーサー様!!」
「!」


ルアの声と同時に、アーサーの前。
正確には陽によって出来た彼の陰から男が突如として手を伸ばし現れた。アーサーはすぐさま全身に雷を走らせ男の手を退かせる。
幸い、何とか触れられることなかったが、それでもアーサーはその場から後ろに距離を取るように下がった。


「っ……」


手にじわりと広がる冷や汗。
今の一瞬、背筋に走った悪寒。
後少し反応が遅ければ、自身がどうなっていたかわからない。


「残念、もう少しだったんだが」
「……どうやら、きみを倒すのは一瞬じゃないとダメみたいだね」


脅威に対し、アーサーはそう呟いた。
再び雷電が彼の周囲から迸る。だが、男の顔に焦りは見えない。
顔を伏せながら舌打ちをうつアーサー。
しかし、その顔は、


(試して………みるかっ)


苦悩ではない。
今度こそ、勝機を確信する表情だった。
そして、その瞬間。




『ビリィ!!?!』




アーサーの全身から今まで聞いた音とは何か違う、甲高い雷鳴が弾かれる。
音もそうだが、その雷はさっきまでとは何かが違う。
徐々にその激しさを上げる雷。まるで鼓動をしているかのように何度も大きさを上下させ弾ける。


「……なんだ」


男はその奇妙な現象に眉を顰める。
だが、そんな最中でもアーサーの全身をセルバーストの力が支配していく。
無造作に鼓動し続ける雷。だが、それも次第に彼の意思に呼応するように雷鳴は落ちつき、エクスカリバーの刀身に纏う雷電もまた同調を始める。
そして、光続ける体を維持し、剣先を男に構えるアーサーはその口で再び言葉を放つ。




「来い、セルバースト…………………オールギア!!」




刀剣に鋭い音と雷が交わり結合する。
さっきまでとは違う、セルバーストの新たな力。
その力を身に着けたのは、二年前の事件から一年が経った頃のことだ。
突然と自身でも理解できずして発現した力。セルバーストがまるでその名を口にしろと、頭の中に語りかけてきたのだ。
最初、新たな力に驚きと興奮を隠せずにいたアーサー。だが、そこでふと一つの疑問が浮かんだのだ。


(何故、そんな力が何の前触れもなく現れた?)


ちょうどその頃、称号という名を耳に聞くようになった。
まるでセルバーストの新たな力に呼応するように。
いや、もしかすれば………、


(……………嫌な考えだ。だけど………それを確かめることための旅でもある)


謎が多すぎる。
だからこそ確かめたくなった。
それは、この街を去った彼ともう一度顔向けするため。
そして、再び自身の誇りを取り戻すため。


「ッ!」


手汗を握り、アーサーは有り余るその力を制御し男を見据える。そして、全身に宿るセルバーストによって強化された身体能力。
自身を雷と化すように、それはまさに一瞬。
男の眼前に急接近したアーサーは真上からその力を叩き落とす。






「ライトニングブラスター!!!」






直撃と同時、上空に雷撃の柱が立ち昇る。
それは空の雲を突き抜け、さらには周囲に浮く雲も遠くに吹き飛ばす大規模な力だった。
光が数秒続き、消えたと同時に硝煙が立ち昇る。
剣はまるで限界を超えたかのように地面につき、刀剣は赤く発光する。
アーサーは無言のまま顔を伏せ、立つ。
そして、






「どうやって、今のを……避け、た……」






彼の中腹、衣服に広がる赤い染み。
アーサーは歯切りと共に地面に倒れ、その前には一切の怪我を負わない男の姿がそこにあった。




「あ、アーサー様!!」


ルアは男に目もくれず、倒れるアーサーの元に駆け寄る。
傷は浅いが急所に近い。すぐさま彼女は怪我の治療に入ろうとする。
だが、


「動けば、その男を殺す」
「!?」


その忠告が、魔法を使おうとする杖を持つ手が止める。
倒れるアーサーの前に歩み寄る男。
ルアは歯を噛み締めつつ、目の前を睨む。


「……貴方は、何なんです!」
「お前たちには関係ない。ただ、お前たちが称号に関して深入りしようとするからこうなったんだ」
「ッ…」
「さて、ここらで終わりにしようか」


男はそう言って、小さな紙をルアの前に投げつける。
ひらひら、と四つ折りから開かれた紙が地面に落ちる。
軽い音をたて落ちた紙。その表面に書かれたそれは、インデール・フレイムの地下奥に作られた牢獄の見取り図だった。
今では各都市に飛ばされた囚人のせいでほとんど使われることのなくなった牢屋。何故かそこには機密情報にも当たる細かい所といった地図が精密に書き記されている。


「何故、貴方がこれを!?」
「お前が知る事ではない。……魔法使い、コイツと一緒にその指定された牢獄まで転移しろ」
「な!? なにをッ!」
「行けばわかる。ただ、そこには拘束の呪が掛かっている。ロクに魔法は使えないと思っていいだろう」
「ッ」
「長話は終わりだ。…さぁ、この男の命が惜しければ早くしろ」


冷酷な命令。
ここで反撃に出てもいい。
だが、相手の手の内も理解できないまま動いて果たして勝てるのか。
ルアの脳裏に残るは二年前の光景。
敵の力をわからずして、敗北して自身の姿。
歯を強く噛み締め、ルアは側で倒れるアーサーを見つめる。
昔なら、大切な人の横に立ち共に戦っていただろう。卑怯と言われようと横から介入し手助けをしていたはずだった。
しかし、彼女がこうなってしまったのは、あの時からだ。
二年前の、あの場所。衝光の力を使う彼女と戦い打ち負けた。そして、都市の危機に対して何もできなかった自身。
あれから、何もかもが臆病になってしまった。
いや、それ以前に…………




(どうして、………私はこんなにも、弱いんだ)




自身の存在は無駄でしかない。
たとえ魔法の力があろうとも、戦う意思も持てない。


「ッ…」


目の端に涙が浮かぶ。
彼の手助けもできず、彼のため動くこともできない。
これでは、ただのお荷物だ。


(もう、これでは………彼のためにもならず、ただ邪魔なだけの………存在で)


目を伏せ、惨めな自身を恨む。
その時だった。








「きみのことをっ、邪魔なんて、思ったことないよ」






まるで彼女の心を読んだように、突然の声が彼女の耳に届く。
目を見開くルア。
視線の先には、口元を緩めるアーサーの顔があった。


「しぶとい男だな」
「ははっ…悪いね」


真上からくる男の言葉に対し、そう言って笑うアーサー。
完全に勝ち目のない状況に対しても、彼は全く動揺を見せない。いや、それ以前にその顔から漏れる笑みはまるで勝ち誇ったような笑いに見える。
男は怪訝した表情で言葉を尋ねる。


「何がおかしい」
「はは……いやっ、君はどうにも甘くみているようだからね」
「……………………お前、一体…何を」
「僕のことじゃないよ。今言っているのは」


そう言って笑うアーサー。
男の眉間に力が籠る。
だが、そんな中でも表情を崩さないアーサー。
そして、その緩めた口で彼は言った。












「彼女が、そう簡単に僕たちの話を鵜呑みにするわけがないんだ」












それはまさに、その直後に起きた。
予兆はない。
現れる兆しも、音も、何もかも。
だが、アーサーと男。
その二人の間を介入するように、




『地は絶対の防御を持つ』




直後。
言葉が聞こえたと同時に男の足元が突如地響きを出し、一瞬にして視界を塞ぐ壁が突き上がるように生え出現した。
幸い顎をすぐさま退いた為、攻撃が自身に当たることはなかった。だが予期せぬ奇襲に慌ててさらに一歩と後ろに下がろうとする男。
しかし、その時。
自身の陰に覆いかぶさるように頭上から新たな影が現れる。


「行くよ、アルグート!!」


路地の壁となる建物。
その屋根から飛び降り迫る、勇者の称号を持つハンターのセリア。
彼女が発した声に呼応するように、手に持つ長剣が赤く発光したと同時に刀身は真紅の炎を焚き上げる。
轟々と燃え続ける異様の炎。発せられるその威圧は普通の炎とはまた違った違和感を放つ。
迫る脅威に男は舌打ちをうち、再び地面の陰に身を潜らせようとした。
だが、その動きを瞬時に見抜いたセリアは素早い動きでもう片方の武器、腰に納めた長刀を抜き取ると刀剣のごとく、男の足元に向かって刀を投げ放った。
そして、


「打ち消せ、ヴァファート!!」


言葉に呼応し、青い粒子を刀身から溢す刀。
男が足を沈めた、その直後に地面へと刀が突き刺さった。
その瞬間。


「!?」


影に身を顰める能力。
男の力が、突如としてキャンセルされた。
影に潜っていた足は、まるで巻き戻しのように再び地に着く。
驚きで一瞬の硬直に陥った男。だが、その間にも地面に着地したセリアは流れるように地面に突き刺さった刀を抜き取る。
そして、自身の体を回転させた遠心力による炎を纏う剣を真横から振り下ろされる。


「がっ!?」


咄嗟に意識を戻し、男は寸前で後ろに飛びのき炎の刃を避けた。
だが、セリアの攻撃はそこで止まない。再び地を蹴飛ばしもう片方の刀を突くようにして迫った。
陰に潜む力が防がれたことで避けることが困難となった男は服の裾から小さな短剣を抜き取ると突き出された刀を刃と刃をせめぎ合わせて横に受け流し、さらに後ろへと飛び退いた。
セリアは一瞬、再び攻撃に移ろうと考える。
だが、怪我をしたアーサーから離れるのは得策ではないとふむ。
セリアはその場で足を止め、警戒態勢を崩さないまま背後にいるルアに声を掛けた。


「お二方、大丈夫ですか?」
「は、はい。…でも、貴方が何故っ」


一方、未だ状況を掴めていないルア。
数分前に去った彼女が何故この場に来たのか。そして、何故こうも事情を呑み込み、男と対等に対峙できたのか。
数多くの疑問が頭に漂う。
だが、その時。


「!?」


カツ、カツ、と後方からこちらにやってくる足音をルアは耳にする。
それと同時にルアの前で倒れるアーサーは笑いながら不意に口を開いた。


「やっと、来たか……」
「え?」


足音がルアの背後で止まる。
そんな中で、倒れるアーサーはその背後に立つ、………彼女に口を開いた。




「遅かった、ね」
「……最初から分かっているのなら、早く助けを呼んでください」
「ははっ……厳しいね」


そう返答を返す。
その者、彼女は魔法剣使いのアチル。
思いもよらない彼女の登場に茫然とするルア。対してアチルはアーサーの横にしゃがみ込み、怪我を負った腹部に杖をかざす。
そして、小さな粒子が彼の開いた傷口から漏れ、治療が始まる。
ルアは隣にいるアチルに声を掛けようとするが、その声を待たずして立ち上がると警戒を続けるセリアの隣に歩んだ。
そうして、男と対峙する。


「道化師………耳で聞いた限りでは、影の中を自由に移動する力を使うみたいですね」
「え、っな、なんでそれを!?」


知るよりのない情報を知るアチル。
そのことに驚くルアに対し、アーサーはその説明を彼女に語る。
話し合いの後、すんなりと帰って行ったアチル。あまりにも話を鵜呑みにするその様子から、こちらの話を盗み聞く魔法を仕掛けたのではないのかとアーサーはふんでいたのだ。
そして、それはまさに的中したように彼女はこうして駆けつけてくれた。
事情も大方耳にしつつ………、


「まぁ、こうして正解だったというわけだけど」
「……アーサー様、それは本当にあぶない賭けだと…」


アーサーとルアがそんな会話をする、その一方でアチルの存在に気づいた男は口元を緩めながら、笑みを溢す。


「ほぅ、魔法剣使いのアチルか」
「………私のことを、知っているんですね」


アチルは冷たい目線で男を見据える。
だが、男はまるで会いたかったような仕草で両手を広げ、その口を動かす。


「ああ、それはそうだろう。話に聞いたかぎり頭の切れるインデール最強の魔法使いであり、ハンターたちの中でも上位に入る存在なんだからな」
「………………………」
「そして、さっきの攻撃と状況への対応。そこのガキが介入したのもお前の指示なんだろ?」
「………何のことですか?」
「はん、そうとぼけるなよ」


男はそう言って笑う。
しかし、挑発しているような言葉に対し、アチルはまだ完全にこちらに興味を示さない。だが、その表情。
冷血と言われた、その顔を崩したい。
男はその為だけに次の言葉を口にする。
それが一体、何の蓋を開けるかも知らずに…、








「災厄の剣姫とコンビを組んでた、そんなお前に興味を向けない者はいないだろう?」








それは、まるでガラスを砕いたようなものだ。
アチルの、冷静を保っていたその冷徹な表情が一変し無表情なものへと変わった。
両目を見開き、ただ男を視界に留め殺意を向ける。側にいたセリアでさえ、彼女から発せられる殺気に動揺を見せる。
たが、男は満面の笑みでアチルを見つめている。


「貴方は下がっててください」
「えっ、あ」


セリアの言葉を待たずして、前へと歩き出すアチル。
それと同時に男は自身の肩足を影に近づけ、陰に潜る、その力が戻っていることを再確認した。
力の内容を知りつつも、その詳しい詳細を知らないアチル。
歩んでくる彼女にニヤケ面を向ける男は再び、地面。
影へ再び潜り、その姿を消した。


「…………………」


静寂が再び、その場を支配する。
セリアは周囲に警戒を向け、アーサーたちも手の出しようもなかったその力を思い出し、固唾を呑む。
時間は数秒。
だが、そんな最中…………動きは起きた。
アチルの足元、彼女の着るコートの間に伸びた細足を掴もうとする手が影から現れた。
その、次の瞬間。


「!!?」


ダン! と音を立てアチルの目の前に倒れる男。
自身の状態すら掴めず、一体何が起きたかわからない男。対してアチルはそんな男を冷たい目線で見下す。


「何をしているんです?」
「ッ!?」
「ほら、さっさと影に入る力を使ったらどうです。………私は貴方に手を出しませんから」


そう言ってアチルはその冷たい目線を変えようとしない。
男は歯を剥き出し、再び影へと潜った。
そして、数秒して今度は背後。
影から飛び出し、アチルの背に手を掛けようと、


「!!?!」


ダン!! と再び、アチルの前に倒れる男。
それはまるでループしたように彼女の前に盛大な音をたて倒れ落ちる。


「な、なにをッ」
「私は何もしてませんよ」
「ッ!」


さっきまでとは反対に、男の表情から余裕がなくなってきた。
その顔、声からして、舐められている。
さっきまでの勝ち誇っていた表情が嘘のように、男は怒りの形相で再び影へと潜る。


(舐めやがって、舐めやがって、舐めやがってッツ!!)


男は暗闇の影を移動する。
彼の持つ力、影に潜るそれには決められた指定は存在しない。
全ての陰、全てを支配したように男はあらゆる場所から現れることができるのだ。


(なら、これならどうだ。あの騎士団長すら防げなかった攻撃だッツ!)


アーサーの時もそうだ。
彼が見せた俊足の一撃。
あの場に逃げ場はなかった。地面にも、まして後方にも逃げられない。絶対回避が不可能な場面。
しかし、男が逃げ込めるのは何も地面だけではない。彼が視線を向けたのはアーサーの衣服。
上に着る開いた服の隙間から見える、小さく出来た陰だ。
影に潜る時、男の体はまるで伸縮したように小さくなることができる。陰の大きさにそうようにして小さくもなり、大きくもなれるのだ。
そして、影に潜る速さも一瞬。
影に飛び込む、その意思さえあればどんな攻撃も回避する速さを持てる。
種明かしをすれば、目にも止まらない速さでアーサーの服影に潜りこみ、逃げる際に腹部を短剣で刺したのだ。


(お前のコート、その影からその足を剣で串刺しにしてやる!!)


男は影の中、アチルの着るコート。
その影の出口に近づくにつれ、短剣を取り出す。
そして、コート裏にできた影。そこから短剣の伸ばし、その細足を。




「?」






カラン、と音と共に男がアチルの前に倒れ落ちた。
さっきまで影に潜み、地上に出ていたのは手と短剣だけだったはず。それなのに、何故自身の体が外に出ている。
一体、もう何が起きたのか全く理解できない。


「な!? な、なんでだ」
「……………」
「な、なにを、何をしたんだ! お前えええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」


男は怒りを怒号に変え、叫ぶ。
自身の力が全く聞かない。そのことに怒りを露わにする。
だが、その一方で後方からその状況を見つめていたルアは今起きたことに、ある可能性に気づく。


「ま、まさか……」
「ルア、わかったのかい? アチルが何をしているのか?」
「は、はい。………一応は」


その健全と立つ魔法使い。
アチルが詳細不明の陰に潜る力を防ぐためにどう対処したのか。
魔法を使った、その策とは、




「アチルは、………自身の全身に転移魔法を纏わせてるんです」
「全身?」
「はい。つまりは、男がアチルに触れる………その手前で転移を発動させ、目の前に落としているということです」


アーサーにそう説明し、ルアはアチルを見つめる。
だが、その顔は動揺を露わにし、信じられないものを見つめた表情をしていた。


(転移を全身、そんなことしたら魔力切れで直ぐにでも倒れるのが普通のはず。それなのに、何で平然と立ててるの? どうやってそれほどの魔力を)


同じ魔法使いから見ても、それは異常だった。
ルアは固唾を呑み、何もできなかった自身を悔みつつ、その状況をただ黙って見つめることしかできなかった。








「終わりですか?」
「ッツ!!」
「なら、今度はこちらから行かせてもらいます」


アチルはそう言って杖を前へとかざす。
直後、周囲から赤、青、黄、緑の四色の光が湧き上がり、彼女の周りを回り続ける。
対してその現象に危機を感じた男は慌てて影へ潜り身を隠した。
だが、


『地は絶対の防御を持ち、火は最大の混ざりを灯し、水は調和を維持し続け、風は象徴を具現化する』


その行動をした時点で、既に、




「『魔法は私であり、私は魔法である』」




手遅れだった。
四つの光、それが一つに集中したと共に彼女自身を包み込む。まるでオーラのように虹色の魔力が湧き上がる。輝かしい光、茫然とそれを見つめるセリア。
そんな間にもアチルは杖を腰に納め、空いた手を前へとかざした。
その直後、宙に均等に分かれた五つの魔法陣が形成される。


「無詠唱での魔法!?」


後ろで驚き声を上げるルア。
その光景はアルヴィアンの女王たる彼女の母、最強の魔法使いレルティアを想像させる。
対してアチルはもう片方の手を上げるとその指を構え、パチンと一音を鳴らした。
だが、次の瞬間。


「ッツ!?」


陰に隠れていたはずの男が突如現れ、先に形成されていた魔法陣が首と両腕、さらに
両足を背後から拘束し、宙で固定させたのだ。
影から抜け出たこともそうだが、身動きの取れないことにパニックに陥る男。
アチルは顔を伏せながら、ゆっくりと口を開く。


「確かに、影に身を隠す力は凄いと思います。ただ、貴方の敗因を言うなら転移という魔法を扱う魔法使いにそんな小手先の技がきくと思った時点で勝敗は決していたんです」
「ッ!?」
「そして、貴方の敗因。そのもう一つが、彼女のことを侮辱したこと」


確かに今、この世界に彼女の名を口にするものは指で数えるものしかいないだろう。
それは、この二年という年月がそうさせ広まってしまったのだ。
だから、仕方がないのかもしれない。
だが、それでもアチルにとってその広まった名を口にすること自体、許せなかった。まるで知っているかのように口にし、あたかもその名で笑みを浮かべる者など、


「二度と、彼女のことを災厄の剣姫などと呼ぶな」
「や、やめ!?」


アチルは手をかざし、報酬された魔力は男の背後で拘束し続ける魔法陣に注がれる。
さらに加えて、同音かつ何のミスもない詠唱魔法が彼女の口から唱えられた。


「『散れ、五つの力。記憶の奥底まで刻み、全てを終わらせろ』」
「た、たのむぅ、や、やめ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッツ!!!!?」




詠唱は終わる。
それは、まさに一瞬。




「終れ『ファーエンド・アクガ』」




五つの魔法陣。
そこから発せられる光は木の枝に変化したと同時に男の体。身体、全てを光の枝は貫く。
見るに堪えない、残忍な光景だった。
しかし、男から血渋きが飛ぶことはなかった。
貫き、数秒して枝は粒子となって消えるが、貫いたそこに虚空は開いていない。


アチルが使用した特殊魔法、ファーエンド・アクガ。


それは物理攻撃でない、精神攻撃に特化した魔法とも言える。
現実に存在するものを傷つけず、その奥たる物体として存在しないものへと干渉する魔法。
肉体には損害をもたらさず、その心を抉る。


「…………………ふぅ」


魔法陣が消え、拘束が解けた。
意識を失った男は何の体制もなく地面に倒れ、そこから起き上がることはなかった。
















時間は夕暮れから夜へと変わる。
通りに人通りも見えず、街は暗闇につつまれる中、


「大丈夫ですか、アーサー様」
「ああ、……何とか、ね」


影に潜る力を使う男をアルヴィアンの牢に転移させたアチルたちは今、アチルが今住む宿に場所を移していた。
そして、そこでは現在、


「じっとしていてください」
「っ痛!?」


部屋の床、布を引いた上に横たわるアーサー。
その背中を強く叩いたアチルは重い溜め息を吐く。
男にやられた傷は回復魔法で完全に完治していた。だが、それ以外にアーサーが使ったオールギアという力がまずかった。
強力な大技。それに対する反動が大きく、全身が筋肉痛でロクに動けないという始末。いくら体力や怪我を魔法で回復できたとしても、筋肉に残った負荷の代償を元に戻すのは日にち薬だ。
幸い、筋肉痛に効く塗り薬がアチルの家にあった。塗る事で少しながら回復を早めることは出来るだろう、というのがアチルの言い分だ。
アーサーの傍でしゃがみ込むルアはアーサーに体に薬を塗りながら眉間を寄せるアチルを見つめ、意を決して口を開く。


「アチル………貴方、まさか」
「はい、終わりましたよ」


だが、ルアとは全く会話しようとしないのか、返答を返す様子もなく薬を閉じ、そのまま地下のタンスに戻しに去ってしまった。
顔を伏せ、若干涙目になるルア。
その一方では、同じように同行していたセリアがテーブルを借り、剣と刀、二つの武器を手入れをしている真っ最中だった。
薬を塗り終えたアーサーは衣服を着直し、ふと彼女が持つ武器を見つめ尋ねた。


「セリア」
「はい?」
「きみが持つソレは……誰に作ってもらった武器なんだ?」


作ってもらった。
そう言うにはある理由があった。それは、普通の武器とは違う能力を持つ特殊武器である事。
店などで売られる武器は基本的に通常武器だ。
能力を持つ武器などどこをさがそうと売られるわけがない。
もしあるとするなら、オーダーメイド。それもかなり腕の立つ鍛冶師によるものだろう。そして、アーサーはそう考え彼女にそう尋ねた。
しかし、返ってきた言葉は、


「これは村を出る際に貰ったものなんです。その……ずっと村で大切に管理されていたものでして」
「………………」
「あの、それが何か?」
「ああ、いや…………何でもない、かな」


そう言って愛想笑いを浮かべるアーサー。
彼が考えたのは、この街にいた一人の鍛冶師の存在。特殊な武器を過去に何度も作り出した一人の男の姿…。


「………………」


話が止まり、一端の静寂が漂う。
そうこうしている間にアチルが地下から戻ってきた。
そして、その場に必要なメンバーが揃ったことによって、話は本題に入る。


「それで、どうします?」
「……どうやら僕たちの動きはずっと前から監視されていたみたいだった」
「そうみたいですね」
「………………すまない。僕たちは一緒に行けなさそうだ」


申し訳なさそうに頭を下げるアーサー。
だが、アチルはというと特に変わりなく、


「構いません。元々、慣れ合う気はありませんでしたから」
「うっ、…………は、はっきり言われると、結構胸に刺さるんだけど」
「知りません。というより、そもそも貴方とはそれほど親しく関わっていなかったと思いますけど」


そう言ってアーサーを責めるアチル。
だが、その会話し合う彼女の表情は少し柔らかく、話しやすい様子も見えた。数時間前までの冷血な雰囲気は多少軽くなっているのか。


「っ……」


話すなら今しかない。
そう思ったセリアは小さく唇を紡ぎながら立ち上がる。
そして、


「あ、あの」
「……何です」
「本当に、すみませんでした!!」


アチルが話終える前に頭を下げるセリア。
突然の事に首を傾げるアチル。対して彼女、顔を伏せながら、もじもじと手をいじりつつ言葉を続けた。


「そ、その……貴方と、………災厄の剣姫について何か深い事情があることは今日のことで何となくですがわかりました。それなのに、私は勝手なことばかり言ってしまって」
「……………………」
「で、でも! 私は貴方の知る災厄の剣姫について、その名前しか知りません。……本当に………初めてあっただけのくせに失礼なことだとは、私自身わかっています。それでも、……私は、貴方が知っている、その者の名前を知りたい………教えてほしいんです!!」


セリアは、素直に自身の思いを伝える。
それが本心なのか。この短い時間でそれを確かめることはできないだろう。
しかし、災厄の剣姫という噂の名。
その噂に深入りしたいと言う者など、アチルの知る中で今まで誰もいなかった。
勇者と言い張る彼女。
災厄と言われた少女について本当のことを知る、その先でセリアがどう答えを出すのか。


「……………………」


今更、期待をしても意味がないことは分かっている。
それでも、もし………一人でも本当の彼女を知ってくれるなら、


「……………あ、あの」
「災厄の剣姫。……彼女の名前は、美野里といいます」
「えっ………美野里?」
「はい、………美野里は、私の最も親しい友であり」


側で聞いていたアーサーとルアは、顔を伏せ何も言わない。
彼女の名を知る、数少ない者たちに入るからだ。
そして、アチルにとってもまた同じで、彼女との記憶は短くあり、淡い思い出でもあった。
だが、それでも、








「この街から見捨てられた、一人の少女です」




インデール・フレイム。
町早美野里はこの都市で精一杯生きたいにも関わらず、………都市に見捨てられ、報われなかったのは事実だ。











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