異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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第五十三話 カウント・ゼロ





第五十三話 カウント・ゼロ




曇天の空に浮かぶ強大なエネルギー体。
今も動きを止めていない球体は、その表面から発せられる余波によって周囲の空気を振動させる。
美野里は未だ痛みが残る腕を意識の端に置きながら、頭上に浮くその破壊の元凶を睨みつける。


空に浮かぶそれは、縮小されていくことによってその内に莫大なエネルギーを溜め込み、最終的にはその地点から広範囲にかけた全てのものを破壊する。
魔法使いたちの間から禁断魔法と呼ばれるその魔法の名はーーーーデスレズカ。


進行は未だ続いている。
当初よりもその大きさは全長100メートルから50メートルへと小さくなり、その縮小速度も徐々に速くなっている。


「‥‥‥‥っ」


現状を再認識した美野里は、今一度その手にある武器。清浄刀、シンファモロに視線を落とす。
その刀身は透き通ったように白く、薄い膜があるかのように光が纏っている。
だが、その手で触れているからこそ伝わるものが美野里にはあった。
それは、シンファモロの元となった六本の武器たち。
いつ消えてしまってもおかしくない、これまで彼女と共に過ごして来た相棒とも呼べる武器たちだ。
そして今、そんな刀身たちに宿るその命が時間が経つにつれて小さくなっていく感覚が確かにあった。


時間はない。
速攻で決めなくては、何もかもが手遅れになる。


「‥‥‥‥‥‥‥‥っ!」


美野里は全身に衝光の力を纏わせ、爆発的な力を足全体に行き渡らせ、驚愕的な跳躍を発揮する。
冷たい空気を突き抜け、上空を跳ぶ。
そして、ついにデスレズカとの距離が攻撃の間合いまで狭まった。
美野里に大きく刀を振り上げ、力の限りに光を込め、その一撃を振り下ろす。


善悪問わず、浄化する刀。
例え、頑丈な壁だったとしても、その力は有無言わせず標的を浄化し、消し去る。
たった一撃を食らわせてれば、決着はつく。






「ッ!?」






そのはず、だった。
美野里が振り下ろした刀の刀身は確かに白い球体に触れていた。
だが、接触しているにもかかわらず、浄化が始まる兆しかが見えない。


(な‥なんで‥‥っ!?)


予期せぬ事態に動揺を隠せなかった。
だが、その時。美野里の瞳はあるものを捉える。
刀身と球体は接触していると思っていた。
だが、そうではなかったのだ。
刀と球体との間を遮るように、ある力が激しい音を散らしてその侵入を拒んでいた。
そして、その力が一体何なのか‥‥。
その答えを美野里は直ぐに理解する。


刀とせめぎ合う部分に集中する、球体の表面に描かれた魔法陣の中に流れる魔力とは違う力。
それは‥‥‥‥‥‥‥美野里の持つ、衝光の力だった。


「ッ!?」


美野里は歯を噛み締め、再び刀を振り戻そうとする。だが、それよりも速く、魔法陣から微かな光が流れた。
バチッ!! という音が、美野里の耳に届いた。
その、次の瞬間。






「っぐあ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!?」






美野里の全身を莫大に稲妻が貫く。
ルーサーと同様、いやそれ以上に強力な雷が彼女の体を頭から先まで一瞬で突き抜けた。
光の雷をまともに受けた彼女の体からは、高熱で焼き尽くされた痕のよつに湯気が立ち、その皮膚は黒く変色していた。
それが少女だったと見分けがつかないほどに、ルーサーとは比べ物にならない致死量の負傷が彼女を黒く染めたいたのだ。


ダメだ……。
終わった‥‥。
地上にいる誰かが言った。
皆の期待が潰ら落ちた。絶望が、再びインデールを染め上げた。
だが、その時だった。
突然と、美野里の体が光を発しながら全身を包み込む。そして、創生が始まった。
致死レベルの傷が再生ではなく、新たに創り出され、元の状態へと戻っていく。
黒い影でしかなかった美野里の体は、一瞬のうちに元の姿へと生まれ変わっていた。
だが、身を無事でも、痛みは残る。
今まで味わったことのない激痛に美野里の嗚咽が聞こえる。
だが、視界が揺れながらも美野里が前を見つめた。
その直後に、再び地獄は連続として彼女に襲いかかった。


「!!!!!!?!?!」


雷鳴が連続として落ちた。
まるで人とは思えないような悲鳴が永遠と鳴り響く。
そして、何回も、何回も、と彼女の体は黒焦げにされていった。
それでもまた創り直され、またしてもその地獄を繰り返えされていく。
まさにそれは、生き地獄のような光景だった。






衝光使いのアルガは、地上でその事の成り行きを見つめていた。
美野里がデスレズカに立ち向かったその直後、彼女を助けようと動き出したアーサーたちの前を遮り、敢えて上空で起きる光景を彼らに見せた。
そして、アルガは地面に倒れるルーサーに、その現実を再確認させる。




「見ろ、ルーサー。あれがあの化け物の正体だ。……そして、認めろ。お前が守る必要のないということを」




少女の悲鳴だけが聞こえる。
だが、それを黙って見ていることしかできない。
その場に静寂が訪れた。
今も人間ならざるものが戦っている。悲鳴や応援、誰もそれをすることはなかった。
この都市が救えるなら、という思いもある。
何故、死なないのに都市を皆を守ってくれなかった、という思いもある。
複雑な感情が混ざる中、人々は空で行われる流れをただ見守るしかしなかった。
それが、………………この都市を地獄に変えた『化け物』の責任だと、言わんばかりに……。








だが、そんな中で。
ダン!!! と一人の女は動いた。


「……………」


アルバスター・スナイパルを手に持つフミカ。
彼女はそこにいる衝光使いたちを睨み、その口を動かす。


「…………アンタたちに、何がわかるの?」
「?」
「あの子が、一体何をした。…………………ただ、一生懸命、この街で生きてきただけじゃない」


フミカは片手に持った特殊魔法弾をアルバスター・スナイパルに装填する。
直後、銃身に複数の魔法陣が展開され、同時に多大な魔力がその一弾を強化される。
銃から奇妙な音が放たれる中、フミカはこの現状にも諦めていた。
それは、絶望に対してではない。
たった、一つ。
地上でただいるだけの者たち。
その不満、もう溜めこむことはできなかった。
だから、言葉で…………衝光使いたちだけでない、その場にいる全ての人々に向けて、彼女は言い放った。






「あの子がこの街に来たから? シンクロアーツだから? 全部があの子のせい? ………っは、ふざけんじゃないわよ。あの子が化け物っていうなら、アンタたちは何なの? ………自分の街一つ守らない、ただ成り行きに任せる。全部、……………人のせいにして! 美野里を化け物って呼ぶなら、こうしてただ滅びる街を見ているアンタたちは一体なんだっていうのよ!!!」






ガコン、ドクン! 複数の音が続く。
銃口を空に上げ、その狙いを美野里を攻撃し続ける球体。
トリガーに指を掛け、照準を固定する。銃身に纏わる数個の魔法陣は照準固定がなされた瞬間、その弾道を正確にさせるかのように銃口から空へと列のように並ぶ。
そうして、…………フミカは目を細め指に力を込め、アルバスター・スナイパルの銃口から魔法弾は撃ち出された。




銃口前に列を並ぶ魔法陣。
銃弾がそれを通過するに辺り、その魔法を強化していく。
まるでそれは地上から空へかける流星。
虹色の光を放ち、魔法弾は美野里の横を突き抜け、魔法弾に着弾した。瞬間、球体に描かれた魔法陣とは別の新たな魔法陣。
美野里を襲っていた電流がその力によって抑え込まれる。


「………………ぁ、ふ……み、か」


痛みで感覚がわからない。
ただ、銃が着弾したこと。それを見て美野里は彼女だと判断した。
刀身が未だ球体に触れ、それが磁石のようにくっつき美野里の体はぶら下がった状態で固定されている。
ただ、柄から手を離せばそのまま地面にまた落ちるだろう。
しかし、そんな時間はもうない。
武器たちの命はもう消えかかっていた。
美野里は柄を持ち、再び力を込める。
浄化の力。
その力で衝光に勝たなくては、これを浄化できない。


「ッツ!!!」


シンファモロの刃が当たる中心に集まっていた魔法陣は今、フミカが撃ち出した魔法弾の陣によって防がれている。
だが、球体の魔法陣はその陣を壊そうと電流を流し、攻撃を開始した。
強力な電流は徐々にフミカの魔法陣を破壊していく。










「そうだね……確かにそうだ」
「アーサー様…」


今まで黙っていたアーサーは手に握る武器を見つめ、その足で前へと歩み出した。
隣にいたルアはそんな彼に声を掛けるが、対して彼は、


「ルア、君はこれ以上被害がでないように地上を守ってくれ」
「あ、アーサー様は」
「僕は、僕のやるべきことをやりに行く」


アーサーはそう言って全身にセルバーストを纏わせた。
球体と同じ雷。
電流を消すことは出来なくても、それをさらに押さえつけることは出来るはずだ。




「いくよ、エクスカリバー」


黄金剣、その刃に巨大な雷が滞在し始める。
そして、大きく上から振りかぶり、その名に負けぬ力を突き放つ。






「ライトニング・ブレイカー!!!」






雷撃の一撃。
地上から球体へ、獣を模した雷が突き抜けた。
その動きは生きているかのように球体に纏わり、その電流を絡め捕る。
剣から継続で放たれるブレイカーの力。
電流を抑える主導権はアーサーが握っている。
球体は身の危機に対し、電流の力を上げさらにもがく。破壊が徐々に始まり、フミカの魔法陣とアーサーのセルバーストの両方がその力に押されつつある。
二つの力で抑えるのがやっとだった。








フミカが撃ち出した魔法弾は特殊魔法弾。
普段扱う魔法弾とは大きく異なる違いがあり…………、それは魔法による代償だった。
魔力はいわば生命力と同等のものだ。
魔法使いにとって魔力の枯渇は生命の危機と呼んでもいい。そのため魔法使いは魔力を上げる鍛錬を日々行っているのだ。
しかし、フミカは魔法使いではない。
そのため、魔力の消費が生命力の消費と繋がり、ただでさえ少ない生命力を削る事となる。


「………ッ」


荒い息に加え、全身の力が抜ける。
膝を突き、意識を失いそうになるフミカ。だが、まだそこで眠るわけにはいかなかった。まだ、彼女にとって、その口で怒りをぶつけなくてはならない存在がいるからだ。




「アンタは、いつまでそうしてるつもりなのよ……ルーサー!!」




彼女の矛先は、未だ衝光の柱によって身動きの取れないルーサー。
だが、既に立つ意思すらないのか、その言葉に対して返答を返さない。そのことに、フミカの怒りをさらに荒ぶる。


「あの子を守る、それがアンタの本心じゃないの! どれだけ正論をぶつけられよう最後に守るんでしょ!!」
「……………………」
「美野里は今、一人で頑張ってる。皆からわけのわからない恨みを買って、それでもあの子は街を守ろうとしている!! それなのに、そんなあの子をなんで助けないのよ!! 今、アンタのやるべき事でしょうがッ!!!」
「……………」
「っ……………そうやって、いつまで現実に挫けてんのよ…っ! アンタはそこまでの男なの? 衝光なんて馬鹿みたいに力を持ってるくせに…」




フミカがこの都市に来たのは偶然ではない。
それは昔、一人の少年に助けてもらった。そして、誘われるように彼女はこの都市に来たのだ。
あの時、少年の言葉は今でも思い出す。
鮮明に、顔もその姿も………………………………。
だから、悲しかった。
あの時のように、意思を貫き、誰だろうと守る彼が…………今、見る影もない姿になっていることが。
いつしか、目尻に涙が滲み出ていたかもしれない。
例え、醜態が悪くても、見ている側に笑われたとしても。
フミカは叫ぶ。
あの時のように、美野里を、救い出しい!




「私をあそこから救い出したみたいに、あの子を助けなさいよ!!! あの子を守りなさいよ! あの子ために、命を掛けてでも立ち上がりなさいよ!!!! それが、アンタでしょうが!!!」
「………………………」




願い、悲しみ、怒る。
フミカの思いを叫んでも、まだ足りない。
彼を動かす、最後の鍵が。




「…なんでよ、まだ立ってくれないのよッ‥‥こんなに言っても気づかないの? あの時、なんで美野里があんな事を言ったのか…、どうして今も苦しみながら戦っているのか‥‥」


フミカはあの時、美野里がどうしてあんな事を言ったのか理解していた。
彼女が好意を抱いていたのがだれか。
ルーサーの顔を見て、彼女が何に対して辛い思いをしていたのか。


だから、事実を知られてしまったことに後悔する彼の目を覚まさせるために。
フミカは、言った。
意識がなくなる、その最後の気を振り絞り。
それが、フミカが一番に伝えたかった言葉だから。












「全部! 美野里は、アンタのことを守るために今戦ってるのよ!!!」






















静寂がその場に訪れる。
未だ動きを見せないルーサー。フミカは歯を噛み締め、体を落とした。


「ぁ、ぁ……………だから、お願い…だから……………あの子を…助けに………………ル……サっ」


フミカはそう言い切り、意識を失った。
もう立ち上がることはできない。後は、彼しか………………………………。


















「やっと、落ちたか」


アルガは倒れたフミカを見つめ溜め息を吐く。
何か叫んでいたが、動かないルーサーを見ると失敗に終わったらしい。
一度、どう対策をねるかと、アルガは傍にいるガルガ、チルダを呼びもどそうと口を開こうとした。
だが、その瞬間。














『!!!!!?!!?!?』














眩い、衝光を越える光が突如として音を立て消滅した。


「「「!?」」」


アルガや衝光使いたちが目を見開き、その柱が存在していた場所を見つめる。
音は奇妙なものだった。
衝突音でもなく、まして擦れ合う音でもない。
それは、まるで急激な力によって吸い込まれた、その際に一瞬発した音だった。
そして、その発信源なる存在。




「……………………」




ボロボロの衣服、ふらつく体を押し上げ立ち上がる、鍛冶師ルーサーは、虚ろな瞳を灯し、空で戦う一人の少女を見つめる。
そして、思い出す。




美野里と初めて会った時を。
美野里と、一緒に喧嘩したり、笑い合ったりした、時を。
美野里がシンクロアーツだと分かり、悩んだ時を。
そして、シンクロアーツを……いや、美野里をこれから守って行こうと思った、あの時を。




一年ちょっとの短い時間だった。
だが、それはルーサーにとってもかけがいのないものだった。
色々な事が頭の中でいっぱいだった。
もう後悔だらけだった。






「頼む、もう一回だけでいい……………出てくれ」






しかし、ただ一つ。わかりきってるものがあったではないか。
鍛冶の仕事を終え、帰る途中で寄る喫茶店。
ドアを開き、皮肉な表情や可愛げな表情、コロコロと顔色を変える一人の少女。
ただ一つ。






そんな美野里のことが、…………好きなんだ。






















「シャイニング・セル!」




次の瞬間。
眩き光。美野里の体に起きた衝光の暴走を抑え込んだその力が再び、ルーサーの身に宿る。本来なら、一回が限度だったはず。
しかし、この一回はまさに決死の覚悟からできた荒業に近いものだ。
ルーサーは手に握る骨刀を見つめ、セルバーストの力に耐え切れないかもしれないと自負する。
だが、


「…………最後まで持ってくれ、デュラストブレイズ」


全てを出しきるため。
ルーサーはその願いを込め、シャイニングの力を発揮する。
衝光は確かに強い。光の中で、最強に近いかもしれない。しかし、衝光の力は光という枠の中では一つ下の存在なのだ。


シャイニングこそ、その光の頂点たる最強の力なのだ。


三つの衝光を吸収し、使用するセルバースト。
その力に、衝光、ドラゴン、そしてシャイニングの三つを組み合わせた超打撃の一撃を放つ。
ルーサーの体にドラゴンの力が滲み出る。
残り少ない、削りカスほどの力。
それでも、今、……………大切なものを助けることができるなら。




「重打炎衝―――――放」




その力は、ルーサーの思いを貫く力となる。












「シャイニング・ドラゴンブレイカァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」












真っ白へと染められる光景。
刀の先から放たれる、光の龍波はその空間を呑み込み支配する。
空に浮く球体はその力によって圧迫され、そこで固定される。驚異的な力はその球体だけにとどまらず、ぶら下がる美野里の体をも浮き上がらせた。
だが、彼女の体が傷つくことはなく、まるで足場を作ってくれたかのように宙を浮く。
美野里は今すぐに後ろに振り返りたい思いでいっぱいだった。
だが、それをしてしまえば、覚悟が折れる。
あの言葉を、自分で破ってしまう。


「っ!」


歯噛みし、目の端で涙を零す。
美野里はまだ、こんな自分を守ってくれる友のため………。
ありがとう、とその思いを全部刀に乗せ、その最後の一撃を叩き込む。






「いっけええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」






衝光を越える、全てを浄化する一撃。
球体だった白狼を含め、そこに加えられた全ての魔法を浄化し絶望を消し去る。
空はその瞬間、真っ白の大空へと変色を遂げた。








そして、それと同時に。
パリィン、と音と共に手に持つ武器は崩壊する。
重力に従い地上へと落ちて行く美野里は、その粉々となり散りゆく武器たちをただ見送るしたできない。
だが、美野里はその耳で確かに聞いた。




<ありがとう、ありがとう>




それが、この世界に来て…………一緒にいてくれた、武器たちの最後の……言葉だった。


















































































地上に落ち、それからどれだけ経ったかわからない。
曇天の空に加え、大量の雨が降り出す。ボロボロの衣服を身に纏う美野里はその重い体を動かし立ち上がると、そのままゆっくりとした動きで足を動かし、地面に倒れるルーサーの元に辿りついた。


「……………………………お願いします。ちょっとでいいから、話をさせてください」


髪は雨で濡れ、表情は読み取れない。
しかし、彼女の直ぐ側には、三人の衝光使いとローブを被った三人の魔法使いの姿があった。


「……いいだろう」


アルガはそう言って、周囲を見渡す。
アーサーやルア、その場にいた者たちが一人の少女を見つめ、普通なら救世主と呼ばれ、その場は大いに喜びで賑ったはずだ。
しかし、彼らから発せられるはそんな優しさとはかけ離れた憎悪の視線。
もし、平然な人間がその中心にいれば、普通なら耐え切れないだろう。


「………ありがとう、ございます」


しかし、美野里はアルガの言葉にそう返し、意識のないルーサーの傍にへたり込む。
そして、一人呟くように口を動かす。


「ルーサー…………………………ごめんね、勝手な事ばかりして。でも、……………あの人たちが言ったみたいに、ここに私が来るべきじゃなかったんだと思う。……ただ、それでも、かな」


与えられた時間が刻一刻となくなっていく。
美野里自身、今、どんな顔をしているかわからない。ただ、思うに、どうしようもないくらい『みっともない』顔をしているのだろうと、思う。


「私が言われるだけなら、まだしも。…………ルーサーのせいにされるのが、どうしても嫌だった。………今まで一緒にいてくれて、守り続けてくれたルーサーが、追いつめられるのが嫌だった」




だから、あの時。
どちらも選べなかった美野里は選択し、選んだ。
都市を守り、ここを去る。
それしか、彼のためにしてあげれなかったから。




「ごめんね。こんなことしかできなくて…………。でも、ありがとう。…………今まで、私のことを守ってくれて」




美野里はそう言って、また笑った。
それは周囲から見ても、気味悪がられる笑顔だったかもしれない。
こんなにまで街を地獄に変えたやつが…何を笑っているのだ、と思われたかもしれない。
ただ、それでも…。


















「私は、ルーサーのこと………大好きだよ」


















美野里は、ただ、その事さえ伝えられれば…………よかった。
もう……………………これで、思い残すことはないと………………。






「さようなら、ルーサー」






美野里はそう言って口を閉ざした。
そして、雨の音が降り、数歩と足音が耳に届いた。
その、次の瞬間。












ザンッ、と三つの音が鳴った。
それは突然の衝撃。
美野里の体に地面から魔法で形成された三つの大剣が現れ、突き刺さり、その体は剣に突き上げられたように宙に上がる。
そして、剣から赤い、鮮血が垂れる中で…………………誰も知らない、人が存在してはならない場所へと彼女の体は転移した。
























インデール・フレイムは救われた。
影でどう変革したかわからないが、危機は衝光使いたちの手によって救われたという事になっている。
だが、そこにもう一つの噂が立つ。
インデール・フレイムを危機へと追いやった女、災厄の剣姫。
それはこれか時間は経ち、………数か月も経たない内に、世界中に広がることとなる。
そして、それから誰も彼女の居場所をしらない。








町早美野里。
彼女がインデール・フレイムから姿を消したという、こと………。




























第五十三話 カウント・ゼローーーー少女の絶望









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