異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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魔法を越える、魔法





第四十九話 魔法を越える、魔法






魔法陣が全身の動きとなる部位を背後から拘束し身動きを封じる。
そして、衝光の力。第二の源とも言える捕えられた美野里の光る長髪が突如と現れた黒狼に噛み切られた。




「っ………あ、っがッ!?」




その直後だった。
体内から這い上がる激痛、それに連なり吐き出される血。
蛇口から水を出すように血が流れ続け、止めようとしても痛みが激しくなるのと同時に大量に口から血が飛び散る。
まるで、体内で何かが暴れ回りながら大事な部分が次々と破壊されているような感覚。
美野里は顔を歪ませ歯を食いしばり、何とか消えようとする意識を繋げ止める。
その一方で、そんな彼女を目の前で見つめるブーケを纏う魔法使いの男は笑みを見せ痛みに悶える美野里を観察していた。


「………っ、ク…………ッソ……ッ!」


その余裕ぶった仕草。
美野里は頭に血が溜まり、怒りが脳内を浸透する。だが、その感情に反応してか症状はより酷くなる。
体内の血が吐血と共に大幅に減り、今まで保っていた意識が徐々に朦朧としていく。
そして、ついに美野里は男を睨む所か前を向くことさえできず顔を伏せてしまった。
魔法使いはそんな美野里を見つめ、その空いた腕を動かし……、


「そろそろ、か」


美野里の頭に触れようとする。
それは、ほんの数秒。
空気が動き、音が鳴り、時が流れる………………その時だった。


「?」


雲を越え、そのさらに上をいった大空。
青く広がる地球とは違うもう一つの世界の空に、極大の大炎が展開される。








『重打炎衝・斬』








次の瞬間。
上空から魔法使いが伸ばした手に向かって重力を無視した高速の炎線が突き進む。
それは雲を突き抜け一直線に突き進む極細の大炎刀。
まさに、障害を全て焼き貫く槍だった。
だが、数センチという差をつけ空からの奇襲に気づいた男は手を引き、刀は美野里と男の間を突き進む形で無と化す。
しかし、その数秒の時間はその場の状況を一変させるに十分な時間だった。


「………ライトニング・セル」


直後、危機が去った美野里の背中に展開された魔法陣が縦一直線に走った雷閃によって一瞬に斬り殺された。
そして、拘束から解放され重力に従い落下する美野里の体。
そんな彼女を上空から飛来する一つの影が奪い去る。
その背中には炎の翼。
腰から伸びる炎の尾。
赤き衝光の瞳をギロリと見開く、鍛冶師。


「ッ!!!」


鍛冶師ルーサー。
牙を向きだし、宙に立つ魔法使いの男に向かって咆哮を放つ。


「セルバースト!!!」


叫ぶと同時に大きく開けた咢、ルーサーの尖った牙の口内に紅の光を溜める。
それは、ルーサーの扱うセルバースト。
グラウンドとはまた違う未知の力。
高濃度に溜められたエネルギーをルーサーはまるで前に撃ち出すように光線として男に向かって放った。


「フッ!」


魔法使いの男は、口元を緩ませ手を前にかざし、数分前の美野里が出した強大な衝光を防いだ魔法陣を再び展開させる。
そして、迫る光線を難なく受け止めた。
だが、また美野里の衝光と同様に紅の光も吸収という形で打ち負けると思われた。
その矢先だ。
ギィギィギ!! と今まで聞いたことのない擦れたような雑音が続き、魔法陣と赤き光線が共に互いを押し込みながら競い合っている。


「ふむ…………、これは面白い」


男はルーサーの攻撃を観察し、感想を述べた。
脅威的な攻撃を受けているにも関わらず男の平然とした表情で余裕を見せる。
これ以上のせめぎ合いは無駄か……、そう今までの経過を見てそう判断したルーサーは咢を閉じ光線を吐き終えると、ゆっくりとした動作で顔を伏せた。
そして、




「やれ、アーサー」




次の瞬間。
魔法使いの背後。雷を纏いし騎士団長アーサーは瞬時に接近したと同時に黄金剣を真上から振り下ろす。
それは、巨大な攻撃を囮としたコンビネーションアタック。
敵の背後を取り先手を取る、その一度だけのチャンスを狙った攻撃だ。
だからこそ、その好機を逃すわけにはいかない。
アーサーは剣先に雷撃を強大に纏わせ男に向かってその一撃を―




「惜しい、と言っておこうか」




魔法使いが不意に言った。
その直後、男の体が一瞬ブレた。
だが、モーションに入ってしまった攻撃を止めることはできない。宙を立つ男の体が縦一直線に振り下ろされた黄金剣はよって切り裂かれ、同時にそれが罠だったことにアーサーは舌打ちを打った。
そして、彼の背後。
静かに転移で現れた魔法使いは魔力を纏った手でアーサーの体に触れようとした。












ヒュン、と。
瞬間に、彼の体はその場から消える。


「?」


瞬時に動いたわけでもない。
移動だけではどうやっても説明できない。
なら、―答えは簡単だ。
男は口元を緩め、地上にいるもう一人の魔法使い。
転移させたアーサーの隣に立つルアを見下ろし、あの局面での介入に対し関心を抱くのだった。






間に合った。
ルアは隣で礼を言うアーサーを見つめ、冷や汗を服の裾で拭いながら小さく笑みを見せた。だが、そんな彼女たちの傍に直後と衝撃音と共にルーサー舞い降りる。
腕の中には今だ吐血し続け荒い息を見せる美野里の姿があり、顔色は青く、血の気が引いたような表情をしている。
アーサーはそんな彼女の様態を見極め、ルアに回復魔法をかけるように伝えようとした。
しかし、その時だった。




「「「!?」」」




苦しむ美野里の体。
その露出された腕に微かにあった掠り傷。それが突然と衝光の光を放ったと同時にまるで何かで塗り消されたように瞬時に消えたのだ。
まるでそこに初めから存在していなかったように。


(再生?)


アーサーは初め思考にそう答えを出す。
だが、それは直ぐに間違いだと気づく。何故なら、もし再生だとするなら今だ血を吐き続けるのはどう考えてもおかしいからだ。
そして、さらに言えば、


「美野里、しっかりしろ!」
「………る、るー……サー……ぁ」


どうして怪我が治っているにも関わらず、傍にいるルーサーが悔しさを露わにしている?
彼女を掴む彼の手が小刻みに震え、何故歯を噛み締めているのだ?
アーサーがそんな疑問を抱く。
一方でルーサーは目の前で苦しむ美野里を見つめ、その体を強く抱きしめた。


「……る」
「ちょっと黙ってろ」


傍でその光景を見つめるルアとアーサー、美野里はどうして彼がそんなことをしたのかわからない。
たが、密着した中。
ルーサーが彼女の耳元に顔を近づけ、その口で小さく呟いた。
そして、その言葉を美野里は確かに聞いた。










『シャイニング………セル』










次の瞬間。
ルーサーと美野里。
二人の間で強烈な光が彼らを包み込んだ。
それは地上を眩く照らし、邪悪な存在を近寄らせない聖なる光、極衝サイズの小さなドームでその場一体を覆う。
突然の光に目を凝らすアーサーだったが、彼はそこで美野里の体から放たれる光が時間が経つにつれて彼女からルーサーへと吸収されていく様子を目にする。
まるで、ルーサーが衝光の力を自身に移し替えているようだ。


「………っ」


そして、本人である美野里はその時間の中で意識を途絶えさせ、今まで彼女を覆っていた衝光の力が途絶えた。
口から漏れていた血も治まり、静かな眠りにつく。
同時に、美野里を胸の中で抱えていたルーサーの体からは蒸気のような溢れんばかりの衝光の力が湧き出ているのをアーサーたちは目視する。
その姿は、圧倒的な強さを放つ人間を越えた存在でも示すような、そんな立ち姿だった。


「ルア、美野里を頼むぞ」
「ッ!?」


言葉一つ発せれなかったルアは、その瞬間。
言葉に乗せられた気迫と脅威を感じた。その突然の言葉に戸惑いを隠せないルアだったが、一方でルーサーは症状の落ちついた美野里を有無言わさず彼女に受け託し、背後にいるアーサーに向けて彼は命令する。


「アーサー、あの黒いのはお前がやれ」
「…………ああ、分かった。で、キミは?」


反論はしない。
アーサーは分かりきったことを敢えて彼に尋ねた。
ああ、俺か? と呟いたルーサーは腰から生える炎の尾をしならせる。
それは、尾を模した刀身の柄にコードがついた骨刀。ルーサーはしならせ前まで来た骨刀の柄を片手で掴み取り、空に顔を見上げ、言う。






「あのクズを、焼き潰す」






その直後。
地面に砂煙が舞うと同時にルーサーは飛翔した。
その速さは先程までとは打って変わり、閃光にも匹敵する速さ。
対して、空へ向かっていく彼を見送ったアーサーは大きく溜め息を吐き、直ぐ側で突如と下り立った黒狼に視線を向けた。
地上に足を着けた黒狼は辺りを見渡し、自分に視線を向けるアーサーを敵と認識したのか唸り声を溢し前へと駆け出す。
その動きは素早く、風を押し切る音を立てながら迫り来る。


「ライトニング・セル」


アーサーは美野里を抱えるルアを下がらせ、セルバーストの力を自身に纏わせた。
そして、今にも襲い掛かろうとする敵の動きを見つめ、


「速い……、っていいたいけど」


高速で突っ込む敵。
対して、その口で彼は言った。






「……ノロすぎるね」






瞬間。
黒狼の頭部に向かって振り下ろされた黄金剣『エクスカリバー』
セルバーストの威力を極限まで高める特殊剣の一撃がその場一帯に雷流を流し、衝撃音が一帯に響き渡る。




















都市の内部。
巨大な大爆発が起こる、その数分前。
露店を営んでいた食材が並べられた棚に向かって、一つの陰がぶつかり半壊した。
地面から砂埃が立ち、同時に周りにいた人々の悲鳴が木魂する。
棚の素材となっていた木材。
その折れた木を押しのける影、魔法使いアチルは口内に溜まった血を吐き捨て目の前にいる敵を見据える。


『グルルゥ…』


それは黒狼だった存在。
毛を光らせ、黒から反対の白へと毛色を変化させた狼。
黒い部分を一切消し、全身から強い光の力が発せられているのを感じた。
アチルは手に持つ魔法剣ルヴィアスを支え立ち上がり、今の状況に至った経緯を彼女は思い出す。








セルバーストを扱うワバルと接触した後、アチルは美野里と分かれ急いで黒狼の跡を追い掛けていた。
時間が経過していた分、被害が大きくなっているのではないかと不安を抱いていた彼女だったが、何故か被害の痕が突然と中央広場から西に向かって続き出した。
何故、とその変化対し疑問を抱くアチル。
だが、道行く中では少なからず黒狼の被害に合い倒れる人々は続く。
胸の内から込み上げる焦りと苛立ちを抑えるアチル。
スピードを上げ新たに黒狼が向かっていった西に位置する刀剣演習広場へと走り、そしてやっとの思いで辿りついた。




西門付近に設置された刀剣演習広場はインデール・フレイムに住むハンターたちが自身の力を高め合うために設置された闘技場とはまた違う空地ともとれる場所だ。
観光客である人々はその場で互いに力を競い合うハンターたちを眺め楽しむ。アチルは広場前で勢いを足を止め、辺りを見渡し黒狼を探す。
被害の痕や敷地に建てられた障害物の陰。気の緩みも許せない、視線を鋭くさせ彼女は標的を探すが一向に見つからない。
一体…どこにいる、と眉間に皺を寄せ唾を呑む。
だが、その時だった。


「!?」


広場中央に建てられた一つの龍の石造。
その周りに集まる人混み。
そして、その一体の建築物上に立つ黒狼ではない、体を光らせた狼、白狼。
まるでアチルを待っていたとでも言わんばかりにその存在は彼女を見据え待っていた。
観光客の人々やハンターたちは何かの出し物なのかと警戒の色すら見せずそこに集まる。黒狼が今まで何をしてきたのか知らないからこそ、珍しいとでも思っているのかそこには和らいだ空気が漂っていた。


(まずいッ!)


この状況で、いつ白狼が人々に危害を与えるかわからない。
危険な状況を再確認したアチルは両手の武器を正面に向け構え魔法を唱えようとした。
使う魔法は衝撃魔法。
一端、あの場を離れさせ宙に跳んでいる瞬間を狙う。
対して、周囲にいた者たちは突然とした彼女の戦闘態勢に疑問の声を漏らすが、そんなことを気にする暇はない。
アチルは魔力を練り上げ、魔法発動の言葉を口にしようと……、




「!?」




しかし、その次の瞬間。
それは、まさに眼前。
白い毛。
白狼はアチルの傍に一瞬で移動し、その驚異的なスピードで突撃を食らわせた。
防御の態勢を全く取っていなかった彼女は露店に激突し、そうして今の状況に陥る事となったのだ。










「ッ、シ・レイブッ!!」


未だ残る痛みを堪え、アチルは足に力を込め前へと走り出す。同時に唱えた魔法によって纏わせた水の魔法を剣撃と共に衝撃波として放った。
真横に振られた水の一撃。
白狼はその攻撃をただじっと見つめ、攻撃との距離が数センチといった。
その直後。


「ッな!?」


またしても眼前。
アチルの前に下り立った白狼はその強靭な爪で彼女の右肩を引き裂く。爪は彼女から地面へと行き、その鉤爪の痕が地を深く削り取った。
もし人の身でその攻撃を受けたならば体一部が剥ぎ取られていただろう。
だが、彼女が着る青のコートは違う。
特殊な魔法を施した防壁魔法の戦闘服はその爪の貫通を許さず、彼女の体に傷を通さない。
しかし、


「っぐあッ!」


その攻撃は見た目よりも重かった。
爪はまるで巨大な衝撃となり、彼女の体は壁へと打ち付けられる。
アチルの着るコートの防壁魔法にはある一つの特性があり、それは自身に向かってくる攻撃を半自動的に防ぐといったシステムが組み込まれていた。
そして、同時にその魔法にはデメリットがあり、それは自身からぶつかるダメージを魔法は防御しない。
そのため、鉤爪の攻撃は貫通しなくてもダメージが通る。
壁に吹き飛ばされたと同時に右肩を強打したアチルは顔を歪め、痛みによって手に持っていた魔法剣を落とした。
だが、再び迫る白狼の突撃は待ってはくれない。
アチルは何とか真横に跳び、その攻撃を回避し目標を見失った白狼はそのまま露店後ろに立つ壁に激闘して穴を開ける。


(はぁ、はぁ、……い、今のって)


砂煙が立つ穴の開いた壁を見つめながら、アチルはその攻撃を脳内で分析していく。
突然の変化と強化。
攻撃力や速さ、どれも先程の動きと全く違っていた。
だが、そこで彼女はそういった力の変化に一つの疑問を抱く。
それはその変化の仕方…。
自身の知る中で、アチルはそれと酷使した親しい人物が知っている。




(衝光……)




そう、それは衝光を使う美野里だ。
だが、同時に何故白狼がその力に似たソレを使うのかと疑問を抱く。
が、それも直ぐに理解する。


(………………あの時、か)


初めての対面。
美野里が黒狼に一撃を食らわせた時、彼女は自身の武器を見ていた。
もし、あれがただ武器の調子を見ていたのではなく、その力がなくなっていることに疑問を抱いていたとするなら、


「……衝光の力を、吸収したッ」


だとすれば、白狼は言わば衝光状態。
その動きを最大に出されては、詠唱という時間を必要とする魔法使いにとって最早勝ち目はない。
アチルは再び体制を整え穴の開いた壁から出来てきた白狼を見据えつつ、手に握る杖を地面に突きつけ魔法を唱えた。


「グラスパー・ルアート」


杖先からその半径数メートル。
蜘蛛の糸を模した水のアートが地面に刻み込まれる。
そして、体勢を再び目標を整えた白狼が地面を蹴飛ばしアチルに近づこうとし、その足で地面に描かれたアートに触れた、その直後。


「行け、レイブ!!」


蜘蛛糸のアート。
白狼に向かって突如と水の爆発が直撃する。
突然の攻撃に狼は怯みと共に足を鈍らせる。アチルはその小さな勝機を逃さないため、グラスパ―・ルアートを今度は敵に向けて放った。
杖先から吹きかけられたように蜘蛛糸のアートが白狼に刻まれる。そして、それに続いて零距離の爆発が連続に発生した。
爆発はその場から空へと昇り、その場一体に激しい爆発音が響き渡る。
まさに強烈な連撃の嵐だ。
周りからは人々の悲鳴や声援が交じりながら聞こえる。
アチルはここで仕留めることを頭に捩じり込ませ、加えて連弾魔法を唱えた。


「ブレット・エアイ」


詠唱によって生み出したのは、氷の槍弾。
彼女の頭上に形成されたボールサイズの一本槍は、その杖が指し示す爆発の中心に向けて放たれた。
先端を尖らせ空気を貫き進む槍弾は氷魔法の中でも最も速攻かつ貫通力を持った魔法だ。
爆煙に突き刺さった槍弾を見据え、アチルは次の行動に移るべく態勢を整えようとした。だが、その時だった。
ガキィン、と。
不意に聞き慣れない音をアチルは耳にする。


「?」


槍弾が命中した、その数秒。
爆煙が薄れ、白狼の姿が明確に見えてくる。
白い毛並。
強靭な爪を要した前足。
そして、その鋭利に研ぎ澄まされたような牙で白狼はその一本槍を横腹から噛み締めていた。


「!?」


直後、アチルの表情は驚愕に染まる。
だが、そんな怯みすら続ける時間を白狼は与えない。
何故なら、その次の瞬間。
魔法の槍弾を咥えた白狼は首と体を捻らせ、前に踏み出した勢いに加えて槍弾をアチルに向かって投げ返したのだ。
予想外の反撃に対し、アチルは焦りながらも即急の判断で防壁魔法を展開した。
それは宙に固定された水色の魔法陣。
時間がなかったため魔力を練り上げることのできなかった。
展開されたのは、強度に便りのないレベルの小魔法。
しかし、それでも対人戦で魔法使いが撃ち出した槍弾を防げる力を持った魔法だった。
そう、それが普通の魔法で形成された槍弾ならばだ。
眼前と迫る槍弾を見つめるアチル。
だが、その槍の表面に微かだが光が纏わりついているのを目視した。
そして、


「ッ!?」


その一瞬だ。
魔法によって自身の体が貫かれる、といったイメージが脳裏を支配したのだ。


アチルは咄嗟に体を反らし、射線上から退避する。だが、光の籠った槍弾はその尋常ならざる速さで魔法陣を突き破り、彼女の右腹部を掠った。
それも本来なら攻撃の通るはずのない防壁魔法を施されたコート。その魔法すら打ち破り、身体にまで傷を負わせたのだ。
コートに入った切れ目。
じわり、とそこから赤い染みが滲みだす。
アチルは呻き声を上げ、膝をつきながら腹部を手で押さえ崩れ落ちる。
隙を突かれて受けたのではなく、防御して尚受けた傷。
視界で投げ返された槍弾を目で捕えていた彼女は、その表面に光が纏っていたことを知っていた。そして、それが衝光のものであることも予想で理解していた。
だが、わかっていたとしてもまさか魔法がこうもあっさりと打ち負けるとは思いもしなかったのだ。
同時にアチルの中で、衝光という力に対し脅威を覚える。


「ッ……ッくそ…」


アチルは奥歯を噛み締め、傷を手で押さえながらも何とか立ちあがろうとした。
しかし、そんな中。
事態はそれをさらに急変させた。




「ッ!?」


突如、遠く離れた場所で起きた大爆発が都市全体に衝撃音を響かせた。
アチルは目の前にいる白狼の存在を忘れ、空に漂う巨大な爆煙を見上げる。
そして、その場所が先程まで美野里がいた位置であったことに彼女の心臓は一瞬止まったかのように強く締め付けられた。
だが、そんな思いとは関係のないその矢先で……。








ギリィ、とその入ってはいけないスイッチが起動したのだ。








アチルの前に立つ白狼。
爆発がまるで合図かのように狼は白い体を丸め、突如と宙に浮き出した。
さらに加え、周囲に魔法陣が展開されたと同時にその体が魔法陣によって徐々に抑え込まれ、しだいに膨大な魔力がそこから漏れ出す。










「………………うそ」


爆発の方に意識を向けていたアチルはその禍々しい魔力に気づき、そこでやっと白狼の異変に気づいた。
そして、その瞬間に頭の中が真っ白になったのだ。
痛み、焦り、不安。
それらすら気にすることもできず、また何かを考えることすらできない。
その異様な光景。


その魔法。


その現象。


息をするのさえ、忘れてしまいそうになる。
アチルは、その魔法を、一度見ている。






「で、デスラジア…ッ!?」






禁断魔法、デスラジア。
広範囲による大破壊を目的として作られた魔法。
その魔法は魔法使いたちから破壊出来ないと禁断の力と語り継がれ、その名がついた。










『終わった』


体の力が抜け落ち、その場に座り込むアチル。
彼女がこの魔法を見たのは数日前。闘技場で起きたウェーイクト・ハリケーンの一件でのことだ。
ウェーイクトのハンターが従えていた鋼の少女に突如としてその魔法が発動した。
今のと同じ現象だ。
そして、その時は最後まで諦めなかった美野里が起こした未知の力によってその禁断とされた魔法は打ち消され、救われた。
本来なら、決して破壊されないはずの魔法。
彼女の、美野里のおかげでその最悪の結果は免れた。
だが、今―その彼女はいない。
彼女同様に、強靭な強さを持っていた鍛冶師ルーサーも…。






『ダメだ…………どうやっても覆せない』


アチルは地面に顔を伏せ、あの時の事を思い出し、諦めた。
今、突然の異変に周囲にいた人々は悲鳴を上げ逃げだす。中には白狼に斬りかかろうとするハンターもいたが、狼を囲む魔法陣から発せられた赤黒の雷が侵入を許さない。
かりに狼に接近できたとしても、魔法を消すどころか、その禁断魔法の効果範囲からは絶対に逃れられない。
アチルが今から転移魔法を使ったとしても、数人を転移させるのが限度だった。










『ここで、全てが終わってしまう』


アチルの心が。絶望した。
禁断魔法は魔法使いがどうやっても防げないからこそ、そう名前が付けられている。
都市アルヴィアン・ウォーター、最強の魔法使いである母、レルティアならともかく自分がどう足掻いたとしてもどうすることもできない。
歯を噛み締め、ただ待つしかない。




『死という、破壊が行われる』






















































『そんなの、ダメ………』
「?」
『私は、あの子に言ったの。助けてあげるって、もう大丈夫だって…』
「??」
『…どれだけ間違っていたとしても、どんなに無理だとしても………………私は、一人がつらいのを一番知ってる!!』
「???」




それは本当に突然だった。
アチルの心。
真っ暗となっていたその空間の中で独りでに輝く光。
そして、彼女の言葉が心に響く。






『だから、絶対に助けるの! 誰が何と言おうと、無理だとしても、あの子を一人になんかさせない!!!』






美野里の言葉。
絶望的な状況だったにも関わらず、彼女は諦めず、その状況を打ち破った。
禁断とされた魔法が起こそうとしていた絶望を彼女は自分の意思を貫き、それを確たる物にしたのだ。


「…………………………………………」


それなのに…、


「……………………………………………」


自分は何だ?
魔法使いは、人々を守るために存在する。
今、助けを求める人たちが大勢いる。
今、悲劇が目の前で起きようとしている。
今、この場所で、打破できるかもしれない力を持っている。


「………………」


美野里に全部頼るのか?
彼女に全部重みを背負わせるのか?
いなかったから、だから最悪の結末になったと言わせるのか?




「………………今、動かないで」




そんなこと、ありえない。
そんなこと、させない。
そんな、何もしないまま、このまま、ただ終わりを迎えるなんて、絶対に嫌だッ!!








「いつ、動くッ!!」








それは暗闇の中で芽生えた小さな光。
だが、それでも、アチルの瞳がその時、覚醒したのだ。絶望を打ち破らんとする、覚悟の灯った眼光。
騒音が広がる中、アチルは両足に力を込め、その場に立ち上がる。
口からは荒い息が漏れ傷口からは今も血が漏れ続ける。
だが、それがどうした。


「…わ、私は………魔法使いなんです!」


コートを脱ぎ捨て、アチルは全身の魔力を最大に放出させる。
足場は凍りつき、周囲から冷気が吹雪く。
その場に居合わせた人々、悲鳴を上げていた者達が彼女に視線を向ける。その中で暴走とはまた違う魔法を駆使して、アチルは目の前にある脅威に立ち向かう。






「ここで、みんなを守らないで、何が魔法使いですかッッ!!!」






彼女は越える。
魔法使いの先、女王レルティアの立つ境地へ行く道への扉。
それは、この世界の理に触れる者しか立ち入れない、真の魔法へと続く域。


「水は浸透しする力」


周囲の目が集まる中、アチルはその場で舞い唱える。
魔力をその手で振り与え、普段の詠唱する魔法とは異なる詠唱魔法をその言葉で続ける。


「火は燃えさかる力」


この魔法は修行の一環で母、レルティアに教えてもらったものだ。
舞いと詠唱。
二つが完璧に交わってこそ、その魔法は完成する。
だが、何度やったとしても成功どころか舞いと同様、詠唱も最後まで言えた試しがなかった。


「風は吹き抜ける力」


加えて一回唱えるだけで全身の魔力が大幅に減少してしまう。
その日、一日寝込んでしまうほどだった。
だからこそ、レルティアはこの魔法を最後の奥の手として教えるとアチルに言った。


「土は増え栄える力」


アチルは舞い、唱えると共に自分の魔力が空になりつつあることを自覚する。
でも、それが何だ。
自分のことを返りみず、何度も窮地に舞い降りた美野里の背中。
魔法使いでもない、本来なら守るべきはずの存在。
そんな彼女にできて、何故魔法使いである自分ができないでいるッ!!!


(絶対にやってみせる! 足りないとか、ダメだとか、もう自分に対しての逃げをできないの言い訳にしないッ!)


冷気が踊り、魔法を描く。
アチルの立つ円。
地面だけでなく、宙にまで魔法の呪文がアートのように描き、刻まれる。
そして、




「四大の栄知、今、魔法の糧となり、我にその力を植え与えろッッ!!!」




魔法の力は一つでない。
自然のエレメンタルを扱う『プセット』や自然を破壊するエレメンタルを扱う『ダセット』との違いでもない。
魔力でおこなう、魔法。
それと異なるもう一つの魔法。


『龍脈』


大地、自然のエレメンタルを越えたその気の力を引き出し扱う、特殊魔法。
アチルが唱えようとする魔法は、完全なる世界の力を借りた極大の防壁魔法。
禁断魔法が破壊出来ない物なら、破壊せず、その場に留めればいい。
破壊出来る力がなくても。
浄化する力がなくても。


(今の私には、人々を守る力があれば、それだけでいいッ!!)


アチルは禁断魔法に向けて、杖を指し示す。
そして、その魔法の名を彼女は言い放つ。










「ボーファラス・ファヌビスッッ!!!!」










四つの魔法陣。
白狼の周囲。宙に展開された陣はから空高くまで伸びた筒状の壁を作り出され、中にいる存在を完全に閉じ込める。
そして、それと同時に魔法陣に抑え込まれ石サイズとなった白狼が光と共に禁断魔法が実行された。
それは、まさに瞬間に起きる。








禁断魔法、デスラジア。
筒状の内部全体に威力は広がり、空高くに破壊の力が突き抜ける。
数千回の地響きがその場を揺るがせ、人々の顔に動揺と悲鳴、絶望が行き走る。だが、たとえ禁断魔法を破壊できないとしても、守るべき人たちを死なせはしない。


強烈な光がそれから数秒と続いた。
そして、次第にその光景は沈み止む。
砂煙で満たされた筒状の壁。
閉じ込める危機が去ったのを確かめたかのように、薄れ消え、その場に真っ白と表現するような静寂が訪れた。


「っよ、よか、った………………っ」


よろよろ、と立つアチルはその場で崩れ落ち、横たわる。
呟いたと同時に意識が掠れていくのが彼女自身、分かった。
魔力の枯渇。
血の枯渇。
大規模魔法の使用、その三つの代償が一気に疲労となり襲ったのだろう。
突然と倒れた彼女に気づいた人々が直ぐ様駆け寄り、怪我の具合や顔色から危険な状態にあることに声を荒げる。


「おい、しっかりしろ!!」
「誰か! 早く来てくれ!!」


薄れ行く意識の中。
アチルは無事に皆を守れたことに安堵した。
だが、ただ一つ後悔もあった。
それは、美野里の元に駆けつけ助けにいけないという事実。
しかし、今の彼女には、その後悔を抱きながら眠るように意識を手放すしか………できなかった。











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