異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

goro

二人の時間



第三十九話 二人の時間




突如と闘技場に強烈な光が灯った。
その異変は数時間待たずにして都市インデール・フレイムに住む全ての人に伝わる。
闘技場内部にいたルーサーたちは、都市の上層部が来ることを予期し直ぐにアチルの移動手段でもある転移魔法によってその場を後にした。色々と隠さなければならないことあった分、騒ぎに巻き込まれるのは避けたかった。
そのため、決断は速やかに行われたのだ。
だが、その時。
ルーサーたちは転移で移動するその一瞬までもう一つのある存在に気づかなかった。




「………………………」


それは闘技場のさらに上の青空。
転移で消えたルーサーたちを最後まで見ていた存在。
足場のない空中に赤黒の魔法陣を展開させ、そこに立つ黒のフードを被った一人の男がいた。
男は無表情なその口をゆっくりと動かし、意味不審な言葉を口にする。


「……………一つ目はこれでいい」


その言葉が何に対して言ったのかわからない。
だが、その存在から発せられる言葉と威圧は不気味と言ってもおかしくなかった。もし、対峙した者がいたならたまらず全身に悪寒を感じていただろう。
争いが終わり、静かにそよぐ風。
闘技場での事が終わるも、そこには男の不敵な笑みがただ残っていた。












雑音もなく静かな空間がある。
ふかふかのベットと辺りに置かれた家具、それから見慣れた天井。


「………………」


ベットに横になりながら、おぼろげな瞳を動かし周りを見渡す美野里。
そこが自分の部屋であることを認識すると、小さな声を漏らしベット上から体を起こす。だが、頭から微かに痛みが走りさらに言えば体が重い。
まるで風邪を引いているみたいな気分を感じつつ美野里は頭の奥底で今までの出来事を思い出した。


闘技場での後、アチルの転移魔法で喫茶店前まで移してもらった所までは彼女自身覚えている。
だが、記憶があるのはそこまでだ。
それから先がどうしても思い出せない。


「………………」


美野里は顔の前に手をやり、開いたり閉じたりと手の調子を確かめる。
彼女は窮地の状態であるにも関わらず、鋼の少女を助ける為に衝光の新しい力を発揮した。その力は強大で禁断魔法ですらも浄化する荒業を繰り出した。だが、その力は彼女自身が考える以上に体への負担を大きくかけ、そのせいか今でも体が脱力したような感覚が起こっている。


(あの後、どうなったんだろう…)


美野里は自分の状態を一先ず頭の端に置き、もう一度、あの後のことを考える。
鋼の少女、アルグ。
ウェーイクト・ハリケーンの三人のハンター。
何も知らず眠っていた間にどう決着がついたのか。


「……………………」


………答えがでない。
知るためにも、圧倒的に情報が足りない。
一度、事の顛末を一番に知る者と話さなければ…。
美野里は肩で一息を吐き、ベットから腰を上げるとそのままドアへと足を動かした。傍から見てもフラフラの歩き方をしているが、当の彼女はそれすら気づいていない。


(あれ………?)


そして、ドアの前まで辿り着いた。
その直後だった。
グラリ、と不意に美野里の視界が大きく歪んだ。
同時に体の重心がズレたように傾き、そのまま何の抵抗もなく床に倒れようとする。
だが、その時だ。
ガシッ、と。


「大丈夫か?」


それは、美野里の肩より大きな手。
前に倒れ込みそうだった美野里の体が目の前から伸びたその手によって受け止められたのだ。
グラグラと揺れる視界で顔を上げる美野里。
そこで見たのは………一人の少年、ルーサーの顔だった。


「……ルーサー…ぁ」


そして、再び美野里の意識はそこで閉ざされる。












「ぅうん…………」


二度目の目覚め。
美野里はベットに横たわっている自分と、額に乗せられた濡れたタオルに気づく。


「これって……」
「目が覚めたか?」


体を起こし、声がする方に美野里が顔を向けるとそこには心配そうにこちらを除くルーサーの姿があった。気を失った後ここまで運んでくれたのだろう。
後、額にのせた濡れタオルも。
と、そこまでは美野里も予測できた……………だが、


「何でここにいるの?」
「いや、お前ここまで運んだの俺だから」


私室への侵入。
疑い深い視線を向ける美野里だが、直ぐに溜め息を吐き気分を入れ替える。再び眠りについたというのに未だ目の調子は戻らずまだ視界が揺らいでいる。
今日は一日ベットの上か、と美野里は目を瞑ろうとした。
その時だ。


「食うか?」


不意に横から目の前に出された容器。
それは美野里が汁物を客に出す際に使う御椀という物だが、その中にはまろやかな香りのした見た目が薄い出し汁が入っていた。しかも、汁の中には調理場の冷蔵タンスに入れられた具材が何個かある。
美野里は驚いた顔で出された器とルーサーを数回見比べ、出されたそれを素直に受け取る。


「ねぇ、…何これ?」
「知らん。俺も小さい時によく母親に食べさせられたから」
「………………何だろ、ルーサーからそんな話聞くの初めてかも」
「まぁ、な」


気恥ずかしいのか頬をかくルーサー。
美野里はそんな彼の表情を見つつ、手に持つ御椀を口の前へとやり汁を一口する。
口内に滑り込むように入る出し汁。
中に広がる味は薄いかというと濃い。
しっかりと具材からダシがとれており、その美味さは体全体に浸透するようだ。


「これ、おいしい」
「ん、そうか」


ルーサーの言葉に頷く美野里は続けて汁を呑む。
具材には森林アルエキサークでよく取るボルターというネギのような野菜がみじん切りにされ入れられ、さらに森林の中心にある湖に生息するラミトという小魚を練り合せた、つくねのような具が入れられている。
そして、極め付きに隠し味と生姜のような味が出ているのだ。
だが、美野里の所持する食材や調味料に生姜のような味が出る具材はない。
独自に彼が入れた物なのだろうが…。
これ、もしかしたら私のより美味いかも……、と美野里は真剣に考えつつ汁と具材をを全部平らげた。
ポカポカと体が中から温まり体の疲れが少し楽になる。
ルーサーはどうにか落ち着いた彼女を見つめ一息つくと、どう切り出した物かと曇った口調で口を開いた。


「……その、昨日のこと話していいか?」


一息ついた直後の開口。
美野里は体を硬直させ、数秒たち小さく頭を頷かせる。
ルーサーはその様子を確認すると話を始めた。


「じゃあ、先に衝光のことからだけど………お前が最後に出したあれはシンファモロっていう武器なんだ」
「……シンファモロ?」


今まで聞いたことのない名前。
というよりも、美野里はあの時突然と現れた刀にそんな名があったと思わなかった。
そして、ルーサーはさらに言う。


「あれは極力使わないほうがいい」
「……………え?」
「あれは倒すとか斬るっていう概念が全くない刀なんだ。言うなら、消すっていえばいいのか………あの力は使い方を誤れば、最悪の結果を生む。だから、もしもの時、本当に危ない時だけ使うようにしたほうがいい」
「………………うん、わかった」


今の話を全部理解出来たわけではない。
だが、それでもここまで警告してくるということは、それほどに危険な力なのだろう。
頭を頷かせる彼女にルーサーは次へと話を続ける。


「それから、次はウェーイクトの件なんだが」
「!? そう言えば、ルーサー! あの子は! 体の方は大丈夫なの!?」
「落ち着け、そっち方面は大丈夫だ。一度大事をとってアルヴィアンに転移してもらってるし、レルティアが後のことは任せろと言ってたからな」
「………そう」
「で、ウェーイクトの三人はそのまま自分の都市に帰ってもらった。アチルと一緒にフミカも行くって言ってたから、もう少ししたら帰ってくるとだろう」
「……………………」
「お前の衝光のことも、黙らせるってフミカが言ってたから、そこはもう心配しなくていい」


そう言って、心配させないように気遣いルーサー。
だが、美野里は顔を伏せ自身の不甲斐なさにしみじみと痛感を覚えていた。今回の件もそうだが、どうしてかいつも周りを巻き込んでしまう。
もし、ルーサーやアチル、フミカの助けがなければどうなっていたか。そう思うと、どうしても自分がここにいる意味を考えてしまうのだ。
一人、深く考え込んでしまった美野里。
ルーサーはそんな表情を見せない彼女を見つめ、弱気な声で口を開いた。


「美野里。…………あの時は本当に悪かった」
「え?」
「俺も、お前のことをよく知らないのに、………偉そうなことばっか言っちまって」
「そ、そんなことない。………私のほうこそ自分勝手で…」
「…………………」
「…………………」


重く落ちる沈黙。
あの時とは違う、どう言葉を繋げばいいのかという空気が漂う。
だが、その時。
ぼそり、と美野里が口を開いた。


「……やっぱり、私ってダメだね」
「?」
「昔からそうだったけど……私ってあまり友達っていえる人がいなかったの。……っていうよりも、いなくしちゃったみたいな感じなんだけど。ホント、変な所で自暴自棄みたいなとこがあって……いつも何か悪いこと言っちゃって、だからかな…………自分で大切な関係を壊していってるみたいな」


美野里が口にしているのは、この世界にくる前。
元いた世界のことだろう。確かに高校を卒業して大学に行かず働きに行くとするなら、友達と騒ぐ時間が少なる。個人によってそれに差があるだろうが、それでも友達と簡単に会えない事が多々あるだろう。
そして、美野里もまたそうだったのだ。
高校時代は何人か友達がいた。だが、それでも二人か三人といったものだ。そして、その友達もまた大学へと行き、それ以降会っていない。
さらに言えば、卒業間近にちょっとした言葉の言い違いで喧嘩してそれっきりだ。
だから、美野里は働きにいっても仕事仲間とあまり関係を築かなかった。
またあの時のように、嫌な思いをしたくなかったから……。


「…………………」


言葉を閉じ、口元を紡ぐ美野里。
再び静寂が室内を漂う。だが、そんな中でルーサーは立ち上がるとそのままベットにいる美野里の近くに腰を下ろし、そのまま彼女の体を自分の肩へ手で引き寄せた。


「!?」
「心配しなくても、そんなことでお前を嫌いになったりはしねぇよ」
「っ、でも」
「もし、お前が下手な事言ってそれで一人になったとしても、……俺はどんなことがあってもお前の味方だ」


ルーサーはそう言って彼女の肩にやって手に力を込める。
それはどんなことがあっても変わらない。裏切らないという彼なりの意思が手に出たのか。
耳元とそんなことを言われた美野里は顔を次第に赤くさせ、今まで暗かった雰囲気が一瞬で打ち消されてしまったような気がした。


「ちょっと、ベタすぎる…」
「ベタ? ベタって何だよ」
「…………別に…気にしなくていい」


もうどうだっていい。
美野里は響く鼓動を意識しつつ、上目使いのように至近距離にいるルーサーを見上げる。そして、それはルーサーも同じだ。
二人、同じ視線が交わり共に吐息を吐く。
美野里は自分の体が今、本調子でないことを知っていた。
だから、なのか。
それを言い訳にするように顔をゆっくりと上げ、何かを誘ってしまう。ルーサーもまた戸惑いつつそれに応えようとする。
顔と顔、口と口。
唇と唇。
後、数秒してその二つが交じ合う。


「…み」
「…ル」


もう少し。
もう少し。
その先に今だ想像できぬ光景が…。
















次の瞬間。
シュン! と。


「よいっしょ、っと」
「アチル、ついた?」


美野里の私室。
急接近となった二人の前で、ウェーイクトから転移して帰ってきたフミカとアチルが転移して現れた。
………………………………………………………非常に気まずい雰囲気がその場に漂う。


「「………………」」
「「………………」」


一時の静寂。
コホン、とフミカは咳を吐く。


「帰ろうっか、アチ」
「ってちょっと待って、説明するから!! お願いだからちゃんと話を聞いてええええええ!!!!」


再び転移でその場を後にしようとする笑顔で見送るフミカ、顔を引きつらせるアチル。
その瞬間。
タチバヤ喫茶店に美野里の悲鳴が響き渡ることとなった。




















ある一件から、数時間が経ったマチバヤ喫茶店の店内。
ジュゥ!! と肉が焼ける音が聞こえる。
鉄で出来たフライパンの上で一口サイズに切られた肉が火の熱によって茶色く焼かれ香ばしい匂いを漂よわせている。
カウンター前に座るアチルは鼻をクンクンとさせながら内心からくる食欲に興奮しつつ、視線の先にいる一人の少女。
調理場で料理を作る美野里に向け、そのまま一言尋ねた。


「結局の所、美野里はどこまで行きたかったんです?」
「………お願いだから、もうそれは言わないで」


目先の料理に集中しつつもその問いに顔を赤らめる美野里。
あの後、実際に上手くいったかどうかはわからないが部屋での誤解はどうにか解くことに成功した美野里はそのついでとアチルの回復魔法によって脱力感と身体的不調を治してもらった。
そして、その御礼とかねて今こうして料理に勤しんでいるのだが、その少し離れた所では、


「……まさか、ちょっとカマを掛けたら直ぐに行動に移すなんて」
「だから違うって言ってんだろ。全く………後、何でお前ら普通に扉から入らねぇんだよ」


フミカの挑発に対しルーサーが眉間に皺を作っている。
というのも、彼もまた同じようにあの後のことを追及されているのだ。
恋愛系の話はインデール・フレイムでの都市内でもあまりなく、そのせいか女性たちはそう言った話に直ぐ食いつく。
確かに、隠れもせずいかがわしいことをしていた方が悪いとは思う。しかし、あんな登場をするなど誰が予想したものか。


(全く、ホントに人の家をなんだと思ってるのよ)


美野里は好き勝手に侵入してくる彼女たちに頬を膨らませながら、フライパン上に出来上がったそれを三つの皿に乗せ、一つをアチル。もう二つをテーブル前に座るフミカとルーサーへ持って行く。


「はい、ガル肉のサラダ盛り」
「おっ、美味そうね」


皿の上、マヨネーズのような液体を緑のサラダにかけ、一口サイズに切った肉を盛り合せた一品。
フミカはテーブルに元々置かれていたフォークとナイフを持ち、塩コショウのふられた肉を口へと持っていく。


「はい、ルーサーも」
「…お、おう、ありがと」
「……………………うん」


ついさっきの出来事があったためか、どうにも気まずい二人。
お互い視線を合わせようにする二人にフミカは呆れかえった顔を見せた。
その時だった。
先に出されたはずの一品をハイスピードで完食したアチルが突然と話を切り出す。


「そう言えば、もうすぐアレありますよね?」
「………アレって?」


その言葉が何に対して言っているのかわからない美野里。
だが、他二人は理解している様子が窺える。


「ルーサーさんとフミカさんはどうするんですか?」
「私? えーと……私は店の受付で一日終わりそうだけど」
「俺も……まぁ、とりあえず普通営業だな」


予定を思い出しつつそう答える二人にアチルは何かを言おうとした。だが、そこで今まで一人孤立だった美野里がこっそり手を上げ尋ねた。


「ね、ねぇ………」
「「「?」」」
「さっきから言ってる、その、アレって…………何のこと?」


一瞬。
………………………………………………………………………………………………………………………え?
と三人が硬直したようにその場の空気に戸惑う美野里に視線を向ける。
そして、


「美野里、それほんとうに言ってるの!?」
「え、いや…あの」
「知らないって、アレはどの都市でもあるものですよ!?」
「…………………その、だって…」


フミカとアチルが至近距離まで迫り、その言葉の真意を問いただす。
だが、この世界の住人である彼女たちと違い、美野里はこの世界の全てを知っているわけではない。
ましてや一年そこそこで理解する方が無理だ。
テーブル前の椅子に座るルーサーは彼女たちのやり取りを眺めつつ、一人涙目で戸惑う美野里を見かね助け舟を出す。


「スザク・アルト」
「え?」
「他の全都市でも行われる二年に一回の祭りだよ」


都市に住む全ての人が協力し、立ち上げる。
それは、ハンターや店主など様々な者たちが都市に訪れ、買い物や見世物、時に競い合う
二年に一度行われる祭り、スザク・アルト。
一年という年月しかこの世界にいない美野里にとって、それは初の大イベントでもあるだろう。


「……スザク・アルト」


初めて聞く、その名を小さく呟く美野里。
ウェーイクト・ハリケーンのハンターが起こした一つの騒動が終わり、そして新たな物語が始まる。








だが、その先に何が待っているのか。
今の彼女が知る由もなかった。













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