異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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衝光<デュラストブレイズ>





第六十四話 衝光<デュラストブレイズ>




視界が塞がれた暗闇の中。
体中に今まで走っていた痛みはなくなった。
しかし、全身が麻痺したように体を動かすどころか目を開くことさえできない。
加えて疲労感もあり、静かに回復を待つしかできない状況にあった。
だが、そんな何も聞こえないはずの暗闇の中。
微かに、小さな声が頭の中に語りかける。


(助けて…)


誰の声なのか、どこから聞こえているのか、わからない。
だが、その声は酷く必死で……。


(助けて………誰か、助けて……)


死にもの狂いに助けを求めていた。
それは、誰でもいい。
例え、悪魔だったとしてもかまわない。
時折、言葉に泣き声が混じり、その声は一つの希望を信じ助けを求めている。


悲痛なまでの声。
対して、その言葉に一人の少女は口を開く。




「…私を呼ぶのは……誰?」


















破壊しつくす無数の光弾が止んだ。
フミカは撃ち終えた銃口に立つ一筋の煙を吹き消し、目の前に漂う土煙に視線を向けた。
宙を漂う土煙の中にはザグリートという武器を持つラヴァがいる。
だが、足場である瓦が粉砕したことによって出来た煙がその姿を隠しているのだ。
フミカがカスタムパーツとして長い銃身を装着し撃ち出したのは光弾、その名はライトドーグ。
彼女自身が試行錯誤して実用化までに作り出したフミカ専用武器だ。
装着された銃口から放たれる光弾は見た目は小さい。
だが、それに反して強大な破壊力を持ち広範囲への攻撃を目的として作り出された。


「…………………」


フミカは銃声が止んだことで静寂となった中、口を開く。


「なるほど、さすが防御を名乗るわけがあるわね……」


時間が経ち、徐々に周囲に散らばる土煙。
空気がはっきりとしていき、その奥に立つ一つの人影。




「はぁはぁ、はぁッ…」




口からは荒い息使いが伺がわせるラヴァだ。
そして、その目の前には無数の穴を作りボロボロになりながらも主を守ろうとするドラゴン、ザグリートの姿がある。
撃たれた事によって出来た傷の痕からは光弾を全て我が身に受け切ったのが見てとれ、そのおかげで主であるラヴァの体には傷一つない。
だが、彼女の口から吐かれる荒い息は正常には戻らず、まるで何かに怯えるような表情が露わになっていた。


「はぁ、はぁ……っ」


今、ラヴァの心を支配しているのは先程までとは明確に違う確実なまでの恐怖だ。
それは、後数秒遅ければ自分の体に無数の風穴が空き死んでいたという事実とその圧倒的なまでのフミカの実力。
揺らいだ視線で目の前の強者を見つめるラヴァ。
だが、そこにはこちらを見つめ口元を緩めるフミカの顔があった。
全力を出し切る者に対し、あざ笑うような不敵な笑み。まるで、いつでも殺せると言っているかのような…………。


「ッ!!」


ラヴァの中に恐怖や怒りといった様々な感情が入り交じる。既にどの感情が本心なのかわからない。
ばっくり、と瞳孔を見開き視線を敵一点に集中させるラヴァ。
その立ち姿からは憎悪に支配された只ならぬ雰囲気を感じさせた。
フミカはそんな彼女の変化を見つめ、無表情を浮かべつつ腰から取り出した四つの弾を銃に装填した。


(そろそろケリつけないと、不味いわね…)


フミカが呟いた言葉には理由がある。
それは彼女がラヴァに向けて放った光弾にあった。
カスタムした銃から数弾はザグリートに直撃したが、それ以外に外れた弾は足場の屋根瓦を次々と破壊し地上に落とした。
いくら結界を張っていたとしても、粉砕されたことによって落ちた物体までは隠せない。そのせいか、地上からは微かに騒がしい声が聞こえてくる。
フミカ自身、些細な事を気にすることなくこのまま死闘を続けてもかまわないと思っていた。
だが、今の目の前にいるラヴァの様子が突如と凶変した。
それは周りにあるもの全てを利用するといった、暴走の一歩手間に近い雰囲気を漂わせていたのだ。
このまま続けては関係のない人たちを巻き込ませることになる。
そう判断したフミカはこの攻撃で戦いを終わらせる意思を込め、ラヴァから少し離れた場所に向け一発を銃弾を撃ち出した。


「!!」


ラヴァは警戒したように後方に跳び距離を取る。
思考が正常でなくても、体は精確な対応を見せているのだ。
しかし、その銃弾には違和感があった。何故なら、銃から撃ち出された銃弾は普通の速さに比べても明らかに遅い。
まさに的外れかと思われた一発だった。
だが、その次の瞬間。
銃弾がまるで破裂したかのように小さな爆発を起こし、そこから小さな竜巻が姿を見せた。


「……っ!?」


またしても見た事のない銃弾。
正確な判断ができなくなっているラヴァも突然の光景に戸惑いを見せたが、フミカは続いて二発目の銃弾を今度は今現れた竜巻に目がけて撃ち出す。
今度は平常の銃弾と変わらない速さだ。
だが、竜巻に入った瞬間、爆発と同時に風に上乗せするように竜巻が炎を纏う。


「な、何を…」


数々の種類を持つ攻撃に困惑するラヴァ。
だが撃つ手は止まらない。
フミカは腕を動かし、今度はラヴァの傍に浮くザグリートに向けて銃弾を撃ち込み、もう一発を再び炎の竜巻に向けて撃ち出した。
主の前に浮くザグリートはその性質通り、その身を盾にするように銃弾を尾で叩き防ごうとする。
だが、弾が尾に接触した直後。
ビリィ!! と甲高い音に続きザグリートの尾に青白い火花を帯びた小さな電気の塊が磁石のように引きついた。
そして同様に竜巻にも同じように小さな電気の塊がその巻き上がる風の中心に浮く。
一体、何に対しての攻撃なのか頬に冷や汗をかくラヴァの一方、フミカは銃の構えを下ろし小さく溜め息を吐いた。
その姿はまるで下準備が終わったかのような………。


「ッ!?」


瞬間、ラヴァの全身に危険信号が駆け巡る。
ただでさえ予想すらできない戦法に対処策が全くとして浮かばないというのに、回避しなくてはならないという指令が体を硬直させる。
ラヴァは手と足をガクガクと震え、手に持つ銃が零れ落ちそうになる。
だが、それでも彼女は両腕を使い、銃口の狙いをフミカの頭に向け構えようとした。
しかし、それは既に、






「そのドラゴン。…………早いとこ離れたほうがいいわよ」






遅かった。
フミカが忠告した直後、炎の竜巻がまるで何かに引き寄せられるかのようにザグリートに向かって動き出す。
ラヴァは視線を迫る竜巻に変わり、恐怖から狙いの定まらない銃口を無理やり竜巻に向け、ザグリートのもう一つの攻撃戦法を使った。
ザグリートは姿を円へ変化させると、ラヴァの目の前に固定するように停止する。
そこにラヴァは一発の銃弾を撃ち出し、円を突き通った銃弾は青い光に変化すると同時に数弾の連射となり竜巻に向かって突き進んだ。
回避という機能を持たない竜巻は青い光を避けることなく全弾ともに命中する。
だが、 


「ッな、なんで!?」


その光景に驚愕の表情を見せるラヴァ。
少なからず岩を吹き飛ばす破壊力を持つ青い光。だが、その力は竜巻に全くとして効かなかった。
原型を壊すことも、動きを止めることもできない。
それ所か、弾き返されたと思われた青い光が竜巻に吸収され、風の力はそのエネルギーを貰うかのように強さを増す。


「……あ、あぁ……ああ…」


ラヴァは自分の攻撃全てを無力化させられたことに脱力し、手に持つ銃を落とす。
そして、恐怖から逃げるように後ろに振り返り、走り出した。
彼女の心中は完全に恐怖が支配し、もう成す術がないといった状態だった。
ただ逃げて逃げて、がら空きの背中を見せるしかない。
だが、ラヴァはその時は気づかなかった。
まさか、自分の盾と言い張っていたザグリート。




その主の傍を離れない、その忠誠心が今……仇となっていることに。




ビリィ! と尾についた電気の塊が音を立て、もう一つの片割れと共鳴し合うようにお互いを引き合わせる。
そして、竜巻はついにザグリートに尾へと近距離に迫り、そこで勝敗は決した。




「や、やめっツ! いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」




ラヴァの体は竜巻の中心にザグリートと共に吸い込まれ、竜巻に混ぜ合わさった青い光と炎、風と電気の四つの攻撃が彼女の体を永遠に切り刻んだ。
竜巻の中でもその悲惨な悲鳴が鳴り響く。


「確かに、攻撃と防御は…………もっともの戦法だと思うわ」


目の前で切り刻まれていく敵に対し、そう呟くフミカはゆっくりと視線を向ける。
荒々しくそこを回り続ける竜巻の中心には、攻撃と防御を持つザグリートは主である彼女と同じように切り刻まれていた。
フミカは憐れんだ瞳で今も傷つく彼女に見つめる。
絶対的な防御を持つドラゴン、ザグリート。その力を手にいれなければ、彼女は銃使いとして一番に気にしなければならない基礎を忘れることはなかったのだろう。
それは外の世界においても絶対として欠けてはならない、鉄則。
フミカは聞こえるはずのない彼女に対して、言葉を呟く。






「でも、回避自体を捨てたアンタは銃使いとしてはダメなのよ」






竜巻は数秒経つとその動きを止めた。
中心にいたザグリートは四つの攻撃によってバラバラに刻まれ、頭だけの姿と変わり果て下へと落ちていった。
そして、上空に吹き飛ばされて一つの陰も屋根上に鈍い音をたて落ち崩れるのだった。


















死闘は終わった。
離れた場所でも、アチルたちの戦いが終わったのが見て取れた。
銃をホルダーに納めるフミカは、屋根上に倒れるラヴァとその傍で頭だけとなったザグリートを見つめ小さく溜め息を吐く。


「あっちも終わったみたいね」


風と火、それに青い光と電気が組み合わせられた攻撃を真面に受けたラヴァ。
だが、屋根の上で横たわる彼女の体には火傷や切り傷などといった致命傷に至る怪我は見当たらなかった。
そのため、幸いにも微かに意識もある。


(まぁ、大分威力弱めの奴でいったものね。でも、もう少しはマシにできたんだけど…)


銃弾は本当に弱い物を装填していた。
彼女がここまでの傷を負ったのはザグリートから放たれた青い光を吸収させてしまったからだ。弱いはずの竜巻が力を吸収したことにより強力な竜巻へと変化してしまった。
それはまさに自業自得ともとれる。
ただ、彼女の意識が残っているのは好都合だ。
フミカはこれからどう尋問したものかと考える。
だが、その時だった。
フラリ、と…。


「え?」


視界の端で光輝く髪が揺らいだのを目にした。
瞬間、背後から突如として現れた気配にフミカは目を見開き驚きながら後ろに振り返り、そこで彼女は見た。






「………………………」






今までとはまた違う、髪全体に衝光の光が放たれていた。
その瞳には曇り一つない。
歩くことさえままならないはずの重症を負っていた喫茶店を営む一人の少女、町早美野里が静かな動きでラヴァの目の前に平然と立っていたのだ。


「美野里……」


フミカがこぼれ出すように声出すが、返事はない。
一方、ラヴァは虚ろな瞳で目の前に立つ少女を確認し、その顔が驚愕へと変化していく。
銃弾で撃ち抜かれたはずの四肢、その痕は血で濡れた衣服が証明していた。だが、それなのに穴が開く服のそこには傷一つない肌が見えているのだ。
視線を美野里へとやるも、彼女の顔からは全くとしてその痛みを感じていない風に見えた。
ただあるのは、無表情に近い顔色と冷たい視線。
直後、ラヴァにとって先程の恐怖を凌駕する何かが心の内を再び支配した。


「い、いや! こ、こないで…こないで……!!」


ラヴァは震えた声を発し、動かない体を動かそうと何度も試みる。しかし、フミカとの死闘によって受けたダメージがそれを許さない。
そうこうしている間に美野里は彼女の傍に落ちていた青銃を手に取り、まじまじと観察を始めた。
そして、その口で美野里は言う。


「違う」


一体、何に対してなのか。
フミカからは、美野里は独り言を呟いたように見えた。
だが、その次の瞬間。




「グザアアアアアアアアア!!!!!!!」




突如。
再起不能と思われていたザグリートが最後の力を振り絞り、巨大とさせた咢を開いた。
そして、美野里をその牙で噛み千切ろうと襲い掛かる。
フミカも咄嗟のことに全く反応ができず、こちらに戻ろうと直ぐ側まで近づいてきていたアチルも動く事ができなかった。


「………」


だが、当の美野里は全くの動揺を見せない。
ただ、無駄のない動きで腕を動かし、


「衝光」


呟きと同時にラヴァの武器である青銃の銃口をザグリートに向けトリガーを引いた。
そして、その瞬間。
眩いばかりの衝光の閃光が銃口から放たれ、ザグリートの体はその光に飲み込まれる。
吹き飛ぶでもなく、飛び散るのでもない。
それはまるで初めから存在しなかったかのようにドラゴンは一切の身を残さず消滅したのだ。
それは、あまりにも呆気ない結末。


「そ、そんな…何で…」


ラヴァはその光景に口を動かし、そこで意識を失った。
精神の支えがなくなり気絶したのだろう。
美野里は何もなかったかのように腕を下ろし、青銃をラヴァの傍にそっと置く。


「……………っ!」


茫然と今起きた事に固まるフミカ。
だが、やっと意識が戻ったのか目を見開いた彼女は急いで足を動かし美野里の肩に手を掛けた。


「ちょっと、美野里!」
「………………………っえ?」


一瞬、無表情だった美野里。
だが、フミカの声によって意識を取り戻したらしい。
美野里は何度か瞬きすると、辺りを見渡し、荒れ果てた場を見て一体何が起きたのかと困惑の表情を浮かべる。
と、そこに、


「美野里!」
「っわ!?」


美野里の眼前へ一瞬で転移したアチルが現れた。
彼女もフミカと同じように肩に掴みかかり、


「美野里、大丈夫!? 何かおかしかったけど、撃たれた傷はっ!!」


アチルは美野里の体を心配し、視線を傷元へと向けた。
だが、そこで彼女は目を見開く。


「……え?」


何故なら、そこにあるはずのない現実があったからだ。
それは、美野里の体。
四肢を完璧に撃ち抜かれ、重傷と言っても過言ではなかったはずなの怪我が初めから存在しなかったかのように消えているのだ。


「……………これって」
「あ、これ……大丈夫、アチルの魔法のおかげで全部治ったから」
「…………」
「ありがとう、アチル」
「…う、うん」


美野里はそう言って微笑みを見せる。
対して、アチルはその言葉に笑みを返すも心中では困惑を抱かずにいられなかった。
確かに回復魔法によって美野里の傷を治していた。
しかし、それには長い時間を要すると考えていたのだ。
だが、それなのに今の美野里の体には回復魔法を完全に受けたかのような傷一つない体となっている。


(いくらなんでも、早すぎる………私の魔法じゃここまでの回復は無理なはずなのに)


理由がわからない。
何が起きたのか、わからない。
信じられない現実に理解に苦しむアチル。
その一方で、美野里は小さく息使いを吐くと傍にいるフミカに振り返り、


「それより、フミカ。聞きたいことがあるんだけど…」
「え?」


それは急を要するのか、真剣な眼差しを見せる美野里。
フミカはその気に当てられたように口に溜まった唾を呑み込む。






「ペシアってやつ、今どこにいるかわかる?」




















激しい死闘が行われている建設中の闘技場。
その内部ではあちこちに崩壊や切り傷等のおびただしい痕が残り、その中心でルーサーは地面に突き立てた剣を支えに荒い息を吐く。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


頬からは一筋の汗が零れ落ち地面に落ちる。
体には無数の傷があり、衣服の上衣など見るに堪えない姿になり代わっていた。そして、そんな彼の目の前には今も無傷な姿で顕在する銃使いペシアが立っている。
今の現状に歯噛みするルーサー。
初めにここに来た時、ルーサーはここまでの苦戦を要するとは思ってもみなかった。銃の扱いを見てからでも少し手こずるだけで勝敗に影響しないと…。
だが、そんな考えを一変させた。その元凶は今もペシアの上で浮く少女の形をした鋼の武器、アルグの存在だ。
ルーサーは目を細め、内心に湧き上がる怒りを舌打ちと共に吐き捨てる。


「クソッ」
「これで終わりか、衝光使い?」


不敵な笑みと共に口を開くペシア。
くるくる、と手に持つ銃を自身で弄び、余裕の姿を見せる。




(ッ、あの鋼…伸縮自在の上…頑丈過ぎる。後、……何だこの違和感は…)


宙を浮く鋼の武器、アルグ。
その圧倒的な頑丈さと奇襲性は脅威だ。
だが、その武器が現れた頃からルーサーは理解不能の何か脳内に語りかけているような奇妙な感覚を感じていた。
それはまるでノイズのような音。一定のテンポで頭に響き、それが一体何を伝えたいのかわからない。
ただ、ルーサーはその語りかけがどうにも気になって仕方がなかった。


「ッ!」


しかし、今はそれを意識しているわけにはいかない。
ルーサーは頭の隅に意識を置き、長い柄を握り締め再び攻撃に移ろうとする。
足を踏み出し、勢いと共に、


「衝光、大打」
「それはもう見飽きた」


直後、視界に鋼の少女が現れる。
さらにそこへ、ペシアが鋼の少女に向けて撃ち出した銃弾がその少女の胴体を背中を貫き、ゴムのように胸の部分から突き出た、ルーサーの腹を突き刺した。


「がはっ!!」


貫通とまではいかなかった。
だが、まるで貫かれた痛覚が全身を響き渡らせ、ルーサーの体は後方へと吹き飛び地面に何度もバウンドしながら転がり崩れる。
腹に手を当て、痛みに顔を歪めるルーサー。
対して、ペシアはそんな目の前の敵を見下すように見つめ溜め息を吐く。


「これで、終わりだな。……正直、がっかりだよ」


呆気ない終わりに退屈したような顔を見せるペシア。
彼は腕を動かし、銃口をルーサーの頭へと構え躊躇なくトリガーを引いた。
銃口から一発の銃弾が飛び出し、まっすぐと地面に横たわる彼の頭を貫こうと突き進む。
そして、銃弾が間近となった。
その時だった。






「衝光、ルーツライト!!」






上空から放たれた声に続き、ルーサーを守るように空から現れた刃の大きな光の短剣が倒れる彼の前に突き刺さり、甲高い音と共にペシアの銃弾を弾き飛ばす。
本来なら突如現れた武器に驚く所。
だが、ただ一人、ルーサーは違った。


「……な、なんで」


聞き覚えのある、その声にルーサーは顔を上げ驚いた表情を露わにする。
一方で、ペシアは気に食わないような顔つきで口を動かした。


「おい、こりゃ何のつもりだ?」


トン、と音をたて着地する影。
さっきまでの仕事着ではなく戦闘着を着こなし腰に五本の短剣を装備し、いつもとは違う衝光の髪を全体まで染めた一人の少女。
衝光の力を顕現した美野里は、敵対するペシアの目の前に下り立つ。


「み、美野里……お前、ソレ…」


美野里のルーツライトを見たのはこれが初めてだった。ルーサーは想像以上の彼女から漂う強大な衝光の力に驚いている。
だが、そこで観客席から突如と声が飛んだ。


「ルーサー!!」
「ッ!?」


ルーサーは目を見開いた状態で視線を向けるとそこはフミカとアチルの姿がある。
そして、その傍で魔法の鎖によって拘束されたラヴァとジェルシカの姿があり、彼女たちの頬や腕には傷の痕が数個と残っていた。
だが何故、彼女たちがそうなっているのかわからない。
さっきまでの死闘を知らないルーサーは一体何がどうなっているのかわからなず困惑した表情を浮かべる。
すると、そんな彼に対しフミカが大声で叫んだ。




「一応、こいつらには口止めしたから! もう手加減する必要はもうないわよ!!」




ぐっ、と口元を緩め親指を立てるフミカ。
隣にいたアチルもその言葉に首を傾げ、一方で事情を知っている美野里は一人顔色を曇らせる。
だが、その場の中で一番に大きな反応を示した者が、一人いた。






「は?」






それは、今まで嘲笑うかのように不敵な笑みを浮かべていたペシアだ。


「……手加減? おいおい、何を言ってやがる……」


ペシアは見開いた瞳孔で観客席にいたフミカを睨み、不意にその傍に拘束されたラヴァとジェルシカに視線を向けた。
そして、同時に自分の元にいた彼女たちの中で、もっとも頭がきれる一人の女を思い出す。


「ラヴァ、お前……まさかっ」


ルーサーに挑み、怪我を負って帰ってきた彼女。
もし、その時。
圧倒的な実力を目の当たりにしたとすれば…。
そして、もし…
自分の主が負けてしまうかもしれないと、予期したとすれば。


彼女はどうしただろう…。
もしかすれば、脅迫という手段を選びルーサーの力を無理やり抑えこませたかもしれない。
自身の主を守ろうと行動したかも……。






「!!!!」






ビキリィ、と頭によじ登る血。
ギリィ、と歯を噛み締める音に続き、ペシアは胸の内から破裂しそうな感情を怒号に重ね、叫び出す。




「ラヴァあああああああああああああああああああああああああ!!!!!」




一発の銃弾。
ペシアの持つ銃口から撃ち出された銃弾は、観客席に眠るラヴァの脳天目がけて突き進む。
だが、瞬間。
キン! と音をたて銃弾は弾き飛ばされた。
それは、ペシアの目の前にいた美野里の手に握られた光刀によるものだった。


「…アンタ、何やってるのよ」
「……何って、邪魔なクズを駆除しようと思っただけだよ」


ペシアは見開いた瞳で標的を変え、銃弾を連射する。美野里は向かってくる銃弾の一つ一つを光刀で弾き飛ばし、数秒とその光景が続いた。
しかし、そんな彼女のすぐ側から鋼の少女が迫り、手を鋼の剣へ変化させ今にも振り下ろそうとする。
周囲の危機感知により、瞬時に思考を変える美野里は腰に携える光剣を抜き取り、その一撃を片手で防いだ。
光刃と鋼刃がせめぎ合い、掠れた音が鳴り響く。
だが、そんな中。


「……やっぱり、あなたが」


至近距離での少女の対面に美野里は目を見開き、口元を動かす。
その直後だった。
パン! と一発の銃弾。
美野里の目の前で、ペシアが撃ち出した弾が少女の背中を貫いた。
そして、さっきまでと同様に鋼の胴体は突き出たように伸び、奇襲ととも取れる攻撃が彼女に迫る。


「…………」


普通なら、どう対処すればいいかと悩む場面だった。
回避、受け止めと考える所だった。
だが、




「何やってんのよッ!!!!」




バン!! と美野里は少女に手刀を光剣で弾き返し、その勢いで奇襲の攻撃を回避した。
美野里は鋭い視線をペシアに向け、片手に持つ光刀を真上から振り上げるとそのまま何の躊躇いなくそれを振り下ろす。
間合いには誰もおらず、数キロ離れた場所にペシアはいる。


「ッ!?」


しかし、その次の瞬間。
光刀が突然と強大なエネルギーを吸収したように刃を伸ばし、巨大な刀へと進化する。
そして、真上から頭上に目がけて振り下ろされる、迫りくる一撃にペシアは舌打ちを吐くと同時に真横に跳んだ直後。
ザン!!! と音と共に地面に一筋の傷痕が刻まれた。
後数秒の遅ければ、自身の体は真っ二つになっていた。
一時的な強化を終え、本来の姿に戻り彼女の手元に戻る、その光景を見つめるペシア。




「……っ、何だこれ…」
「……美野里」


歯を噛み締め、何とか倒れる体を起こすことできたルーサーは茫然とそのありえない光景に目を見開いていた。
確かに衝光には様々な使い方があり、それは扱う者のスタイルによって変化する。
しかし、幾ら衝光の力が凄いといっても、これほどまでの効力を簡単に扱うことなど普通なら出来るはずがない。
それこそ何十年という訓練によって初めて出来る荒業と言ってもおかしくなかった。






「おもしれぇ……おもしれぇよ!」






圧倒的な攻撃力。
それを目の当たりにしたペシアはまたとない強敵に口元をニヤつかせる。
キィ、と美野里は鋭い睨みを利かせた。


「何だよ、もしかして怒ってるのか?」
「……ええ、もちろん怒ってるわよ。アンタがルーサーを傷つけたことも、散々な目に合わせてくれたことも、……今からでも叩き潰したと思ってる」


グッ、と標準サイズに戻った光刀の柄を握り締める美野里。


「でも……」
「?」


ペシアから視線を外す美野里はその口で言った。
それはこの場にいる全員を驚愕に染める、理解できないと言わざるにえない……事実。








「まずは、その子を助けてからよ」






言葉を向けたのは、ペシアでもルーサーでもない。
それは今もこちらを見つめる宙を浮くアルグと呼ばれた少女の形をした鋼の武器だ。
そして、美野里がこの場に来た真の目的はその少女を助けることにあった。
後ろに立つルーサーは彼女の言葉に耳を疑い尋ね返す。


「美野里、何を…」
「ああ、何言ってんだ? 助ける? ソイツは武器だぞ」


持ち主であるペシアも同様に今の言葉を不定する。
だが、美野里は違った。


「違う、その子は人間よ」
「!?」
「………………は? おいおい、……衝光の力っていうのは頭まで馬鹿にするのか?」




未だ信じられない言葉。
だが、彼女の顔からは嘘を言っている風には見えない。
美野里は今も宙に浮く鋼の少女を見つめ、


「待ってて。……今、助けるから」


目の前に立つペシアを睨み、美野里は地面に突き刺さった光剣を引き抜き前へ構えた。
緊迫とした中、闘技場に真上から吹き抜く風が入り彼女の上衣がふわりと揺れ動く。
そして、一歩。
美野里は足に力を込め、前へ踏み出そうとした。
その直後。
ガシッ、と背後から突如現れた手が美野里の腕を掴んだ。


「!?」


当然の事に美野里は驚いた顔で後ろに振り向く。
だが、そこにはそんな彼女以上に驚いた表情を見せるルーサーの姿があった。その顔からは、もっとも見たくないものを見たような様子が窺える。


「え……、ルーサー…」


戸惑う美野里をよそに、ルーサーは震えた口調で言った。


「お………お前、その背中の血。……どこで怪我した」
「ッ!?」


その言葉に目を見開く美野里。
ルーサーがそれに気づいたのは闘技場に風が舞い込み、彼女の上衣が大きく揺らいだ時だ。
風によって背中の中に着ていた衣服が見え、そこで彼は見たのだ。
衣服に小さく染みとなった、血の痕を。
美野里はアチルに服を転移させてもらっていたからこそ、知られることはないと思っていた。
腕や肩など、その部分だけが染みとなっており他に血がついている所はないとふんでいたのだ。だから、飛び散った血が背中まで飛んでいたことに気がつかなかった。
美野里は目の前で真剣に見つめるルーサーの視線に顔色を曇らせ目を背けようとした。
と、その時。
離れた場所にいたペシアが口を開く。


「どうせ、ラヴァにやられたんだろ? アイツはお前のこと警戒してたからな。……何発か撃たれたんじゃねえのか?」
「ッ……!?」


自分の仲間のことをよく知るペシア。
嘘と思えない言葉を聞き、ルーサーはもう一度彼女を見つめた。
普段の彼女なら違うなら違うと反論するはず。しかし、彼女はそんな言い訳をする所か不定すらしなかった。


「………………」


ただ、美野里は目の前にいるルーサーを見つめ、どう口にすればいいかと不安の表情を見せる。
ルーサーは開いた口を閉じ、彼女の腕を掴んでいた手にさらに力を込める。


「っ……ルーサー。ち、違うの……その」


肩を掴まれた手に力が入るのを感じ美野里は体を震わせ、ルーサーに言い訳するように口を開こうとする。
それが何に対して言い訳するのか、自分ですらわかっていない。
ただ、彼の反応に美野里は焦りを抱いた。
またあの時のように、心の中の何かが壊れてしまう、あんな思いをするのはもう嫌だった。
だが、グッ! と美野里の腕は強い力によって引き寄せられ、






「!?」




次の瞬間。
皆の視線が集中する中。
美野里の体はルーサーによって強く強引に抱きしめられた。


「………………………」
「えっ……ちょっ、ルーサー…」


あまりに突然のことに訳も分からず、困惑と羞恥で顔を赤く染める美野里。
対してルーサーは何も答えず手に力を込める。まるで、大事がないかを直で確かめるように。
そして、その状態が数秒続いた後、ルーサーは美野里の体をゆっくりと引き離し彼女と入れ替わるように前に足を踏み出した。


「…………ル」
「悪い、美野里」
「え…」
「さっきは本当に悪かった。後で、ちゃんと謝るから……………だから、今だけは俺の後ろで待っててくれ」


後ろ姿を見せるルーサーは顔を美野里には見せない。
ただ言葉だけを残し、目の前に立つペシアを鋭い眼光で睨みつける。


「……おいおい、もう俺はお前には興味が失せたんだけど」
「黙れ」


殺気とともに再びペシアの言葉を無にするルーサー。
硬く握り締めた炎剣を前に突きだし、さらにもう片方の空いた手をその柄に向かってかざす。


「お前らは俺だけじゃなく、美野里にも手を出したんだ」


ルーサーの言葉に呼応したように、炎を鼓動するように揺れ動き再びその力を呼び起こす。
それは今までとは比べ物にならない、憤怒の炎。






「‥お前の遊びに付き合うのは、もう終わりだ」






その直後。
ルーサーの体が突如と赤きオーラを纏う。
その光は衝光とはまた違う、力そのものを具現化したような光を放っている。
だが、さらにそれに上乗せするように今度は赤き魔法陣が現れ彼を中心に回り出した。


「魔法!? 何で!」


観客席にいたアチルは驚いた声を上げる。
しかし、現象はそれで収まらない。
強烈な光が魔法陣から放たれ、その眩しさに皆の視線が一瞬塞がれた。




「ルーサー………」




間近にいた美野里は初めに目を開き、その姿を見る。
最初に視界に映ったのは赤い生地をした羽織だった。バサリ、と音をたて揺れ動く羽織。だが、首元にはパーカーのようなフードが付けられている。
だが、それ以上に変化した物がもう一つあった。
それは彼が持っていた炎剣だ。
まるで時を経て劣化したかのような白い骨刀。柄にはコードのような物が装備され、それは羽織の背中の部分まで繋がっている。


「…………………」


姿形が変わった新しい武器と羽織。
二つを装備したルーサーは静かに瞳を開き、その力を言葉にした。




「衝光、デュラストブレイズ」




今までの炎剣を使っていた姿とは違って、今の姿形からは圧倒的な威圧は消えている。
だが、それを補うようなルーサーには冷静さがあった。


「偉く小さくなったもんだな」
「………………」


ペシアの挑発に対して返答を返さない。
ただ、一言。最後である言葉をルーサーは告げる。


「構える必要はねぇよ」
「あ?」
「お前は、一瞬で潰す」


眼光に殺気が灯った。
直後、骨刀に炎が纏い、そして、ルーサーはその刀に言葉を付け加える。


「炎衝音、えん


それはさっきまでと同じ、闘技場に炎陣を放った際に使った技と同じだ。
だが、今の言葉からも脅威を全く感じない。
ペシアは嘲笑うように口元を緩め、何の防御なく銃を前に構えようとした。
だが、彼はまだ知らなかった。
いや、誰も知るはずもない。




火の力には……。






さらに、その先があるということを。






けき




ルーサーの口から放たれた、言葉。
瞬間、羽織の背中から生えるように二つの炎の翼が羽ばたきと共に君臨する。
そして、さらに続けてルーサーは告げる。


いつ


炎を変質させたような、赤きオーラ。
再びルーサーの体をオーラが纏い、その存在からは考えられない強烈な威圧感がその場にいた者たち全てを膝まづかせた。
まるでそれは強大な怪物が一睨みしたように。
側にいる美野里はもちろん、離れた場所にいたアチルやフミカまでもその力を前に膝をつくしかできなかった。
そして、そんな中でただ一人。




「はは……すげえよ…本当すげえぞ、おい……」




ペシアだけが、膝を地につけることさえ許されなかった。
まるで蛇に睨まれた蛙のように体を一歩も動かす事ができない。
そんな彼に対し、殺気と威圧を体から発するルーサーは静かに骨刀を後ろに振りかぶり、加えて言葉を灯した。




「重打炎衝・放」




瞬間。
ドン!! とそんな音だけがその場一帯を支配する。






「………………っ」


周りにいた美野里たちは、その光景に目を疑った。
それはまさに一瞬の出来事だったのだ。
緊迫とした中で、ルーサーが振り下ろした一撃はまるで音の衝撃波だった。
遠く離れていたペシアの体が骨刀が振り下ろされた直後に正面から大きな何かに突き飛ばされたように吹き飛び、観客席前に建てられた塀に何の抵抗もなく打ち付けられ、甲高い骨の砕ける音が連続で鳴り続いた。
音だけでも衝撃的なもの。
だが、ルーサーが放った一撃はそれだけでは済まなかった。
彼を中心に炎の円が周囲を焼きつくし、後ろに作られた観客席が一瞬にして焼き尽くされたのだ。
粗々しい炎が階段など原型を焼き崩す。
そして、そこに残ったのは体中の骨が崩壊とまでに砕かれ正面に倒れたペシアと、数秒まで観客席だったはずのものが姿を亡くしドロドロのヘドロのように溶け果てたものだけだった。


「………………」


呆気ない幕切れ。
骨刀に灯った火を振り切って消すルーサー。
そして、彼は一言告げる。




「だから言っただろ、一瞬で潰すって」




今までの姿は真の姿ではない。
ルーサーは言葉どおり、一瞬で死闘に終止符を打ったのだった。









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