異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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酔いのポールス



第二十六話 酔いのポールス




アルヴィアン・ウォーターでの出来事から数日が経った、ある日。
気象の変化により、日中の日差しが熱くなり始めたインデール・フレイム。
その炎天下の下に建つ一店。
ハンターたちの依頼を受け持つ依頼所、ハウン・ラピアスに二人の男女の姿があった。


「ルーサー、そっちあった?」
「んー、ないな」


喫茶店を営む少女、町早美野里。
そして、鍛冶師であるルーサー。
普段から共に行動しない彼らが今、店内の壁にズラリと並び張り出された依頼書を眺め続けている。だが、どうにも思いのほか目当ての物が見つからず途方に暮れているのが遠目からでも見て取れる。
と、そんな彼らの後ろから声が放たれる。




「あれ? アンタたちが一緒にいるなんて珍しーわね」




カウンター奥からゆっくりとした足取りで現れた頭にバンダナを巻く女性。
ハウン・ラピアスの依頼受付人でもある、フミカだ。
彼女は腰に手を当て、口に小さな干し魚を咥えながら歩いてくる。
むしゃむしゃ、と咀嚼している音が徐々に聞き取れる所まで…。


「あ、フミカ」
「ゲッ」


美野里が声を上げる傍ら、ルーサーは嫌な奴にあったと苦い表情を浮かべる。
何よ、その顔は…、と眉間を寄せるフミカ。
だが一方で美野里は彼女が口にしている食材に興味津々らしく、目を見開きながら尋ねた。


「フミカ。それ、何食べてるの?」
「ふむっ? ああ、これあれよ。ダチゥっていう小魚の干したやつ」


食べる? と、ポケットから干し魚を取り出すフミカ。
干し魚と言うが、ひかびれた上にボロボロの小魚、しかも、どこか年期が入ってる風にも見える。
腹に入れたら、…………何かと、まずいだろう。
と、ルーサーが思う。
対して美野里は顎に手を当て、考え込む。


(あれで、スープのダシとか………いやでも、……うーん…)


余りの真剣さに本当に食べかねない。青ざめるルーサーは強引に話を変えようと前に足を踏み出した。
しかし、干し魚を咥えるフミカが不意に美野里の変化に気づく。


「あれ? 美野里、それってもしかして新しいやつ?」


そう言うフミカが指摘したのは、美野里が今着るアルヴィアン・ウォーター製のハンター衣装。白黒の上下衣服に加え、腰下まである茶色のコートを着た姿。胸元には一応と心臓を守るために黒のデッパリのある防具を身に着けている。
間近で観察し続けるフミカは、小さく唸り声を出し、


「でも、ちょっと軽すぎない?」


フミカがそう言うには理由があった。
それは、美野里の姿が都市から出るにあまりにも不十分な装備に見えたからだ。
普通なら頭や腕、足などに防具を纏うのがハンターたちの間で鉄則になっているのだが、彼女はそれすらせず、胸元に防具をつけるだけといった軽い姿をしている。
上級のハンターでさえ身を守るための防具はしっかりとしているというのに。


「あはは……、まぁ、そう思うよね」


苦笑いを浮かべる美野里。


本当なら彼女自身、もっと防具を着こんでもよかったと思っていた。
しかし、ここに来る前での今朝の出来事を思い出す。














「そのコート、ちょっと貸してくれ」
「え?」


早朝の早い時間に喫茶店に訪れたルーサー。
突然の頼みに一体何事か、と怪訝な表情を見せた美野里だったが言われがまま素直にコートを手渡した。


「ねぇ、何するの?」
「ん、いやちょっと確かめようと思ってな」


コートをテーブル上に引くルーサーは、その場から一歩と距離を取り背中に納める武器ハンマーに手を伸ばす。
一体何をするのか、と茫然と遠目から見ていた美野里。
だが、その次の瞬間。


ドォン!!!! と、素早く背中に背負っていたハンマーを振り上げたルーサー。そのまま強烈な一撃をテーブルもろとも叩き込みを決めてくれたのだ。


「…………………………………え」


そのあまりの衝撃的な光景に美野里は顔を引きつらせ、さらには眠たげだった頭がフル回転で活動を始める。
怒りという、スイッチをオンにして。


「ちょ、ちょっと何するのよ!!? それレルティアさんに貰った、っていうよりも店のテーブルがあああああっ!!?」
「やっぱりな」
「何がやっぱりよ!!!」


怒鳴り声と共にルーサーの胸倉を掴みかかる美野里。だが、そこでルーサーの目線の先にあるソレに不意に気づく。


「え? あれ?」


コート上に叩き込まれた一撃。
普通ならテーブルも真っ二つに砕け散っていてもおかしくなかった。しかし、そこには何事もなかったような平然と引かれたコートとその下のテーブルが存在している。
美野里は何がどうなっているのかわからず、隣に立つルーサーに尋ねる。


「ど、どうなって」
「防御魔法。それもとびっきりの強大な魔法が組み込まれてるみたいだな」


ルーサーは大きな溜め息を吐きながらハンマーを背負い直す。
彼が言う防御魔法とは、以前にアチルから頼まれ作ったオーダーメイドの戦闘着に施された物の同種の魔法。重い防具を身に着けない分、回避や攻撃と言ったスピードを上げる目的のために使われる特殊な魔法だ。
アチルが着る衣服にも同じ魔法が施されているが、彼女自身が未熟な部分もあり物理攻撃に対してあまり魔法が働かないでいたようだ。
とはいえ、今回の美野里が貰ったコートはそれとはまるで違う。
何故なら、最強の魔法使いと言われるレルティア自身の魔法が組み込まれた代物だ。まさに幻物の最強防具と言ってもおかしくないほどの…。


「へ、へえ……」


ルーサーからその事を一通り聞いた美野里は愕然とした表情で顔を引きつらせる。
そして、小声で呟くように言った。




私、レルティアさんにどれだけ払ったらいい? と。
















目の前にいるフミカに、防具不要なほどの力を持ったコートを手にした事をどう話せばいいか悩む美野里はとりあえず、苦笑いを浮かべ、


「で、でもこれ意外と頑丈なのよ。ホント…」
「ふぅーん、そうなんだぁー」


フミカは胡散臭そうな瞳で視線を向ける。
自身の知らない物なだけに余計に怪しいのだろう。じー、とくる睨みに段々と切羽詰まってきた美野里は傍らにいるルーサーに目で助けを求める。
ルーサーは大きく溜め息を漏らし、話題を変えるために彼女に尋ねた。


「で、お前…何しに来たんだよ」
「へ? ああ、そうだ忘れてた。いやぁー、アンタたちが何か探してるから、もしかしてっと思って」


フミカは反対のポケットから一枚の依頼書を取り出し、四つ折りにした紙を広げて見せる。


「アンタたちが探してるのって、これの事?」
「あ…、あった!!」


バシッ!! と、食いつかんばかりに紙を奪い取り、まじまじと見つめ確認する美野里。お目当ての物だったらしく、嬉しさのあまり目がきらきらに輝いている。
ルーサーは頭をかきつつ疲れたように大きく溜め息を吐く。
店内で依頼書を探しているハンターたちの視線が美野里たちに集中してきた。
早いとこ外に出よう、と美野里に声を掛けようとしたルーサー。
だが、


「ほら、行くわよ」
「………は?」


フミカの何気ない声。
眉を寄せるルーサーに彼女は呆れたように言葉を付けたす。




「だから私の家。その依頼、元々私が出した物だから」












飲酒、ポールス。
この世界でも人気のある美酒の一つであり、アルコール度数が高いことから並み酒飲みでもキツく飲めない代物と言われている。
では、何故そんな硬質な酒を美野里が欲っしているのか。
それは時間が遡ること、昨晩に渡る。




夕暮れが空を支配する。月明かりがきれいな夜空の下に建つタチバヤ喫茶店。
あのバルディアスの一件以来から再び開店したと知らせが行きわたり喫茶店から徐々に客が戻ってきた、そんな時だった。
今日も夕食を食べにくる客で店内も少なからず埋まってきた。
そんな中で、


「ここの店…ヒック、酒はねえーのかぁ?」


ハンターらしき腰に剣を携えた顔を真っ赤に染めた酔っ払い男がカウンターからキッチンに向かって話しかける。
キッチンの炊事場では、客が食べ終えた食器をせっせと洗う美野里の姿があり、酔っ払いに絡まれていることに本人は苦笑いを浮かべている。


「すいません、何分ここは喫茶店な物で」
「全くー、飯がうまくても、飲みものがこれじゃあーなー」
「…あはは………で、でも、」


この店に来る前から酔っていた男は、耳元と顔を赤くさせ、ふらふらと体を揺れ動かせながら徐々に声を荒げていく。


「もしかしてー、飲んだことねえんじゃねえのか?」
「っ………そ、それは」
「だったら今度持ってきてやるよ! なーに、店閉じて二人で飲み明かそうや!」


男はそう言って体を起き上がらせると、キッチンにいる美野里に顔を近づけようとした。
酔いの勢いで何をしでかすかわからない状態だ。
美野里は顔を引きつらさせ、咄嗟に体を退こうとした。
だが、次の瞬間。


「ぐえっ!?」


グン! と、男の襟首が新たに現れた手に捕まり後ろに引き戻された。
男は首が一瞬締まったことに驚き、同時に顔を歪ませその手の主を睨みつける。その瞳には剣をいつ抜いてもおかしくない程に殺気が籠っていた。
だが、


「何しやがる、コ」
「悪い。ちょっと付き合ってくれるか?」


それ以上の存在、そこに鍛冶師のルーサーがいた。
額に巻くタオルを外し、垂れた髪の隙間からはギロリと殺気だった瞳が一睨みを利かしている。余りの殺気に酔い気が覚め怖じ気づく男。だが、既に手遅れなわけで男はそのまま引きずられる形で店を後にした。
そして、それから数分後。


『ぐぎがやああああああああああああああああああああああああああ!!!』


真夜中に響き渡る、男の断末魔に似た悲鳴。
のちに店内にいた客はすぐにそれが誰の物か理解したという。






食事を終え客が帰りつき、誰もいなくなった店内。後始末を終えたルーサーが溜め息を吐きながら戻ってきた。するとそこには、


「もう……これで何回目よ」
「あ? 美野里?」


カウンターの前で顔を伏せ、不気味な笑みを作る美野里。そのあまりにも寒気を思わせる姿に口元を引きつらせるルーサー。
だが、そんな彼がいようとも関係無しに彼女の心は既に決まっていた。






「いいわよ。だったら、出してあげようじゃない……愚痴も溢せないような最高の酒を!!!」




鬱憤の爆発で、やけになった美野里。
その彼女を止めることはルーサーにはできなかった。














「なるほど、で? こうなったと」


テーブルに乗せたコップを手に持つフミカ。
硬い土器で出来たコップには今回の依頼書に書かれた報酬であるポールスが注がれている。対して向かいに座るルーサーも溜め息をつきながら、同じようにコップに汲まれたポールスを手に口元に近づけ一口つけた。
彼らが優雅に酒を飲み交わしているのは、フミカが依頼として指定した彼女自身の部屋。
そして、そんな二人と離れた場所にいた美野里はというと、


「うっ、けほけほ。埃っ凄すぎ!」


山積みに積まれた書籍。せっせと傍に置かれた棚に詰めては戻りを繰り返している彼女。
今回の依頼は討伐や採取とは違い、部屋の整理。
ちなみに言うとフミカの私室である散らかり放題の部屋を片付けることなのだが、


「へぇー、美野里もやるわねぇ…」
「そう思うなら片付けろよ」


一言呟き、再びポールスを口に含ませるルーサーは、一生懸命に働く美野里を眺めながら、いつ頃に終わるだろうかと窓から見える青空に視線を向ける。
いくら片付け上手でも、床一面に散らばった本を整理するに時間が掛かる。
そうして、数分と時間が経った。
不意にフミカは呟く。




「アンタ、早いとこ美野里とデキちゃいなさいよ」
「ぶッ!?」




口に入れたばかりのポールスを盛大に吹き出すルーサー。
きたないわねぇ、と眉を潜ませるフミカは何度も咳き込みを見せる彼を無視して話を続ける。


「最近、美野里って何かとモテるようになってきたのよ」
「ゴホッ、え………何で」
「惚れてるアンタが聞く? 全く…………。美野里、何ていうか色気っていうか、恋する乙女みたいな匂いがするのよね…この頃」
「………………ふ、ふーん…」


色気、恋。
思い当たる節があるルーサーは顔を背ける。
だが、直後。






「いつからっていうと、この前の朝にアンタの店からコソコソと出てきた時から」
「っぶっげほ!!! ごほっげほ!! ななな、何でそれ知って!?」
「こっちの情報網舐めないでよ。まったく……手を出せたからって呑気にしてると」
「出してねえ!!」


大音量の叫び。
動揺のあまり、荒い息が何度も口から洩れるルーサー。
だが、フミカはというと、その言葉に対し石のように硬直し、数秒後…。


「………………………はああああああああ!? アンタ、まさか家にまで入れて……どんだけ奥手なのよ!!」
「うるせえ! お前にとやかく言われたくねえよ!!」
「黙りなさい! そもそも女って言うのは行きたくても思い切っていけないのよ! だから男が男らしく動くんでしょうが!」
「勝手に決めてんじゃねえよ! 男だって早々に動くわけじゃねえんだよ!」
「そんなわけないでしょ! アンタが石みたいに硬すぎなのよ!」


誰が石だあ! と二人共に騒ぎがヒートアップしていく。
酒の効果もあるのか、いつも冷めているルーサーでさえ大声で話しまくっている。
だが、彼らは肝心の事を忘れている。
それは…。






「もぅー、全部聞こえてるぅし………」




部屋の奥。
側で片付けをしている美野里が顔を赤く染めている事を…。














青空が徐々に茜色になり始め、予想通り結構な時間が掛かった。
床一面に散らばっていた本は棚に整理され、床も埃のないほどに掃除されている。伊達に、毎日自分の店を掃除しているだけはある。
額についた汗を拭う美野里にフミカは新しく土器のコップを取り出し、瓶に入った今回の報酬品でもあるポールスを手渡した。
空のコップは、お疲れの一杯のためだろう。


「はい、報酬のポールス」


衣服につく埃を手ではらう美野里。
手渡されたポールスを間近で見つめる彼女は、眉を顰め、睨めっこを始める。


「ん、どうしたの?」
「うーん、いや、………美味しいのかなって思って」


美味しい。
酒を飲んだことのないからこその言葉。
ルーサーとフミカは茫然とした顔で見合い、クスッと小さく笑い口元を緩めた。
その顔はどこか親切そうな、子供を見るような目だ。


「まぁ、初めは水で薄めた方がいいわね」
「そうだな。これ結構キツイから、そのままは止めといた方がいいしな」
「………………………」


何か、どこか舐められた感を大きく感じ取った。
眉間を寄せ頬を膨らませる美野里はフミカの手から空のコップを奪い取るとそのまま手に持つポールスをコップに多量に注いだ。


「お、おい…、それまずいって」
「ルーサーとフミカはそのまま飲んでた」
「あっ、ちょっ待って」


二人の言葉に有無言わず、ゴクリと一気飲みを決めたこんだ美野里。
口に含んだ瞬間、まろやかで苦みのなく、あまり美味しくもない味が口内を埋め尽くし、そのまま奥へと流れ込んでいく。
そして、静寂がその場を漂う。


「っつ、はあー!」


コトン、とテーブルに空になったコップを置き、吐息を漏らす美野里。体が一瞬にして、ふらふらの状態になり、声のトーンも上がっている。
ルーサーたちが心配な表情をするに対し、美野里は頬を赤らめながら言う。






「ぷぱぁ………何よこんなの……ただのジュースじゃ……………………あら?…」




きゅぅー………バタン!! と。
予想通り、顔が真っ赤に染めた美野里は真後ろに盛大に倒れた。
ただでさえ、度数が強い酒を一気飲みしたのだ。吐き出さなかっただけでもまだ救いはある。


「あー、言わんこっちゃない。ルーサー、そっちに運んどいて」
「お、おお…」


顔に手をやり溜め息を吐くフミカは、布団を持ってくると部屋を後にする。ルーサーも重い溜め息を漏らし、とりあえず倒れた彼女を起こそうと駆け寄った。


「おい、しっかりしろって」


頬を軽く叩き、覚醒を促すが意識が朦朧としている。
仕方がないか、と呟きルーサーは彼女を抱き上げるため、その肩に手を伸ばそうとした。だが、ガシッ! と。


「え?」


抱きしめるような形に伸びた手がルーサーの首の裏で交差される。
それはまるでこちらに引き寄せるための仕草にも見え、当初に想定していなかったルーサーは目を見開きながら、その視線の先にいる彼女を見た。




「…………ルーサー…」
「ッな!?」


酔いによる頬の赤み。
酒で濡れた唇。トロリと緩められた瞳。
以前とはまた違う、色気を感じさせる美野里はゆっくりと吐息を漏らし、彼を見つめる。


「………………み、みの」


ドクッドクッ、と鼓動が早くなる。
目の前にいる彼女。その赤みがかった顔に負けないぐらいの赤みを見せるルーサー。
振りほどこうと思えば出来る彼女の手を。
しかし、まるで石になったかのように動く事が出来ない。
赤面である事を自覚していたルーサーは、その場をごまかそうと口を開く。


「お、お前……何」
「……………………あの夜」


だが、それすら彼女の言葉は許さなかった。




「………私なりに、覚悟はしてたんだよ」
「ッ!?」




覚悟。
視線を向けたそこには、頬を赤らめつつも真剣に彼を見つめる美野里の顔があった。
あの夜、アチルの母によって転移させられた彼女。
そこでルーサーに襲われそうになった。あれは、正直やりすぎだと思っていた。
しかし、彼女はそのことすら覚悟していたのだ。
言葉では、意気地なしと言っていた。だが、それすら彼女が抱く本当の気持ちではなかった。
酒に酔っていたからこそ聞けた本心に、0ルーサーは驚きを隠せずにいた。


「ねぇ、ルーサー……」
「み、美野里……………」


縛っていた欲が漏れ出す。
引く力に逆らうことはせず、ルーサーは美野里に顔を近づけていく。
思考がうまく働かず、今何をするかわからない。
何時、暴走するかも…、




「……ルーサー……私のこと、だい」




引き金が引かれる。
ルーサーは目を見開き、自身の中で止められない感情が走り抜けようとした。
その時だった。




「ルーサーさん?」




彼の真横。
不意に聞こえてきた声だったが、ルーサーはその声を知っている。
というよりも、数か月前に会っている。
思考が氷から覚めたように動きだし、視線をゆっくり真横に向ける。
そして、そこにいた少女。


青いコートを着た、腰に剣を携える魔法使い、アチルを見た瞬間に硬直した。


「よ、よぉ……帰って来たのか、アチル」
「はい、色々とありましたが帰ってきました。それで、ルーサーさん。今、何しようとしてました?」
「え………あーいや、何ていうか」
「美野里に、何しようとしてました?」
「ちょっ、あ、いや、これには色々と誤解があって! だからホントに!」


見苦しい言い訳だ。
動転して、汗を多量に流すルーサー。
しかし、アチルは笑顔のまま、腰に携えた白い羽つきの杖を取り出す。




「良い機会です……………………お母さんに教えてもらった新しい魔法の実験台になってください」




ゆらり、と開かれた瞳。
その眼は、殺意にすら思えるほどに冷たいものだった。ルーサーは顔を青ざめ、尚のこと誤解を解こうとする。


「ちょっ、ま」
「ルーサー! アンタまさか酔ってるのをかっこつけて」
「ばっ馬鹿! 来るなフミカ!」
「せっかく、……せっかく地獄から帰ってきて美野里の料理を楽しみにしてたのに……、あなたって人は……あなたって人は……」
「ま、待って! やめっ!!!」


空しい叫び。
アチルは杖を顔の前にやり、詠唱した。






「リヴァル・ウェーバー!!!」






言い換えるなら、水の波渦。
フミカの私室がその直後、水族館になったかのように水で埋め尽くされ、遅れた後に爆発した。
部屋内部が水浸しになり、余計だった荷物が外に放り出される。
その後、彼らがどうなったかはわからない。
ただ、


『水爆発の脅威』


のちにその噂はインデール・フレイムの大事件として広がる事となり、それか数週間にハウン・ラピアスに短期で男女二人がタダ働きで入ることとなる。













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