異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

goro

雪の浸食



第二十三話 雪の浸食




「魔法使いには二つの分類に分かれた特色があるの」


そう話し始めたのは魔法都市の女王でもあるレルティアだ。
彼女の右手には小さなゴルフ玉のような光る小さな魔法が四つ浮いている。掌で円を書くように回るは自然のエレメンタルを代表とした火水風地の属性をそれぞれに持つ小魔法。
火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら黄。
色取り取りな色彩を持つ四つの力。
それらを間近で見る美野里は小さく感嘆の声を漏らす。


「………綺麗」
「ええ、何せ自然のエレメンタルですもの。他にも種類はあるけど、これが一番分かりやすいですから」


レルティアそう言うと口元を緩ませ、掌に浮かぶ四つの魔法を同時に握り締めた。
すると、四つの魔法が近接から密着へと変わり小さな音と共にそれぞれの力が一つに交わったと瞬間に消滅した。
え? と目を瞬かせる美野里。


「……確かに四つの力は同等。でも、こうして何も調整しないまま混ぜ合わすとお互いで喧嘩して消滅してしまうんです。だから何種類かの属性を使う魔法使いでもこの調整は難易度が高く、あまり属性の合成を挑戦する人は少ないの」


レルティアは何もない掌に再び赤と土の小魔法を作りだし、今度はタイミングを合わすかのように慎重に二つの魔法を同じように握り締める。
そして、握られた手が開いたそこには橙色の光る小魔法が浮いていた。


「へぇ……」


美野里はそれらを目で見て確認し感心した声を出す。
当初は話を聞く限りあまり興味もなかった彼女が今では徐々に魔法について耳を傾け出しいる。
何でもありと思っていた魔法。
便利かつ奥深いことは話を聞いている中でわかってきた。だが、それより先に魔法の奥底に何かに自身の知らない物があるのではと思ってきたのだ。
もちろん、そんな考えは記憶を視る力を持つレルティアに筒抜けだ。
しかし、それでも彼女は話すことは止めず、そのまま口を動かす。


「自然のエレメンタルを魔法として使う魔法使い。私たちはそんな魔法使いたちを『プセット』と呼んでるの」
「プセット?」


プセットが一般的に使う力、それこそが自然のエレメンタルを宿した力だという。
美野里は今見せてもらった代表的な火と水と風と地の小魔法を思い出し、それらの特性を頭の中で思い描いた。
そして、単純に魔法使いの話を聞いた彼女の言葉は、


「うーん、魔法が使えれば店も大分金銭的に楽になるかも」
「…み、美野里ちゃん? 一応言っておくけど魔法でそんなことしちゃ直ぐにバテちゃうからね」


最強の魔法使いである女王からのツッコミが的確に命中した。
冗談ですよ、と美野里は苦笑いを浮かべるが顔は若干本気であり、何とか誤魔化そうと手に持つマグカップに入った茶を飲み尽くそうとする。
だが、その時だ。


「ん? っきゃ!?」


ビュウ!!! と上空から強い風が中庭に突然と突き抜ける。
口につけていたマグカップを揺らし小さく声を上げた美野里は、目の端で地面に生える芝生が大きく揺れ動くの捕えた。
カタカタ、とテーブル上に置かれた茶の容器が音を立てる。
レルティアは、それが次の話への合図でもあったかのようにマグカップを置き、再び口を開く。


「それじゃ、次の魔法については話しましょうか」


ガタン、と椅子を後ろに下げテーブルから距離を取るレルティア。
それはさっきまでとは違う、まるで大きな力に対する準備の仕草をしているように見える。
美野里が固唾を呑む中、レルティアは腕を動かし今度は片手ではなく何かを胸の前で抱えるかのように両手で構えの形を作った。
そして、その場に静かな沈黙が落ちる。


「………………ふぅ」


静寂の中、静かな呼吸が聞こえる。
レルティアは目の伏せ、掌に魔力を集中させる。そこで小さな変化が起きた。
ヴン…、と小さな空気の振動。
両手の中で何もない空間から、小さな水のような固まりが姿を見せ、それは次第に大きくなっていく。
美野里は何かが起ころうとする目の前の空気に顔色に険しくする。


(これ……さっきの小魔法と……いや、根本的に何かが違う)


この世界に来て生きていく内に、周囲の気配を敏感に感じる事が出来るようになった美野里。
その感覚が今目の前に作り出されようとしている魔法の違いを瞬時に見抜く。
レルティアはそんな美野里の考えを読んだのだろう。口元を緩めると手に集めた魔力をさらに集中させ、はっきりとした口調で唱えた。




「チェルス」




バキバキィ!!!! と轟音が彼女の掌から放たれる。
空気を大きく振動させ、強大な魔力によって彼女の手から弾け出した。
それは何の曇りもない純粋な氷の塊だ。


「え?」


キョトンとした表情の美野里はレルティアが持つ氷をまじまじと見つめる。


「あ、あの……これ、氷…ですよね?」
「ふぅ………ええ、そうよ」
「………………え? ちょ、ちょっと待ってください。氷ってただの水魔法の応用とかじゃ…それが何でそんな勿体ぶった感じに」
「美野里ちゃん。……確かに氷は水をから作り出せる物よ。そう思うのは仕方がないのかもしれない」


でも、とレルティアは言葉を続ける。


「氷の力は同時に自然界を壊しかねない力でもあるの」
「………は?」


氷の力が自然界を壊す。
一体何を言っているのか分からない。
困惑した表情を浮かべる美野里にレルティアは慎重な面持ちで話し始めた。


「氷の魔法っていうのは確かに自然のエレメンタルと似た力でもある。この世界に存在するエレメンタルであることは事実よ。でも、それがプラスとはかぎらない」
「プラス?」
「プセットがプラスの力だとすれば、氷といった別エレメンタルの力はそれと正反対の魔法であるの。氷は何かを冷やす、もしくはそこにある時を止める力を持つ。だけど、考えてみて? 冷やすことは水でも出来るし、今動いている物をわざわざ止める必要がある? 他の力で突き進むこともできるでしょ?」
「…は、はい」 
「他の役割を持つ力があるにも関わらず存在する力。あってもなくてもいいと判断される。だからこそ、自然界のバランスを崩すと言われ魔法界ではこの力を負の魔法と呼んでいるの」
「…………」
「そして、プセットとは違う呼び方でそんな魔法を使う彼らを私たちはダセットと呼んでる」


トン、とマグカップの置く音が話の締めを作る。
話し疲れたようにレルティアは小さく息を吐き、再び空のなったマグカップに茶を注ぐ。


「あ、でもダセットじゃない魔法使いでも氷の魔法を使うことはできるの。ただ制御下に置くのに一苦労するけど」


薄く笑みを作るレルティアだが、その顔には微かだが疲労が見え隠れする。
それほどまでにダセットとは難易度の高い魔法なのだろう。
一方で、美野里はそんな彼女の様子を気にしつつもダセットという言葉に対し顔色を曇らせていた。
脳裏に負の魔法。それに思い当たる節があったからだ。
それは以前にあったバルディアス討伐による上級ハンターが狙われた緊急招集に隠れた闇討ち。そこで数十人に囲まれた魔法使いであるアチルが細い杖を持ち、プセットとは違う負の魔法である氷の魔法を使っていた。


「あ、あの…、アチルは」
「………ええ、アチルは特別なの。あの子はプセットとダセットの二つを扱う事の出来る、この世界に一人としかいない特別な魔法使いって言った方がいいのかしら」
「……特別」


レルティアの言葉が、同時にアチルの存在を思い出させる。
美野里はその時、自分と彼女とでは対等になれない、そう言われたように感じた。
だが、それは直ぐ間違いだと気づく。




「…………でも、美野里ちゃんも同じなんですけどね」




ぼそり、と小言に加え、レルティアは瞳を鋭くさせて美野里を見据えた。
その瞬間。
ビシリ、とその場一帯がまるで金縛りにあったかのように凍りつく。
たった一睨みが肩に重くのしかかる重圧を生んだのだ。
一見、平穏な姿を見せる女王レルティア。
しかし、今目の前にいる彼女はそんな言葉とは無縁の存在だということに美野里は今更ながら気づいた。


今までとまるで違う緊迫とした空気に瞳孔を開かせ頬に一筋の汗が落ちる。筋肉が硬直し口さえ開けることができない。
次にどう行動すればいいのかわからない。
体の自由が効かず、困惑とした表情を見せる美野里。
だが、次の瞬間。




「まぁ、アチルの特別は元々は私がダセットを使う旦那と一緒になったのが原因なんですけどね」
「……………………………………………え?」




ふふっ、と頬に手を当てて微笑みを見せるレルティア。
その場に漂っていた空気が一瞬にして破壊され、その上で当の本人は笑っている。
ガクッ、と突然のノロケ話に肩を落とす美野里。
胸の内に溜まるこの怒りをどうしてくれようか…、不機嫌な顔色を浮かばせた彼女は声のトーンを落とし口を開く。


「へ、へぇー…………よ、よく、負の魔法使いと呼ばれている人と付き合えられましたね」
「え? そんなのは、まぁ………恋の力には何者も逆らえないってことかなぁーと」


美野里が皮肉っぽく言った言葉を返すも、それすらノロケで返されてしまった。
むかむか、とした怒りがさらに溜まっていく。
だが、今度は先制攻撃のごとくレルティアは顔を近づけるや否や、


「で、美野里ちゃんもいないの? そういう人とか?」
「うえッ!?」


突然の質問に美野里は大きく動揺した反応を見せる。
脳裏で一人の鍛冶師。最近になって好意を持ちかけつつあるルーサーのことを思い出してしまう。
しかも、それは同時にレルティアにとっては答えてくれたと同じなわけであり…。


「それで、ルーサー君とは進展がないのね?」
「うぎゃあああああ!! また記憶呼んだあああああ!!!」


にやにやした顔のレルティアに赤面した美野里は大声を出し、図星だけあって面白いくらいに動揺を露わにしている。
さっきまでの空気とは一変する賑やかな空気がその場に漂う。
レルティアはそんな平穏な光景を眺め微笑み、同時にいつまでもこういう世界が続けばいいと彼女は思った。


それこそが彼女の望む世界。






しかし、そんな平穏はいつまでも続かない。
何故なら…。




ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!! 




世界はいつでも、最悪の事態へと一変する隙間を持っているからだ。




「え!? な、何!!?」


巨大な破壊音に続き、地震のような地響きに美野里は慌てた様子で椅子から立ち上がり、辺りを見渡す。
だが、視界からは何も情報は入ってこない。
どうにかして周囲の確認を取るべく美野里は耳を澄まし、宮殿から奥。そこから微かに聞こえる悲鳴を聞き取り、緊迫とした状況が起こっていることを確認する。
しかし、そんな状況の中。
美野里の目の前でレルティアは口元を緩ませると、


「そろそろですね」
「…え?」


パチン、と彼女は指を鳴らした。
その直後。


「ん?」


何もない空間。
突然としてそこにいるはずのない黒衣装の魔法使い、アチャルが現れた。
しかも、彼女の向きはまっ逆さまで頭が地面に向いており、言うまでもなく顔面から地面に落ちた。
盛大な音を付け加えて。


「っぐ………………」


頭から落ち、そのまま動こうしないアチャル。
あわわわ、と口に手を当て顔色を青くさせる美野里。
今の状況で冗談一つすら言えない。
そんな中で、当の女王は口を開く。


「お久しぶり、アチャル」
「ッ…………、…れ、レルティア……」


のそり、と体を起こし赤くなった鼻を抑えるアチャル。
目は殺気だっており、いつ怒りが爆発してもおかしくない。あの路地裏での説教を思い出し美野里は冷や汗をかきつつ後ずさろうとする。
また、いつ飛び火がこっちに降りかかってくるかわからないから…。
しかし、レルティアはそれすら待ちはしなかった。


「それじゃ、もう一回と」


パチン! と再び音が鳴る。
その直後、三人の体がその場から消え、別の場所に転移する。
一瞬の出来事に何が起こったかわからなかった美野里。
だが、




「……………………ッ」




目の前に広がる光景。
その瞬間、美野里の瞳孔は見開き、同時に衝光の光が瞳の色を変色させた。
















崩壊する宮殿。
壁や柱、所々にヒビや破片が床に落ちる。そして、瓦礫が散らばる中、一人倒れる女性の姿があった。
雪の魔法によって至るところに外傷が見られる魔法使いのデリルだ。


「ぐっ、で、デリル、さん…ッ!」


ギリィ、と歯を噛み締めるアチル。
怒りが胸の内に湧き上がる。だが、そんな彼女の四肢は何もない宙に形成された雪の縄によって縛り上げられ、反撃どころか身動きすらとれない。
何もできないアチルの傍ら、雪の魔法を酷使していた白衣装の少女。
名前はマユリート。
彼女は左右の掌を叩き、仕事を終えたかのように溜め息を漏らす。


「邪魔ものは処分した。それじゃ、私と一緒に来てもらいましょうか?」
「ッ……」


何とか縄を解こうと手に力を込めるアチル。
しかし、封印魔法によって奪われた今の体力では縄を解くことすらままならない。
そうしている間にも、マユリートは掌を宙に縛られたアチルに向け転移魔法を使おうとしている。
絶体的な窮地。
だが、その時だった。


「お取込み中にごめんなさい」


タッ、と複数の足音。
マユリートは魔法を一度中断し、後ろに振り返る。
そこには、さっきまで中庭にいたはずの女王ことレルティア。さらには数分前に対峙したアチャルの姿がある。


「へぇ…よくここまで来れたのね」
「……ッ、母、さん…」


アチャルの姿に口元を緩めるマユリート。
目の前に現れた母にアチルは消耗した顔つきで声を絞り出す。


「アチル!?」


雪の魔法により拘束されたアチルにアチャルは歯を向きだしに殺気だった瞳を見開かせ、地面を蹴飛ばしその場から走り出そうとした。
だが、それは既に遅い行動だった。
何故なら、


「(衝光)」


トン、と宮殿の天井。
そこに足を着け、今まさにマユリートに向かって突進する光る刀身をした武器を構える少女。
瞳の色を変色させた美野里がいたからだ。


「「ッ!!」」


瞬間。
マユリートが咄嗟に気づき瞬時に張った防御魔法と美野里の衝光が激突する。
美野里の手には宮殿の壁に展示されていた短剣が握られており、その刃からは衝光の光が迸っている。


「っ、何よコイツッ!」


防御魔法を展開しているマユリートは突然の奇襲に疑問を抱いた。
雪の魔法による防御は早々に破壊されることはなく、それが普通の武器ならなおさらの防御力を持っていた。
しかし、今向けられている光る剣。
どう考えても普通じゃない事は見てわかる。
防御魔法と同等の力を持ち、一向に退く気配すらない。




(あれは、一体…)


一方、美野里は防壁魔法を砕く事ができないことに苛立っていた。
敵の背後には今も拘束されたアチルの姿がある。
歯噛みする美野里は一気に力を酷使するべく怒声を吐き出すように叫ぶ。


「衝光!!!」


突如。
衝光の剣が光を増したと同時に爆発が起き、防壁として作られていた防壁魔法を破壊する。
そして、魔法が砕かれたことで向かってくる光剣にマユリートは舌打ちをうち、その攻撃を後方に飛び回避する。
美野里は大きな音をたてながら地面に着地し、再び攻撃体勢に入ろうとした。
その時だった。


ガキィン、と剣の刃が一瞬にして粉々に砕け散ったのだ。


美野里は目を見開き、自身の力に耐えられなかった剣を見つめる。
いくら使い慣れていない武器だったとしても、あまりにも脆過ぎる。
柄だけ残った剣を放り投げ、美野里は目の前に立つマユリートを睨み、武器のない状況でどう戦えばいいか、考える。
だが、そこで後方から大声が放たれる。


「どけ、小娘!!」
「!?」


瞬時の感知。
美野里は地面を蹴飛ばしその直線から離れた。
その直後。


「グラジュリガ!!!」


片手をかざすアチャルが魔法を唱えた直後。
紅蓮の炎が龍のごとく一閃を潜り抜け、突き進む。


「ッ、嘗めてんじゃねえよ!!!」


雪の魔法を手に纏わせたマユリートは魔力を集中させ、アチャルと同等の魔法を放とうとした。
だが、宮殿の通路で二つの大技の衝突すれば、その余波は大きく、宮殿を壊しかねない。
アチャルも頭に血が上っていて、そのことに気づいていない。


もう、崩壊は免れない。




次の瞬間。






「ここで戦われちゃ、宮殿が壊れてしまいますね」
「「「!?」」」






パチン!!! と指が鳴った。
直後、今まで対峙していたマユリートとアチャル、アチルの姿がその場から一瞬にして消えた。
強大な力を秘めていた炎の魔法も共にだ。


「さて、あっちはこれでいいとして…」


場の騒乱が何もなかったかのように静めた、転移魔法。
軽い調子で魔法を酷使したレルティアは小さく息をつき、そのまま体を一人の少女に向ける。
今だ衝光による瞳の変色が解けていない。
苛立ちを露わにする、町早美野里。


「怖い目ね、美野里ちゃん」


殺気を放つ彼女にレルティアは口元を緩ませ、瞳を細く鋭く研ぎ澄まさせた。
その瞬間、再び重い重圧が襲い掛かる。
しかし、美野里は怖気はしない。
全身が微かに光り、その姿はまるで衝光を纏っている風にも見える。




「悪いけど、美野里ちゃんを行かすわけにはいかないの」
「………いやよ」




二つの拮抗、それらが共に衝突する
一つの騒乱が離れた。


しかし、それはもう一つの騒乱の始まりでもあった。









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