異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫
鍛冶師のルーサー
第七話 鍛冶師のルーサー
空には、雲一つない青空が広がっていた。
まさに快天の天気。そんな中で昼の一時を過ぎた頃合いには、マチバヤ喫茶店で昼食を終えた客がちょうど帰る頃合いでもあった。
「ありがとうございましたー」
最後の客が昼食を食べ終え、店を後にする。
ドアが締め切られたのを確認した後、そっと息をつく美野里は肩に積もった疲れをほぐすように両腕を上へ伸ばす。
コロッケという新作料理をメニューに加えてからというもの、客入りが以前にもまして増えだし、今日はとくに来る客も多く、ドッと疲れた。
もう…今日だけは店を閉店しようか、とそんな事を考えてしまうほどに。
だが、そんな時だった。
チリリン、とドアが開いた合図の鈴の音が鳴る。
美野里はすぐ様、営業スマイルを作り来店しに来た人物に一声を上げる。
が、その途中で、
「いらっしゃいまゲッ!」
美野里の笑顔が崩れ、同時に嫌な顔へと表情が変化した。
開かれたドアがゆっくりと閉められる中、その客は深い溜め息を吐く。それが何に対しての溜め息かは分からない。
だが、店の中に入ってきたその者は、美野里とそう変わらない年相応の外見を持つ一人の少年だった。
目に掛かるほどの前髪を上に上げるように、額にタオルを巻き、腰には細かな形をした様々な工具器具を収納したポーチが巻かれ、さらには背中に背丈以上の長い柄を持つ大きなハンマーが背負われている。
そして、少年は美野里の反応に見るや眉を潜ませ、その口を開き、
「おい、ゲッて何だ。ゲッて」
こうして、その後にて。
マチバヤ喫茶店は急遽ながら閉店することとなった。
ドアにクローズと書かれた看板が吊される。
喫茶店の店内には誰もいず、その店内の奥。階段を下りた地下にある私室にて、美野里は頬を膨らませながら、少年を前にして、ふてくされた表情を浮かべていた。
対して向かいに座る少年は眉間のシワを強めながら手を前に出し、ある物を要求する。
「ほら、さっさとダガーを見せろ」
「…………………」
しぶしぶ、と美野里は部屋に置かれた机の中から六本のダガーを取り出し、一本ずつ少年に手渡していく。
少年がそれを受け取る中で、じっくりとそれらを観察するが、その刀身には刃零れ一つなく、鋭く研ぎ澄まされたダガーが健在していた。
ムスっとした表情の美野里は、少年を睨みながら愚痴を溢す。
「何でいつも私の所にくるのが、アンタなのよ」
「……それを言いたいのは俺の方だ」
インデール・フレイムは剣の都市だ。
そして、それが関連しているのかは定かではないが、月に一度、検査をかねて鍛冶師一人がハンターたちの持つ武器を点検にくる決まりになっている。
しかし、その検査はどこの都市でも行われていることであり、検査と同時に敵対都市のスパイがいないかを検索するといった、一種の都市全域の調査の一環でもあるのだ。
そうこうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。
美野里はほんのり頬を赤らめつつも静かにしながら、少年の検査が終わるのを待つ。
彼女の前に座る少年の名前はルーサー。
歳は、ほぼ美野里と変わらず、さらには一人で鍛冶屋を営んでいたり、と似た所が多くある。とはいえ、実際は美野里の方が似せたと言った方が正しいのだが、
「おい」
「っ、何よ」
一通りの検査を終えたのか、大きく息をつくルーサーは六本のダガーを床に並べるようにして置き、目の前に座る美野里に視線を向けた。
そして、緊張するそんな彼女に対し、ルーサーは口を動かし、言う。
「お前、また勝手にダガー強化しやがったな」
「ぅ!?」
見事に図星らしい。
肩をビクつかせ、苦い表情を見せる美野里にルーサーの呆れたように溜め息を吐く。
「何でお前はいつもいつも、武器の調整とか、諸々自分でやるんだよ。普通、こういうのは鍛冶屋でやってもらうもんだろ?」
「っ、う…うるさいわね。それは、そのっ」
「後、お前」
「もう、まだ何かあるっていうのっ!?」
少し大きめな声を上げる美野里。
だが、その声に退く姿勢はなく、ルーサーは睨みを強くさせながら、ある言葉を口にした。
「お前、ここ最近で、…………衝光、使っただろ?」
「!?」
ギクッ、と今度こそ完全に美野里の表情を固まる。
確かに、今ルーサーに検査してもらった六本のダガーは、巨大ショルチを倒す際に衝光を使用して際に使った武器だ。
しかし、だからといってまさかアレを使ったことがこんな見ただけの検査でバレるとは思いにもよらなかった。
そうして、困惑した様子で美野里は何をどう言い訳すればと考えてしまう。
だが、ルーサーは真剣な表情でそんな彼女を見つめ、言葉を続けていく。
「衝光は確かに凄い力だ。けど、あれは武器の耐久が一気に減るって、お前に言ったよな?」
「っ…………それは」
「それに……この都市で売ってるダガーは基本初心者用の武器だ。どれだけ強化しても耐久はそう増えないんだよ」
「…………………」
彼は別に美野里を嫌って、そんな厳しい言葉を言っている訳ではない。
確かにダガーによって強力な物はあり、さらには物によっては国宝級の物もあるにはあるだろう。
だがしかし、美野里の持つダガーは、その外見から見ても変哲のない初心者用のダガーなのだ。
ただ、そこいらにあるダガーに比べては、少しは頑丈ではある。
とはいえ、低レベルの武器をどれだけ強化したところで、その伸びしろは少ししかない。
当然、その事を重々と美野里は理解していたが、さらにルーサーはそんな凹む彼女に追い打ちを掛けるように言葉をぶつけていく。
「外でもし武器が壊れたらどうする? もし、それで窮地にあったら一環の終わりだろ」
「……………」
「お前、そんな初歩的なこと、ここで一年も住んでいてまだわからないのか?」
「っ!?」
『一年』も。
その言葉がその時、美野里は顔を酷く歪ませた。
彼女は好きでこの世界に初めからいたわけではない。
突然と、この途方もなく知らない場所へと来てしまったのだ。そして、この世界で生きてきたわけでもないし、ましてこの街に好き好んで住んでいたわけでもない。
だからこそ、何も知らないくせに、住んでいて知らないのか? など言われたくもなかった。
ルーサーの視線が向く中で、顔を伏せる美野里は、ボソリと口を開く。
「……うるさいのよ」
「…あん?」
「――っ! ルーサーには関係ないでしょ! 私の武器何だから、一回衝光使ったぐらいで、ぐちゃぐちゃ、言わないでよ!」
子供が叱られ反発するように、美野里はルーサーの顔を睨み、声を荒げる。
苛立った口調で、ヤケになって勢いに任せてそう言ってしまったのだ。
だが、その直後。
ドンッ!! とルーサーは怒りを他にぶつけるかのように床を殴りつけ、その音と彼の表情に美野里は怯んだ表情を見せる。
「だからッ、その一回が命取りだって言ってんだろッ!!」
完全に頭に血が上ってしまった。
ルーサーは目を見開き、怒りに任せ言葉を言い続ける。
「そんなガキみたい言い訳で、もし強敵に立ち会った時、武器が使い物にならなかったらどうするつもりなんだ!!」
「ッ! そ、それはっ!」
「一本潰れても残り五本あるから大丈夫だ? ふざけんなよッ! そんな、甘い考えで生きていけるほど、この世界は甘くないのがまだわからないのか! そんないい加減な覚悟ならハンターなんかするんじゃねえよ!!」
「……うぅ、うるさい! だから、それもこれも! アンタには関係ないことでしょっ!! もう、ほっといてよっ!!!」
「―――ッ!?! お前ッ、いい加減にッ」
我慢の限界を越え、ルーサーは美野里に詰め寄ろうとした。
だが、そこで彼は不意に気づく。こちらの動きに反応して、体を震わせ、怯える美野里の両目に薄らと涙が溜まっていたことに。
「……っ」
初めから、ここまでするつもりはなかった。
まさか泣かせてしまうまで追い詰めてしまうとは、思いもしなかった。
興が冷めたように彼女の顔色に負け、ルーサーは元いた場所に座り直し、気持ちが落ち着いて来たことによって次第に頭に昇った血が退き始めた。
そして、ルーサーは、そこでやっと今更ながら、美野里が言った言葉全てが本心でないことに気づく。
というのも、このようなぶつかり合いが今まで一度もなかったというわけではなく、彼女と知り合ってから何度か、こうして言い合いになることが少なからずあったのだ。
そして、その結果。
彼は美野里という少女が、こういう話し合いにおいて押し負けそうになった時、ムキになって本心でない事を口走ってしまう性格であることを知っていた。
「……………」
「……………はぁ」
鍛冶師として、この世界でのハンターたちを見てきたからこそ言える言葉がある。
今日は、それをもう一度理解して貰おうと美野里の所に来たのだが……最終的にこうしてこじれてしまった。
ルーサーは深い溜め息をつきながら顔を伏せ、美野里は反撃に来ない彼の様子に戸惑った表情を浮かべている。
そして、室内にどうにも居心地の悪い静寂が漂う中、刻々と時間が経っていき、どうしたら良いのかと悩む美野里。
だが、そんな中で、ルーサーはゆっくりと口を動かし、
「その…悪かった。言い過ぎた」
先にルーサーが頭を下げた。
美野里は驚いた表情を浮かべる。
「……その…私こそ……、ごめんなさい…」
「………ただ」
「?」
「確かに、お前にとって、俺は関係ないのかもしれねぇ………けど」
「……ルーサー?」
「…ッ! それでも、俺はッ」
じっ、と目を見開きながら目の前にいる彼の顔を見つめる美野里に対し、意を決したルーサーは顔を上げ、その次となる言葉を言おうとした。
だが、そんな時だった。
「美野里、こんにちわーっ!」
バン! と直後。
私室のドアが勢いよく開けられ、魔法使いのアチルが乱入してきた。
またいつものように喫茶店の戸締まりをしたドアは魔法でこじ開け、侵入したと見える。
が、今の現状はそれよりも大変なわけであり、
「って、え!?」
「…ぁ」
アチルはその時、美野里の瞳に涙の塊が溜まっていることに気づく。
側に見知らぬ少年もいたが、それよりも先に、今目の前で泣き出しそうな表情を浮かべた美野里の姿がある。
その事にアチルの脳内で、
「…………………………っ!」
ブチン、と。
アチル自身。頭の中で何かが切れたことに気が付くが、それよりも速く、彼女の口は魔法を唱えていた。
そして、その次の瞬間。
「み、み、美野里にっ」
「ちょっ、アチル!? ま、待って!」
「何やってるんですかああああああああああああ――――っ!!!!!!!」
密室でそんなことをすればどうなるか、口で言わなくても分かるでしょ!! と心中の言葉も空しくして…。
バシャアアアアアアン!! と魔法によって放たれる部屋一面を覆い尽くす大量の水が、少年を含めたその場にある全てを呑み込む事となる。
そして…その後。
魔法使いの少女に制裁が落ちた事は、言うまでもない。
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