異世界での喫茶店とハンター ≪ライト・ライフ・ライフィニー≫

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魔法使いのアチル

 
 第四話 魔法使いのアチル



 洞窟レイスグラウンでの一件で、魔法使いのアチルに念願のウォルトリーを譲ってもらった美野里は今、ニコニコと笑みを浮かべながら家路を歩いていた。


 アチルはというと、彼女もまたインデール・フレイムを目指していたらしく道案内もかねて一緒にインデールへと戻った後、そのまま彼女を年中無休で営業しているハンター専用依頼所へと送り届け、そこで別れを告げた。
ちなみに、

「あ、あの!? み、美野里さんーっ!?」

別れ際に依頼所にいたゴロツキハンターたちに捕まって助けを叫んだアチルがいたが、まぁ…大丈夫だろう、と美野里はあえて無視して喫茶店へ帰って行ったのだった。




   そして、ちょうど夕日が暮れ始めた頃、美野里は店を閉めた状態で家にこもった。

   本来なら、街に建ち並ぶ店々にとって、家路につこうとする客や酒に酔った客などが多くなるこの時間帯は、いわゆる金の稼ぎ時に等しい時間であり、またいつもの美野里なら直ぐさま家路につき、そのまま店を開くのが彼女の日課となっていた。
   そのはずだった。
   だが、


「よっいしょ! っ、あれ? 確かここらへんに置いてあったはずなんだけど…」


 そんな事などで気をする素振りすらないほどに、今の美野里には熱中するものがあったのだ。




   店内奥、隅っこに作られた収納スペースの奥に体半分突っ込んで何かを漁っている美野里は、手にとってはポイっと後ろにやる動作を続け、彼女の後ろには様々な器具や容器が溜まっていく。

 端から見れば、何の部品? と思うほどにその種類はバラバラであり、そのどれもが道ばたに捨てられていそうな物ばかり。


「あ、そういえばこの前拾ったのが、確かここに」

    ……事実、大方があっているのだ。

 本来ならちょっとドン引きする気持ちにもなるのだが、美野里は都市内の隅にあるゴミ捨て場からよくこういった使えそうな部品などを拾っては溜める趣味があった。

 ……決して、ゴミ屋敷のように溜めつくしたい、といった趣味ではない。

 ゴミ捨て場から拾ってきた部品は、当然と衛生面も考えて熱湯につけた後に消毒して綺麗にしてから保管しているし、たまに客から要らなくなったものをもらったりもしている為、全部が不潔というわけではない。


「っ…、あった!」

   
   と、そうこうしている間に美野里は目的の物をやっと見つけることが出来たらしい。

 見ると、それはバケツサイズの大蓋のついた透明な箱ボトルと調理場の水場でよく見かける捻る式の蛇口の部品だった。

「あったあった!」

   どちらも噛み合わない部品たち。
   だが、それらを見つめる美野里は今日一番であろう満面の笑みを浮かべるのだった。




    その頃、とある依頼所では、

「嬢ちゃん、酒飲まねーのか?」
「おじちゃん達がおごってやるって言ってるのにーっ?」
「いや、あの、まだ私、お酒は飲めないんですーっ!?」

   酔っ払いゴロツキハンターたちに絡まれ、涙目で逃げるアチルの姿があった。





 所変わって喫茶店では、美野里が保管庫から取り出した透明な箱ボトルに小さな穴を開ける作業に入っていた。

 開ける箇所は蓋がついた面と底を除いた、四つの面。その内の一つ、ちょうど中心から少し下をいった所に百円玉くらいの小さい穴を開け、その穴を被せるように蛇口の部品を取り付けた。
そして、テープのような物で接着部分に何重にも巻きつけていき、

「っと、よし」

    完成したそれは、外見から見るに簡易型の貯蔵タンクに似たようなものだった。
    ただ少し違うのが蓋がついた面の他に、蛇口がついているという所なのだが、

「他に穴とか、空いてないわよね?」

    手抜き箇所がないかを確かめた美野里は、今度はそれを一度調理場まで持っていく。
 設置する場所は、調理場の水場となる場所だった。




 「……よ、よし…」

    最初から決めていた場所にボトルを置いた美野里は、今日出会ったアチルに貰った鉱石・ウォルトリーを取り出す。
    そして、真剣な眼差しを保ちながら、美野里はその石をボトルの中に入れ蓋を閉めた。


    何故そのようなことをしたのか、というとそれには鉱石であるウォルトリーの効力が絡んでいる。

 
 ウォルトリーは本来、水を生み出す効力を持っているのだが、その効力を発揮するにあたって、ある一つの条件があった。


    それは地上の外では絶対成り立たない、密閉された空間でなければ水を生み出せないという性質だ。
     しかも、その空間が効力で生み出された水で満タンになると同時に水を引き出すのを止める。

何とも困った性質を持っていたのだ。

そして、それがアチルがただの石ころと言った原因でもあるのだが、

「っ、お願いっ!!」

 箱が密閉されたことを確かめ、美野里は祈るように手を合わせ、目を瞑る。

  そして、時間が数秒と流れていき、

「………………」

 …………。

「………………」

 …………ォ。

「………………」

 ……ォ、…ォ…ジ、ジョロジョロ。

「っ!?」

 その音に目を見開いた美野里はボトルに視線を向ける。

   すると、そこにはボトルの中に置かれた鉱石・ウォルトリーがその表面から止めどなく水を流し続ける姿があった。


「や、……やったー!!!」

 頬が緩み、また体のウズウズが止まらず大喜びしながら、その場で飛び跳ねる美野里。
    そうしている間にも水は溜り続けていき、ボトルの容器内が水で満タンになった直後に、ウォルトリーは自動的に水を出す力を止めた。

 
「ふーっ、うまくいったー」


   未だ嬉しさの余韻を残す美野里は額の汗をぬぐいながら、ひとまず嬉しさを心の端に置き、完成間近のボトルに対して、一番重要になってくる問題に向き合う。


 水が満タンになったボトル。
   そこに取り付けられた蛇口を捻ると、ジョロジョロと水が蛇口から流れ出くる。
 当然、ボトルに溜まった水も減りだしていくわけだが、それを再びウォルトリーが補充する。

 うん、ここまでは何の問題はない。 と内心で喜ぶ美野里。

だが、そんなことよりも一番に解決しなくてはならない問題があった。



 それは、ボトルから出した水に対して。
    用意していたコップに注いだ水は一つの曇りなく透き通っていた。
 ただ、一つ。残る問題として、


「………味…よね」



 これこそが重大な問題だったのだ。
 営業的にも生活的にも一番気にしないといけない問題。
    これが成功しなくては今までの流れが全部水の泡になってしまう。

 コップ内に溜められた水と睨めっこするかのように見つめる美野里は、一度深呼吸をしながら覚悟を決め、

「一か八か……ぐぅっ!」

 口に近づけ、そのまま一気飲みと水を喉奥へと流し込ませた。


 口内に入った際に感じる、ひんやりとした冷たさ。何のつっかえもない透き通ったような味わい。そして、喉奥にいった際の重みすら感じさせない飲みやすさ。
 カタン、とコップを調理スペースに置く美野里は、そのまま茫然と立ち尽くし、しばらくしてその唇を動かし、




「……………………上手い」



 上手い上手い。
    もう何の駄目だしもつけようにないほどに、ウォルトリーの水は美味しかった。
    何度でもいける美味しそうな味噌汁のように、美味かった。
    ……ただ、


「……上手い、……上手いんだけど…」



 はっきり言って、美味すぎたのだ。
 飲んだからこそ分かったことなのだが、今まで使っていた水が不味い思ってしまうほどに、その水は絶品の味を持っていた。
 下手をすれば、この水だけで商売が出来てしまうかもしれない、そんなほどに味が凄かったのだ。


 小さく唸り声を上げる美野里はしばし顔に手を当て考え混む。
 この水を本当に客へ出してもいいのだろうかと。
    だが、



(……まぁ、いいか)




 正直な話、そこはきっぱりと考えるのを諦めた。
 というのも。これで客が捕まえられればそれで良いか、と。
   そう結論づいたのだった。




 こうして、慌ただしい一日の出来事が終わり、また明日が忙しくなることを気にしつつ美野里は私室に帰り、そのままベッドの上で静かに眠りにつくのだった。

 この次の朝、ちょっとした騒動に巻き込まれるとも知らずに…






 時間が経ち、翌日の早朝。
 トントントン、と鳴り止まない喫茶店のドアを叩く音に美野里は目を覚ました。

「うーっん」

 ボサボサ髪を気にすることを忘れ、半分眠たげな表情を浮かべる美野里は、ふわぁぁ、と大きな欠伸をあげる。
そして、寝間着姿のまま、店内である一階に上がり、店のドアを開け、

「ふあぃ、どぉちらさまでぇ」

 美野里が目をこすりながら目の前を見ると、そこには見慣れた初期の武具を纏う一人の少女、魔法使いのアチルが笑顔を浮かべながら立っていたのだった。





「はい、どうぞ」

 早朝だから、と冷たく突き放せるわけもなく。
 寝間着から仕事着に着替えた美野里はさっそくとウォルトリーから湧き出た水をコップに汲み取り、アチルの前に出した。

「あ、ありがとうございます」

   お辞儀するように頭を下げ、アチルは目の前に出されたコップを手で掴み、何故か毒味をするように慎重にゴクリと水を飲んだ。
   そして、ものの数秒もせずして、目を見開かせ、

「っ! これ、ウォルトリーの!」
「ええ、貴方に貰ったウォルトリーを何とかして使えるようにしたの。…まぁ、でもやっぱり別格というか何というか、美味しさが凄すぎて今まで飲んでた水が不味く感じちゃうんだけど」
「ああ、それは分かります。私も昨日泊まった宿屋の水を飲んだら凄く不味かったですし」

 そう話しながら苦い表情を浮かべるアチルに美野里は、さすがに水だけでは寂しいだろうと思い軽い一品を作るべく調理場へと入っていった。


 アチルの住んでいたアルヴィアン・ウォーターには水や作物といった天然ものの食材が多く採取でき、特に年々を重ねるにつれて果実の旨みも上がっていると噂で耳にしたことがある。

 向こうの料理を知らない為、自身の料理を美味しく感じてくれるか少し不安を持ちつつ美野里は取りあえず軽い朝食を作る。

   それは、元いた世界でもよく作っていた料理、スクランブルエッグだ。

 幸いな事に、材料となるモンスターや植物があった為、この料理は簡単に作ることができたのたが、

「はい、スクランブルエッグ。熱いから気をつけて」

 そう言って美野里はアチルの目の前に皿にのったスクランブルエッグを提供する。
 アチルは初め、これはなんだと慎重な面持ちで見つめていたが、しばらくして箸に手をつけるとそのまま赤いソースがついた卵の一つを挟み、一口と食べた。
 もぐもぐ、と何度か咀嚼するアチル。
   だが、その直後。

「!?」

 その頬に赤みが掛かったと同時にアチルは大きな声を上げる。

「な、なんですか! この食べ物!?」
「えっ!? …も、もしかして、不味かっ」
「こんな食べ物、私は今までに一度も食べたことがありません! この都市では、こんな料理が盛んに作られているんですか!?」
「…え、ええーっと、…………多分私の所だけだと、思う。………多分、だけど」

 不味い、と肯定するまでもなく、たてまくるように料理についての追求をやめないアチル。
   そのあまりの勢いに押されて口を滑らせてしまった美野里は同時に後悔した。

今の言葉どおりなら、不味い料理を出しているのは自身の所だけだと言っているようなものだ。


 アチルから出た予想外の反応にショックが大きかったのは言うまでもない。

 上司に怒られた部下のように、美野里は顔色を暗くさせながら視線を下へ落としてしまう。
    反省しないといけない、と自身の負い目を感じた美野里。


    そんな彼女をよそにアチルは租借を何回も続けながら料理を頬張っていく。
 ……………そう、頬張って、

「え?」

 クチャクチャと咀嚼の音に耳を疑った美野里はゆっくりと顔を上げる。
 すると、そこには綺麗さっぱり具材を食べ終えたアチルがさらに目を輝かせながらテーブルに置かれたメニューを開いている姿があった。
 美野里の罪悪管を知るよしもなく、

「あの、それじゃあ次はサンドイッチを!」
「…え、ちょ」
「いやぁ、さっきの料理美味しいかったんですけど、まだ食い足りないって感じなので」
「…………………」
「次はこの名前からして美味しそうなものをと思いまして、後もう一品をと………? あの、どうしたんですか? そんなにワナワナと体を震わせて」

 キョトンとした表情で首を傾げるアチル。
 これこそまさに、天然である。
 だから、思いのまま口にした言葉に何の嫌がらせもないのだろう。


 だが、例え天然であったとして、

「…………ほんと……なんなのよ、まったく…」
「え、えっと………あ」


   許せるものもあれば、許せないもある。

  「っ!!」

 その直後。
 キッと眼光を向けた美野里は両腕を振り下ろしながら大声を出す。


「ややこしいのよ、アンタ!!」
「きゃぅ!?」

 ダン!! とテーブルに両手を叩きつけ、顔を真っ赤にさせる美野里。
   
    対して、アチルはその豹変ぶりに体を震わせながらビクビクと怯えた様子で後ずさっている。
    しかし、美野里にとってそんなことはどうでもよかった。

 自身の早とちりもあって、恥ずかしさで一杯の美野里はイライラとした気持ちが収まらず声のトーンも着実に上がっていく。

「全く全く、まったく!! なんなの、ほんと! なんなのよ、もぅ!! いきなり来たと思えば、いきなりで勘違いさせられるわ、こっちはこっちで本当に落ち込み掛けたわ、うあああっ、もうっ!!!
「ぁ、あの」
「それに!!」
「ひゃい!?」
「アンタも、アンタよ! 上手いか不味い。はっきりしなさいよっ!!」
「ご、ごめんなしゃい!!?」
「ううぅぅぅーっ!!! それに! どうやってこの店を見つけたのよ! 私、アンタにこの店の場所とか何も教えてないのにっ!!」

 このインデール・フレイムという都市はその数がある建物のせいもあって、よく観光客が迷子になることが多い。
    迷ったあげく、下手をすれば一時間やそこら目的地につけないことすらあるのだ。


 にも関わらず、アチルは汗一つかかずして美野里の店に辿り着いた。
    仮に誰かに行き道を教えて貰ったとしても、少しは迷うはずなのに。

「ふーっ! ふっー!」

 恥ずかしさで一杯に加え、パニック状態の美野里は歯ぎしりをしながらアチルに迫り寄る。
   いつ襲いかかられても、おかしくないほどに彼女は怒っていた。

   …だから、だろう。
   怯えた様子のアチルはつい、言ってはならない衝撃的な言葉を返してしまった。





「そ、それは追跡魔法でっ!? …………あ」 「…………………………………え?」





 しーん………………………………………………と、沈黙が店内に流れる。

 今までパニック状態だった美野里と、はたまたあまりの威圧さに思わずボロを出してしまったアチル。

  二人の間に酷く静寂が流れるが、次第にそれは緊迫とした空気へと変色していく。



 さっきまで、あんなに興奮してたのが嘘だったかのように、まさかこんなにも一瞬で羞恥が冷めることになるとは美野里自身、思いもしなかった。

「………ねぇ? 今、なんて言ったの?」
「……え、あ」
「追跡魔法? ねぇ、アンタ。何、プライバシー侵害なことしてくれちゃってんの?」
「え、えっとっ!?  いや、言い間違えて」
「いや、私の耳は確かに追跡魔法って聞いたわよ? ……アンタの所は命の恩人に対してそんな事するんだ。 へえー…………本当に、いい度胸じゃない」

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 じりじり、と後退するアチルをよそに美野里は手近にあったメニューの紙を棒状に丸めていき、じわりじわり、と逃げ場をなくすように目の前に立つ魔法使いを店内隅へ追いやっていく。

 さっきまでとはまるで違う恐怖が迫ることに怯えるアチルは、絞り出すように声を出そうとする。
 だが、

   グシャッ!! と。

「ひっ!?」

 美野里の手に持たされていたメニューから、今一番聞きたくない音が聞こえてきた。

 ガタガタガタ、と大きく体を震えさせるアチル。

 そうしている間にも、隅に追いやられたアチルにとって逃げ場はなくなり、その目の前にはニッコリと笑う美野里の姿があった。



     そして、笑顔から一転、冷たい瞳を向ける美野里は手に持つ棒状の凶器を振り上げ、そのまま瞬速なみの速さで、


「ご、ごめぇんにゃ」
「無理」


 小鳥の鳴き声が聞こえる、早朝の中。
 物静かな静寂が続く通りで、


「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 バンンンンン!!! と衝撃音が鳴り響いたと同時に断末魔の悲鳴を現わしたような少女の叫びが響き渡るのだった。
 そして、その日は自業自得な行いをした魔法使いに天罰が落ちた日でもあった。





 そうして、その数分後にて。

「で? この街で住みたいと」
「ひゃぃ」

 大きな一撃が鉄槌のごとく脳天に叩き落とされ、アチルは頭には大きなタンコブを出来上がっていた。
   そして、現在正座をして反省中の身である。


 眉間にしわを寄せ、仁王立ちでそんな彼女を見下ろす美野里はギロリとした視線を続け、説教をかれこれ三十分ほどしたのち、大きく溜め息を吐いた。

 最初はすぐさまにでも全力で叩きのめして店から叩き出そうと思っていたが、自身の料理をあれだけ美味しいと言ってくれた客をそこまで突き出すわけにはいかない、と何とか思い止まったのだ。


 だから、今さっきの一撃と説教を含めた三分の一で今回は勘弁してやろう、と思い美野里はアチルの問いに答える。

「……ふーん、まぁ、ここで住むならハンターか、もしくは私みたいに店を持つかのどっちかしかないわよ?」
「ぅぅ……はぃ」
「でも、店を出すにしても凄く大変だから、初めはやっぱりハンターからかな。私もそうだったし」
「そうで……え? ってことはやっぱり美野里さんもハンターなんですか!? 確かに、昨日の洞窟に来てましたし、それにあの剣さばきとか凄かったですし!」
「い、いやぁ……あれは、その…たまたまで」
「いえ、これは本当の話です。私の都市にもよくインデール・フレイム出身のハンターが来ていましたが、美野里さんみたいに凄い人はそう居ませんでした」
「うぅ、だから、そんなに褒めたって」
「……(あと、その容赦のない所とかも)」
「…………ん? なんか今褒めとは違ったような」
「やっ、やっぱり美野里さんは凄いです、本当にっ!!」

 ブンブン、と左右に首を振って誤魔化すアチル。
 いや、気のせいじゃないでしょ、という視線を向ける美野里だったが直ぐに疲れたと溜め息を吐く。

「って、私のことよりも今はアンタのことの方が問題でしょ? そういえばアンタ、なんでこっちに来たの? あっちの方が生活的にも良いと思うんだけど」

 アルヴィアン・ウォーターは魔法が盛んとなった魔法都市であり、魔法で何でも出来る分、生活としても出身地の方が暮らし的に楽なはずだ。
 だが、それなのにアチルは何故かインデールでの暮らそうとしている。

 純粋な疑問に首を傾げる美野里だったが、一方の彼女はというと、

「……………あ、いや、それはーその」
「?」

 気まずそうな表情を浮かべ、言い淀んだ。
    神妙とは少し違う、まるで恥ずかしさを隠したような感じにも見える。
 が、こっちも恥ずかしい目に合わされた身である美野里は、はっきり言いなさいよ、と念を込めた視線を向け、怯えたアチルは観念したように話し始めた。


「実は私……親に武者修行だって言われて家から追い出されたんです」
「…………………え?」
「……」
「えっと、ちょっと待って……武者修行?」
「…はい。……そうです」

 しばし、アチルと美野里の視線が無言で交差する。
 だが、その直ぐ後で美野里は、

「ブッ!!!」

 吹いた。
 それも盛大に。
 武者修行なんて言葉もそうだが、同時にそんな言葉がまさかこの世界にもあったとは思わなかった。
    笑いを押し殺しながら涙目になる美野里に対し、アチルは頬を膨らませていたが、彼女自身はもう諦めたように話を続ける。

「あなたには一番に大切なものが欠けてるから一度外の世界を見てきなさい、っと言われまして」
「いや、っ! くくっ、一度ってアンタそれで死にかけてっ、たんだけど?」
「ぅぅ……あれは、その……いつもなら平気だったんです。魔法もちゃんと考えて使ってるつもりでしたし、自分の力量もわかってるつもりです。ただ、あの洞窟に入って……途中で迷ってしまい、それで魔力が」
「配分を間違って、ガス欠したと」
「ぅぅーっ、はい」

 そう言って、落ち込んだように肩を落とすアチル。
 魔力もそうだが、体力と同様に配分を考えないと、いざという時に駄目になる。
 それは誰しも平等な原理である。

 アチル自身は、大丈夫なのに〜、と口にはしているが……もしかすれば、彼女の親はそういった過信を直させる為に旅に出したのかもしれない、と美野里は思った。
 まぁ、臆測の領域なため口にはしないが、

「まぁ、修行ってことだから、これからアンタはハンターになってお金ためながら宿屋にでも住んでいけばいいんじゃない?」
「………あ、あの、ここで住み込みとか」
「却下に決まってるでしょ」
「です、よねぇ…」

 都合のいい話ですよね、と肩を落とし落胆するアチル。
 だが、そんな彼女に対し美野里は若干、言い過ぎたと思ったのか自身の髪を指で触りながら、

「で、でも」
「?」
「…も、もし。ご飯食べたくなったら、いつでも歓迎するわよ。私もそこまで鬼じゃないし」
「……………美野里さん」

 うるうる、と涙目を浮かべるアチル。
 美野里は頬を若干赤らめながらそっぽ向きつつ、

「後、その敬語はやめなさい。……私のことは美野里でいいから。その代わり……わ、私もアンタのことアチルって呼ぶから、って!?」
「美野里っ!!!」

 その直後、ガシッと。
 アチルが、突進するように美野里に抱き着いてきた。

 過剰な反応だった為、避ける間がなかった。だが、そんなことを気にする余裕すらなく、現在進行形で背中から抱きつくアチルの腕が美野里の首を絞める形となっている。

「っちょ、くる、苦しいって!?」
「ありがとうございます!! 私、毎日のようにここに通います!!」
「だっ、だからッ」

  美野里は手探りでアチルの衣服を掴みながら、

「お金稼いでここで三食ご飯! 決まりです! 絶対です!! だからこれからもよろしくおねが」
「ッ!! 苦しいって、言ってんでしょうがッ!!!」
「ッ、ぶぎゃ!?」

 ブンッ!! と対戦者を目の前に落とす柔道技、背負い投げがアチルに決まった。
    しかも、少しミスったこともあって。
 ドォン!!! と床一直線にアチルの脳天は木の板と激突した。

「…………きゅぅ~」

 一発ノックダウン。
 床にくたばった魔法使いを見下ろす美野里は重い息を吐き、そうして思った。

(授業で習ってた背負い投げ、初めて出来たかも…)



 こうして、魔法使いというアチルと出会い、バタバタとした慌ただしい早朝の出来事は幕を閉じた。
 その後、店を開店するも疲れがドッと来たのはまた別の話となる。

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