みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです
92.不穏な空気
「……なぎ……おい! 夕凪!」
「あの子……泣いてた」
「夕凪! 聞いてんのか?」
「……えっ? 何? 真琴っちゃん」
「なにぼーっとしてんだよ? 試合中だぞ?」
「え〜、うちがぼーっとしてるのは、いつものことじゃん〜」
「誤魔化すなよ」
「……」
「お前は優しすぎるんだよ。こっちだって勝つために必死なんだ。相手に気を遣ってる暇なんかあるのか?」
「うん……」
「勝つために必要だと思ったんだろ? だったら、何も迷うことなんかないはずだ」
「勝つために……必要……」
「なに勘違いしてるか知らんけどな、下手すりゃ喰われるぞ。気合い入れろよ」
「喰われる……うちらが、負ける……? うん……うん。そうだね! うちらだって、勝つためにここまでやってきたんだもんね。うん!」
「ったく……なんでうちのチームはこう世話のやけるやつが多いかね? なぁ、桜」
「なんで私に振るの?」
「別に〜〜」
「それより、キャプテン。次のクォーター、相手はマンツーマンに戻してくると思うんだけど、矢野と二人で中、攻めれる?」
「んー、どうだろうな。ゾーンはイマイチだったけど、あのセンターと、でかい一年生、結構動けるよ。ちょっと狭くなるかもなぁ」
「じゃあ富田と夕凪にボール集めるよ?」
「ああ。二人ともいけるか?」
「わかった〜」
「とーぜん」
「よし。それでディフェンスが外に広がったら、中にボール入れてくれ」
「りょうかい」
「あ、そうだ夕凪」
「ん? もっち、なに〜?」
「1クォーターで夕凪についてたあの子、もし次のクォーターも出てきたら、穴になると思うから、ガンガン攻めて」
「え〜? そうかな〜?」
「あの子、泣いてたでしょ?」
「うん〜。それが何かあるの〜?」
「一度試合中に泣くと、しばらくは呼吸が乱れて相当苦しいはずだから、走りまくればきっとついてこれない」
「へえ〜そうなんだ〜。わかった! ……なんでもっち、そんな事知ってるの〜?」
「夕凪、いい事を教えてやるよ。こいつな、バスケ始めたばかりの頃、練習でも試合でもいっつも泣いてて、泣き虫さくらって呼ばーー」
「真琴! うるさい!!」
「お〜怖い怖い」
「桜にもそんな時期があったんだなー! かわゆす〜」
「富田……スリー、一本でも外したらパス出さないから」
「お、怒るなって〜。冗談じゃんー……ま、外さないから別にいいけどなー」
1クォーターと2クォーターの間の、ほんの短い時間のやり取り。
先輩達の冷静さに、鳥肌がたつ。
うちのチームの監督は、よほどの事がない限り、試合中あれこれ指示を出したりしない。
自分達で考えることの大切さを理解して欲しいというのが、監督の指導方針のようだ。
タイムアウトや、インターバルで指示を出す事はもちろんできる。だけど、ワンプレー毎に急激に変化していく戦況についていくのはコートにいる選手たちしかいない。
いちいち指示を待っていたのでは、圧倒的に遅いのだ。
2クォーター目が始まり、桜先輩の予想通り、相手チームはマンツーマンディフェンスに切り替えていた。
花ちゃんをマークしているのは、1クォーターの時と同じ子だった。
作戦通り、花ちゃんにパスが入る。
微妙な間合いだったけど、ミートからのジャンプシュートで、呆気なく2点決めてしまった。
味方ながら、本当に恐ろしいオフェンス力だ。
そして次のオフェンスでも花ちゃんがフェイントからのドライブで中に切れ込み、そのままレイアップを決める。
「花ちゃん、ナイスシュート! 流石だね」
ディフェンスに戻りながら声を掛ける。
「う〜ん……なんか……おかしい」
相手が攻めてくるので、詳しい話は聞けないけど、なんだろう? なんか乗り切れてない感じみたいだ。
なにがおかしいのか、私にはよく分からないけど、シュートを決めた張本人がそう言っているのだから、間違い無いのだろう。
そしてその不安の正体が、徐々に姿を表し始める。
まず、外からのシュートが打てなくなった。
最初より、ほんの気持ち距離を詰められただけなのに。
手を伸ばされたらボールに指が掛かってしまう、本当に絶妙な距離感。
シュートがダメでも花ちゃんにはドライブがある。
そう思っていたけど、最初の時と違って、相手を振り切れていない。
がっつりコースに入られて、ドリブルを止められるわけじゃないんだけど、しつこくついてこられて、簡単にレイアップまで持っていけない。
仕方なく外に構える富田先輩にパスを戻す。
富田先輩は、スリーポイントラインの一歩外から軽々とシュートを放ち、千切れんばかりにネットを揺らした。
「外す気がしないぜ」
って割と大きな声量で言っていたのが聞こえたけど、なにも相手を煽っているわけではない。
これも一種のおまじないというか、願掛けというか……実際に声に出す事で、周りを巻き込み、大口を叩くことで、自分を追い込む。
そこまでやってしまう富田先輩のメンタルの強さには、頭が上がらない。
富田先輩は相変わらずだけど、2クォーターが始まって半分以上時間が経過した時、花ちゃんの異変は、より顕著に現れていた。
端的に言うと、全然点が取れていない。と、言うか、点を決めたのは、最初の2本だけで、そこからパッタリと花ちゃんの得点は止まっている。
1クォーターの時みたいに、敢えて点を取りに行っていないのかとも思ったけど、どうやらそうでは無さそうだ。
ミスをして相手にボールを奪われたりはしないんだけど、攻めきれずに味方にパスを戻す場面が極端に多い。
あの、花ちゃんが……だ。
かく言う私も、インサイドのスペースが思ったより広がらず、ボールを入れてもらっても潰されてしまい、全く攻ることが出来ない。
センターである佐藤先輩と一緒に出ている時は、フォワードとして仕事をするんだけど、そうでない時は、キャプテンと一緒にインサイドにポジショニングする事が多い。
うちのチームは超大型の選手がいないから、ある程度の身長の私でも、場合によってはインサイドプレーをこなす必要があると言うわけだ。
こちらが攻めあぐねている間に、速攻で走られた事もあり、じりじりと点差を詰められている。
落ち着いて対処すれば、問題ないくらいの力量差はあるはずだ。
だけど、何故か乗り切れない。チームに勢いがない。
結局ら私たちにとって不穏な空気を払拭する事は叶わず、2クォーターが終わった時、13点あったリードが、わずか5点まで詰め寄られていた。
「あの子……泣いてた」
「夕凪! 聞いてんのか?」
「……えっ? 何? 真琴っちゃん」
「なにぼーっとしてんだよ? 試合中だぞ?」
「え〜、うちがぼーっとしてるのは、いつものことじゃん〜」
「誤魔化すなよ」
「……」
「お前は優しすぎるんだよ。こっちだって勝つために必死なんだ。相手に気を遣ってる暇なんかあるのか?」
「うん……」
「勝つために必要だと思ったんだろ? だったら、何も迷うことなんかないはずだ」
「勝つために……必要……」
「なに勘違いしてるか知らんけどな、下手すりゃ喰われるぞ。気合い入れろよ」
「喰われる……うちらが、負ける……? うん……うん。そうだね! うちらだって、勝つためにここまでやってきたんだもんね。うん!」
「ったく……なんでうちのチームはこう世話のやけるやつが多いかね? なぁ、桜」
「なんで私に振るの?」
「別に〜〜」
「それより、キャプテン。次のクォーター、相手はマンツーマンに戻してくると思うんだけど、矢野と二人で中、攻めれる?」
「んー、どうだろうな。ゾーンはイマイチだったけど、あのセンターと、でかい一年生、結構動けるよ。ちょっと狭くなるかもなぁ」
「じゃあ富田と夕凪にボール集めるよ?」
「ああ。二人ともいけるか?」
「わかった〜」
「とーぜん」
「よし。それでディフェンスが外に広がったら、中にボール入れてくれ」
「りょうかい」
「あ、そうだ夕凪」
「ん? もっち、なに〜?」
「1クォーターで夕凪についてたあの子、もし次のクォーターも出てきたら、穴になると思うから、ガンガン攻めて」
「え〜? そうかな〜?」
「あの子、泣いてたでしょ?」
「うん〜。それが何かあるの〜?」
「一度試合中に泣くと、しばらくは呼吸が乱れて相当苦しいはずだから、走りまくればきっとついてこれない」
「へえ〜そうなんだ〜。わかった! ……なんでもっち、そんな事知ってるの〜?」
「夕凪、いい事を教えてやるよ。こいつな、バスケ始めたばかりの頃、練習でも試合でもいっつも泣いてて、泣き虫さくらって呼ばーー」
「真琴! うるさい!!」
「お〜怖い怖い」
「桜にもそんな時期があったんだなー! かわゆす〜」
「富田……スリー、一本でも外したらパス出さないから」
「お、怒るなって〜。冗談じゃんー……ま、外さないから別にいいけどなー」
1クォーターと2クォーターの間の、ほんの短い時間のやり取り。
先輩達の冷静さに、鳥肌がたつ。
うちのチームの監督は、よほどの事がない限り、試合中あれこれ指示を出したりしない。
自分達で考えることの大切さを理解して欲しいというのが、監督の指導方針のようだ。
タイムアウトや、インターバルで指示を出す事はもちろんできる。だけど、ワンプレー毎に急激に変化していく戦況についていくのはコートにいる選手たちしかいない。
いちいち指示を待っていたのでは、圧倒的に遅いのだ。
2クォーター目が始まり、桜先輩の予想通り、相手チームはマンツーマンディフェンスに切り替えていた。
花ちゃんをマークしているのは、1クォーターの時と同じ子だった。
作戦通り、花ちゃんにパスが入る。
微妙な間合いだったけど、ミートからのジャンプシュートで、呆気なく2点決めてしまった。
味方ながら、本当に恐ろしいオフェンス力だ。
そして次のオフェンスでも花ちゃんがフェイントからのドライブで中に切れ込み、そのままレイアップを決める。
「花ちゃん、ナイスシュート! 流石だね」
ディフェンスに戻りながら声を掛ける。
「う〜ん……なんか……おかしい」
相手が攻めてくるので、詳しい話は聞けないけど、なんだろう? なんか乗り切れてない感じみたいだ。
なにがおかしいのか、私にはよく分からないけど、シュートを決めた張本人がそう言っているのだから、間違い無いのだろう。
そしてその不安の正体が、徐々に姿を表し始める。
まず、外からのシュートが打てなくなった。
最初より、ほんの気持ち距離を詰められただけなのに。
手を伸ばされたらボールに指が掛かってしまう、本当に絶妙な距離感。
シュートがダメでも花ちゃんにはドライブがある。
そう思っていたけど、最初の時と違って、相手を振り切れていない。
がっつりコースに入られて、ドリブルを止められるわけじゃないんだけど、しつこくついてこられて、簡単にレイアップまで持っていけない。
仕方なく外に構える富田先輩にパスを戻す。
富田先輩は、スリーポイントラインの一歩外から軽々とシュートを放ち、千切れんばかりにネットを揺らした。
「外す気がしないぜ」
って割と大きな声量で言っていたのが聞こえたけど、なにも相手を煽っているわけではない。
これも一種のおまじないというか、願掛けというか……実際に声に出す事で、周りを巻き込み、大口を叩くことで、自分を追い込む。
そこまでやってしまう富田先輩のメンタルの強さには、頭が上がらない。
富田先輩は相変わらずだけど、2クォーターが始まって半分以上時間が経過した時、花ちゃんの異変は、より顕著に現れていた。
端的に言うと、全然点が取れていない。と、言うか、点を決めたのは、最初の2本だけで、そこからパッタリと花ちゃんの得点は止まっている。
1クォーターの時みたいに、敢えて点を取りに行っていないのかとも思ったけど、どうやらそうでは無さそうだ。
ミスをして相手にボールを奪われたりはしないんだけど、攻めきれずに味方にパスを戻す場面が極端に多い。
あの、花ちゃんが……だ。
かく言う私も、インサイドのスペースが思ったより広がらず、ボールを入れてもらっても潰されてしまい、全く攻ることが出来ない。
センターである佐藤先輩と一緒に出ている時は、フォワードとして仕事をするんだけど、そうでない時は、キャプテンと一緒にインサイドにポジショニングする事が多い。
うちのチームは超大型の選手がいないから、ある程度の身長の私でも、場合によってはインサイドプレーをこなす必要があると言うわけだ。
こちらが攻めあぐねている間に、速攻で走られた事もあり、じりじりと点差を詰められている。
落ち着いて対処すれば、問題ないくらいの力量差はあるはずだ。
だけど、何故か乗り切れない。チームに勢いがない。
結局ら私たちにとって不穏な空気を払拭する事は叶わず、2クォーターが終わった時、13点あったリードが、わずか5点まで詰め寄られていた。
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