みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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91.無意味な日々と無意味な努力

 この3年間……毎日毎日フットワークを続けて、体をいじめ抜いてきた。来る日も来る日も……

 チーム練習が終わって、みんながシューティングやドリブル練習をする中、一人黙々とディフェンスの練習をした。

 私にはそれしかなかったからだ。うちの高校は、地区予選でも決勝に残れるかどうか微妙なラインだけど、部員の人数は結構多い。

 試合に出るためには、武器がいる。他の人にはない武器が。
 でも私には何もなかった。だから、ひたすらディフェンスを頑張った。

 ディフェンスに、センスは要らないから。

 一年生の時は、試合に全く出る事が出来ず、私のやっている事に、意味があるんだろうかと葛藤する日々が続いた。

 だけど、周りの同級生達も、試合に出れる子は一握りで、出れたとしてもほんの数分だけ。
 それ以外の子は、ユニフォームすらもらえなかった。
 そんな状況に、どこか安心してしまっている自分がいた。

 3年生が引退し、2年主体のチームになった。
 それでも私は試合に出れなかった。

 ボールを使う練習は、相変わらず好きになれなかった。
 上達していると実感できないからだ。

 でもディフェンス練習は好きになっていた。
 オフェンスでは全く敵わない相手でも、ディフェンスなら張り合う事ができるからだと思う。

 自分も2年生になり、同級生達はどんどん試合に出る様になっていた。
 ただ試合に出るだけじゃなく、得点を決めたり、アシストをしたり……活躍する同い年の子が、輝いて見えた。

 チームメイトなのに、どこか別次元の人達の様に感じていた。
 私なんかが試合に出ても、何も出来ないんだし、あの子達が試合に出る方が良いに決まっている。
 その方が、チームの為になる。チームが勝つ事が最優先だ。
 そう、無理矢理自分に言い聞かせていた。毎日、毎日……
 
「……じゃあ、私は何のためにバスケをやっているんだろう……?」

 その答えを見つける事は、2年生の期間では出来なかった。

 3年生になってもバスケを続けていた。何度か辞めようと考えたけど、辞めずに続けていた。
 理由は……よく分からない。

 オフェンスは、変わらず苦手なままだった。
 
中学で有名だった選手が後輩として入部した。
 その子は強豪校でエースを張っていたみたいで、入部して間もなくスタメンになった。

 背も高くて、スピードもある。とても一年生とは思えないプレイを披露していた。

 私もかろうじてユニフォームはもらえていたけど、やっぱり試合に出る事はほとんどなかった。

 点差がついて、勝ちが確定した時に後輩達と一緒に出る。
 いわゆる、メンバーを落としたって言われる中の一人だった。

 トーナメントを勝ち抜くには、無駄なところで主力に体力を使わせるわけにはいかない。
 みんなを少しでも休ませないといけない。

 それは、私にしかできない仕事では無かったけど、でも……それでも試合に出れるのは嬉しかった。
 試合でディフェンスをするか楽しかった。

 点を取る事は出来ないけど、点を取らせない事は出来る。
 みんなが作ってくれたリードを、守り抜く事なら、私にでも出来る。
 それだけで、十分だった。

 後輩のおかげもあって、なんとか県大会に出場する事が出来た。
 自分の力ではないけど、それでも凄く嬉しかった。

 みんなが頑張っていた事を、知っていたからかも知れない。
 
 県大会の組み合わせが決まり、愕然とした。
 まさか一回戦で、県大会決勝リーグの常連校である、あの高校とあたるとは……

 はっきり言って、とても勝てるとは思えなかった。
 みんなには悪いけど、客観的に見て実力の差は歴然だった。

 ボックスワンなんて奇をてらった戦術を先生が提案した時点で、いやでも感じてしまう。
 普通にやっても、勝てないんだって。
 そう言われているみたいで……苦しかった。

 だけど、その一方で、私は密かにこの試合を楽しみにもしていた。
 何故なら、そのチームには、あの夕凪花火がいるからだ。

 県内トップクラスの選手であり、そのオフェンス力は、全国でも通用すると噂されるくらいの、超スター選手だ。

 私なんかがおこがましいのは分かっている。でも……マッチアップしてみたい。
 あの夕凪花火に、私のディフェンスが何処まで通用するのか、確かめてみたい。

 こんなにも試合に出たいと思ったのは、初めてかもしれない。

 そして、奇跡が起きた。
 ボックスワンで夕凪花火をマークする大役に、私が選ばれたのだ。

 先生は言ってくれた。

 お前がこの3年間、どれほどディフェンス練習を頑張っていたか、みんな知っている。
 お前のディフェンスは、チームで1番だ。

 反対するチームメイトは、一人もいなかった。

 私は泣きそうになっていた。
 先生の期待に応えたい。チームの役に立ちたい。

 私は強く思った。勝ちたい……と。

 夕凪花火にではない。このチームで、試合に勝ちたい。本気でそう思った。


「絶対に止める」

 試合前の円陣で、私は小さな声でつぶやいた。
 チームメイトに言ったのか、それとも自分に言い聞かせたのか……

 そんな事はどうでも良かった。

 緊張と興奮が同居する私の心は、今までにないくらい高揚していた。

 初めて試合に出た時の事を思い出す。

 いつの間にか忘れていた気持ちだな……と、思った瞬間、自然と笑みがこぼれた。

 そして試合が始まった。

 夕凪花火は攻めてこない。

 ボールをもらおうともしない。

 は? 何なの? 意味わからない。

 うそでしょ? 冗談でしょ? 嫌がらせ? いい加減にしてよ…… ひどいよ。

「攻めてきてよ……」

 私の消えそうな声は、夕凪花火に届かない。

 お前のやってきた事に、意味なんてない。
 無意味な努力、ご苦労さん。そう言われているみたいだった。耐えれなかった。

 そして1クォーターが終わった。

 結局、夕凪花火は、何もしてこなかった。
 私のディフェンスで、何もさせなかったんじゃない。相手が何も、しなかった。本当に、なにも。

 ベンチに戻るまでのほんの十数歩。コートに大粒の涙を置いてきた。

 モップを掛けられたら、それは汗なの涙なのか、見分けはつかなくなる。
 だから、私の涙にも意味なんてない。
 私が泣いたからと言って、何かが変わったりもしない。

 コートが……いや、世界がぐにゃぐにゃに揺れていた。

 ベンチにかえって号泣する私に、チームメイトは必死に声を掛けてくれる。

「負けたくない!! 勝ちたい!!!」
 
 泣きながら私は叫んだ。こんなに大声を出したのも、久しぶりだった。
 チームのみんなも、まだ諦めていない。 
 このまま終わらせない。私達のバスケを見せてやる。

 私達は、再び円陣を組んで、コートに出ていく。

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