みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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88.ねぇ、きみはどっちだと思う?

 試合会場となる体育館は、もう冬だと言うのに異常なまでの熱気に満ちていた。
 女バスのマネージャーになる! と意気込んで、たよりと二葉に宣言した僕だけど、バスケについての知識や経験が乏しいのは変えようのない現実だ。

 試合を一度や二度、見学したところで、自分が大きく成長できるとは思っていない。だけど、居ても立っても居られないと言うのは、こういう状況の事を言うんだろうな。

 事前準備として、ルールブックを読み込んだり、ネットで色々と調べてたりはしたけど、机上でのお勉強は実戦では役に立たないのが世の常だ。

 愚者は経験から学ぶ、賢者は歴史から学ぶと言う言葉があるが、誰しもが賢者になれる訳ではない。むしろ大半の人が賢者ににはなれない凡人なのだから。

 例え、愚か者と言われようが、経験から学んで、一歩づつ成長していくしかないだろう?
 
 と、誰に対しての言い訳が分からないけど、経験から学びもせず、同じ失敗を繰り返す人間に、流石に僕もなりたい訳じゃない。

 僕にとっての新たな挑戦。他の人達から出遅れているのは言うまでもないんだから、出来ることは全てやるつもりだ。


「ふー。なんとか間に合ったー」


 そう言って、うちの高校の試合が行われるコートの2階席、言いかえれば応援席に一人の女の子が駆け込んできた。
 あれは……他校の制服だな。相手チームの子かな?

 県大会ともなれば、近隣の高校ではなく、地区の違う学生と保護者ばかりだから、だれが誰だか全く分からない。


「あ、桜ちゃんいた! おーい」


 そう言いながら、高橋先輩に手を振り出した。試合前のアップ中だから、さすがに気付かないだろうと思っていたら、高橋先輩が何かを察知したようにいきなりこちらを見上げる。
 そしてほんの一瞬、こちらに向かって手を挙げて、すぐさまアップに戻っていた。

 それをとても満足そうに受け取った他校の制服の女の子の正体がなんなのか、気になってしょうがない。


「あぁ……桜ちゃん可愛いなぁ……いや、かっこいい? うーん、どっちだろう……どっちもかな~」


 なにやら怪しげな独り言が聞こえてきた。気になるなんてレベルじゃないぞ……。ま、まぁ、触らぬ神に祟りなしと、おばあちゃんが言っていたので、そっとして置くことにしよう。


「ねぇ、きみ! きみはどっちだと思う?!」


 うわー、めっちゃ話しかけてきた。え、うそでしょ。 そんなことある?
 知らない人だよな……実は知り合いで、僕がそれを忘れてしまっているだけか?


「えっと……何がですか?」


「いや、ごめん忘れて! きみ、桜ちゃんと同じ高校だよね? 応援にきたの?」


「はあ、まぁそうですけど……」


「私も桜ちゃんの応援にきたんだー! まあ、一回戦は楽勝だと思うけどねー!」


 僕は高橋先輩ひとりを応援しに来た訳ではないんだけど、話がこじれそうだから、適当に話を合わせておくことに決めた。


「強いもんね、きみ達の高校!」


「そうですね。貴方は高橋先輩のご友人ですか?」


「私は桜ちゃんのかの……じゃなかった。ファンだよー! 私もバスケやってるんだけど、昔から憧れてたんだよねー」


 かの? ……高橋先輩きれいだもんな。ファンがいても不思議じゃない。
 それにバスケをやっている時のあのクールな感じ、性別関係なく、素直にかっこいいと思う。バスケもめっちゃ上手いし。


「あ、もうすぐ試合始まるね。ドキドキしてきたー!」


「そうですね。バスケってなんで見てるだけでこう、胸が高まるんですかね? 試合が始まる瞬間なんて特に」


「どうだろねー。バスケに限らず、本気と本気のぶつかり合いって、ドキドキするものだよ! みんな真剣なんだもん!」


 本気と本気のぶつかり合いか。そうだ。僕がマネージャーになりたいと思ったきっかけもそうだ。
 人からの影響を割と受けやすい僕だから余計になのか、本気で何かをやっている人を見ていると、自分もなにか出来るんじゃないか、自分も何かやりたいと、思ってしまった。

 そんな事を思い出しているうちに、試合開始の1分前のブザーが鳴らされる。
 監督から、スターティングメンバーが次々に呼ばれていく。

 どの試合でも、スターティングメンバーが大きく変わる事は無いんだろうけど、相手チームの戦力や、その日の選手の調子等で、多少の変更があると聞いたことがある。

 その日のスタメンは、キャプテン、高橋先輩、夕凪先輩、たより、富田先輩の五人だった。

 自分の高校の、しかもこれからマネージャーをやりたいと思っているバスケ部のではあるが、選手一人一人のオーラが半端ないと、少し気圧されてしまっている。
 対峙しているだけで、相手に常にプレッシャーを与えているとさえ感じる。

 二年生で唯一、あのメンバーの中に入るたよりって、やっぱり凄いんだなと、改めて思い知らされた。

 あいつの努力が報われているのを見ると、自分の事の様に嬉しくなる。と、言うのは失礼に当たるかも知れない。

 なんの努力もしていない僕が、あいつと同じ様に喜びを感じていい訳がない。
 そんな美味しいとこ取りは、卑怯だ。

 まあ、たよりにそんな事を言えば、『文人がそう感じてるなら、私も嬉しいけど。ちょっと卑屈すぎない?』と、窘められそうだ。


 「あぁ……桜ちゃんスタメンだ。良かった……」

 お隣さんは、よほど高橋先輩の事が気になる様子だった。
 他校の制服の女の人と呼ぶのは、少しばかり長いので、お隣さん、と心の中で呼ぶ事にした。

 両手を胸の前に置き、恋人つなぎの様に自分の右手と左手を組み、まるで神様に祈る様な格好でスタメン発表を見守っていた。

 「あの……高橋先輩は元々スタメンなんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だったんじゃないですか?」


「少年……桜ちゃんにだって、色々あるんだよ。この世に悩みのない人なんて、いないんだよ」


 先ほどまでの砕けた態度とは一変して、お隣さんは母性に溢れる、慈愛に満ちた目に……いや、母親とは少し違うか。どこか、想い人を思い出すかのような遠い目に、それ以上僕は何も聞き返す事は出来なかった。

 悩みのない人はいない。確かにそうだな。
 あのたよりでさえ、悩みに悩んで、努力に努力を重ねて、やっとスタメンのポジションをつかみ取ったのだ。
 高橋先輩だって、当たり前のようにスタメンに座しているわけではないんだな。マネージャーになるのだから、その辺りの発言にも気をつけておかないといけないと深く反省した。

 そして試合が始まった。

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