みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです
84.富田美優の決意
「うぃーす……って桜!? うわ。髪めっちゃ切ってるじゃん」
「ええ。まあ」
朝練の為に早めに登校して、体育館に入った私を出迎えたのは、とても意外な光景だった。
桜が一番乗りで朝練に来ているのはいつものことなんだけど、肩まで伸びていた髪をばっさり切ってしまっていた。
桜って実は熱いハートの持ち主なんだけど、それを表にださないタイプと思ってた……切り落とされた髪たちは、最後の大会にかける思いの可視化の為に、宙を舞ったんだろう。それは誰の目から見ても明白。
それ自体は別に驚くことでもないんだろうけど、ここまで分かりやすく、気合を前面に押し出している桜の姿が珍しいって意味で、意外だった。
「桜、気合入ってるねー」
「別に、いつもと同じですよ」
言葉では否定しているけど、ボールを体の周りでぐるぐると回しながら答える桜の表情は、数日前とは全然違って見えた。
クールビューティーな桜でさえも、最後の大会は気合が入らざるを得ないのだろう。それか、単純に何かいいことでもあったのか。
「じゃあ、失恋でもしたん?」
わざと逆の質問をしてみると、先ほどまで自分の体の一部の様に扱っていたボールを、ポロっと床に落とした。テンテンと転がるボールを、少し慌てた様子で拾いにいく桜の背中を見守る。
「なにを馬鹿なことを言っているんですか。まったく……集中してるんで、邪魔しないでください」
「ふーん?」
全然集中出来てなかったけど……これは、男となにかあったな。間違いない。良くも悪くも。
桜って本当にわかりやすい。バスケをしている時はクールなんだけど、日常生活では感情が顔にでまくりだから、何を考えているか丸わかりだ。
そして、その事に気づいてないのも、本人だけという……面白いから言わないけど。
まあ、どちらにしても桜は、自分の事をあまり話したがらないから、これ以上聞いても無駄だろう。
かく言う私も、現在やる気に満ち溢れている。
三年生最後の大会だ。私のシュートで、チームを勝利に導く。今はそれ以外、余計なことを考えている暇はないし、興味もない。
だけど、気負いすぎるのもよくない。冷静に。いつも通りを意識する。
バッシュの紐の向きをそろえ、捻じれを丁寧に戻す。
蝶々結びをした時にできる左右の紐の長さの差を計算し、結び終わりで同じ長さになる様に調整する。
とにかく綺麗に、だれよりも時間をかけてバッシュを履く。
これはいつものルーティーンだ。もはや願掛けに近い行動。意味があるのかと問われれば、私はこう答える。
「ない事は、ない」
シューターと言うポジションが故か、私はルーティーンを特別大切に考えている。いつも通り、いつもと同じ。それを【いつでも同じ】まで昇華させなければ、シューターは務まらない。
だって、大事な試合で「ごめーん、今日シュートタッチ悪いわー」なんて言うシューターがもしいたら、私だったらぶっとばしちゃうね。
それって、存在意義を自ら否定しているのと同じじゃん。シュートの入らないシューター。これ以上価値の無い物なんて、この世にある?
だから、どんな試合でも、どんな局面でも、いつもと同じフォームで、いつもと同じ軌道で、いつもと同じ回転で、いつもと同じ
シュートを放つ。
それがシューターの仕事だ。
そんな考えの私だからこそ、ルーティーンには人一倍こだわりを持つ。実際、これを崩すと、いまひとつ調子が出ない。自分のベースを乱される事を極端に嫌う、私の性格そのものと言ってもいいだろう。
だから私はシューターに向いていたのかもしれない。
実際、人より優れていると自負できる部分って、シュートだけだったから。自分で言うのもなんだけど、シュートだけは誰にも負けない自信がある。特にスリーポイントシュート。
それだけなら、あの花火にだって負けない。……たぶん。
自意識過剰ともとれる程の自信。
実はそれも、シューターにとって重要な資質だったりする。
自分のシュートに自信が持てないなら、シューターなんてやめてしまえばいい。私にシュートを打たせるために、スクリーンをかけ、正確なパスを回してくれるチームメイトに失礼だ。
「さて……始めますか」
ストレッチを終え、ゴールへと向かう。
練習始めの最初の一本。これはかなり重要だ。私はシューティングを始める前に、ボールハンドリングの練習はやらない。桜がさっきやってたやつね。敢えてやらないと決めている。
前日のシュートタッチを体が覚えている。その前日も更にその前の練習も。そうやって積み重ねた感覚を確かめるためにも、ボールを持ったら、すぐにシュートを打つ。
スパッ!
よし。今日も問題ない。まあ、この距離で問題があっては困るんだけど。と、言うのも、最初の一本はゴール下、真正面と決めている。
いや、最初の一本だけじゃない。シュートを打つ場所、順番、本数。その全てがいつも通り。
感触を確かめる様に、一本、また一本とシュートを決める度に距離を伸ばしていく。知らない人が勘違いしているかもしれないから念のため言っておくと、シューターだからって、なにもスリーポイントばかりを練習しているわけではない。
私の場合は、いきなりスリーポイントの練習から入ると、これまたどうも調子が狂う。ま、人それぞれだから、なんとも言えないんだけどね。あくまでも私の場合。
スパスパとシュートを決める。シューティング練習は大好きだ。楽しい。と、言うより私は結局、シュートが好きなんだろうな。ボールがネットを通過する音。綺麗にバックスピンがかかって、自分の元へと戻ってくるボール。
シュートが入る入る。何本でも何連続でも。気持ちいい。楽しい。やめられない。
「上がるぜ……」
フリーのシューティングなので、決めて当たり前。とは言え、勿論100パーセントの確立で入るわけではない。人間なんだから、それはしょうがない。
だけど私は、シュートが外れる度に、手をとめて考える。
「なぜ、外れた」
シュート練習というのは、ただ闇雲にシュートを打っていても意味がないと私は考えている。
正しいシュートフォームを身に着けるために、ある程度の数をこなさなければいけない時期はある。
だけど、いつまでも何も考えず、感覚だけでシュートを打っていては、シュート成功率の向上は、それこそ【ある程度】のところで頭打ちだ。
シュートが外れるのには、必ず何か原因がある。
角度か? 距離か? ループの高さか?
ボールの回転数、体のスタンス、体育館の気温と湿度、爪の長さ、空気の流れ……
まあ、後半のは普通、気にする程でもない事柄だ。神経質というか、もはや病気。職業病ならぬ、ポジション病?
「うーん。私のフォームは完璧だった。神のいたずらか……はたまた、天使の気まぐれか?」
「あはは~。みゆは相変わらずだね~」
「ねー花火。さっきの私のシュート、なんで外れたと思う?」
「えっ? 知らないよ~」
「花火はそーゆーこと、考えたりしない?」
「しないしない~。シュートなんて入る時は入るし、入らない時は、入らないもんだよ~」
ふーむ。やっぱり私が考えすぎなのかな?
しかし、そんなフワフワした返答を返すこのエース。勝負所で、難しいシュートをことごとく決めてきた人間とは思えない発言だな。
ま、花火は天才肌タイプだから、考えすぎない方がうまくいくのだろう。その事について私は、彼女を羨ましいとは全く思わない。
どちらが正解かなんて分からないけど、私は私のやり方に、絶対の自信を持っているから。
「花火さー、シュート対決やろーぜ」
「どしたの突然~? いいけど~」
「努力で天才を倒せる事を、私が証明してやるってばよ」
「ええ。まあ」
朝練の為に早めに登校して、体育館に入った私を出迎えたのは、とても意外な光景だった。
桜が一番乗りで朝練に来ているのはいつものことなんだけど、肩まで伸びていた髪をばっさり切ってしまっていた。
桜って実は熱いハートの持ち主なんだけど、それを表にださないタイプと思ってた……切り落とされた髪たちは、最後の大会にかける思いの可視化の為に、宙を舞ったんだろう。それは誰の目から見ても明白。
それ自体は別に驚くことでもないんだろうけど、ここまで分かりやすく、気合を前面に押し出している桜の姿が珍しいって意味で、意外だった。
「桜、気合入ってるねー」
「別に、いつもと同じですよ」
言葉では否定しているけど、ボールを体の周りでぐるぐると回しながら答える桜の表情は、数日前とは全然違って見えた。
クールビューティーな桜でさえも、最後の大会は気合が入らざるを得ないのだろう。それか、単純に何かいいことでもあったのか。
「じゃあ、失恋でもしたん?」
わざと逆の質問をしてみると、先ほどまで自分の体の一部の様に扱っていたボールを、ポロっと床に落とした。テンテンと転がるボールを、少し慌てた様子で拾いにいく桜の背中を見守る。
「なにを馬鹿なことを言っているんですか。まったく……集中してるんで、邪魔しないでください」
「ふーん?」
全然集中出来てなかったけど……これは、男となにかあったな。間違いない。良くも悪くも。
桜って本当にわかりやすい。バスケをしている時はクールなんだけど、日常生活では感情が顔にでまくりだから、何を考えているか丸わかりだ。
そして、その事に気づいてないのも、本人だけという……面白いから言わないけど。
まあ、どちらにしても桜は、自分の事をあまり話したがらないから、これ以上聞いても無駄だろう。
かく言う私も、現在やる気に満ち溢れている。
三年生最後の大会だ。私のシュートで、チームを勝利に導く。今はそれ以外、余計なことを考えている暇はないし、興味もない。
だけど、気負いすぎるのもよくない。冷静に。いつも通りを意識する。
バッシュの紐の向きをそろえ、捻じれを丁寧に戻す。
蝶々結びをした時にできる左右の紐の長さの差を計算し、結び終わりで同じ長さになる様に調整する。
とにかく綺麗に、だれよりも時間をかけてバッシュを履く。
これはいつものルーティーンだ。もはや願掛けに近い行動。意味があるのかと問われれば、私はこう答える。
「ない事は、ない」
シューターと言うポジションが故か、私はルーティーンを特別大切に考えている。いつも通り、いつもと同じ。それを【いつでも同じ】まで昇華させなければ、シューターは務まらない。
だって、大事な試合で「ごめーん、今日シュートタッチ悪いわー」なんて言うシューターがもしいたら、私だったらぶっとばしちゃうね。
それって、存在意義を自ら否定しているのと同じじゃん。シュートの入らないシューター。これ以上価値の無い物なんて、この世にある?
だから、どんな試合でも、どんな局面でも、いつもと同じフォームで、いつもと同じ軌道で、いつもと同じ回転で、いつもと同じ
シュートを放つ。
それがシューターの仕事だ。
そんな考えの私だからこそ、ルーティーンには人一倍こだわりを持つ。実際、これを崩すと、いまひとつ調子が出ない。自分のベースを乱される事を極端に嫌う、私の性格そのものと言ってもいいだろう。
だから私はシューターに向いていたのかもしれない。
実際、人より優れていると自負できる部分って、シュートだけだったから。自分で言うのもなんだけど、シュートだけは誰にも負けない自信がある。特にスリーポイントシュート。
それだけなら、あの花火にだって負けない。……たぶん。
自意識過剰ともとれる程の自信。
実はそれも、シューターにとって重要な資質だったりする。
自分のシュートに自信が持てないなら、シューターなんてやめてしまえばいい。私にシュートを打たせるために、スクリーンをかけ、正確なパスを回してくれるチームメイトに失礼だ。
「さて……始めますか」
ストレッチを終え、ゴールへと向かう。
練習始めの最初の一本。これはかなり重要だ。私はシューティングを始める前に、ボールハンドリングの練習はやらない。桜がさっきやってたやつね。敢えてやらないと決めている。
前日のシュートタッチを体が覚えている。その前日も更にその前の練習も。そうやって積み重ねた感覚を確かめるためにも、ボールを持ったら、すぐにシュートを打つ。
スパッ!
よし。今日も問題ない。まあ、この距離で問題があっては困るんだけど。と、言うのも、最初の一本はゴール下、真正面と決めている。
いや、最初の一本だけじゃない。シュートを打つ場所、順番、本数。その全てがいつも通り。
感触を確かめる様に、一本、また一本とシュートを決める度に距離を伸ばしていく。知らない人が勘違いしているかもしれないから念のため言っておくと、シューターだからって、なにもスリーポイントばかりを練習しているわけではない。
私の場合は、いきなりスリーポイントの練習から入ると、これまたどうも調子が狂う。ま、人それぞれだから、なんとも言えないんだけどね。あくまでも私の場合。
スパスパとシュートを決める。シューティング練習は大好きだ。楽しい。と、言うより私は結局、シュートが好きなんだろうな。ボールがネットを通過する音。綺麗にバックスピンがかかって、自分の元へと戻ってくるボール。
シュートが入る入る。何本でも何連続でも。気持ちいい。楽しい。やめられない。
「上がるぜ……」
フリーのシューティングなので、決めて当たり前。とは言え、勿論100パーセントの確立で入るわけではない。人間なんだから、それはしょうがない。
だけど私は、シュートが外れる度に、手をとめて考える。
「なぜ、外れた」
シュート練習というのは、ただ闇雲にシュートを打っていても意味がないと私は考えている。
正しいシュートフォームを身に着けるために、ある程度の数をこなさなければいけない時期はある。
だけど、いつまでも何も考えず、感覚だけでシュートを打っていては、シュート成功率の向上は、それこそ【ある程度】のところで頭打ちだ。
シュートが外れるのには、必ず何か原因がある。
角度か? 距離か? ループの高さか?
ボールの回転数、体のスタンス、体育館の気温と湿度、爪の長さ、空気の流れ……
まあ、後半のは普通、気にする程でもない事柄だ。神経質というか、もはや病気。職業病ならぬ、ポジション病?
「うーん。私のフォームは完璧だった。神のいたずらか……はたまた、天使の気まぐれか?」
「あはは~。みゆは相変わらずだね~」
「ねー花火。さっきの私のシュート、なんで外れたと思う?」
「えっ? 知らないよ~」
「花火はそーゆーこと、考えたりしない?」
「しないしない~。シュートなんて入る時は入るし、入らない時は、入らないもんだよ~」
ふーむ。やっぱり私が考えすぎなのかな?
しかし、そんなフワフワした返答を返すこのエース。勝負所で、難しいシュートをことごとく決めてきた人間とは思えない発言だな。
ま、花火は天才肌タイプだから、考えすぎない方がうまくいくのだろう。その事について私は、彼女を羨ましいとは全く思わない。
どちらが正解かなんて分からないけど、私は私のやり方に、絶対の自信を持っているから。
「花火さー、シュート対決やろーぜ」
「どしたの突然~? いいけど~」
「努力で天才を倒せる事を、私が証明してやるってばよ」
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