みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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81.高橋桜の決意

「痛たた……」

 最近のハードな練習で、体が悲鳴を上げている。
 ぬるめのお湯を張った浴槽の中で、ふくらはぎをマッサージをしながら疲れを癒す。

 ……どうでもいいけど、私のお風呂シーンの頻度が、他の人より突出して多い気がする。
 しずかちゃん並みに。……気のせいか。

 そんなどうでも良い事を考えながら、一度冷静になって、自分の置かれた状況を考えてみる。

 部活の雰囲気は悪くない。全員が一つの目標に向かって頑張っている。正に、一丸となってという感じだ。その輪の中にいる自分は嫌いじゃない。寧ろ、今までにない充足感と疲労感が相まって、本当に自分かと疑いたくなる様なハイテンションになる事がある。

 その一方で、純粋にバスケの実力はどうだろう、と考える事が増えてきた。ここで言う実力とは、チームの実力と私個人の実力、両方の話だ。

 まず、私個人の実力。客観的に見て、チームの中で私の能力が高いとはとても言えない。それは自分でも理解しているつもりだ。
 身長が高い訳でも、身体能力が優れている訳でもない。シュート成功率が特別高い訳でもない。類いまれなパスセンスや、相手を翻弄する独特のリズムを持っている訳でもない。
 端的に言えば、【平凡】の一言で終わってしまう。
 ザ・スタンダード桜。……全く格好良くない。

 そんな私が何故、県大会ベスト4常連校のスターティングメンバーの座を死守できているのか。
 それは恐らく、ミスを極限まで減らした確実なプレーによる安定感と、堅実なディフェンスによるものだろう。

 突出したものがない代わりに、大きな欠点も無い。それが私、高橋桜というプレーヤーだ。面白味のない私の人間性がそのままプレーに出ているということか……。
 生活態度がプレーにでるぞと言う先生たちの脅し文句は、あながち間違いではないのかもしれない。
 
 実際にその個人の人間性が、コートの上で如実に表現されるケースは珍しくない。激しい性格の人はプレーも荒々しく、クールな性格の人はプレーも冷静に。考えてみれば至極真っ当な事なんだろうと思う。

 では、私の性格は……と、見たくもない自分の内面に、目を向ける。
 基本的には大人しく、あまりはしゃいだりしない。
 情熱的ではなく、どちらかといえば冷めている。
 変化を好まず、現状を維持しようとする。冒険をしない。
 計算は得意だが、人を騙したり、うそをつく事は苦手。
 自分の事が、大嫌い。
 
 なるほど。うん、もう……そのまんまだな。しかし、そうなると一つ問題が発生する。チームの司令塔であるガードというポジションを担っている高橋桜の人間性。それがそのままチームのカラーになったとする。
 きっとそのチームは、【勝てる相手には負けない。但し、勝てない相手には絶対に勝てない】 。

 何を当たり前の事を……と思うかもしれない。特にバスケットは番狂わせの少ないスポーツだから尚更だ。一発逆転がないのだから、コツコツと点数を積み重ねたチームが必然的に勝利を手にする。
 だけど、試合の中で、【流れ】というものが確実に存在する。

 一試合の内に幾度か訪れる、自分たちのチームに来ている【流れ】に乗れるかどうか。それは実力が拮抗している相手や格上との対戦程、勝敗を分ける重要なファクターになる。

 流れに乗って、爆発的にチームを加速させる力は私にはない。
 若しくは、流れが悪い時に、強引なプレーで相手の流れを断ち切り、こちらに勢いをつける事も、私にはできない。つまり、地力で劣っている相手に対して、私がチームの為に出来ることは、何ひとつ無いと、言い換える事ができる。

 故に、私がチームの指揮をとっていた場合、格上相手に善戦することはあれど、勝利できる可能性は限りなくゼロに近いということになる。
  逆に今、私たちのチームでそれが出来るのは……真琴、夕凪、富田くらいか。

「いや……やっぱり私、認めたくないのかな。もう一人いるよね……」

 自分の器の小ささに嫌気がさす。同じポジション。後輩。体格もほとんど変わらない。なのに、私には無い物を、彼女は持っている。
 生まれ持ったもの? 才能? センス?

 どれもこれも無いものねだりでしかない。二年間のアドバンテージがありながら、それでも私は彼女に劣っているのだろうか。
 努力が足りなかったと言われればそれまでなんだけど……私の3年間、その一言で終わらせる程、内容の薄いものだったのだろうか。

 足の裏の豆がつぶれ、血まみれになりながらも走り続けた3年間。すべてを犠牲にし、バスケだけに費やしてきた高校生活。
 じゃあ、後どれだけ努力すれば、私は彼女に勝てたんだろう? 知っている人がいるなら、教えてほしい。

「月見里……二葉」


 私個人の分析はこの辺にしておこう。そろそろ折れそうだ。ギリギリで保っている心の柱が。
 
 では次に、今のチームの実力はどうだろう。
 県大会の上位常連校。改めて言うまでもなく強豪校。だけど、言い換えれば、万年ベスト4止まりで王者にはなれていない。

 そして、最後の大会でも、私たちが優勝できる可能性は……高くない。少なくとも私はそう考えている。それは気合や根性でどうにかなる話ではなく、厳然たる事実だ。

 今、私たちの県で頂点に立っている高校は、古参の強豪校で、有名な監督の元、選手のコンバートにも力を入れている。挙句、外国の留学生選手までいる始末だ。
 絶対王者として君臨するその高校は、他の高校と比べた時、単純に地力で頭二つ分程度、飛びぬけている。

 それに対して私達は、ベスト4に確実に残れる保証もない。下手をすれば、簡単に喰われる側だ。3か月前に勝てた相手に、もう一度、絶対に勝てるとは言い切れない。高校生の部活なんて、普通そんなものだ。

 そんな現状で、本当に優勝できると思っている人間が、部の中に何人いるのだろう……盛り上がっているチームに水を差すような真似は勿論できないし、するつもりも、毛頭ない。
 だけど、どこか周りの人達より、ほんの少し冷めてしまっている自分を認識している事に対して、強い罪悪感を抱いている。

 やっぱり私は最低だ。こんな私が試合に出ていいのだろうか。そんなモチベーションの人間が、同じコートに立つことは、きっと他のチームメイトにとっては迷惑に他ならない。

「私は結局、どうしたいんだろう……ぶくぶく……」


「ねーちゃん、いつまで風呂入ってんの? てか、生きてる?」


 時間を忘れて物思いに耽っていた結果、とんでもなく長風呂になっていたようだ。


「あー、もう上がるよ」


「それならいいんだけどさ。母さん、心配してたよ」


「はいはい……」


 浴槽から出て、脱衣所で体を拭く。手がふやけてシワシワになっている。ちょっと今日はセンチメンタルになりすぎたな。いつもの事と言えばそれまでだけど。
 最近、私の精神は以前にもまして不安定になりがちだ。激しい練習による強制的なテンションの上昇からの反動で、家に帰ってからは大体、心の中がとっ散らかって、大変なことになっている。
 こんな日々が続けば、流石にきつい。

「はあ……弓月に会いたい……」

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