みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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55.異世界への扉

 お風呂あがりの楽しみとして取っておいたプリンを食べるため、足早にキッチンへと向かう。目的の物は冷蔵庫の下段、向かって左奥へ隠してある。

 プリンって美味しいよな。決して高級なものでなくても良い。スーパーに売っている、特売のプリンであろうと、それにはそれの良さがある。貧乏舌である僕に取っては、むしろ高級なプリンよりも美味しく感じる時がある。

 冷蔵庫の前に到着した僕は、扉を開け目線を下げる。ん? おかしいな。確かにここに、置いておいたはずなんだけど……

「いや、まさかね。」

 たぶん見落としているだけだろう。きっとそうに違いない。だって夕方まではあったんだもん。絶対あったんだもん。


「あ、文人。プリンありがとね〜」


「母さん!  人のプリン勝手に食べるのいい加減やめてくれよ!!」


「なんだい、プリンくらいで小さい男だね!  大体、あれがあんたのプリンだって言う証拠はあるのかい?」


「証拠?!  そんなもん無いよ!」


「じゃあ、文句言うんじゃないよ。全く最近の若いもんは」


「あ、あんまりだ……」


「わかった、わかった。お金あげるからコンビニでもスーパーでも行って買っておいで」


「む。まあ、そう言うことなら許さないでも無い」


 こうして僕は新たなプリンを買うお金をゲットして、コンビニへ向かうのであった。コンビニではスーパーでは見かけない、少しばかりゴージャスなプリンが棚に所狭しと並べられている。

 高級とまでは言わないが、いつもより少しグレードの高いプリンを目の前に、テンションが上がるのは仕方のないことだ。

 なに? さっきは貧乏舌だから、安いプリンの方がいいとか言っていたじゃないかって? それは言葉の綾ってやつで、安いプリンも高いプリンもどっちも好きなんだよ。

 まあ、プリンの話はどうでも良い。大切なのはその後、僕に起こった出来事なのだから。

 会計を済ませ、コンビニから一歩外に出た瞬間、目の前に眩い光が溢れかえったんだ。

 一瞬何が起きたのか分からなかった。あまりの眩しさに顔を背け、目を細める。強烈な光を浴びた僕の両目には、暫く視力が戻らない。

「くそ……なんなんだよ」

 思わず声が漏れる。勿論、その声は誰にも届かない。少しして、目が慣れてきたので恐る恐る目を開けてみる。

 ざわざわ。

 し、信じられない。そこには見慣れた風景ではなく、見たこともない建物で形成された見たこともない街並み、見たこともない食べ物を歩きながら食べる、見たこともない種族。

 あれは、リザードマン?  あっちには獣人と思しき姿も見える。

 ば、ばかな。い、異世界……だと? うそだろ? 今までの50話近くの、大した面白みもない、何の変哲も無い物語は、異世界転生へのただのプロローグだったと言うのか?

「な、長すぎだろ……」

 異世界転生には、現世へ未練が無いタイプと、あるタイプの二種類が存在する。僕の場合は、どうやら未練大ありなタイプの話だったみたいだ。

「まじかよ……もう、あいつらに、二度と会えないのか……?」

 正直油断していた。まさか、現実世界でこんな事が起こるなんて、それこそ夢にも思っていなかった。

 周囲の状態を確認しながら、一歩づつ歩を進める。そのついでと言ってはなんだか、本当に夢かも知れないので、一応自分の頬を軽くつねってみる。

「痛いな」

 さて、どうしたもんか。いつまでも状況を悲観しているわけにもいかない。まずは現地の人と、会話が出来るのか、言語がどうなっているかの確認が最優先ーー


「文人、何やってんの?」


「おお!  たより。お前までこちらの世界に転生されてたのか。」


「……ごめん。まじで何言ってんの?」 


「……ノリが悪いやつだなあ。異世界転生ごっこに決まってんだろ」


 コンビニから出た僕の視力を奪ったのは、駐車場に入ってきた軽自動車のハイビームだった。やれやれ、対向車や歩行者がいる時は、ライトを是非下げて欲しいものだ。マナーだろ?  マナー。

 まあ、今回に関して言えば、あまりにタイミングが良かったので、某ラノベ風に、異世界へ転生された気分を味わっていた、と言うわけだ。


「と、言うわけだ、じゃないよ。そろそろ、そう言うの卒業したら?」


「いや、たより。僕がこう言うのにハマったのは、ごく最近なのだから、卒業はまだ早いだろう。むしろ新入生代表だ」


「まあ、別に良いけど、あんまり人前でやらないようにね」


 はいはい、と適当な返事を返しながら、僕は考える。

 別に僕も本気で妄想が趣味なわけでは無いし、アニメオタクと言うほど、そちら方面にどっぷり浸かっているわけでもない。要は中途半端なんだけど。

 でも、そっち方面の知識が全く無い人からしたら、たぶんディープなオタクも、ライトなオタクも同じに見えるんだろうな、と。人はよく知らないものは、同じものに見える。アメリカ人から見たら、日本人の顔はみんな同じに見えるらしい。逆はそうでも無い気がするけどな。

 つまり、何が言いたいかと言うと、一般的にはあまり好まれない可能性が高い、アニメやラノベオタクに対しても、寛容な態度を示すこの幼馴染は、やっぱり結構良いやつだなって思った。ただそれだけの事だ。

「よし、たより。お前にもプリンを買ってやろう」


「え?  どうしたの急に」


「今の僕は、機嫌が良い。ははは」


「あー、せっかくだけど、プリンはまた今度にしとく。それより文人はプリンを買いにコンビニに来たってこと?」


「ああ、そうだ。母さんが僕のプリンを食べちゃったから。新しいのを買いに来たんだ」


「そっか。親のお金でプリンを買いに来たんだね」


「全くもってその通りなんだが、微妙に嫌な言い方をするな」


「じゃあ、文人は今、暇なわけだ」


 ん?  あ、これダメなやつだ。嫌な予感しかしないセリフトップ3ぐらいに入るやつだ。なんとか誤魔化さないととんでもないことを要求されるぞ。


「いや、暇ではない。むしろ忙しい。あー、やば! 結構忙しいな。正直、参ってるくらいだ」

 口を動かすと同時に脳をフル回転させる。たよりは、何を頼んでくる気なんだ?

  気に入らない奴の暗殺? 私の代わりにバイトをして、給料は全て献上しなさい、とか?

 いや、たよりの事だ。そんな甘いことはないだろう。地球温暖化を促進させて、日本を常夏の国にーー


「いや、だからあんた、私を一体何だと思ってんのよ」


「いやいや、だからお前も心を読むのはやめろって」


 あれ? 何か前にもこんな事があったな。確かゲームで負けて、たよりの言うことを何でも一つ聞く羽目になって……あの時は、[付き合ってくれ]って言われたんだったな。まさか、今回も……


「ねえ、文人」


「な、なんだ?」


「ーー付き合ってよ」


「えっ?!」


「特訓に」

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