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59. 1on1大会③

 出来る限り腰を落とし、文字通り、地面に這いつくばる程の低姿勢で神風を迎え撃つ。

 先程は間合いを読んで、適度に距離を取ろうとしたのが間違いだった。ゼロ距離で、方向付けをしてべったりと張り付くようにディフェンスをする。

 ここまで密着すれば、シュート打たれるリスクはほぼ無いと言っていい。ただ、一瞬でも反応が遅れれば、あっさりとドリブルで突破されてしまう。

 攻撃は最大の防御なり、を体現した様な攻めのディフェンスだ。


「ちっ……」


 神風は明らかに私のディフェンスを嫌がっている。二、三度、体をぶつけ合いながらドリブルをした後、無理やりジャンプシュートを放つ。


 これは……入らない。ゴーンっとリングに弾かれたボールはラインの外へと転がっている。


「よしっ……!」


 思わずガッツポーズが出る。


「はは。一本止めたくらいで大袈裟だな。さあ、次はあんたオフェンスを見せてもらおうか」

 攻守交代して私のオフェンス。これ以上点差を離されるのは正直厳しい。何としても1点返す。

 恐らくこの人に小細工は通用しない。ボールを受け取った瞬間、得意の左ドライブで攻め込む。流石に置き去りには出来ないが、有利な体勢でゴールへ近づく。フェイントの一つも入れずに真っ向勝負。フェイントを警戒していた神風にとっては、フェイントをしないことが逆にフェイントになって、意表を突かれた形になったみたいだ。

 ゴール下へと到達した時には、神風と私の距離はほぼ無いに等しいところまで追いつかれていた。どんな身体能力してるんだよこの人……

 このままシュートにいけば、確実にブロックされてしまう。神風は私のシュートに合わせて飛ぶためにタイミングを図っているだろう。

 だからこそ、このフェイントが活きるんだ。ランニングシュートの体勢に入った私は、急ブレーキをかけ、シュートを途中で止める。

「おっ……」

 フェイントに気付いた時には神風の両足はすでにコートから離れていた。そのまま慣性で流れてくる神風の体に自分の体をぶつけながらゴール下のシュートをねじ込む。


 ピーーーッ


「ディフェンスファール。バスケットカウント。」


 静かに、しかし力強く美鈴コーチがコールする。


「くっそー。引っかかっちまったぜ」


 神風が自分の顔を右手で覆いながら悔しそうに天を仰ぐ。ファールをもらった事でフリースローの権利を得た私は、確実にその一本を決めて同点においついくことが出来た。更にシュートを決めたので私とオフェンスから再スタートだ。

 同点に追いついたものの、一本目は奇襲みたいなものだった。次のオフェンスはどう攻めるか思考を巡らせる。

 右か……左か……目の前の敵に集中していると、この体育館の中にいるのが相手と自分、二人きりの様に感じる時がある。神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。

 今度は左にフェイントを一回入れて右へとドライブする。神風は当然の様に、遅れる事なく私のドライブしたコースの正面に入ってくる。だがこんな単純な攻めで振り切れる様な相手ではない事は、勿論私も分かっている。

 素早くコースを塞いだ神風に背を向ける形でロールターンを決め、そのまま強引にゴールへと向かい、流れと勢いに任せてシュートを打つ。

 少し遅れ気味だった神風だが、ブロックする事は出来ただろう。だけど一本目のフェイントが脳裏をよぎったのか、思い切ってブロックに跳ぶことが出来なかったみたいだ。

 いける……3対2。あと2点決めれば私の勝ちだ。強い人と対戦するのは楽しい。自分がどこまでやれるのか、というのは勿論あるんだけど、それ以上に、限界を超えて研ぎ澄まされた集中状態だと、自分でも驚く様なプレイが出来てしまうことがある。

 普段の自分では思いつかない様な動きを、頭ではなく体が自然にしてしまうのだ。このまま最後まで押し切ってやーー


「なるほどね。大体分かったぜ」


 不意に放たれた神風の言葉を少しの間、理解することが出来なかった。大体分かったって何が? 私のオフェンスの癖でも見抜いたとでも言うのか?

 いや、考えるな。ハッタリだ。こんな短時間で、たった二回のオフェンスを見ただけで、私のなにが分かるというのだ。


「あんた、右利きのくせに、右へのドライブ苦手だろ。」


「!!」


 な、なに言ってるんだこの人? 意味分かんない。


「だんまりか。まあいいぜ。試してみりゃすぐ分かる」


 そう言って神風は私から見て左側のコースを極端に塞いで、右側をガラ空き状態にする。つまり、[右へドライブしてみろよ]と、言っているのだ。

「ば、馬鹿にするな……」

 そう口にしたものの、私の足は動かない。コースは空いている。外から見ている人は不思議に思っているかも知れない。何故、抜きに行かないのか、と。

 結局、私は右へも左へもドリブルがつけず、逃げる様にスリーポイントを放ち、シュートを外してしまった。


「やっぱりな。分かりやすいなあ、あんた。可愛いぜ!」 


 何も言い返せない。確かに私は自分から見て右側へのドライブはあまり得意では無い。ただ、別に右手でのドリブルが不得意という訳では無い。でも、いつも相手を抜ききる事ができないのだ。何がなんだか分からない。頭の中が真っ白になる。

 と、とにかく今はディフェンスをしないと。気持ちを切り替えようとするが、一度切れてしまった集中力は簡単には戻らない。あれこれ考えてしまっている分、反応が遅れる。その一瞬の遅れが、バスケではどれ程影響が大きいか、分かっているはずなのに。

 左右に振られた後、神風の右手から左手への大げさなレッグスルーに反応してしまう。そのまま左手でドリブルをついた直後、右手ですくう様にボールをさらい、進行方向を真逆へと急転回する。

 その瞬間、私の右足に残ったままの重心は真逆への方向転換を許さない。人間って、こんなに簡単に転ぶんだね。神風がレイアップを決める頃には、私のお尻はコートへと無事着地していた。


「ジャムゴット……」


「キャプテン。あれ、本気の1on1で普通決めれる?」


「いや……無理だな。桜なら今の止めれるか?」


「やってみないと分からないけど、たぶんついてはいける。冷静な状態ならね」


「そうだな。たよりも浮き足立っていなかったら、引っかかって無いだろうな。その辺りの駆け引きも含めて相当なレベルだ、あのお嬢ちゃん。」


「……どうでいいけど、お嬢ちゃんって言うのやめなよ。なんか真琴、小悪党みたい」


「馬鹿言うな。どちらかと言えば、ハットとか被ってる渋めのチョイ悪味方キャラだろ?」


「……一理ある」


 アンクルブレイク……ディフェンスの足を崩す程のオフェンステクニック。卓越したボールハンドリングとドライブスピード。それに緩急が加わった時、ディフェンスの足は[壊される]。

 1on1に限らず、アンクルブレイクはオフェンスからすれば圧倒的勝利を意味する。そして逆に言えばディフェンス側の完全敗北という事だ。


「大丈夫か? 手を貸すぜ」


 尻餅をついている私に差し伸べられた神風の手を、避ける様にして立ち上がる。避ける様に、逃げる様に。


「まだ終わりじゃ無い。同点になっただけだ」


「……あんた、やっぱイイね」


 不敵な笑みを浮かべる神風のオフェンスを結局止めることができず、5対3で対戦終了した。

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