みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです
49.苦悩の日々
「ふぁあー」
「二葉どったの。欠伸なんかして。寝不足?」
「うーん、ちょっとね。ねむ……」
授業中に眠たそうにしている私を見かねて、ひそひそと話しかけてくる。実際、寝不足気味なのは否定出来ないわけだけど、どうして?  と聞かれても今は返答に少し困ってしまう。
先輩と一緒に帰る事が増えて、先輩と過ごす時間が増えて、それは私としてはとても嬉しい事なんだけど、日課のトレーニングと宿題や勉強も疎かにするわけにはいかない。だって幸せな時間が増えたのに、それを言い訳にやらなければならない事から逃げしまったら、それって本当に幸せになれるの?  って私は思うから。そうなると、何を削るって睡眠時間しかない。
今後、バスケで上手くいかなくなったり、テストの点数が下がるような事が仮にあったとしても、それを先輩との時間を言い訳に絶対しないし、したくない。
「へー!  なになに?  悩み事?  ユー、恋しちゃってるの?」
むう。この子ってすっとぼけてるようで案外鋭いんだよな。話を逸らしたつもりなのに急に核心をついてきたりする事が多い。というか、単純に空気が読めないとも言うんだけど。
ああ、この子って言っても分からないよね。隣の席の冨樫色葉。バスケ部。ポジション、シューター。身長、私よりちょっと上。体重、私よりちょっと上。胸、私よりちょっとある。
「ちっ」
「え、えー。なにー? いきなり舌打ちしてー。怒ったー?」
「あ、いやいや。ごめん。こっちの話だから気にしないで」
「?」
同じバスケ部、似たような体型、似たような名前、席が隣。仲良くなるきっかけとしては十分だった。
そして一年生でユニフォームを貰っているのも私たち二人だけだ。二葉、色葉の葉っぱコンビなんて言われてるらしいけど、葉っぱって……なんか強くない感が凄い。
「恋……しちゃってるのかなあ?  よく分かんないや」
「二葉ちゃん、その発言は恋しちゃってない人からは出てこないぞー!  で、で、どんな人なのよ?!」
圧がすごい。失敗したかな。でも誰かに話したいと思わないでもない。最近この気持ちを自分の中だけに留めておく事が難しい事に気付いた。
頭だか心だかよく分からないけど、奥の方からどんどん溢れてきて行き場を失っている。このまま放っておいたら許容量を超えて破裂してしまうんじゃないかとすら感じている。
人を好きになる事がこんなにも苦しい事だったなんて、知らなかった。みんなは一体どうやってこの溢れてくる気持ちを消化しているんだろう。それが知りたかった。
「どんな人かは取り敢えず置いておいて、色葉って好きな人いるの?」
「えー!?  自分のことは秘密にしておいて私の好きな人を聞き出そうとしてる?!  やるなーお主」
……色葉って変な奴だなってたまに思う。まあ、私と友達になってくれる時点で相当な変わり者か。
「誰かまでは教えてくれなくていいんだけど、いるの?  好きな人」
「そりゃ好きな人くらいいるよー!  華の高1だよー?  J Kだよ?  まだ片思いなんだけどね!」
「そうなんだ。片思いってさ、辛くない?」
「うーん辛いといえば辛いけど、でもそれ以上に楽しくない?  その人の事を考えているとニヤニヤしちゃうんだよねー。へへへー」
そう答える色葉の顔はこれでもかってくらいにだらし無く口元が緩んでいた。そういう考え方もあるんだな。うん。実に幸せそうだ。
私も色葉みたいに純粋で真っ直ぐに恋ができたなら、こんな気持ちにはならなかったのかも知れない。そう。私は逃げているんだ。先輩にアプローチをしておきながら、やっぱり後ろめたい気持ちがどうしても拭えない。
矢野先輩の事、気持ちを整理したいから少し時間をくれと先輩は言ってくれた。でもそれって先輩だけがする事なのかな? むしろ色々と整理しなくちゃいけないのは私の方なんじゃないかな? それを分かっていて、分かった上で先輩は自分一人で答えを出そうとしている? どちらに転ぶか分からないけど、私のしなくちゃいけない事を代わりにやろうとしてくれているんじゃないだろうか……?
いや、私の考え過ぎかもしれない。先輩はただ、矢野先輩の事が好きなだけで、私のことなんて好きじゃないのかもしれない。整理されるのは私の方かもしれない。
そうだ。自分にとって都合よく物事を考え過ぎている。こんなんじゃ痛い目を見るのは、火を見るよりも明らかだ。
「……いいなあ」
「えー!  でも二葉も恋しちゃってるんでしょ?  楽しまなきゃ損ソン!  だよ?」
いいな、って言ったのはたぶん矢野先輩に向けて吐いた言葉だ。皮肉たっぷりに、意地汚く。無い物ねだりをする駄々っ子のように、まるで悲劇のヒロイン気取り。
もっと早く出会っていれば……矢野先輩の相談になんか乗らなければ……先輩が、矢野先輩の事を好きにならなければ……
そんな事をぐるぐる考えていたら夜もぐっすり眠れるわけがない。先輩のせいにはしたくない、だなんて格好つけて語っていたけど、寝不足の真相はこんなもんだ。いつから私はこんなにもネガティブになってしまったんだろう。思い返してみれば、なんでも器用にこなすタイプではなかったけど、大きな失敗もしてこなかっただけに、ここまで深く悩んだことは無かったかもしれない。
思い立ったら即行動、考えるより先に体が動く。そんな野生的な感性は鳴りを潜め、進むことも戻ることも出来ずに足踏みをしている。
先輩には迷子にならないように、とか偉そうに言ってしまったけど、これじゃあ私が出口のないダンジョンで迷子になっているみたいだ。ヒットポイントは満タンなのに、これ以上足踏みをしても、満腹度が減るだけだ。
「とても今は楽しむ気分にはなれないかな」
「ふーん。訳ありって感じかー。青春だね! 今度ゆっくり聞かせてよ」
「うん。落ち着いたらね」
私はどう動くべきだ? それとも動かないという選択をすべきか? 矢野先輩に宣戦布告? このタイミングで?
分からない。
どうしていいか……分からない。
だけど……先輩が好き。その気持ちに嘘はつけない。
「二葉どったの。欠伸なんかして。寝不足?」
「うーん、ちょっとね。ねむ……」
授業中に眠たそうにしている私を見かねて、ひそひそと話しかけてくる。実際、寝不足気味なのは否定出来ないわけだけど、どうして?  と聞かれても今は返答に少し困ってしまう。
先輩と一緒に帰る事が増えて、先輩と過ごす時間が増えて、それは私としてはとても嬉しい事なんだけど、日課のトレーニングと宿題や勉強も疎かにするわけにはいかない。だって幸せな時間が増えたのに、それを言い訳にやらなければならない事から逃げしまったら、それって本当に幸せになれるの?  って私は思うから。そうなると、何を削るって睡眠時間しかない。
今後、バスケで上手くいかなくなったり、テストの点数が下がるような事が仮にあったとしても、それを先輩との時間を言い訳に絶対しないし、したくない。
「へー!  なになに?  悩み事?  ユー、恋しちゃってるの?」
むう。この子ってすっとぼけてるようで案外鋭いんだよな。話を逸らしたつもりなのに急に核心をついてきたりする事が多い。というか、単純に空気が読めないとも言うんだけど。
ああ、この子って言っても分からないよね。隣の席の冨樫色葉。バスケ部。ポジション、シューター。身長、私よりちょっと上。体重、私よりちょっと上。胸、私よりちょっとある。
「ちっ」
「え、えー。なにー? いきなり舌打ちしてー。怒ったー?」
「あ、いやいや。ごめん。こっちの話だから気にしないで」
「?」
同じバスケ部、似たような体型、似たような名前、席が隣。仲良くなるきっかけとしては十分だった。
そして一年生でユニフォームを貰っているのも私たち二人だけだ。二葉、色葉の葉っぱコンビなんて言われてるらしいけど、葉っぱって……なんか強くない感が凄い。
「恋……しちゃってるのかなあ?  よく分かんないや」
「二葉ちゃん、その発言は恋しちゃってない人からは出てこないぞー!  で、で、どんな人なのよ?!」
圧がすごい。失敗したかな。でも誰かに話したいと思わないでもない。最近この気持ちを自分の中だけに留めておく事が難しい事に気付いた。
頭だか心だかよく分からないけど、奥の方からどんどん溢れてきて行き場を失っている。このまま放っておいたら許容量を超えて破裂してしまうんじゃないかとすら感じている。
人を好きになる事がこんなにも苦しい事だったなんて、知らなかった。みんなは一体どうやってこの溢れてくる気持ちを消化しているんだろう。それが知りたかった。
「どんな人かは取り敢えず置いておいて、色葉って好きな人いるの?」
「えー!?  自分のことは秘密にしておいて私の好きな人を聞き出そうとしてる?!  やるなーお主」
……色葉って変な奴だなってたまに思う。まあ、私と友達になってくれる時点で相当な変わり者か。
「誰かまでは教えてくれなくていいんだけど、いるの?  好きな人」
「そりゃ好きな人くらいいるよー!  華の高1だよー?  J Kだよ?  まだ片思いなんだけどね!」
「そうなんだ。片思いってさ、辛くない?」
「うーん辛いといえば辛いけど、でもそれ以上に楽しくない?  その人の事を考えているとニヤニヤしちゃうんだよねー。へへへー」
そう答える色葉の顔はこれでもかってくらいにだらし無く口元が緩んでいた。そういう考え方もあるんだな。うん。実に幸せそうだ。
私も色葉みたいに純粋で真っ直ぐに恋ができたなら、こんな気持ちにはならなかったのかも知れない。そう。私は逃げているんだ。先輩にアプローチをしておきながら、やっぱり後ろめたい気持ちがどうしても拭えない。
矢野先輩の事、気持ちを整理したいから少し時間をくれと先輩は言ってくれた。でもそれって先輩だけがする事なのかな? むしろ色々と整理しなくちゃいけないのは私の方なんじゃないかな? それを分かっていて、分かった上で先輩は自分一人で答えを出そうとしている? どちらに転ぶか分からないけど、私のしなくちゃいけない事を代わりにやろうとしてくれているんじゃないだろうか……?
いや、私の考え過ぎかもしれない。先輩はただ、矢野先輩の事が好きなだけで、私のことなんて好きじゃないのかもしれない。整理されるのは私の方かもしれない。
そうだ。自分にとって都合よく物事を考え過ぎている。こんなんじゃ痛い目を見るのは、火を見るよりも明らかだ。
「……いいなあ」
「えー!  でも二葉も恋しちゃってるんでしょ?  楽しまなきゃ損ソン!  だよ?」
いいな、って言ったのはたぶん矢野先輩に向けて吐いた言葉だ。皮肉たっぷりに、意地汚く。無い物ねだりをする駄々っ子のように、まるで悲劇のヒロイン気取り。
もっと早く出会っていれば……矢野先輩の相談になんか乗らなければ……先輩が、矢野先輩の事を好きにならなければ……
そんな事をぐるぐる考えていたら夜もぐっすり眠れるわけがない。先輩のせいにはしたくない、だなんて格好つけて語っていたけど、寝不足の真相はこんなもんだ。いつから私はこんなにもネガティブになってしまったんだろう。思い返してみれば、なんでも器用にこなすタイプではなかったけど、大きな失敗もしてこなかっただけに、ここまで深く悩んだことは無かったかもしれない。
思い立ったら即行動、考えるより先に体が動く。そんな野生的な感性は鳴りを潜め、進むことも戻ることも出来ずに足踏みをしている。
先輩には迷子にならないように、とか偉そうに言ってしまったけど、これじゃあ私が出口のないダンジョンで迷子になっているみたいだ。ヒットポイントは満タンなのに、これ以上足踏みをしても、満腹度が減るだけだ。
「とても今は楽しむ気分にはなれないかな」
「ふーん。訳ありって感じかー。青春だね! 今度ゆっくり聞かせてよ」
「うん。落ち着いたらね」
私はどう動くべきだ? それとも動かないという選択をすべきか? 矢野先輩に宣戦布告? このタイミングで?
分からない。
どうしていいか……分からない。
だけど……先輩が好き。その気持ちに嘘はつけない。
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