みんなは天才になりたいですか?僕は普通でいいです

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9.クオリティ

「あぁ……こ、これは。あっ……す、すごい。すごいよぉ」


 久しぶりと言うこともあって詩歌は少し興奮気味なようだ。いつもより少し声が大きい。


「あっ!文人くん……ちょっと、これって……やばい
「うぅ……もうダメ。我慢できない、我慢するの無理……」

 詩歌の小さい手が自分のスカートの端をギュッと握りしめてプルプルと震えている。


「詩歌……」


「文人くん……いいよね?」


「あぁ。この日のためにずっと我慢してたんだろ?」


「う、うん……じゃぁ」



「お買い上げありがとうございましたー! またお越しくださいませー!」


 そう、ここはアニメイト。詩歌は……オタクだった。 


「文人くんっ!  やっと手に入れたよぉー。嬉しいな」
 

「おう、良かったな。前から欲しい言ってたけど、高くて買うかどうか悩んでたやつだよな?  それ」

 そう、詩歌は……他に欲しい物があっても我慢して、こつこつお小遣いを貯めていた。


「うん。ずっと悩んでて、でもやっぱりどうしても欲しくって……クオリティが……やばいの。あと、こう言うお店って一人で入りづらくって。男の人も沢山いるし」


「そうだな。僕も詩歌としか来ないけど、いまだに少し緊張するよ。まあ、慣れてしまえば大したことはないんだろうけど」


「そうだね。付き合ってくれてありがとう……他にこんな事を頼める人いないから」


 そう、わざわざ隣町まで来たのは勿論学校の連中に目撃されないためだ。

 隠れオタクなんて大層なもんでも無いけど、普通の高校生にとって、こういった趣味が周りに露呈することをなんとなく避けたいと思うのは、当然といえば当然だろう。


「文人くんも……SAOの新刊買ったんだね」


 SAO(サオ)。今、巷で話題の釣りを題材にしたラノベだ。

「あぁ。丁度発売日が最近だったからな。自分でもここまでハマるとは思ってなかったけど」


「うん、うん。お勧めした方としても嬉しいの。特に……23巻のカジキマグーロと主人公の戦いは凄かったよね」


「あれは、やばかったな。読み終わる頃には全身汗だくだったよ。それにカジキマグーロがラスボスだと思ってたのに、まさか黒幕があいつだったとは……」


「かなり胸熱だったね。今後の展開に期待してる……引き伸ばしでグダらない事だけを切に願う」


 僕は今までアニメやラノベ方面のコンテンツに、実のところあまり興味は無かった。漫画くらいは普通に読んでいたけど。

 あることがきっかけで詩歌と知り合い(まあ、一年の時からクラスが一緒だから始めから知り合いではあるんだけど)、話をするようになってからハマったって感じだ。

「でも最初は驚いたなあ。詩歌の外見からして、オタクって感じしないもんなあ。服とかもお洒落だし」


「そ、そうかな……服は、妹が一緒に選んでくれたりもするから」


 うん、どうやら詩歌は自分がオタクだと言うことを受け入れてる系のオタクのようだ。ちなみに僕は受け入れない系だ。

 まあ、ちょっとラノベをかじったくらいでオタクを名乗るのは、逆に失礼というものだろう。


「あの、文人くんは女の子でオタクって、やっぱり気持ち悪いなって思う……よね?」


 詩歌が不安そうな顔で聞いてくる。


「詩歌。僕はオタクだからって気持ち悪がったりはしないぞ。別にアニメや漫画が好きな事って恥ずかしがることじゃないだろ? 正直言うと、清潔感が無くて、例えば自分の親とアニメイトに買い物に来てる、明らかに社会人くらいの年齢に見えるオタクは結構きついもんがあるけどな」

 誤解を恐れずに言うと、だ。


「う、うん。それ確かに厳しいね」


「まあ、オタクへの偏見って昔に比べたらだいぶ無くなってきてるらしいぞ。だから、あんまり気にするなよ」

 そうなんだ…と少し安心したような様子を見せる詩歌。人の目を気にするな、とは一体どの口が言ってんだと心の中で自分でも思うけど。

 アニメイトを出て駅まで歩いている道中、詩歌の足が止まった。

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