まるくまるく

あるまたく

第37話

昨夜はトルーデを店に任せて、俺とアルフは宿に戻った。


――――――――――


料理店を出た時点で、夜がけ、道行く人は酔っ払いくらいだった。
街路灯の緑光あかりながめながら、寝静まった中央広場を抜け、宿へ向かって歩いた。アルフが少し眠そうだったが、頑張って歩いてもらおう。さすがに街中まちなかで寝たら風邪をひくだろう。


宿の受付の不寝番の従業員と、兵士が一人立っていた。
従業員にカギかかげたところで、兵士が声をかけてきた。


「君たち、昨日はすまなかったな……。大変だったろ。」
「お店に任せちゃいましたけど、良かったですか?」
「構わんよ、いつもの事だ。」
「……いつも?」
「あー、悪い意味じゃないんだ。あの店は隊長の実家だから、って意味だ。」
「実家なんだ……。」


それから少しの間、世間話をして俺たちは部屋に戻った。
部屋までの通路を歩いている間に眠くなったのだろう、アルフは上着だけ脱ぎ捨て、ベッドに突っ伏す。その際、後ろにいる俺はアルフの背中を見てしまうわけで。
怪我は治したんだがなぁ。


「……色々綺麗にしてやってくれ。」


痩せた背中の瘡痕きずあとを、黒球がいやすまで見守る。黒球におおわれるアルフは幸せそうに寝ている。部屋の翠晶すいしょうからも魔力を拝借はいしゃくしよう。ついでだ、上着をマシなものに入れ替えておこう。


……思った以上に疲れた、古傷を治す時は多く消費するようだ。
アルフの顏を尻尾でポンポンと叩いて、俺は枕元に丸まった。まったく……寝る前には磨けよ、虫歯になるぞ。黒球に綺麗にさせて目を閉じる。


さて、今日の考え事は……。


目をつぶって考え事を始めた俺は、黒球の色合いの変化に気付かない。


――――――――――


アルフが自然に起き、廃村から失敬しくすねたTシャツを着ていると、部屋の外が騒がしくなった。言い争っているようだ。
アルフの寝癖を直しつつ様子を伺う。


「……すってば! いくら兵士でも!」
「ここかー! はずれか……こっちかー!」


ドアを力づくで持ち上げ、飛び込んできたのは胸元の開いた執事服を着たトルーデだった。男性用なのだろう、色々とサイズが合っていない。目元が赤いのは泣いたからか、それとも怒られたからか。
上着からやっとの思いで顏を出したアルフは、目の前に現れた珍獣トルーデに肩をビクリとさせて驚いたようだ。


「ハァ、ハァ……見つけたわ。」
「トルーデ……さん? おはようございます。」
「これはこれはご丁寧に……って違うでしょ! 私を置いて行ったでしょ!」
「従業員さんが良いって。」
「うっ、もしかして店の事も聞いた?」
「実家なんですよね? なので良いのかなって。」


ガクっと項垂うなだれたトルーデに不思議そうな顔をするアルフ。
何を思ったか距離をめ、手をトルーデの頭に乗せる。


ポンポン


「……何?」
「えっと、僕は落ち込んだ時にこうされると落ち着くから。」
「確かに落ち着くけど……年下にはげまされるなんて。」
「迷惑、でしたか?」
「悪い気はしないから迷惑じゃないよ。」
「良かった、トルーデさんは笑顔の方がキレイだよ。」


ぽふ……ぱたぱた


アルフの微笑み交じりの一言に、顏を手で覆いうしろを向いてしまったトルーデの尻尾は、嬉しそうに振られていた。
俺がアルフをジト目で見ていると、こちらの様子に気づいたアルフが親指を立ててニカっと笑う。……こいつ策士たらしだ。アルフ恐ろしい子。


追いかけてきた従業員に問題ないことを伝え、トルーデにも謝らせた。従業員の目が泳いでいたのは気のせいではあるまい。こいつもムッツリか。


「……でね、ヘソクリまで出しても酒代に足りないから無賃労働することになっちゃって。兵長に言ったら『1か月位帰ってくるな。』だって、酷くない?」
「あはは……。」
「制服着たら着たで『エロいから出てくるな。』って言われるし。いつまで経っても働けないから……。」
「だから、抜け出してきた、と?」
「正解♪」


俺たちは買い物に行くから、トルーデの相手なんぞしている暇は無い。それに、こちらの財布を頼りにしていそうなのがムカツク。昨日の今日でコレかよ。貸さねーぞ。

トルーデを適当にあえしらい、朝食のために外に出ると、なぜかトルーデがついてきた。……たかる気満々なのだろう。


洞穴亭ほらあなていの面した通りは、早朝にもかかわらず盛況だった。朝は忙しい……にしても多いな。地下鉄の通勤ラッシュみたいな混雑具合だ。人熱ひといきれのせいか、昨日より暑い気がする。
中央広場に近い立地も関係しているのだろう。朝日は見えないが、日の出は過ぎているようだ。
露天商も稼ぎ時なのだろう、昨日より露店が多い。


「トルーデさん、いつもこんなに混んでるの?」
「昨日から、かな。日が昇りきるまでに、開店しない店は営業できないからね。」
「え?」
「あれ? 聞いたことない? 『乾季の雨の後には、日差しもまた続く。』って。」
「初めて聞きました。」


俺も初めて聞いた。乾季があるだけでも嫌な予感がする。アルフもなのだろう、顏が引きつっている。店の営業時間短縮も大事な情報だ。


「ニブルデンバはね、これから乾季だから。街の周りの森は、消えちゃうの。半年くらいで雨季になるから、それまでは砂漠なんだよ?」
「えぇ? 消えて、砂漠?」
「そう、砂漠。だから皆、急いで必要な物資を買い足して、下りるの。」
「どこに……?」


トルーデの指差した中央広場には、塔の下に集まる荷車の行列があった。大移動だな……。


「塔の下に水脈があるから海まで移動するんだよ。アルフ君は、海見たことある?」
「無いです。聞いた事はあります。『しょっぱい』とかなんとか。」
「海の水はしょっぱいよー。フッドミースでしか食べられない物もあるからね。夕方には皆で出発するから、用意しておくと良いよ?」
「はーい。」


フッドミースって街の名前だろうか。海の幸が食べられるのは良い。魚介類は久しく食べてないからな……。
アルフの背負う袋に下半身を入れ、アルフの肩に手を乗せる。人が多すぎて歩行は困難だ。アルフに耳打ちするにしても、この位置が良いだろう。


「じゃあアルフ君、朝は露店で済ませる?」
「あ、はい。買い物もあるので。」


露店でアルフは肉団子にあんかけをかけたものを買っていた。銅貨3枚が安いかは分からない。ちゃっかりトルーデまで頼み、アルフに払わせていた。ギルティ。
しかも「あ、用事思い出した!」と言って逃げて行った。お金借りに来たんじゃなかったのか……。利子をつけて返してもらおう。


「不思議な奴だったな。」
「だね。」
「ああはなるなよ。」
「……がんばるよ。」


―――――――――――


その戦いは、日の出とともに始まり、昼の鐘が鳴るまで続く。ニブルデンバの商業ギルドは佳境を迎えていた。
本日、夕刻には大移動が予定されている。ニブルデンバでの大量の買い付けを行う際は、商業ギルドを通さなければならない決まりがある。もちろん罰則もあるため、普段は皆黙って並ぶのだが。
今日は



「毎回そうだけど、多すぎるんだよー! 」
「無駄口叩くな! 手を動かせ!」
「うわーん。」
「……すげぇぞ、あの子。会話しながら書類仕事して、飯も食いつつ泣いてるぜ。」
「さすがは『ニブルの最悪』だな。」
「あぁ、間違いない。やべっ目が合った!」
「そこのバカどもぉ! 用が無いなら手伝えー!」


―――――――――――


道を聞きながら商業ギルドを目指す。あっちへ流され、こっちへ流され……。
30分ほどで商業ギルドに着いたが、アルフは少し疲れたようだ。閑散とした村から来て、この混雑では仕様が無いだろう。


「とりあえず用件を済ませてしまおう。受付で手配してもらえるなら御の字だ。」
「おんなじ? そうだね。」



受付ではピークを過ぎたようで、順番待ちの列は思ったより少なかった。それでも職員は忙しそうだ。何名かの職員が出してはいけないモノを出しながら、壁際で寝ている。
……気にしてはいけない。彼らの名誉のために。


「いらっしゃい、ニブルデンバへようこそ。」
「えっと、あの崖の向こうの村に食糧の輸送をお願いしたいです。」
「少々お待ちください。……現在、橋の強度等について調査中です。それが終わり次第、今まで通りの交易が行われます。夕刻には移動ですので、半年ほど、お待ちください。」
「半年!? 今、食べ物を届けて欲しい村があるんです!」
「食糧の在庫はありますが、人手が不足しています。無理ですね。」
「……どうにかなりませんか?」




結果から言えば、食糧を荷台に積んだ四輪の荷車を借りた。
商業ギルドへの登録や物資購入、大移動の手続き等すべき事を終えた。しかし、荷車を引くのはアルフだ。ついぞ引手ひきては見つからなかったのだ。


昼前。夕刻の鐘タイムリミットまでは6時間といったところか。
……アルフ一人では、到底往復できる距離ではない。


「時間が無いぞ? どうするんだ? 銀貨数枚と銅貨しかないぞ?」
「人手なし、使役動物なし、時間なし、お金なし……。」
「『八方ふさがり』だな。」
「僕が行っても、邪魔になる……。」
「そうだな。ガキが頑張っても往復は無理だ。片道でも疲れるぞ?」
「……。」
「ふむ、現状は認識したな。」


「ふぇ?」という情けない顏のアルフに手を貸してやる。黒球に荷車を収納させ、アルフの背負い袋に入る。軽いめまいがし始めたか。


「え? そうか……木も入れてたもんね、って手伝ってくれるの?」
「とりあえず街の外に走れ。話はそれからだ。」
「……うん! わかった!」


街の外を走り、坂を登っていく。アルフが。
ニブルデンバを見下ろした崖の上で、背負い袋から降りた。アルフはほんの1時間、坂道ダッシュをしただけで息が上がっている。
黒球に荷車だけを吐き出させ、ため息交じりでアルフを見る。

「情けない奴だな、鍛え方が悪いんじゃないか?」
「はぁ、ふぅ、キツネさん、走ってない、ゲホゲホ。」
「よっと……さて、と。」


荷車に飛び乗ると、本来は『使役動物が位置する場所』に黒球が収まる。ほんの少し大きくなった気がする。まぁ、気のせいだろう。
アルフは荷車の上で仰向けになった。
人の尻尾を枕にしているが、今は無視し、黒球に指示する。


ガタゴトと荷車が進む。アルフが走るよりも速い。荷車を引く時は、俺から吸わないようだ。
……これからはこうしよう。馬車馬ばしゃうまのように働くのだ。


軽快である。相当な揺れで転がりそうになり、黒球に掴まってからは。昼下がりに風を切りながら街道を行く。
アルフも起き上がり、あたふたしている。じっとしていた方が良いぞ?


俺が架けた橋と、その手前の街道脇に停まる馬車が見えてきた。橋の上では、数名が、しゃがみ作業中だった。おそらく荷車等の通行時の荷重分布などを調べているのだろう。安全確保は大事だ。
しかし、俺たちは急いでいるのだ。止まってなどいられない。


「こ、このままじゃ、ぶつかっちゃうよ!」
「飛び越えろ、できるだろ?」


黒球は俺の言ったことをするため、荷車を包んでいく。そして旅客機の離陸よろしく、荷車の前方を空へ向け飛び立った。


「と、飛んでるよー!」
「橋を超えたらおりろー!」


「な、なんだアレは!」
「ま、魔獣か! あんな大きさのいたか?」
「知らねーよ! 逃げろ!」


橋の作業員たちの喧騒けんそうが聞こえてくる。誰が魔獣か! 俺だったわ。
無事着地し、俺たちが去るまで聞こえていた。


「良いか、アルフ。村に着いたら村の外で取引しろ。あと自分から値段を言うな。買い叩かれるぞ。」
「……うん。」


おそらく分かっていないだろうが、アルフはうなづいた。初めての商談だ、緊張くらいはするだろう。
村の手前で荷物を半分出し、村には入らず門番に商人を呼んでもらう。
門番の頬はけたようには見えない。だが、腹が減っているのか鳴っている腹をさすって、苦笑いを浮かべていた。


10分ほどで商業ギルド出張所の職員、雑貨屋で寝ていた奴ナネッテそして村長までが走って来た。ナネッテ以外は『取引の立会人』らしい。色々と大変なのだろう。
ニブルデンバの商業ギルド員からの情報も交えつつ、交渉に移った。


「とりあえず身分証と許可証。」
「うん、確認した。」
「じゃあ、雑貨屋うちは銀貨40枚で買いたい、かな。量もあるし、悪くないと思うよ?」
「えっと、ここまで運んできたから少し上乗せして欲しいなぁ、なんて。」


正直なところ、アルフとの面識もあるナネッテが交渉相手で良かった。他の相手ではアルフは買い叩かれていただろう。ナネッテ相手でさえ緊張を隠せていない。立会人の2人も余裕の表情だ。……これは損をする流れか。


「そうだね、銀貨42枚でどうかな?」
「うん、じゃあその値段で――」


ガブッ


俺はアルフの足にみついた。アルフ以外の面々は驚いている。すまないなアルフ、お前のためだ。ナネッテたちの術中にまるわけにはいかない。
アルフを引っ張り、荷車の後ろまで連れて行く。


「バカか、お前は。」
「痛いよ! なんでさ、利益あるでしょ!」
「『この村でいくらか』なんて無意味だ。本来なら輸送には護衛を雇う費用や宿代、飯代なんかもかかるんだぞ、足したか?」
「あ……。」
「しかも今は状況が状況だ。値をつり上がろ。」

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