金髪、青目の美人エルフに転生!

鏡田りりか

第七十話  シナモンとトレアの涙

 マリアを乗せたヒッポグリフは、空をくるっと回って戻ってきた。
「そう、いい子。とってもいい子……」
 えっと、これは洗脳か? ともかく、気に入ったようでよかった。


「じゃ、帰ろっか。この報酬、いくらになるかな」
「そうだね。じゃ、帰ろっか、シナモ……ン……?」


 苦しそうに横たわるふさふさの生き物が、そこにはいた。


「シナモン?! ねえ、どうしたの?!」
「え?!」










「これは、ちょっと、ダメだと思いますよ」
 獣医は言った。私は俯いて何も言えない。
 どうしてこうなった? なんで? どういうこと?


「えっと……。まず、使い魔の死因。30%は戦死。15%は老衰。5%はその他。じゃあ、一番多い50%は、なんだと思います?」


 なんだろう。知らない。使い魔についての私の知識はものすごく浅いのだ。学校でも、召喚はほとんどやらないもの。


「病気。使い魔特有の病気です。これは、もう本当に仕方のないことなんですよ。使い魔というのは、野生の生き物とは違ってしまいますからね。多少、問題が生まれるんです。この子も。最善は尽くすつもりですが」


 そうだろうな。森の中を駆け回っている魔物と、家の中にいる魔物じゃ違う。
 そうじゃなくても、魔法で縛ってあるんだ。よくはないだろう。


「はい……。わかりました。ソフィ、大丈夫?」
「明日、来てください。今日は、治療を、してみますので」
 私たちは部屋に戻った。ギルドに寄るのは、忘れていた。
「どうして……。この前まで、あんな元気だったのに」










 次の日、私を迎えてくれたのは、本当に衝撃的な光景だった。
 本当に驚いた時、悲鳴など出ないのだと、よく知った。もう、言葉はどこかに消え去っていた。


「すみません。進みすぎていましたので……。。多分、自分では気づいていたでしょうね」


 え、え、え? それって、どういうこと?
 ねえ、まさか……。


「悪いのですが、もう。本当に……。申し訳ありませんでした」


 獣医はいなくなってしまった。もう、わかりきっていた。でも、実感はなくて。
 今にも、『ドッキリだよ!』って、飛んでくるように感じるんだもん。
 信じられない。私の思考は、限界を突破してフリーズしていた。既に……。何も、感じない。
 私は、緊張と恐怖で震える手を、そっと伸ばした。その前足にそっと触れる。


    本当に、冷たかった。


 初めて、ここに命が宿っていないことがわかった。
 なんだか、膨大な思考が一度に戻ってきたみたいな感覚で。


「う、嘘。そんなわけ、ないよ。そんなの、酷いじゃん」


 ポロリと雫が落ちた。なんだか、さっきまで、悲しいなんて、思ってなかったみたいだった。そんなはず、ないのにな。
 それとともに、体の感覚が戻ってきたみたいで。私はもうシナモンを抱きしめていた。


「いやああ! どうしてっ、おいてかないでぇ!!」


 エベリナとリリアーナが慌てて私を止めようとして、それをジェイドとマリアがやめさせた。どちらの考えも、良く分かる。


 エベリナとリリアーナは、これ以上私がシナモンといると、あとを追ってしまうような気がしたのだろう。それも、よくわかる。
 でも、ジェイドとマリアは、違う。ソフィアに限ってそんなことはない、一緒にいさせてあげたい。よく、わかる。


 でも、ごめんね。
 今はどっちの気持ちかも、もはや、自分の気持ちなんてわからないよ。


 まさか、こんな早くいなくなっちゃうなんて。森の中で魔法を練習していたシナモンは、こんなの、思ってなかっただろうな。
 いつから、気づいてたんだろ。私を心配させたくなくて、言わなかったんじゃないかな。
 きっと、ずっと前から気づいてたんじゃないかな。その時だったら、助かったかもしれない……。


 本当に、私のせいだっ……! 気づけなかった、私の……。


「うぅっ……。ごめんね、気づかなくて。あんなに近くにいたのにっ」


 もう、よくわかんないよ。どうして、不治の病にかかったハナは生きてて、元気だったシナモンは死んじゃうの?
 ハナが死んでもいいってわけじゃないけど、そんな、いきなりすぎるよ。


「いやああああああっ!」










「あ、起きました? 大丈夫ですか?」
 さっきのは、夢だったんだろうか。だったらいいな。
「大丈夫ですか? ……こんなこと言うのもあれですが、一応。火葬の手続きは、済ませました」


 嘘じゃ、ないよね。


 なんか、あんまよく覚えてないけど、シナモンから離れてすぐ気を失っちゃったような気がする。
 あれが、あの、随分鮮明な記憶が、嘘なはずない。


「ごめんなさい。なんだか、こんなことになるとは、思ってなくて」
「ジェイドが謝る必要はないでしょ」


 ジェイドは黙り込んでしまった。私だって、話したい気分ではない。


「今、何時?」
「もうすぐ、十二時。何か、食べれます?」
「起きる気がしない」
 もう一回寝たら、これが全部夢のような気がするんだ。これは、悪夢なんだって……。
「あ、ソフィア様……」










「ごめんなさい。わかってたの。でも、でも……」
 すすり泣くような声がした。これは、トレアのだ。
「止めようと、思ったの。でも、操作しても、効かなかった。それどころか、不幸なことばかり起こるように……」


 なんのことだか、よくわからない。トレアは、いったい私に何を言いたいの?
 そんなことを言うと、トレアは少し間を置いて、ゆっくり説明し始めた。


「シナモンちゃんが死んだら、ソフィアちゃんがものすごく落ち込むのはわかってた。だから、止めようと思ったの。その『不幸』を、別のところに分散すればいいだけのはずだったのよ」


 トレアと私の感覚は違うんだ。半分位は何を話しているのやら、って感じだ。でも、それを言うとややこしくなるから黙っておく。
 つまりは、なんとか止めようとしたって事なんでしょ?


「でもね、関わってる人が多すぎた。シナモンちゃんが死んだら『不幸』だと感じる人、すべての未来を操作しないといけないから。間に合わなかった。ううん、気づくのが遅かったの」


 何、を……? じゃあ、なんだか最近、悪いことばかり起こっていたのは、トレア、あなたの……。


「ごめんなさい! 私、わかってたのに!」


 トレアの悲鳴のような声は、やがて耳鳴りに変わっていく。










 ハッと目を覚ますと、宿だった。状況は変わっていない。
 ううん、違う。ジェイドの姿が、見当たらない。どこに……?
 そう思っていたら、どこからか、小さな声が聞こえてきた。


「ソフィア様……。お願いだから、だれか、ソフィア様を救ってあげて……」
 ジェイドだ。ベランダに立って、外に向かって言っているようだった。
「もう、十分でしょう? ソフィア様、もう、十分頑張ったでしょう?」


 寂しげに響いて消えていった。

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