剣神勇者は女の子と魔王を倒します

鏡田りりか

第57話  ホムンクルスとエレナ&リリィ

「ユリエルくん、助けてぇ・・・」
「賢音? どうしたんだ?」
「エレナが、エレナがぁ・・・」


 賢音は泣きそうな顔でそういった。
 家に来たと思ったらこれだ。しかも時間は午前七時。
 まあそれはともかく、まずは賢音の言うエレナについて訊くとしよう。


「よく分かんないけど、早く来て!」
 俺も分からん。ともかく、姉さんに車に乗せられ、連れていかれた。え、俺だけ?




「熱は高いし、意識もはっきりしない。どうすればいいのかな」
 なるほど、一番得意なエレナはがこうなってしまえば、俺たちはどうする事も出来ない。
 って、俺を呼んでどうするつもりだったんだよ。


「いや、その・・・。なんていうか、あ、あぁ・・・」
 賢音は蹲って泣き出してしまった。分かる、分かるから、もう喋ろうとしなくていいぞ。
 きっと、二人きりで居るのが不安だったんだろう。誰かに来て欲しかった。
 それは、言葉に上手く出来ないけれど、とにかく強い恐怖感。


「分かった、分かったから、ほら、座って。俺の家じゃないけどな」
「う、うん・・・」
「医者は呼んだのか?」
「今、ユルシュル、ちゃんが、行ってる、はず」


 賢音は泣きながらそう言う。ついでに俺の家に行って、暫く俺が帰れない事を伝えてくるら、し、い・・・。え、あ、俺、帰れないのか。
 まあ、昨日何かあった時の話はしておいた。もしかしたら、みんなだけで戦いに行く事になるかもしれない。それでも、仕方がない。寧ろ・・・。俺がいなくても、戦えるくらい、強くなって欲しいっていうのも、ある。


 エレナは辛そうにベッドに寝ている。その時、俺は、はっきりとそれを聞いた。
「クリスティアネ・・・。アナスタシア・・・」


 やはり。クリスタの事で、相当のダメージが残っていたのだ。それに加えて、アナ。そうだよな、エレナが、いつも通りで居られるはずがないじゃないか・・・。だから、アナの事、守ろうって、思ってたのに。


 あ、ちなみに、アナは今、俺の実家に居るはずだ。シルヴァニア辺りが面倒を見ていると思う。重傷だが、命は無事だ。
 まあ、だからエレナは賢音と二人きりになってしまったわけだが。エディとエレナの父親は、仕事で遠くに一人暮らしをしているからな。こんな戦争だから、エレナがこんな状態だから、帰ってくるかもしれないが。


「ユリエルくんが居ると、何だろ、心強いね」
「俺じゃなくても一緒だろ。多分、誰でも・・・」


 はぁ、と息を吐き出す。一度だけ。たった一度だけ。同じような体験をした事がある。
 本当に、昔の事だ。十歳とかなんじゃないだろうか。細かい数字は、分からないけれど。


 俺とユーナは、二人で冒険に出かけた。父さんの教えてくれた剣を握り締めて、いつもは行かない森の奥まで歩いて行った。その森は、強めの魔物が出る森で、子供は近づかないよう言われていた。
 けれど、俺たちは父さんと一緒に何度も行き、俺たちだけでも行っていい、という許可が下りた。
 それでも、怖いから。いつもは近場しか行かなかった。


 単純に、強い魔物を見てみたかったから。
 好奇心で入ったのだが、其処で、俺たちは甘かったと気付かされることとなる。
 魔物は何とか倒せたのだが、ユーナが大怪我を負った。それこそ、歩けないくらい。ユーナを背負って森を抜け出す事は出来ない。俺も疲れていたし、何より、距離があるからだ。
 でも、此処にいたら、魔物にやられてしまう。そう思って、何とか茂みの中に入った。


 ユーナの出血は止まらない。意識もほぼ無い。助けが来る可能性は低い。
 この状況で、俺は純粋に、怖かった。魔物が、ではない。死んでしまいそうなユーナを抱えて。たった一人、どうしたらいいのか考えなくてはいけない。それが、怖かった。
 特に、森は薄暗くて、肌寒い。俺は、ユーナを抱きしめて震えている事しか出来なかった。


 あの時は・・・。確か、父さんが来てくれた。怒りはしなかった。寧ろ、優しく声を掛けてくれた。その時は不思議に思ったが・・・。
 行ってみたい、という好奇心。そういうものを潰したくなかったのかもしれないな、と思う。冒険など、全て好奇心から来るものなのだから。
 まあ、こっそりついて来ている事はあったな。それも、俺に分かるように、だぞ。
『安心しろ、いざとなったら助けてやる』
 こんな感じかもな。でも、だからかもしれない。戦う事は、嫌いじゃない。未だに、ちょっと強い魔物の出る所を見ると、足を踏み入れたくなるのだから。
 って、話がだいぶ逸れてる。


「ユリエルくん」
「何だ?」
「こんな体験、したことあるんでしょ」
「・・・。なんでだ?」
「なんでだろ、なんとなく」


 ああ、でも、そうかもな。自分が怖かったから。賢音が怖いと思わないようにしてやりたい、と思う。そういうのは、やっぱり良く出るだろう。
 俺がユーナとの冒険の話を聞かせると、「それも結構怖い」と笑った。


「そっか、暗くて寒い森の中に、ポツンと二人。しかも、一緒の妹は死にかけてる」
「どうしていいのか分からなかったな。何時魔物に見つかるか分からないし」
「ああ、そうだね・・・。だから、一緒にいてくれるんだ?」
「何だ、勝手に連れて来たんじゃないか」
「そうだけど・・・。そうじゃなくてね」


 賢音は曖昧にそう言うと、軽く笑ってエレナに目線を戻した。
 大丈夫だ・・・。エレナは強い子だから。きっと、大丈夫。




「過度なストレス」
「やっぱりか」
「俺もそうだと思ってたよ・・・」


 医者からの診断は、ほぼ予想通りだったから、別に驚きもしない。
 それよりも、一体、どうすればエレナを楽にしてやれるんだろう。


「まずは、意識をはっきりさせないことには何とも」
 とりあえず点滴。起きたら与えてくれ、と錠剤も貰った。そう、エレナが起きない事には、本当に、何もできない。
 もう、本当に・・・。アナを連れていくんじゃなかった。
 そして、さっさとエリーの言う事に従っていればよかった。




 一時間後、エレナは目を覚ました。まだ熱があって体調は悪そうだけれど、それでも。
「あの、すみません。いろいろ」
 エレナは俺に向かって頭を下げた。


「いや、俺こそごめんな。守るとか、言って」
「覚悟は、あったんですけれど。アナスタシア、今は・・・」
「俺の実家にいる。意識は戻ってないけれど、命は大丈夫だ」
「良かった」


 賢音はまた泣きだしてしまって、エレナがよしよしして慰めるという状況だった。何かおかしいが。
 とりあえずは、起きてくれてよかった。まだ安全とは言えないけれど。
 エディのスマホに連絡を入れる。もう、そりゃあすぐに、返信が来た。よろしく、という内容だった。


「エレナ、大丈夫?」
「少しくらくらするけれど、大丈夫だよ」
「そっか」


 なんか、ちょっと楽しそうだな。この中に入っていく勇気はない。さて、一体どうしたものか・・・。二人は俺に気が付いて苦笑い。
「ごめんね、ユリエルくん。ほら、おいでよ」
「あ、ああ」


 とりあえず。エレナの意識が戻ったので、俺は家に帰る事になった。




「良かった、エレナ、無事なのね」
「ああ。まだ、大丈夫とは言い切れないけどな」
「でも、意識が戻ったのなら良かったわ。きっと、アナが良くなればエレナも元気になるわよね」


 だと思う。その為に、今、実家では母さんと姉さん、ユーナ、シルヴァニア、ついでにアンジェリカ先生がつきっきりだ。
 エレナとアナは任せる事にしよう。次はリリィ。


 というのも、アナの事で、リリィは相当落ち込んでいる。あの数の兵を二人だけでどうにかできるはずはなかったのだが、それでも、守ると言ってしまった以上・・・。
 俺は階段を上り、リリィの部屋の扉をノックする。中から「だぁれ?」という声が聞こえてきたので、俺だと伝えると、入っていいと返事が来た。


 リリィはベッドに座っていた。膝の上にはクッションが一つ。少しへこんでいる。
 部屋は真っ暗だった。電気は付いていないし、カーテンは閉め切られていたからだ。廊下からの光が眩しかったらしく、目を細めて俺を見た。


「ユーリ様」
「大丈夫か?」
「アナと、エレナは?」
「二人とも、まだ元気ではないが大丈夫だ」
「・・・、そっ、か」


 ぽふんとベッドに倒れ、クッションをキュッと抱きしめた。
 俺はリリィの隣に座る。と、顔だけ起こして此方を見た。
 ええと、どうしようか。なかなか難しい問題だな・・・。


「あ、そうだ。ユーリ様、なんで此処に?」
「え? あ、落ち込んでる、みたいだから」
「やっぱり、そっか。大丈夫だよ、私は」


 そうは言っても。大きな瞳が徐々に潤んでくる。
「・・・。ごめんなさい、本当に、私・・・!」
「わ、どうしたんだ急に」
「ユーリ様の仕事、増やしちゃって、私のせいで・・・」


 何だ、そんなこと、気にしないで良いのにな。リリィの頭を撫でる。リリィは俯いたまま。手で目を拭っているけれど、全く止まりそうにない。
 リリィの気持ち、分かってる。みんな、ちゃんと活躍して来て。それなのに、自分はたった一人の少女を守る事さえできなかった。
 きっと、半分くらい、悔しいから、だろう。


「うっ、うっ・・・。ユーリ様、怒って、ない?」
「なんで俺が・・・。怒る必要、何処にあるんだ?」
「でも、でも、私、みんなみたいに上手く戦えなかったよ! これじゃ、私だけ・・・」


 何と続けようと思っていたのだろう。役立たずだ、だろうか。それとも、俺に嫌われる、だろう、か。
 少なくとも、そういう負の言葉を言おうとしたという事は分かる。
 気が付くと、リリィの事を抱きしめていた。


「・・・ユーリ様?」
「ごめんな、リリィ」
「え? え?」
「大丈夫だから。もう気にしないで。いつまでも止まっていたって仕方ないだろ?」


 リリィの金髪を撫でながらそう言う。リリィの事は、よく撫でてたから。なんでだろ、俺も落ち着くんだよな・・・。体を離すと、リリィはだいぶ驚いたようで、ぱちぱちと瞬きを繰り返していた。
 リリィの真っ白な手を取り、其処にそっとキスをする。


「何があっても、絶対。嫌いになんかならないから。安心して。一緒に進もう、な?」
「・・・。分かってる。もうちょっと時間が欲しいかな」
「このまま。一緒にいたら、ダメか?」
「え? だ、ダメじゃ、ない」


 リリィを自分の方に抱きよせる。華奢な体は、うっかりしたら折れてしまいそうだけれど、思っている以上にしっかりしている。
 だけれど、削るのが難しいダイヤモンドが、衝撃に弱いように。ある方向からの攻撃に、ものすごく弱い。
 だから、こういう事になってしまったのだろう。


 リリィは、俺に嫌われるのを極端に恐れる。前の主人の事があるからだろう。
 あんな扱いはされたくない。でもいつ、そうなるかは分からない。そういう気持ちがあるようで、どうしても、俺の顔色を覗いながら行動しているように思う。
 ちなみに、人見知りも其処から来ているらしい。やっぱり、何をされるか分からない、と思うのだろう。人を恐れる傾向がある。仲良くなっても、嫌われないように必死なのだ。


 それだがダメだ、と完全否定なんてしたりはしない。けれど、もうちょっと、強くなろう。
 その為の一歩。まず、目の前のこれを乗り越えような。


 一人でじゃない、一緒に、だ。

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