剣神勇者は女の子と魔王を倒します
第45話 クリスタ
ふいに、父さんとの練習が頭に浮かんだ。何となく、状況が似ているからだろうか。
ああ、何でこんなことになるんだろう。油断なんか、しなかった。となると、やっぱり、力が足りなかったのか。
二日目、三日目、とだんだん兵士は強くなっていった。一週間経った今日は、どうやら最高レベルの兵士が出て来たらしい。全員強い。それこそ、初日のあの子くらいの兵士ばかりだった。その上、装備が良い。初日の兵は下位の兵士だから弱い鎧を着ていたみたいだ。剣が当たっても大したダメージにならない事が多くなってきた。
そんな時、援軍が来た。ようやく辿り着いたらしい。これで何とかなる。助かったな。
そう思ったのだけれど、それが結構弱かった。剣神側である、という事を証明した赤い鎧を着た兵士たちが、至る所に転がっている。元々数が少なかっただけあり、二時間弱で全滅した。
とはいえ、相手も結構厳しい状況らしい。どうやら、もうこの兵士たちが最終手段として出てきたようなのだ。連絡を取り合っている様子を、エリーが見て来てくれた。エリーは黒魔族語が得意だからな。
両者とも必死だった。そりゃあ、誰だって死にたくないし、当然だ。
そんなとき、騎士が来た。
真っ黒な馬に乗った。青紫の鎧を着た。大きな剣を持った。そんな黒騎士だ。
まわりの黒魔族たちは、その騎士を見た途端歓声を上げた。
『英雄様!』
どうやら、英雄まで登場したらしい。そりゃ無理だろ。万全の状態だったらまだしも、今・・・。
とはいえ、戦わないという選択肢は残されていなかった。黒い馬から降りたその英雄は、俺に剣を向け、言い放つ。
「本物の剣神とは、我の事である!」
い、いや、そういう問題じゃないから。なんで今そんな事を言われなくちゃいけないんだ。
俺が黙っていると、彼は問答無用で襲いかかって来た。ついでに周りに居た兵士が加勢する。数は三十人くらい。
もう大騒ぎだ。士気が上がって、みんなやる気になったら、ほら、俺の手には負えないって!
「ユーリ! 避けてッ!」
声の主はエディ。それと同時に大量の水が上から降って来て、言葉の意味を理解する。
エディは片手を水平に上げて此方を睨んでいた。それに続くように、メリーとリリィ、そしてクリスタ。
全て俺をギリギリで避け、紫鎧の兵士に向かっていく。が、鎧があるからか、致命傷にはならない。
「ダメね。大したダメージにならないわ」
「でも、ユーリ様に余裕を持たせてあげるくらいなら何とかなるよ」
「ユーリ、大丈夫?」
「ああ! ありがとな!」
さっきの魔法のおかげで、何とか兵士たちの中から抜けだせた。流石に、あの人数相手にするのは嫌だった。
英雄と対峙し、今度こそ、ゆっくり二人で戦える。でも、まだ分が悪いな。だが、此処で負けるわけにはいかない。あと少しなのだ。今までの苦労を無駄にしたくはない。家族を悲しませる様な事はしたくない。だから。本当に、全力を出す。
にも関わらず、この惨状では・・・。これは、どうしても勝ち目がなかったのだろう。
地面に転がされ、立つ事も出来ない、そんな事は久しぶりだ。っていうか、そんな状況、父さんとの練習くらいだ。そんなに何回もあったら困る。
赤い剣が俺の目の前に転がっている。それは、俺の大切なものだ。名刺の様なものだから。でも、手に取る事が出来ない。今、少しでも動こうものなら、突き付けられている剣が首を跳ねる事になる。
「止めて! もう、それ以上ユーリに近づかないでっ!」
「ユーリを殺す前に、私たちと戦って!」
「ユーリさんに触らないで!」
「おい、お前ら! 近づくんじゃない。こいつを殺すぞ、良いのか?」
家族たちの声が、ずっと遠くから聞こえるようだった。意識もはっきりしない。さっき使われた麻痺系の魔法が効いてきたようだ。このまま、一体どうすればいのだろう。まあ、動く事が出来ないのだから、どうするもこうするもないのだが。
ああ、そろそろだめだ。家族は守ろうって思ってたのに。このままじゃ、皆殺しだ。
「ユリエル様、しっかりして下さい!」
「え・・・。クリ、スタ?」
その英雄を吹き飛ばしたのは、俺の目の前にいる天パ金髪の彼女、クリスタだ。
英雄の死角をつき、此処まで来てくれたらしい。英雄は何処か遠くの方まで飛んで行った。
家族みんな、無事の様。俺に駆け寄って来た。涙目で俺の事を見ているが、別に死ぬわけじゃあるまいし。まわりの兵士は魔法で次々に吹き飛ばされていった。
「アナ! 逃げなさい! これを使っていいから!」
「く、クリスタさん?! クリスタさんはどうするんですか?!」
「私は良いから! ユリエル様たちを安全なところへ!」
クリスタは小さな紙をアナに投げる。それを広げ、驚いたような顔をするアナ。
何が書かれているのか、確認する事は出来ない。けれど、クリスタが大きな決断をした事は間違いない。きっと・・・。
「みなさん、何処でも良いので私に触れていて下さい。あ! いや、変な意味じゃなくて」
みんなは言われたとおりにする。ティナが俺の手を握ってくれた。
「クリ、スタ・・・!」
伸ばした手は、宙を掴むと落ちていく。その手がクリスタに届く事は、もう、無いと知っている。でも、伸ばさずにはいられなかった。
この言葉を聞いたのを最後に、俺の意識は途切れる。
「ユリエル様の事、私、本当に好きでした」
「さて、と」
ギリギリだった。もう少し遅かったら、英雄とやらが戻って来ていた。・・・ユリエル様は、ちゃんと、逃げられたでしょうか。アナ、何も失敗して居なければいいのだけれど。まあ、それは信じることにしよう。
私はバリアの魔法を二つ発動させる。ひとつは自分を守る為。もうひとつは相手を逃がさない為。じわじわと小さくしていき、全員を射程距離に入れようと考えている。バリアの外に出る事は不可能。透明な壁に押され、否応なく近くに連れてこられる。
準備は整った。此処で。私は、奥義を放つのだ。
「鏖殺魔法其ノ壱 紅蓮烈火」
これは放たない。私の周りに留めておくだけ。
「其ノ弍 紺碧怒濤」
「其ノ参 絶対零度」
まだ。まだ止めない。放ちもしない。
「其ノ肆 毒蔓纏鐃」
「其ノ伍 竜暴烈震」
「其ノ陸 災厄雪崩」
射程圏内。バリアの移動を止める。
「其ノ漆 荒天神風」
「其ノ捌 轟音霹靂」
「其ノ玖 黄金燐光」
「其ノ拾 暗黒紫煙」
よし、これで全部だ。私は落ち着く為、そっと深呼吸をする。
私の必殺奥義。それは、エレナお嬢様が私にくださった、大切な技。
エレナお嬢様の魔力では使用が不可能である為、私に授けて下さったらしい。私の方が、魔力が少しばかり多いから。
そんな私がこの技を使ったのは、一体いつが最後だったか。その時は、確か・・・。魔力、体力、ともにマックスだったにもかかわらず、気絶したはず。
その時より、最大値は増えている。が、逆に消耗が激しい。だから、決死の覚悟でこの技を放つ。私は目を瞑り、開くと同時に叫ぶ。
「鏖殺魔法其ノ零! 必殺奥義! 紅華散舞!」
いつもと違って、両方の瞳が黄金色に輝く。自分でやっているから見た事はないけれど、エレナお嬢様がそうおっしゃっていた。
そして、これが、エレナ様から頂いた、大切な技。
急激に魔力が抜き取られる感触。思わず声が漏れる。辛い。けれど、それで終わりではなく。
私の魔力では、足りない。それは知っていた。その代わりとして、大量の体力が持って行かれる。もはや立っている事は出来ないくらい。
何とか顔を上げると、兵士たちはその魔法の餌食となっていた。それを見た時、初めて、この技の由来に気が付いた。
エレナお嬢様は、この技の隠語として『赤薔薇』という言葉を使っていらした。うっかり口にして、未完全な呪文と捉えられると、大変なこととなるから。弱い魔法なら何も起きないのだけれど、強い魔法だと、未完全な呪文でも弱い魔法魔法が発動してしまう時がある。必殺奥義では、未熟な魔法でも大きな被害になる。だから。
それはともかく、隠語を踏まえて考えると。この状況が、とてもよく当てはまる気がした。
紅華と表記していたのは、染料を取る紅花と区別する為。それは分かっていた。それ以外は、ええと・・・。なんだか攻撃魔法としてふさわしくないな、くらいに思っていた。
でも、ほら。高貴で気高い赤薔薇が舞い散るように。美しい鮮血が舞い、同時に命が散っていく。なんて美しい呪文だろう、と思うのは、きっと、私がエレナお嬢様を贔屓しているせいでしょうけれど。でも、エレナお嬢様は、この景色を思い描き、この名前をつけたのだと考えると、やはり、想像力が豊かな方でいらっしゃる。ああ、そう。これもだ。エレナ御譲様と離れたくないな・・・。もう遅いんですけれどね?
・・・ああ、綺麗だ。
そう思ってしまうのは、何でだろう。血が綺麗な物だなんて、思った事もなかったのに。でも、景色は砂漠で、何処も綺麗ではないし。やはり、綺麗だと思うのは、これに対してなんでしょうね?
ふふ、もう、何も考えられなくなってきた・・・。限界は近いかな。
『ほら、ユリエル様の為、自らの身を犠牲にして、黒魔族をみんな倒しましたよ』
なんてね。でも、きっと、沢山褒めて貰える事だろう。そう考えたら、少しだけ、嬉しくなった。本当は、頭を撫でて褒めて頂きたいけれど、その時、私はもう・・・。
うん、やっぱり、悲しむだろう。私が居なくなって。悲しんで貰えなかったら、私・・・。生きていた意味がなかった、という事に、なる、の、かな。それは嫌だ。本当に嫌だ。だって、私、私・・・。
みんなの事、本当に、好き、だった、から・・・。
瞳から黄金の涙が零れる。死にたくないって、何処かで思ってる。けど、もう、助かる方法はないから。諦めるしかないって分かってるよ、分かってる・・・。なのに、なんで? なんで涙が止まらないの・・・?
嫌だ。ユリエル様と、エレナお嬢様と、一緒に居たい。もう叶わない、それでも、そう思ってしまう。とっても魅力的な方々だから。
特に、ユリエル様は、私の・・・。恥ずかしながら、初恋の男性というか・・・。誰にも言えなかったけれど・・・。本当に、恋愛感情で、大好きだった。
こう呟いても、何も変わらないだろう。でも、口にせずにはいられなかった。もう、どうせ、すぐにでも死んでしまいそうなのだし。最後くらい、本当の事を、言わせて。
「ユリエル様・・・。大好きでした。本当に、本当に。出来れば一度、甘い言葉を、掛けてい、ただき、た、かっ、た・・・」
さようなら、みなさん。例えばです。生まれ変わりなんて事が、もし、本当にあるのだとしたら。その時も、きっと皆さんの傍に行きますから。温かく、迎えて下さい。
今まで、本当に、ありがとう、ございました・・・・・・。
ああ、何でこんなことになるんだろう。油断なんか、しなかった。となると、やっぱり、力が足りなかったのか。
二日目、三日目、とだんだん兵士は強くなっていった。一週間経った今日は、どうやら最高レベルの兵士が出て来たらしい。全員強い。それこそ、初日のあの子くらいの兵士ばかりだった。その上、装備が良い。初日の兵は下位の兵士だから弱い鎧を着ていたみたいだ。剣が当たっても大したダメージにならない事が多くなってきた。
そんな時、援軍が来た。ようやく辿り着いたらしい。これで何とかなる。助かったな。
そう思ったのだけれど、それが結構弱かった。剣神側である、という事を証明した赤い鎧を着た兵士たちが、至る所に転がっている。元々数が少なかっただけあり、二時間弱で全滅した。
とはいえ、相手も結構厳しい状況らしい。どうやら、もうこの兵士たちが最終手段として出てきたようなのだ。連絡を取り合っている様子を、エリーが見て来てくれた。エリーは黒魔族語が得意だからな。
両者とも必死だった。そりゃあ、誰だって死にたくないし、当然だ。
そんなとき、騎士が来た。
真っ黒な馬に乗った。青紫の鎧を着た。大きな剣を持った。そんな黒騎士だ。
まわりの黒魔族たちは、その騎士を見た途端歓声を上げた。
『英雄様!』
どうやら、英雄まで登場したらしい。そりゃ無理だろ。万全の状態だったらまだしも、今・・・。
とはいえ、戦わないという選択肢は残されていなかった。黒い馬から降りたその英雄は、俺に剣を向け、言い放つ。
「本物の剣神とは、我の事である!」
い、いや、そういう問題じゃないから。なんで今そんな事を言われなくちゃいけないんだ。
俺が黙っていると、彼は問答無用で襲いかかって来た。ついでに周りに居た兵士が加勢する。数は三十人くらい。
もう大騒ぎだ。士気が上がって、みんなやる気になったら、ほら、俺の手には負えないって!
「ユーリ! 避けてッ!」
声の主はエディ。それと同時に大量の水が上から降って来て、言葉の意味を理解する。
エディは片手を水平に上げて此方を睨んでいた。それに続くように、メリーとリリィ、そしてクリスタ。
全て俺をギリギリで避け、紫鎧の兵士に向かっていく。が、鎧があるからか、致命傷にはならない。
「ダメね。大したダメージにならないわ」
「でも、ユーリ様に余裕を持たせてあげるくらいなら何とかなるよ」
「ユーリ、大丈夫?」
「ああ! ありがとな!」
さっきの魔法のおかげで、何とか兵士たちの中から抜けだせた。流石に、あの人数相手にするのは嫌だった。
英雄と対峙し、今度こそ、ゆっくり二人で戦える。でも、まだ分が悪いな。だが、此処で負けるわけにはいかない。あと少しなのだ。今までの苦労を無駄にしたくはない。家族を悲しませる様な事はしたくない。だから。本当に、全力を出す。
にも関わらず、この惨状では・・・。これは、どうしても勝ち目がなかったのだろう。
地面に転がされ、立つ事も出来ない、そんな事は久しぶりだ。っていうか、そんな状況、父さんとの練習くらいだ。そんなに何回もあったら困る。
赤い剣が俺の目の前に転がっている。それは、俺の大切なものだ。名刺の様なものだから。でも、手に取る事が出来ない。今、少しでも動こうものなら、突き付けられている剣が首を跳ねる事になる。
「止めて! もう、それ以上ユーリに近づかないでっ!」
「ユーリを殺す前に、私たちと戦って!」
「ユーリさんに触らないで!」
「おい、お前ら! 近づくんじゃない。こいつを殺すぞ、良いのか?」
家族たちの声が、ずっと遠くから聞こえるようだった。意識もはっきりしない。さっき使われた麻痺系の魔法が効いてきたようだ。このまま、一体どうすればいのだろう。まあ、動く事が出来ないのだから、どうするもこうするもないのだが。
ああ、そろそろだめだ。家族は守ろうって思ってたのに。このままじゃ、皆殺しだ。
「ユリエル様、しっかりして下さい!」
「え・・・。クリ、スタ?」
その英雄を吹き飛ばしたのは、俺の目の前にいる天パ金髪の彼女、クリスタだ。
英雄の死角をつき、此処まで来てくれたらしい。英雄は何処か遠くの方まで飛んで行った。
家族みんな、無事の様。俺に駆け寄って来た。涙目で俺の事を見ているが、別に死ぬわけじゃあるまいし。まわりの兵士は魔法で次々に吹き飛ばされていった。
「アナ! 逃げなさい! これを使っていいから!」
「く、クリスタさん?! クリスタさんはどうするんですか?!」
「私は良いから! ユリエル様たちを安全なところへ!」
クリスタは小さな紙をアナに投げる。それを広げ、驚いたような顔をするアナ。
何が書かれているのか、確認する事は出来ない。けれど、クリスタが大きな決断をした事は間違いない。きっと・・・。
「みなさん、何処でも良いので私に触れていて下さい。あ! いや、変な意味じゃなくて」
みんなは言われたとおりにする。ティナが俺の手を握ってくれた。
「クリ、スタ・・・!」
伸ばした手は、宙を掴むと落ちていく。その手がクリスタに届く事は、もう、無いと知っている。でも、伸ばさずにはいられなかった。
この言葉を聞いたのを最後に、俺の意識は途切れる。
「ユリエル様の事、私、本当に好きでした」
「さて、と」
ギリギリだった。もう少し遅かったら、英雄とやらが戻って来ていた。・・・ユリエル様は、ちゃんと、逃げられたでしょうか。アナ、何も失敗して居なければいいのだけれど。まあ、それは信じることにしよう。
私はバリアの魔法を二つ発動させる。ひとつは自分を守る為。もうひとつは相手を逃がさない為。じわじわと小さくしていき、全員を射程距離に入れようと考えている。バリアの外に出る事は不可能。透明な壁に押され、否応なく近くに連れてこられる。
準備は整った。此処で。私は、奥義を放つのだ。
「鏖殺魔法其ノ壱 紅蓮烈火」
これは放たない。私の周りに留めておくだけ。
「其ノ弍 紺碧怒濤」
「其ノ参 絶対零度」
まだ。まだ止めない。放ちもしない。
「其ノ肆 毒蔓纏鐃」
「其ノ伍 竜暴烈震」
「其ノ陸 災厄雪崩」
射程圏内。バリアの移動を止める。
「其ノ漆 荒天神風」
「其ノ捌 轟音霹靂」
「其ノ玖 黄金燐光」
「其ノ拾 暗黒紫煙」
よし、これで全部だ。私は落ち着く為、そっと深呼吸をする。
私の必殺奥義。それは、エレナお嬢様が私にくださった、大切な技。
エレナお嬢様の魔力では使用が不可能である為、私に授けて下さったらしい。私の方が、魔力が少しばかり多いから。
そんな私がこの技を使ったのは、一体いつが最後だったか。その時は、確か・・・。魔力、体力、ともにマックスだったにもかかわらず、気絶したはず。
その時より、最大値は増えている。が、逆に消耗が激しい。だから、決死の覚悟でこの技を放つ。私は目を瞑り、開くと同時に叫ぶ。
「鏖殺魔法其ノ零! 必殺奥義! 紅華散舞!」
いつもと違って、両方の瞳が黄金色に輝く。自分でやっているから見た事はないけれど、エレナお嬢様がそうおっしゃっていた。
そして、これが、エレナ様から頂いた、大切な技。
急激に魔力が抜き取られる感触。思わず声が漏れる。辛い。けれど、それで終わりではなく。
私の魔力では、足りない。それは知っていた。その代わりとして、大量の体力が持って行かれる。もはや立っている事は出来ないくらい。
何とか顔を上げると、兵士たちはその魔法の餌食となっていた。それを見た時、初めて、この技の由来に気が付いた。
エレナお嬢様は、この技の隠語として『赤薔薇』という言葉を使っていらした。うっかり口にして、未完全な呪文と捉えられると、大変なこととなるから。弱い魔法なら何も起きないのだけれど、強い魔法だと、未完全な呪文でも弱い魔法魔法が発動してしまう時がある。必殺奥義では、未熟な魔法でも大きな被害になる。だから。
それはともかく、隠語を踏まえて考えると。この状況が、とてもよく当てはまる気がした。
紅華と表記していたのは、染料を取る紅花と区別する為。それは分かっていた。それ以外は、ええと・・・。なんだか攻撃魔法としてふさわしくないな、くらいに思っていた。
でも、ほら。高貴で気高い赤薔薇が舞い散るように。美しい鮮血が舞い、同時に命が散っていく。なんて美しい呪文だろう、と思うのは、きっと、私がエレナお嬢様を贔屓しているせいでしょうけれど。でも、エレナお嬢様は、この景色を思い描き、この名前をつけたのだと考えると、やはり、想像力が豊かな方でいらっしゃる。ああ、そう。これもだ。エレナ御譲様と離れたくないな・・・。もう遅いんですけれどね?
・・・ああ、綺麗だ。
そう思ってしまうのは、何でだろう。血が綺麗な物だなんて、思った事もなかったのに。でも、景色は砂漠で、何処も綺麗ではないし。やはり、綺麗だと思うのは、これに対してなんでしょうね?
ふふ、もう、何も考えられなくなってきた・・・。限界は近いかな。
『ほら、ユリエル様の為、自らの身を犠牲にして、黒魔族をみんな倒しましたよ』
なんてね。でも、きっと、沢山褒めて貰える事だろう。そう考えたら、少しだけ、嬉しくなった。本当は、頭を撫でて褒めて頂きたいけれど、その時、私はもう・・・。
うん、やっぱり、悲しむだろう。私が居なくなって。悲しんで貰えなかったら、私・・・。生きていた意味がなかった、という事に、なる、の、かな。それは嫌だ。本当に嫌だ。だって、私、私・・・。
みんなの事、本当に、好き、だった、から・・・。
瞳から黄金の涙が零れる。死にたくないって、何処かで思ってる。けど、もう、助かる方法はないから。諦めるしかないって分かってるよ、分かってる・・・。なのに、なんで? なんで涙が止まらないの・・・?
嫌だ。ユリエル様と、エレナお嬢様と、一緒に居たい。もう叶わない、それでも、そう思ってしまう。とっても魅力的な方々だから。
特に、ユリエル様は、私の・・・。恥ずかしながら、初恋の男性というか・・・。誰にも言えなかったけれど・・・。本当に、恋愛感情で、大好きだった。
こう呟いても、何も変わらないだろう。でも、口にせずにはいられなかった。もう、どうせ、すぐにでも死んでしまいそうなのだし。最後くらい、本当の事を、言わせて。
「ユリエル様・・・。大好きでした。本当に、本当に。出来れば一度、甘い言葉を、掛けてい、ただき、た、かっ、た・・・」
さようなら、みなさん。例えばです。生まれ変わりなんて事が、もし、本当にあるのだとしたら。その時も、きっと皆さんの傍に行きますから。温かく、迎えて下さい。
今まで、本当に、ありがとう、ございました・・・・・・。
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