剣神勇者は女の子と魔王を倒します

鏡田りりか

第21話  リリィと不老

 幸せって、何時までも続くものじゃないんだな、とつくづく思う。まさかこんなことになるだなんて、誰も思っていなかった。


 ある日。いつもの様に朝ご飯を食べていると、かちゃん、と何かが落ちる音がした。ふと顔を上げると、リリィが怯えたような顔をしていた。落ちた音は、リリィの持っていた子供用のスプーンだ。


「リリィ? どうかしたか?」
「え、あ・・・。ね、ねえ、ユーリ様・・・。これ・・・」
「・・・?!」


 リリィの手が、真っ白な指先が、黒く、染まっていた。




 ホムンクルスのエキスパートでありながら、病気に詳しいエレナを、すぐに呼んだ。エレナは息を切らして駆けつけてくれた。
 リリィの症状を見ると、エレナはびくりと肩を揺らし、恐る恐る俺を振り返った。泣きそうな顔だった。


「な、なんだ・・・?」
「やっぱり・・・。ホムンクルスの体じゃ、私の作ったものじゃ、リリィちゃんの強い魔力を宿しておけなかったんです・・・」
「え、え・・・?」
「リリィちゃんの体は、リリィちゃんの魔力に負けて・・・。このまま、壊れると思います」
「はぁ?!」




 リリィの魔力は膨大だった。だから、エレナの作ったホムンクルスの体でも、対等ではなかったらしい。このまま、先からぽろぽろと崩れてしまうらしい。信じられないが、足の先も黒くなってきているし、手の先が脆い炭の様で、触ったら崩れそうだ。


「止める方法は? 治す方法は?」
「少なくとも、私は知りません。私のホムンクルスも、こうやって亡くなった子が何人もいます。昔作った子ですが」
「そ、んな・・・」


 俺たちは茫然とするほかなかった。このまま、リリィが死ぬのを黙って見てろって・・・?
 リリィは自分の手を見つめて黙っていた。微かに震えているのが分かる。抱きしめたいけれど、何となく怖くて。ただただ、そんなリリィを見つめるほかなかった。


「きっと、持って一週間。早ければ、数日。リリィちゃん、今すぐその肉体から離れる事って出来ますか?」
「ううん。なんでだろ・・・。呪いみたいに縛られて。さっきから、試してるけど、無理」
「そう、ですか」


 え、え、うそだろ? どうするんだよ・・・。部屋がしぃんと静まり返る。
 リリィの手は、本当に少しずつだが、確かに黒く蝕まれていき、もう、感覚も無いようだった。


「治す術はありません。私は邪魔でしょう、帰ります」
「え、あ、ちょ・・・」
「最後の時間だと思って、過ごして下さい」
 扉が閉まった。


 残された俺たちは、どうしていいのか分からず黙っていたが、暫くして、左手の中指の先がポロリと落ちたのを見て、はっと我に返った。何か声を掛けないと。今一番怖いのはリリィなんだ。


「リリィ、痛いとかは、無いのか?」
「何にも感じない。自分じゃもう、動かせないみたい」
「そう、か」
「このまま死んじゃうなんて・・・。エリーの大きくなった姿、見たかったのに」


 そう呟くと、リリィは急にわっと泣き出した。恐る恐る手を触れたが、黒くなっていない部分は、いつも通りの様だった。俺は、ずっとリリィを抱きしめていた。




 二日経つと、リリィの症状はますます酷くなり、手は手首まで、足は足首まで崩れ落ちていた。崩れたものは、すぐに灰になって消えた。
 エレナは毎日来ると約束した。実際、昨日も今日も来た。その日、リリィとエレナは、二人きりで何かを話していた。


 何で、気付けなかったんだろう。体調が悪かったり、したのかな・・・。自分では、気付いていたのだろうか。そう言えば最近、少し元気が無いと思っていたけれど・・・。何で、もっと疑わなかったんだ? どうして、こんなことになってから・・・。


「ユーリ、大丈夫?」
 エディが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「! あ、ああ。大丈夫だ」
「大丈夫だよ、きっと、ね」
 メリッサが俺の手を握る。
 二人だって不安だろうに・・・。本当に、自分が嫌いになるだろ・・・。




 その日、自分の部屋に行くと、リリィが俺のベッドに座っていた。少し驚いたが、リリィが微笑んでいたので、俺も笑みを返す。にしても、足が無いのに、一体どうやってここまで? 羽も相当蝕まれているし。


「ユーリ様・・・。ごめんね、びっくりした?」
「ああ、少しな。一体、どうしたんだ?」


 俺はリリィの隣に座る。リリィに手はないから、手を繋ぐ事は叶わない。だから、リリィが俺に体重を預けるだけだった。それでも、まだ、こうやって体温を感じる事が出来る、それだけでも・・・。


「何で、こんなことになっちゃったんだろうね。ユーリ様に、こんな思いさせちゃったの、残念」
「そんなこと、言うな・・・。俺は、リリィに会えて、よかったって、ずっと、思ってるぞ?」
「そう、かな。なら、嬉しい」


 リリィは静かに涙を流した。拭えないから、俺が拭ってやる。リリィはそっと俺にキスをした。
 今此処に居るってことは、何か話したいのだろう。リリィは、一体何を話したいんだろうか。


「私ね・・・。ユーリ様に出会って、すっごく幸せだったの。一緒に居るだけで、嬉しかった。私を頼ってくれて、すっごくやる気になった。でも、だんだん、一緒に居るだけじゃ我慢できなくなってね」
「リリィ・・・」
「見るだけで感じちゃうくらいでさ。いつか死にそうなくらいヤりたいなって思ってた」


 リリィの言いたい事はもう分かった。でも、本人の口から聞くまで黙っている。
 それに、この体でやったら・・・。


「エレナちゃん、やっても良いよって。きっと、もう死んじゃうからだね。だから、メリーとエディに言ったの。二人とも、泣きながら了承してくれて、此処まで連れて来てくれたよ」
「そう、だったのか」
「ねえ、私と、朝までヤって。今までより、ずっとアツく、ヤろう?」
「でも、その体じゃ、体力使うし、致命的だろ・・・?」
「いいの。何にもしないで一週間後死ぬくらいなら、幸せな思いして、満足して、明日死んだ方がいい」


 そうか・・・。泣きそうになってしまったけれど、リリィより先に泣くものか。あれ、さっき泣いてたか? い、いや、それはノーカウントだ。
 って言っても、俺はいっつもリリィより先に泣いてたっけ。リリィはとっても強いから・・・。


「お願いします。満足するまで、ヤろう」
「・・・。了解だ。俺が満足するまで、絶対離してやらないからな」
「・・・うん。うん。ありがとう」


 リリィの目には、涙がにじんでいた。俺も、視界がかすんで良く見えない。この勝負は引き分けだ。
 俺はリリィの服を脱がす。華奢で、とても綺麗な体。子供を産んだとは到底思えない。胸だけは相変わらず小さいが。リリィは「手が無いから触れない」と少し悲しそうだな。


 今日は、ぐしゃぐしゃになっても離してやるものか。泣いて叫んでも離してやるものか。
 そう思って、リリィの体にそっと触れた。




「ね、ねえ、まだ入れてくれないの? もう無理・・・」
「ダメだ」
「もう死にそ・・・。あ、ちょ、あ!」




 外が明るくなった頃、俺たちは息を切らしてお互いを見つめあった。
「私、これで満足だよ。死んでも構わない。エリーをよろしく頼むね・・・」
「ああ。絶対エリーを立派に育て上げる。リリィ・・・」
「ユーリ様・・・」


『愛してるよ』




 今、何時だ? えっと、九時? 五時間くらい寝たか? ふと隣を見ると、リリィ。えっと・・・。生きてる、か?
 俺がリリィを覗き込むと、リリィはパチッと眼を覚まして俺を抱きしめ、キスをした。


 ・・・ちょっと待て。何かがおかしい。


 俺は、昨日疲れてシャワーも浴びずにそのまま寝てしまい、裸だなんて言うのも気にせず、布団をはがした。
「ああああああああああああっ!」


 すぐにメリー、エディが飛んできた。緊迫した表情だったが、俺の表情を見て少し緊張を解いた。それから、リリィを見て「きゃあっ!」と悲鳴を上げる。
 全て、嬉しさから来たものだ。


「リリィ、手が、足が・・・」
「え、あ、あれ・・・っ?! 治って・・・る・・・?」
『リリィっ!』


 みんなに抱きつかれたリリィは、そのまま後ろに倒れそうになった。が、何とか立て直して笑みを浮かべた。
 何でだろう。分からないけれど、リリィはいつものリリィ。全て元通りだった。


「ユーリ様っ・・・! 私、治ったみたいだよ」
「よかった・・・。違和感とか、無いか?」
「うん。何にもなかったみたい。みんな、心配かけて、ごめんね」




 シャワーを浴びた後、服を着て、エディの呼んだエレナと会う。リリィと俺だけではなく、メリーとエディも一緒だ。子供たちはホムンクルス二人組に預けた。
「で、元に戻ったんですね?」
「うん」
「不思議ですね・・・。でも、目で見た以上信じましょう。よかったですね」
「うんっ!」


 その時、リリィの体がパァッと光り、光が三つに分かれた。それぞれ、俺、メリー、エディに入っていく。光はますます強くなり、まぶしくて、何も見えない!
『な、何?!』


 光が消えた後。俺たちは何も感じなかった。首を傾げていると、リリィだけが慌てたような表情をしていた。
「ご、ごめんなさいい! 私、もしかして・・・!」


 リリィは言った。
「多分、ユーリ様とメリーとエディを不老にしちゃったよぉ・・・」
『・・・は?』


 どうやら、勝手に不老の魔法が発動したらしい。本来は自分自身を守る為に発動するはずのものらしい。が、どう見ても俺たちに発動した。おそらく、リリィに発動しようとしたが、リリィはもう戻っていたから、変わりに俺たちに発動したのだろうと言っていた。


「ごめんなさいぃ・・・。こんなつもりなかったんだけど・・・。制御できなかったの」
「えっと・・・。これ、何か害は?」
「老いないの。絶対。一緒に年を重ねて・・・。っていうのが出来ない」
「あ、ああ、そう・・・」


 と言ってもリリィを責めるわけにはいかないし・・・。でも、リリィもエレナも「解除できそうにない」っていうし・・・。諦めるしかない。俺はリリィの頭を撫でた。


「とりあえず、リリィが無事でよかったよ。俺たちの事は・・・。まあ、仕方ない」
「不死じゃないからね。不老だよ。死ぬからね」
「わ、わかってるよ。よし、今日もいつも通りだ!」
『うん!』


 俺たちはいつも通りの生活を始める。結局、リリィのはなんだったんだろうな・・・。

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