剣神勇者は女の子と魔王を倒します
第6話 エディナとメリッサ
「ユリエル、入って」
「ああ・・・。お邪魔します」
「やあ、ユリエルくん、いらっしゃい」
快く迎えてくれたのは、エディナ、エレナの父親。二人には、母親が居ないから・・・。
二人が一歳か二歳の時、既に亡くなっている。けれど、彼女たちは寂しいなどという事無く、明るく過ごしている。
いや。エレナのホムンクルス作りは、心を埋めるためなのかもしれない。エディナの勉強は、気を紛らわせるためなのかもしれない。
「にしても、本当に大きくなったよな、ユリエルくんは」
「ありがとうございます」
「まだ仲良くしてくれているみたいで、嬉しいよ」
エディナの父親は笑ってそう言った。俺たちは幼馴染。エディナの父親と俺も、随分昔からよく会っていた。
俺は、よく、エディナの家に来ていた。自分の家が、嫌いだったから。廃人みたいな姉さんと、大忙しの母さん(手伝おうかと言っても、大丈夫だと笑う)。どうして好きになれよう。この家の方が、居心地が良かった。
「エディナ。ユリエルくんと結婚する気にはなったかい?」
『はっ?!』
「そろそろ考えても良いと思うんだけどね」
・・・。そうだった。勉強ばかりで、忘れていた。俺とエディナは・・・。結婚する予定なのだ。
ルーズヴェルトとベルトワーズは、昔から付き合いがある。とても仲のいい家だったのだ。
それで、兄弟の多かったベルトワーズがルーズヴェルトに婿として行った。次の年は、ルーズヴェルトがベルトワーズに行った。それで、交互に嫁、もしくは婿を出すことになった。
ベルトワーズは両方女性。んで、ルーズヴェルトも俺以外女性。つまり、俺は確定で、ベルトワーズの長女、エディナが俺と結婚する事になるわけだな。
「な、なな、なんで私がユリエルと・・・!」
「何だ、エディナ、嫌なのか? ユリエルくんの事、嫌いか?」
「嫌っ! とは・・・。言い切れない様な・・・。あぁっ!」
え、えええっ?! エディナ・・・。まさか・・・。
エディナは顔を真っ赤にして俯いた。あぁ。エディナは俺に気があったのか。そう思えば、何もかも辻褄が合う。
「まあ、今すぐじゃなくても良い」
「ちょ、ちょっと! お父さん、変なこと言うから、私・・・っ!」
「ははっ、悪かったな。でも、考えておきな。まあ、エディナが嫌ならエレナでも良いんだがな」
「私は結婚するつもりないです。ホムンクルス作りを続けたいのですから」
「だ、そうだぞ、エディナ」
「うぅ・・・」
エディナは自分の体を抱いて俯く。耳まで真っ赤だ。俺は困って後ろを向く。二人の父親は大笑いしながらやかんの火を止めに行った。
「エディナは、その・・・。俺に、気が、ある、のか?」
「あ、あるわけっ、無いっ! ふざけないでよ! ・・・。でも、ユリエルが、もし、その、ええと・・・」
面白がって、エレナが後ろからエディナに抱きつく。エディナは悲鳴を上げて跳び上がった。エレナは思い切り顔にぶつかられて後ろ向きに倒れる。
大パニックになっているところで二人の父親が入って来て、エレナを起こし、エディナを落ちつかせる。
「エディナ。良いか。別に、俺は伝統を絶対守れとは言わないからな」
「・・・え?」
「俺は、エディナの好きにすれば良いと思っている。エレナもな」
二人の父さんがそういうと、エディナはこくっと頷いた。それだけだった。
「いや、悪いね、ユリエルくん。久しぶりに会いたくて呼んだのに、こんな感じにしてしまって」
「いえ・・・」
「よし、じゃあ、大丈夫だな。気にしないでくれ。ユリエルくんも好きな人と結婚していいと思う。伝統も、そろそろ良いと思う」
「でも・・・」
「俺はもともと、ルーズヴェルトの人間だ。こっちに来て、良い事もあるが、・・・悪い事もあった。だから」
「・・・はい」
家に帰ってからも、ずっと、考えていた。
一夫多妻が認められる今。女性の人口の方が多くなっているのは当然なのだろう。いや、そうではなく。
リリィ、エディナ、それから、あの、黒髪の女の子。頭の中でぐるぐると廻る。どうしたらいいのか分からず、布団を被り、真っ暗な中、暫く何も考えなかった。
そうしてから、思考を開始すると、――いつもなら――スムーズに考えが進むのだ。が、今日に限っては違うらしい。
「ダメだ・・・。どうしていいのか、分からない」
十三歳の頭では、これ以上考えられないのか。溜息を吐いて仰向けになる。
あの、黒髪の女の子は、一体、何という名前なんだろう。きっと、可愛い名前なんだろう。
名前くらい、教えてくれればよかったのに。ああ、でも、俺も教えていないっけ。訊かれなかったから教えなかったのか? じゃあ、訊かなかったから教えてくれなかったのだろう。
迷惑がかかる、というのは、操られて、殺してしまうかもしれない、という事だったのだろうか? それとも、何か別の・・・。
「ユリエルくん、ご飯で来たよ、おいで」
「あ、ああ。分かった」
「リリィちゃんも呼んで欲しいな」
「分かった。リリィ、召喚だ!」
「わぁい!」
考えるのは、あとにしよう。まだ、時間があるから。
黒髪の子に、会うまでは・・・。
「此処だ」
俺はそっと呟く。この、大きな木の下が、集合場所だった。此処で、初めて、俺とあの子が、会ったから。魔物に襲われていたのを助けたんだっけ。
あぁ、なんで魔王なんか・・・。なんで、魔王は黒魔族を操って街を壊すんだ。そんな事をしなければ、俺は、あの子は。
「~♪」
「・・・えっ?」
「・・・えっ?」
歌声が聞こえた気がして声を出すと、向こうから澄んだ綺麗な声が帰ってくる。まさかな。
木の裏に回ってみる。あれ、誰もいない。
「あ、あれ?」
どうやら、あの子も動いたようだな。俺は立ち止ってその子が来るのを待った。何となく、怖くて。目を瞑って。
「あのぉ・・・。此処は、私の場所なんだけど・・・」
「残念だが、俺にとっても思い出の場所でな」
「そんなはずないよ。此処、人が居たこと、無いもん」
「本当に、一人だったのか?」
「え・・・?」
俺は目を開けてその少女を見る。大きな紫色の目が潤んでいる。風が濡れたように綺麗な黒髪をさらさらと揺らす。
ああ、間違いない。
「もしかして、あなた・・・」
「久しぶりだな」
「あの時の、剣士の・・・っ! 会いたかったッ!」
次の日に会えるなんて、思ってもいなかったな。
「ユリエルっていうんだ。私、メリッサ。メリッサ・キングストン」
「・・・え」
俺は唖然とした。体から力が抜けていく。
「ど、どうしたの?」
「いや・・・。なんでも、ない」
そうか。彼女には、俺、今、姓を名乗っていないんだった。だったら、言わないでおこうか・・・。
ルーズヴェルトとキングストンは、昔から、敵対していたのだ。なんで気がつかなかったんだ。黒髪に紫の目。キングストンの象徴だろう。金髪に青目が、ルーズヴェルトの象徴。無論、そんな人は山ほどいるが。一応な。
何故敵対しているのかというと、昔、まだ魔王が居た頃、というと、二千年くらい前か? 二大勢力というと、ルーズヴェルトとキングストンだった。
魔王を倒そうとしているルーズヴェルトと魔王に付こうとしているキングストン。仲がいいはずもない。
それで、ルーズヴェルトが魔王を倒したから、もっと仲が悪くなった。今は、一切干渉していない、という方向でおさめたとか。
うわ、まじか・・・。俺は、メリッサと結ばれることはできない。
「何? どうしたの?」
「絶対に、怒るなよ」
「? 何?」
「俺の名前は、ユリエル・ルーズヴェルトだ」
「・・・、ん? それが、どうしたの?」
・・・え? え? 知らない、のか?! 嘘だろ?! 歴史の教科書にも載っているのに・・・。
あ、そういえば、昔から箱入りお嬢様だな、とは思っていたが・・・。まさか何も知らないとは・・・。
「ごめんね、何にも知らなくて。どういう事かな」
「いや・・・。知らない方が、良いと思う」
「それじゃあ、私が、嫌」
「じゃあ言う。俺の家とメリッサの家は、とてつもなく仲が悪い」
「? へぇ、そうなんだ」
「・・・今すぐにも、戦争出来るほど」
「戦争? なんで?」
お、おいおいおい! いや、これは・・・。箱入りお嬢様とかいうレベルじゃない・・・。天然だな。きっと。ほら、頭の上にクエスチョンマークを出して首を傾げている。ダメだこりゃ。
いやぁ、知らなかったな。俺も小さかったからか。
でも、そんなところが、余計可愛く思えてしまう。
「えっと、どうしたらいいのかな」
「会わなければ。多分」
「えぇっ?! せっかく会えたのに・・・」
「いや、そうなんだけどな。どっちかがギロチンで殺されるようなことになるぞ」
「そ、それは困るけど・・・」
ころころ表情が変わって可愛い。本当に黒魔族なんだよな。全然そんな雰囲気が無い。
何で、この子といると、こんなに幸せなんだろう。これが、好きって、ことなのか・・・。
ふとメリッサの顔を見ると、それ気がついてニッと笑った。
「とりあえず、今日は帰る。悪いな」
「あ、うん・・・。また、会えるかな」
「・・・。多分」
「そっか・・・」
俺だって、そんなの、嫌だよ。でも、メリッサが民衆の前でギロチンなんて、見たくないから・・・。だから、ごめんな。今日は・・・。ごめん。
家に帰ってからも、気持ちの整理はつかない。リビングのソファに座って何となくテレビを眺める。内容は入ってこない。だから、眺めるが適切だろうな。
「――くん、ユリエルくん!」
「・・・、?! 姉さん?」
「どうかしたの?」
「いや、何でもないぞ。大丈夫だ」
姉さんが不安そうな顔をしていた。これじゃいけない、と思ったのだけれど、よくよく思い出せば、おそらく・・・。
「じゃあ、なんで泣いてるの? 何かあったんでしょ?」
声が、震えていたもんな。
「分からなくなった。何もかも」
「え・・・?」
「どうして、こんな事になったんだろうな・・・。俺、もう、わけがわからない」
「ユリエルくん・・・? ・・・、お姉ちゃんは、何があっても、味方だからね」
「・・・。ああ。ありがとう」
そう言ってそっとしておいてくれた。とても助かった。
やっぱり、答えは出るはずもない。俺如きにどうにかできる問題ではないのだから。考えれば考えるほど、どうしていいのか分からなくて・・・。
「あれ、お兄ちゃん、どうかした?」
「はぁ・・・。どうすっかなぁ・・・」
『・・・え?』
父さん、母さん、ユーナが驚いたように固まった。おい、俺がそんなに悩み事なさそうに見えるか?
俺が箸を置くと、余計に慌てたようだった。姉さんだけが大袈裟だなぁ、と三人を見て溜息を吐く。
「な、何があったの?」
「どうしたっていうんだ、ユリエル」
「お兄ちゃん、何悩んでるの?」
やっぱり大袈裟だよなぁ。もしかして、姉さんの時の事を心配してるか? それはまずない。が、もっとややこしいかもしれない。もう頭が痛い。
背凭れに寄り掛かり、天井を見る。さっきから、どうしてもリリィ、エディナ、メリッサの顔が浮かんでしまって・・・。他の事を考えられない。
「何があったのか、言ってみなさい」
「嫌だ・・・。言わない」
「なんでっ! そう、言えないようなことなのね! まさかユルシュルより先にユリエルなんて考えてもいなかったわ! エディナちゃん? エレナちゃん?!」
「違うっ! そうじゃないんだッ! みんなに・・・。迷惑になるから・・・」
言えるはずが無いんだ。メリッサと結ばれたい、なんて・・・。またルーズヴェルトとキングストンが干渉したら、今度こそ戦争になるから。俺のせいで戦争に、なんて困るだろ・・・。
エディナと結婚する気はない、なんて言えないし、その気があるのか無いのかすらわからない。リリィの方は、あくまで使い魔。どうしようも・・・。
これ以上、母さんの心配事を増やしたくない。幸せの絶頂にいる姉さんに、不安な思いをさせたくない。忙しい父さんに、我が儘なんて、言いたくない。妹に心配を掛けるなんて、兄としてどうなんだ。
「うっ・・・。ごめん、ごめん・・・」
どうしていいのか分からなくなった、俺の、出した答えは涙、だなんて、本当に俺はダメだよな。心配をかけられないか言って、これじゃあ、心配して下さいと言っているみたいだ。
「ごめんな・・・。今日はもう、休むよ」
俺が自分の部屋に戻ろうとすると、父さんが俺を呼びとめた。
「・・・。何?」
「お前の好きで、良いと思うぞ」
「・・・。分かった」
きっと、父さんは、俺が何で悩んでいるのか、分かっていたんだろう。
「ああ・・・。お邪魔します」
「やあ、ユリエルくん、いらっしゃい」
快く迎えてくれたのは、エディナ、エレナの父親。二人には、母親が居ないから・・・。
二人が一歳か二歳の時、既に亡くなっている。けれど、彼女たちは寂しいなどという事無く、明るく過ごしている。
いや。エレナのホムンクルス作りは、心を埋めるためなのかもしれない。エディナの勉強は、気を紛らわせるためなのかもしれない。
「にしても、本当に大きくなったよな、ユリエルくんは」
「ありがとうございます」
「まだ仲良くしてくれているみたいで、嬉しいよ」
エディナの父親は笑ってそう言った。俺たちは幼馴染。エディナの父親と俺も、随分昔からよく会っていた。
俺は、よく、エディナの家に来ていた。自分の家が、嫌いだったから。廃人みたいな姉さんと、大忙しの母さん(手伝おうかと言っても、大丈夫だと笑う)。どうして好きになれよう。この家の方が、居心地が良かった。
「エディナ。ユリエルくんと結婚する気にはなったかい?」
『はっ?!』
「そろそろ考えても良いと思うんだけどね」
・・・。そうだった。勉強ばかりで、忘れていた。俺とエディナは・・・。結婚する予定なのだ。
ルーズヴェルトとベルトワーズは、昔から付き合いがある。とても仲のいい家だったのだ。
それで、兄弟の多かったベルトワーズがルーズヴェルトに婿として行った。次の年は、ルーズヴェルトがベルトワーズに行った。それで、交互に嫁、もしくは婿を出すことになった。
ベルトワーズは両方女性。んで、ルーズヴェルトも俺以外女性。つまり、俺は確定で、ベルトワーズの長女、エディナが俺と結婚する事になるわけだな。
「な、なな、なんで私がユリエルと・・・!」
「何だ、エディナ、嫌なのか? ユリエルくんの事、嫌いか?」
「嫌っ! とは・・・。言い切れない様な・・・。あぁっ!」
え、えええっ?! エディナ・・・。まさか・・・。
エディナは顔を真っ赤にして俯いた。あぁ。エディナは俺に気があったのか。そう思えば、何もかも辻褄が合う。
「まあ、今すぐじゃなくても良い」
「ちょ、ちょっと! お父さん、変なこと言うから、私・・・っ!」
「ははっ、悪かったな。でも、考えておきな。まあ、エディナが嫌ならエレナでも良いんだがな」
「私は結婚するつもりないです。ホムンクルス作りを続けたいのですから」
「だ、そうだぞ、エディナ」
「うぅ・・・」
エディナは自分の体を抱いて俯く。耳まで真っ赤だ。俺は困って後ろを向く。二人の父親は大笑いしながらやかんの火を止めに行った。
「エディナは、その・・・。俺に、気が、ある、のか?」
「あ、あるわけっ、無いっ! ふざけないでよ! ・・・。でも、ユリエルが、もし、その、ええと・・・」
面白がって、エレナが後ろからエディナに抱きつく。エディナは悲鳴を上げて跳び上がった。エレナは思い切り顔にぶつかられて後ろ向きに倒れる。
大パニックになっているところで二人の父親が入って来て、エレナを起こし、エディナを落ちつかせる。
「エディナ。良いか。別に、俺は伝統を絶対守れとは言わないからな」
「・・・え?」
「俺は、エディナの好きにすれば良いと思っている。エレナもな」
二人の父さんがそういうと、エディナはこくっと頷いた。それだけだった。
「いや、悪いね、ユリエルくん。久しぶりに会いたくて呼んだのに、こんな感じにしてしまって」
「いえ・・・」
「よし、じゃあ、大丈夫だな。気にしないでくれ。ユリエルくんも好きな人と結婚していいと思う。伝統も、そろそろ良いと思う」
「でも・・・」
「俺はもともと、ルーズヴェルトの人間だ。こっちに来て、良い事もあるが、・・・悪い事もあった。だから」
「・・・はい」
家に帰ってからも、ずっと、考えていた。
一夫多妻が認められる今。女性の人口の方が多くなっているのは当然なのだろう。いや、そうではなく。
リリィ、エディナ、それから、あの、黒髪の女の子。頭の中でぐるぐると廻る。どうしたらいいのか分からず、布団を被り、真っ暗な中、暫く何も考えなかった。
そうしてから、思考を開始すると、――いつもなら――スムーズに考えが進むのだ。が、今日に限っては違うらしい。
「ダメだ・・・。どうしていいのか、分からない」
十三歳の頭では、これ以上考えられないのか。溜息を吐いて仰向けになる。
あの、黒髪の女の子は、一体、何という名前なんだろう。きっと、可愛い名前なんだろう。
名前くらい、教えてくれればよかったのに。ああ、でも、俺も教えていないっけ。訊かれなかったから教えなかったのか? じゃあ、訊かなかったから教えてくれなかったのだろう。
迷惑がかかる、というのは、操られて、殺してしまうかもしれない、という事だったのだろうか? それとも、何か別の・・・。
「ユリエルくん、ご飯で来たよ、おいで」
「あ、ああ。分かった」
「リリィちゃんも呼んで欲しいな」
「分かった。リリィ、召喚だ!」
「わぁい!」
考えるのは、あとにしよう。まだ、時間があるから。
黒髪の子に、会うまでは・・・。
「此処だ」
俺はそっと呟く。この、大きな木の下が、集合場所だった。此処で、初めて、俺とあの子が、会ったから。魔物に襲われていたのを助けたんだっけ。
あぁ、なんで魔王なんか・・・。なんで、魔王は黒魔族を操って街を壊すんだ。そんな事をしなければ、俺は、あの子は。
「~♪」
「・・・えっ?」
「・・・えっ?」
歌声が聞こえた気がして声を出すと、向こうから澄んだ綺麗な声が帰ってくる。まさかな。
木の裏に回ってみる。あれ、誰もいない。
「あ、あれ?」
どうやら、あの子も動いたようだな。俺は立ち止ってその子が来るのを待った。何となく、怖くて。目を瞑って。
「あのぉ・・・。此処は、私の場所なんだけど・・・」
「残念だが、俺にとっても思い出の場所でな」
「そんなはずないよ。此処、人が居たこと、無いもん」
「本当に、一人だったのか?」
「え・・・?」
俺は目を開けてその少女を見る。大きな紫色の目が潤んでいる。風が濡れたように綺麗な黒髪をさらさらと揺らす。
ああ、間違いない。
「もしかして、あなた・・・」
「久しぶりだな」
「あの時の、剣士の・・・っ! 会いたかったッ!」
次の日に会えるなんて、思ってもいなかったな。
「ユリエルっていうんだ。私、メリッサ。メリッサ・キングストン」
「・・・え」
俺は唖然とした。体から力が抜けていく。
「ど、どうしたの?」
「いや・・・。なんでも、ない」
そうか。彼女には、俺、今、姓を名乗っていないんだった。だったら、言わないでおこうか・・・。
ルーズヴェルトとキングストンは、昔から、敵対していたのだ。なんで気がつかなかったんだ。黒髪に紫の目。キングストンの象徴だろう。金髪に青目が、ルーズヴェルトの象徴。無論、そんな人は山ほどいるが。一応な。
何故敵対しているのかというと、昔、まだ魔王が居た頃、というと、二千年くらい前か? 二大勢力というと、ルーズヴェルトとキングストンだった。
魔王を倒そうとしているルーズヴェルトと魔王に付こうとしているキングストン。仲がいいはずもない。
それで、ルーズヴェルトが魔王を倒したから、もっと仲が悪くなった。今は、一切干渉していない、という方向でおさめたとか。
うわ、まじか・・・。俺は、メリッサと結ばれることはできない。
「何? どうしたの?」
「絶対に、怒るなよ」
「? 何?」
「俺の名前は、ユリエル・ルーズヴェルトだ」
「・・・、ん? それが、どうしたの?」
・・・え? え? 知らない、のか?! 嘘だろ?! 歴史の教科書にも載っているのに・・・。
あ、そういえば、昔から箱入りお嬢様だな、とは思っていたが・・・。まさか何も知らないとは・・・。
「ごめんね、何にも知らなくて。どういう事かな」
「いや・・・。知らない方が、良いと思う」
「それじゃあ、私が、嫌」
「じゃあ言う。俺の家とメリッサの家は、とてつもなく仲が悪い」
「? へぇ、そうなんだ」
「・・・今すぐにも、戦争出来るほど」
「戦争? なんで?」
お、おいおいおい! いや、これは・・・。箱入りお嬢様とかいうレベルじゃない・・・。天然だな。きっと。ほら、頭の上にクエスチョンマークを出して首を傾げている。ダメだこりゃ。
いやぁ、知らなかったな。俺も小さかったからか。
でも、そんなところが、余計可愛く思えてしまう。
「えっと、どうしたらいいのかな」
「会わなければ。多分」
「えぇっ?! せっかく会えたのに・・・」
「いや、そうなんだけどな。どっちかがギロチンで殺されるようなことになるぞ」
「そ、それは困るけど・・・」
ころころ表情が変わって可愛い。本当に黒魔族なんだよな。全然そんな雰囲気が無い。
何で、この子といると、こんなに幸せなんだろう。これが、好きって、ことなのか・・・。
ふとメリッサの顔を見ると、それ気がついてニッと笑った。
「とりあえず、今日は帰る。悪いな」
「あ、うん・・・。また、会えるかな」
「・・・。多分」
「そっか・・・」
俺だって、そんなの、嫌だよ。でも、メリッサが民衆の前でギロチンなんて、見たくないから・・・。だから、ごめんな。今日は・・・。ごめん。
家に帰ってからも、気持ちの整理はつかない。リビングのソファに座って何となくテレビを眺める。内容は入ってこない。だから、眺めるが適切だろうな。
「――くん、ユリエルくん!」
「・・・、?! 姉さん?」
「どうかしたの?」
「いや、何でもないぞ。大丈夫だ」
姉さんが不安そうな顔をしていた。これじゃいけない、と思ったのだけれど、よくよく思い出せば、おそらく・・・。
「じゃあ、なんで泣いてるの? 何かあったんでしょ?」
声が、震えていたもんな。
「分からなくなった。何もかも」
「え・・・?」
「どうして、こんな事になったんだろうな・・・。俺、もう、わけがわからない」
「ユリエルくん・・・? ・・・、お姉ちゃんは、何があっても、味方だからね」
「・・・。ああ。ありがとう」
そう言ってそっとしておいてくれた。とても助かった。
やっぱり、答えは出るはずもない。俺如きにどうにかできる問題ではないのだから。考えれば考えるほど、どうしていいのか分からなくて・・・。
「あれ、お兄ちゃん、どうかした?」
「はぁ・・・。どうすっかなぁ・・・」
『・・・え?』
父さん、母さん、ユーナが驚いたように固まった。おい、俺がそんなに悩み事なさそうに見えるか?
俺が箸を置くと、余計に慌てたようだった。姉さんだけが大袈裟だなぁ、と三人を見て溜息を吐く。
「な、何があったの?」
「どうしたっていうんだ、ユリエル」
「お兄ちゃん、何悩んでるの?」
やっぱり大袈裟だよなぁ。もしかして、姉さんの時の事を心配してるか? それはまずない。が、もっとややこしいかもしれない。もう頭が痛い。
背凭れに寄り掛かり、天井を見る。さっきから、どうしてもリリィ、エディナ、メリッサの顔が浮かんでしまって・・・。他の事を考えられない。
「何があったのか、言ってみなさい」
「嫌だ・・・。言わない」
「なんでっ! そう、言えないようなことなのね! まさかユルシュルより先にユリエルなんて考えてもいなかったわ! エディナちゃん? エレナちゃん?!」
「違うっ! そうじゃないんだッ! みんなに・・・。迷惑になるから・・・」
言えるはずが無いんだ。メリッサと結ばれたい、なんて・・・。またルーズヴェルトとキングストンが干渉したら、今度こそ戦争になるから。俺のせいで戦争に、なんて困るだろ・・・。
エディナと結婚する気はない、なんて言えないし、その気があるのか無いのかすらわからない。リリィの方は、あくまで使い魔。どうしようも・・・。
これ以上、母さんの心配事を増やしたくない。幸せの絶頂にいる姉さんに、不安な思いをさせたくない。忙しい父さんに、我が儘なんて、言いたくない。妹に心配を掛けるなんて、兄としてどうなんだ。
「うっ・・・。ごめん、ごめん・・・」
どうしていいのか分からなくなった、俺の、出した答えは涙、だなんて、本当に俺はダメだよな。心配をかけられないか言って、これじゃあ、心配して下さいと言っているみたいだ。
「ごめんな・・・。今日はもう、休むよ」
俺が自分の部屋に戻ろうとすると、父さんが俺を呼びとめた。
「・・・。何?」
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「・・・。分かった」
きっと、父さんは、俺が何で悩んでいるのか、分かっていたんだろう。
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