剣神勇者は女の子と魔王を倒します

鏡田りりか

第4話  夏休み

「だあああああっ! わけわからんっ!」
「だから、此処をこうしてね・・・」
「次に此処を・・・」
「ちょっと待ってくれ!」


 夏休み前のテストに向けた勉強中。全く分からない問題に、何を言っているのか分からない解説。これじゃあ、良い点は望めない。
 ・・・にしても、折角の休日だっていうのに、俺の勉強に付き合って貰って悪いな。そう思うと、もう少し頑張らなくては、と思う。


「ユリエルってホント数学苦手だね」
「俺には数学の才能が無い・・・」
「あんなに剣は出来るのに」
「剣の才能はある」
「ユリエルさん・・・。大丈夫です。一緒に頑張りましょう?」


 あぁ・・・。エレナの優しい言葉で少し復活した。
 エディナだって、言葉では俺をからかっているが、魔法を使って部屋を適度に涼しくしてくれている。実際は応援してくれているんだよな。


「・・・。そろそろ教科変えよう、ユリエルくん。魔法にしようか」
「ごめん・・・。魔法、ものすごい苦手」
「うん、知ってるよ。だからやるんでしょ?」


 うわぁ、シミオンが鬼みたいだよ・・・。溜息を吐くと、ベッドに座って教科書を読んでいたリリィがトコトコ歩いてきた。


「御主人様、大丈夫? 私が特製のジュース作って来てあげる」
「え? 悪いな」
「みんなの分も作ってあげる。ちょっと材料持ってくるね」




 シミオンとエディナ(偶にエレナ)に勉強を教えられていると、リリィが戻ってきたようだ。時間は数分だろう。紙袋には沢山の果物が入っているように見えた。
 ちょっと嬉しかった。リリィが俺にジュースを作ってくれる事が。だから、もう少し頑張るか。


「エディナ、合ってるか?」
「・・・・・・。うん、問題ないよ。だんだん当たるようになってきたね」
「ああ。ありがとうな」
「・・・。頑張って」


 五分後、リリィが持ってきたのは、赤い色のジュースだった。少し不気味だが、とりあえず、一口飲んでみる。


「ど、どうかな・・・」
「っ?! ちょ、ちょっとまったぁ! これ、なんのジュースだ?!」
「やっぱり・・・。駄目かぁ・・・」


 リリィは分かっていたかのような反応だ。何なのか、更に強く聞いてみる。


「魔界にある植物なんです。魔界には取りに行けないから、ちょっと温室で貰って来ました。でも、やっぱり人間の口には合わないのかな」
「で、一体これは何なんだ?」
「人の血を飲んで育つ植物です。ヴリコラカス・カルポスっていうんですけれど・・・」


 どうやら、疲れを癒す効果のある果実らしい。俺にとってはちょっと想定外の味だったが。・・・血の味がするんだからな。不気味だ、とは思ったが・・・。
 いやあ、びっくりした。先に言ってくれればよかったのに。・・・いや、そうしたら飲まなかったかもな。


 ともかく、それを分かったうえでもう一口。・・・、や、やっぱり美味しくないな。
 でも、シミオンは美味しそうに飲んでいたし・・・。あ、人間じゃないもんな。黒魔族は飲めるのか。梓桜もか。人間がダメなのか?


「あれ、ホムンクルスも平気なのかな。聞いてないけど・・・。黒魔族と悪魔は飲めるの知ってたんだけど・・・」
「そんなもの飲ませるなよ」
「ごめんなさい」
「・・・悪気はなかったんだろうし、謝らなくて良いか。ほら、勉強の続きをやろう」
「うん」




「うんうん、赤点はいなかったですよ。頑張りましたね」
「やった! ユリエル!」
「よかったです」
「頑張ってよかったね」
「御主人様! やりましたね!」
 おお、よかった。そんなに低い点ではないだろう。みんなのおかげだな。


「これで、みなさん思い切り夏休みが楽しめますね。私も一安心です。でも、羽目を外さないでくださいね」
『はい』




「ユリエルくんは、夏休み、どうするの?」
「父さんが会いたいって言ってたから、帰るつもりだ」
「そう。エディナちゃんは?」
「私もそのつもり。エレナもね」
「じゃあ、僕も帰ろうかな・・・。うぅ、気が重い」


 シミオンは溜息をつくと、机に突っ伏した。いつものシミオンらしくない。そんな事を言うと、シミオンは顔を上げて、少しずれたメガネを掛け直す。苦笑いしながら喋り出す。


「兄弟の話、したよね。僕、仲が良くなくて・・・。会いたくない・・・」
「え、そうなの?」
「お兄ちゃんは論外。お姉ちゃんは僕をからかうし、妹は色々ね・・・。あんまり帰りたくない」
「なんか悪いな・・・。俺たちが帰らなければ・・・」
「ううん。みんなにも予定あるしね。仕方ないから帰るよ」


 それでも、シミオンはやっぱり嫌そうだった。ごめんよ、シミオン。戻ってきたら、愚痴を延々と聞くくらいはしてやるからな。




 さて。夏休みが始まり、俺は自分鍵をつかって自宅の扉を開ける。・・・ん? 何かが間違っている。
 ああそうか。普通、こういう場合、チャイムを押すか。扉を閉め、鍵を掛けてチャイムを鳴らす。


「お兄ちゃん! お帰り!」
「ユーナか。ただいま」
「お母さん、お父さん、お姉ちゃん! お兄ちゃんが帰ってきたよ!」


 残念な事にすぐ走っていってしまった俺の妹、ユーナを眺めてから、玄関に荷物を置いて靴を脱ぐ。
 と、すぐにみんなが集まってきた。うん、変わっていないな。母さんと父さん、二つ上の姉、ユルシュルと、一つ下のユーナ。俺の大切な家族だ。


「ただいま」




「ユリエル、それにリリィちゃんも久しぶり」
「あ、はい。こんにちは」
「ユリエル、大きくなったな・・・。悪魔まで召喚して」


 父さんはリリィをちらと見て言う。そうだ。父さんは、俺が悪魔を召喚できるようになる前から、もう一回も帰って来ていないんだ。そう思うと、急に泣きそうになってしまった。


「どうしたんだ?」
「随分、久しぶりなんだなって」
「そう、だな。悪いな、家にいられなくて」


 父さんは、剣神という名を持つ最強の剣士だ。剣神ユリシーズと言えば、分からない人はいないだろう。その位、有名だ。
 俺も小さい頃は剣を教わっていた。けれど、本当に小さい時だけだったな・・・。
 父さんは、大陸中を飛び回り、魔物の害に困る人を助けている。父さんが居なければ、とっくに死んでしまったであろう人は、数えきれないほど。
 だから、俺たちも、無理に家にいて、などとは言えないのだ。


「家にいて、大丈夫なんですか?」
「ああ。アルファズールの卒業生が、手伝いに来てな。そろそろ俺が居なくても平気になって来て、『師匠、家に帰って下さい!』とな」
「ああ・・・。そうだったのですか」
「だから、夏休み中はゆっくりできる予定だ。お前に剣を教える事も出来る」
「・・・。お願い、します」


 とても、嬉しかった。父さんに剣を教えて貰うのは、とても辛いけれど、それでも、俺はいつも楽しかったのだ。どれだけ怪我をしても、楽しかった。強くなるのが、とてもうれしかった。
 それだけ、父さんに、剣神に、魔王に、近くなれたという事だから。そうしたら、あの黒髪の子も・・・。


「荷物の整理が終わったら、庭に来い。いいな」
「もちろんです」
「あ、私も見たいな」
「私も行って良いかな」
 ユーナが興味津々といった様子で言うと、姉さんも楽しそうに言う。
「ああ、いいぞ」




 俺は、シュラリと音を立てて腰に刺さった剣を抜く。両手で持つと、父さんはふっと笑った。


「バスタードソード・・・。片手半剣。少しは使えるんだろうな」
「もちろんです。あの頃とは、少し違いますよ」
「馬鹿、当然だろう。何年前だと思っている」
「六年位、ですかねっ!」


 俺が先に仕掛ける。が、当然、父さんにはいとも簡単に躱されてしまう。力を込めてその場に留まり、ぐるりと一回転、父さんの剣を受け止める。うわっ、剣折れそう。
 ガキンと弾くと、父さんはニッと笑った。
「弾ける、か。練習は怠っていないようだな!」


 っ?! なんて早い! 一瞬のうちに、俺は吹き飛ばされていた。空中じゃあ、どうする事も出来ない。そのまま木にぶつかった。誰だ、家にこんな大木植えたのは! いやいや、そういう問題じゃない。
 剣を構える頃には、父さんはもうこちらに向かって走って来ていて、あっと思った瞬間。
 目の前を鮮血が舞う。


「うわああああっ!」
「どうした! まだその程度かっ!」


 左肩からの出血。父さんは、わざと利き手ではなく、左を斬ったんだ。まだ、剣が持てるように。止めさせるつもりはないってことか。その辺、意地悪だよな。


「ユ、ユリエルくん!」
 姉さんが泣きそうな顔で叫ぶ。練習だって言うのにな・・・。そうは思っても、俺の額に汗が滲む。
 攻撃が当たらない。幻覚を見せられているかのようだ。俺の攻撃は当たらないのに。


「うっ! ったぁ・・・」
「一発入れてみろ。そうしたら、今日の稽古は終了だ」


 それが簡単じゃないんだよッ! 頬に手を当てると、べったりと赤い液が付いた。汗が入って、ビリビリ痛む。
 父さんは、相当手加減している。分かっている。その、手加減した父さんに、一発を入れることすらできないなんて。
 まして、父さんの使っている剣は、武器屋で売っている最弱の剣なのだ。


「早く! お前の体が持たないぞ!」
「っ?! う・・・・・・」
「どうした、もうおしまいか」


 右足への一撃。思わず地面に蹲る。剣を杖代わりにして何とか立ち上がると、父さんはニヤリと微笑んだ。
「そう、それでいい。さあ、掛かって来い」




 もう一度、俺の体が宙を舞う。また木にぶつかった。そのまま地面に落下する。上手く息が吸えない。立とうにも、体が言う事を聞かない。
 目の前に、足が見えた。父さんだ。殺す気はないと分かっているが、じわじわと恐怖が滲み出てくる。
 父さんは、止める気、無いんだろうな。だったら、立たなきゃ。そうだ。俺は、剣神になりたいんだ。


「もう止めてッ!」
 誰かが、立ちあがろうとした俺を抱きしめた。父さんから守るように。
 ああ・・・。何で、父さんは、ユーナはともかく、姉さんにも見ても良い、なんて言ったんだろう。姉さんは、大泣きしながら、俺を守るように抱きしめている。


「お願い・・・。これ以上、やらないで・・・。練習だって、分かってるけど・・・。でも、でも・・・」
「ユルシュル。退け。ユリエルはまだやる気だ」
「なんでっ?! これ以上やったら・・・」


 死んでしまう。まあ、そう言いたいんだろう。どうだろう。俺自身、もう少し、いけると思うんだが・・・。自分の状態は、自分じゃ見えないし。
 俺が姉さんの手を払って立ち上がると、姉さんは驚いたように目を見開いた。


「なんで・・・。まだ、やる気なの? もう駄目だよッ!」
「本当にダメになったら、言ってくれ」
「・・・。ユリエルくん」


 ユーナはその間、何も言わず、じっとその様子を眺めていた。こちらに来るわけでもなく、喋るわけでもなく。ただ、見ていた。何を、考えているんだろうな・・・。
 俺は左足に力を込め、剣を握る。俺自身も、狂ってると思う。でも、何故か、止められない。止めるわけにも、いかない。
 俺は、父さんに勝ちたいんだッ!


「っ! ユリエル・・・」
「あた・・・った?」
「今の動きは、今日一番で良かった。よく頑張ったな」
「父、さん・・・」
「っ! ユリエルくん!」




「三十分にわたり剣神である父と戦い、出血多量により外傷性ショック。ユリエル、馬鹿なの?」
「エディ、ナ?」
「全く・・・。本当に負けず嫌いだよね」
「悪かった、な」


 どうやら病院の様だ。確かに馬鹿だろうな。姉さんの方が賢明だ。で、姉さんはどうしたんだろう。


「ユルシュルさんなら、ユリエルが、ユリエルがっ! って此処に居られる状態じゃないから外にいるよ」
「悪いことしたな・・・」
「本当だよ。次は、無茶しちゃ、いけないんだよ?」
「・・・。約束は、出来ないな」


 その時、病室の扉が勢い良く開いて、姉さんが飛び込んできた。俺が起きているのを見るなり、泣きながら俺の手を握る。
 この感じ・・・。外に居るって言うか、外に連れていかれたんじゃ・・・。今振り払って此処まで戻ってきた感じだろ?


「だから言ったのに・・・。ユリエルくんが死んじゃったら、お姉ちゃん、もう・・・っ。うわあああっ!」
「! わ、悪いっ! でも、どうしても、諦めたくなかったんだ。ごめんな、姉さん」
「うぅ・・・。ユリエルくんの馬鹿・・・」




 結局、入院する事になってしまった。リリィは戦いの前に魔界に帰したから、この事を知らない。知らない方がいい。
 にしても、姉さんにはまずかったな・・・。少し刺激が強すぎたか。
 でも、此処まで執着してたら・・・。俺が死んだとしたら、姉さんは、どうなってしまうんだろう・・・。

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