赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第82話  VS魔王 リーナ

 私の相手は、もちろん魔王。隣にはミアとレア。後ろにはリアも居る。呼ぼうと思えば、アルたちも呼べるし、仲間は多い方だろうね。あ、でも、アルたちは今、一応使ってる。戦い好きな彼女達の事だ、戦いに参加できなかったとなればがっかりするだろう。だから、戦わせてあげようと思って。でも、呼ぼうと思えば呼べる。
 魔王には、私と、私の使い魔で挑む事にした。私じゃなくちゃ、いけないと思った。それはいろいろな理由があるけれど……。とにかく、私の相手は、魔王しかいない。そう、思ってた。みんなもそう思ってたのか、誰も文句も言わず、頷いてくれた。


(ミア、レア、リア。準備はできてる?)
「もちろん!」
「ええ、当然です」
「大丈夫、だよ」


 三人の声を聞きながら、魔王の前へ。彼女は相変わらず笑みを浮かべたままだった。なにをするわけでもなく。ただ、笑って私を見ている。戦うつもりなんてまるでないみたいな表情をして。
 私が黙っていると、魔王は私の方にゆっくりと歩いて来た。ふわりと丸い傘を持っている。日傘らしい。日光が苦手なのか、単に焼きたくないだけか。とにかく、傘のせいで表情が分かりにくい。


「ふふ……。少し、お喋りしましょうか」
「え? お喋り?」
「戦い始めたら、もう話せないわよ? その前に、訊きたい事、言いたい事、あるんじゃない?」


 なくはない。寧ろ沢山ある。私の魔力が尽きるまで話し続けられるくらい。いや、それじゃ駄目だ。絞って、じゃあ、そうだな。まずは何を訊こう。


「えっと……。ミアとは、どういう関係?」
「ああ、そうね。それは、ミアの口から言ってあげた方がいいんじゃない?」
「う……、ん……。そう、だね」


 ミアの長く赤いツインテールが舞う。此方を向いたからだ。赤い瞳には私が映っている。


「えっとね。ミアは、レティスの使い魔だったの」
「え……」
「でも、あの頃、妹が亡くなった辺りで、私は、彼女から逃げる事を選んだの。だってね。大好きな御主人様の事、止めなくちゃって思ったから」


 赤い瞳が微かに揺れる。それに気が付いたからか、無理やり笑顔を作って見せた。別に、泣いてくれてもいいのに。無理して笑わなくても、良いのに。


「元に戻してあげたかったのに、出来なかった。悔しくて、悔しくて……」
「分かる、よ」
「ちゃんと、最後まで責任を取りたいって思った。ならば。もしも、復活した時。今度は、勇者の味方に付く。そう決めたの」
「……うん」
「レティスの事は、大好きな御主人様だよ。でもね。倒すべき相手なの。あ、でも、今は、リーナ様が、私の御主人様だよ。だから、心配しないで」


 そう言って、私を抱き締める。責任を取る為に、大好きな主人を殺す。なんて辛い事なんだろう。それを、ミアは、やろうとしてる。私の知ってるミアじゃない。もっと、ずっと、強い。
 取り敢えず、話は逸れてきたけど、魔王とミアは、昔、主従関係だったんだ。
 ミアはこれ以上離話すつもりはないみたいだった。次の質問をしよう。


「え、えっと、貴女は、一体、何がしたいの」
「何が、ねぇ……」


 魔王はそっと目を伏せた。考えている、というよりは、口に出すのを躊躇っている様な感じだ。でも、気になる。魔王の望む物。戦争を中止させ、全てを犠牲にする覚悟で私達に挑んで来た、魔王の目的。


「やる事がないのよ、他に」
「……、え?」
「私は、妹の死で、世界を滅茶苦茶にする事を望んだ。でも、なにをしても、彼女は戻って来ないわ」
「それは、そう」
「そう、私には、何も残らなかったの。ならもう、こうするしかないじゃない! それとも何、大人しく自殺しろって? 考えたわ。でも、私、特性上、自ら命を立つ事が出来ないの」


 そういう、こと? やる事が、ない。いや、出来る事が、ない、か。
 何もしないで生きているという事は出来ない。生きていたとしても、人間として生きているとは言えないから。それなら、これは、自然なこと。そう言いたいんだよね。
 それも、納得できてしまう。魔王は自らの体を抱く。傘が手から離れ、地面に落ちた。日の光を浴び、はっきり見える様になった魔王の顔は、怯えていて、困っていて、泣きそうだった。


「もう嫌なのよ、こんなことするのは! でも、仕方ないじゃない! 私、不死身なのよ! 絶対に復活してしまう! その事、みんな、知らないみたいだけど」
「え……」
「もう、いいの。全て壊してしまえば。そう思ってる。でも、それは駄目よね。だから、ねぇ、リーナ? 本気で、心から頼むわ」


「私を殺して」


 あぁ、ずるい。そんなこと言われたら、戦えなくなる。魔王の瞳から、涙が零れる。それに構わず、彼女は、ただただ私を見ている。


「御主人様。大丈夫。行こう」
「……ん、うん」


 ミアが私の耳元で囁く。なにが、大丈夫なんだろうね? そう思ってしまった私は、おかしくなってる。小さく息を吐いてから、唇を結ぶ。分かってる。私は、魔王と戦いに来た。魔力を見た感じ、彼女だって、手加減するつもりはないだろう。本気で、戦わないと。


「魔王、いや、レティス、行くよ」
「! ふっ、良いわよ、リーナ」


 彼女はすぐさま涙を拭うと、笑みを浮かべて杖を構える。それを見て、ミア、レア、リアが魔力の準備をする。なん、で。全部、私の知ってる魔力。レアとリアは当然。でも、ミアは今までの魔力と違うのに、知ってる。魔王の魔力は……。私と、同じ。
 先に手を出したのは、魔王だった。ふわりと浮かびあがり、高いところに行くと、私達に向かって魔法を放ち始める。赤い光線が降ってくる。


「御主人様、大丈夫!」


 私が『怖い』と感じた事に、ミアは、すぐ、気が付いた。だからそう叫んだのだろう。ミアは右手を空に向け、呪文を唱える。と、金属音の様な物が響き、光線は弾き飛んで行く。此処まで到達する事はない。
 ミアは軽く笑みを浮かべると、右手の人差し指を立ててくるくると回す。何回か回すと、高いところへ手を伸ばす。半球状のバリアがくっきりと浮かび上がる。さっきまでは透明だったのに、淡い桃色に色づいたからだ。


 魔王は笑みを深めると、今度は違う魔法を放つ。魔王が右手を左から右へと振ると、指の先から沢山のボール状の魔法が飛んで来たのだ。
 と、何故かミアはバリアを解いた。なんで、と隣を見ると、彼女はパチッとウインクを撃ち、後ろを見る様に視線を動かす。
 其処で、納得した。後ろからレアが走って来ていた。彼女は剣を引き抜くと、ボールを全て剣で弾いていく。剣にぶつかったボールは跳ね返って魔王の方に飛んで行く。それを見て、魔王はニヤッと笑って両手を広げる。ボールはすぐさま霧散した。


 次の魔法は、尖った氷柱つららのようなものが降ってくるものだった。ミアはバリアを解いたままだし、リアは剣を鞘に仕舞っている。じゃあ、残りは……!
 後ろから飛んで来たのはリア。両手を半分ほど上に上げ、ちょっとだけ戻してから力強く天に向ける。
 リアの掌から炎が噴き出し、氷柱が溶けていく。リアはほんの少し口角を上げて両手を左右に動かした。氷柱は、私達のもとへ来る事にはただの水というかお湯になっていて、ミアが何処からともなく傘を取り出し、私を水から守ってくれた。みんなは濡れたけど、なんでか気持ち良さそうだし……。


 さて、そろそろ文句を言われそうだ。


(ユルティ、おいで)
「やっとですかぁ。待ちくたびれましたわ」


 スカートを翻しながらユルティが現れた。楽しそうに笑って爪を取り出した。白い髪が揺れて、ネージュと同じ香りが舞う。当然なんだけれどね。前から、花みたいな香りをしてたの。
 魔王が撃って来たのは細かな、白い、雪みたいな魔法だ。でも、実際は雪というより弾丸だろう。
 ユルティは嬉々として地面を蹴り、爪で魔法を弾いていく。触ってから爆発するまでほんの少し時間差があるらしい。ユルティが弾くのに触り、跳ね返って、爆発。ユルティは爆発に巻き込まれることなく全ての魔法を弾いていく。
 もう、見惚れちゃうよね。爆発が余計に引き立てるの。ユルティ、肌白いし、スタイルいいし、髪綺麗だし。元々綺麗なのに、もっと美しく見える。


 ユルティは私の近くに飛び降りる。得意げににやっと笑う辺り、可愛い。二本の尻尾が揺れてる。感情が全部出てしまうなんて、なんて可愛いの……!
 なんて言ってる場合じゃない! 魔王が次の魔法を撃って来ている。今度は大きな爆弾が降って来た! 形でもう分かる、爆弾だ! これ、どうすればいいの?
 レアとリア、ユルティが同時に地面を蹴る。レアは剣、リアは杖、ユルティは爪を構えて爆弾を弾いていく。しかし、弾かれた爆弾は中からはもっと小さな爆弾が零れ落ちる。ちょっと!
 と、ミアが半球状のバリア魔法を張る。バリア魔法に触れると、爆弾は大爆発を起こす。頭上で爆発を起こす様子を見るのは、何だか不思議な感じがする。
 ミアがニコッと笑って私の手を握る。


「ね、大丈夫。絶対勝てるよ!」


 その時、私を呼ぶ声が聞こえてきた。

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