赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第64話  戦争 エティ

 あー、忙しい、忙しいです! まさか、治癒係がこんなに大変だったなんて、知りませんでした! どうしてこんなに忙しいんでしょう、それは、怪我する兵が多いから。
 治癒魔術が得意な人って、あんまり多くない。だから、全員に治癒魔法を掛けてあげられない。魔力が無くなっちゃうから。リーナ様みたいな量の魔力持ってる人、いませんからね。ちょっと痛みをなくしてあげて、あとは自然治癒を待ちます。包帯で巻いたり、そういう仕事が主なんです。だから、忙しくて……。
 その上、午前中はベテランのミルヴィナ様が戦場に出てしまっていて……。人手も少ないんです。でも、ミルヴィナ様の本業は呪術師だから。本人が戦場に行きたいというのです、私達は止める方法がありません。此処にいる誰より、ミルヴィナ様の方が、偉いので。


「エティちゃん、こっちお願いできる?」
「あ、はい」


 そんな事を考えている間に私の短い休息の時間は終わりを告げました。まあ、仕方ありません。皆さんは命がけで戦っているのです、安全なところにいる私達に文句など言えるはずがありません!
 そ、そうは言っても、やっぱり、少しくらい愚痴を言わせて下さい、疲れました。なにせ、休憩の時間がないのです。ひっきりなしに仕事はやってきます。時間が過ぎるごとに、怪我をした方はどんどん増えて行きますから。そのうえ、先に来ていた人の面倒も見なくてはいけないのです。午後に差し掛かると、私達は多忙を極めます。そろそろ休みが欲しいなぁ、なんて言ってもみたくなるものです。


 手際良く包帯を巻いていく。こんなの慣れてどうするんだろう。まあ、悪くはないのですが。でも、嬉しくない。怪我する人がそれほど多いってことですから。良いわけありません。
 はぁ……。なにか、ちょっと良い事があればもう少し気分も良いのですが。どうも、やる気が起きません。


「はぁ……」
「エティちゃん、どうしたの?」
「ううん……。私、ルージュにいて良いのでしょうか」
「え?」


 いけない。目の前の少女の瞳が大きくなるのを見ながら思います。この子は、街の病院の看護師だそうです。が、私と一つしか違いません。リーナ様やラザール様と、同い年。まだ十六歳のはずです。もう働いているなんて、大変でしょう。……と、思えば私も十二歳からグリフィン家にいました。
 あまり、働いている、という実感はありませんでした。皆さん、とてもお優しいので。大変な時も、ありました。辛い時も、ありました。でも、皆さんが支えてくれました。だから、私、少しでも役に立ちたいって、思ったんです。それで、パーティに入れてもらいました。なのに。本当に役に立ててるの? 不安で不安で、仕方がないんです。
 っと、話を戻しましょう。


「いえ、別に、深い意味はありません」
「そ、そう?」
「はい、ですから……」


 その時、丁度私達を呼ぶ声がしたので、すぐそちらに向かいました。


 此処では、治癒魔法は交代で使います。魔力が無くならないようにです。何時から何時は誰が魔法を使う、と言った様にローテーションをして、回復の時間を作っておくんです。
 今から、私の時間。という事で、運ばれてくる負傷者の中で、特に重い人に、痛みを取る為の治癒魔法を掛けます。私は、この中では一番魔力が多い。けれど、リーナ様には程遠い。なんであんなに大量の魔力を……。ずるい、って、偶に思います。あ、いけない。ともかく。今は治癒に専念しましょうか。


 見ていて痛い、と思うくらい、酷い怪我を負う人たち。本当は、もっと癒してあげたい。けれど、怪我人が多いから、そんな事をしていたら魔力が無くなってしまう。それが辛い。痛みを軽減させる事しか出来なくて……、ごめんなさい。
 私が手際よく魔法を掛けていくのを見て、他の治癒魔術師たちは小さく声を漏らす。怪我の度合いをすぐに確認、適切な強さの魔法を掛ける。こういうのは、慣れてるんです。何度も戦闘に参加しているから。
 それに。ミルヴィナさんに教えて貰ったのもあります。本当は、呪術を教えていただこうと思って、近づきました。でも、それより、治癒魔術に惚れて。最初は教えてくれなかったのですが、根気よく頼んだら、許してくれました。本当に、感謝してます。
 だから。私は、頑張るんです。ミルヴィナさんに教えて貰った事、無駄にしません。そういう事を考えているうちに、時間はどんどん進んで行きます。そろそろ魔力が無くなる事ですが、時間ももう終わりでしょう。


「エ……、エティ、ちゃん」
「? どうしたのですか?」
「実は……」


 絶句した。もう、これは、助からない。
 出血量が多いうえ、臓器が傷つけられている。そんな状態の人が、運び込まれていた。恋人らしい、女剣士の人が、泣きながら声を掛けている。でも……。この人を助けるには、相当強い魔法をかけなくちゃいけない。そのレベルの魔法は……。禁止、されているの。魔力を使い過ぎるから。それに、私の魔力が、足りない。


「た、助けて下さい、お願いしますッ!」
「あ……」


 夕焼けが見えた気がした。大切な人を失う悲しみ。よく、分かってる。でも……。どう、すれば……。
 私の異変を感じて、みんなが声を掛けてくる。でも、返事が出来る状況ではありません。痛い。克服したと、思ってたのに。やっぱり、駄目……。
 結局、私は、回復魔法が掛けられませんでした。色々な理由があるけれど……。最終的には、私は強制的にその場から外させられてしまったのです。固まったようにその場に立ち尽くす私を見て、引き離されてしまいました。気が付けば、ベッドの上。


「あれ……、私……」
「エティ、よかった。大丈夫?」
「え、あ、はい」


 其処に居たのは、あの、看護士をやっている女の子。私が体を起こすと、ほっとしたように微笑みます。心配させてしまったのでしょう、悪い事をしてしまいました。
 あの後、無理やり馬車の中のベッドに入れられてしまったのです。抵抗できなくて、つい、うとうとと……。でも、まだ三十分くらいしか経っていませんから、そう長い事寝ていた訳ではないのでしょう。


「魘されてたみたいだから、ちょっと心配で」
「えっ? そう、でしたか?」
「うん。大丈夫なら良かったよ。……、今日は、もうやらない?」
「え、そ、そんなわけにはいきません! 大丈夫、です」
「そ、っか」


 さっきのテントに戻ります。入る前から、気付いていました。でも、いざ、入ってみると、それはとても強く胸を打ちます。
 さっきの、恋人らしき女剣士の方が、泣いていました。
 亡くなって、しまったのでしょう。助かるようには、見えませんでしたから。亡骸は……。ああ。彼女が座る前。手を握っています。でも、帰って来ないのです。『彼』の、ように。
 私の彼も、どれだけ呼び掛けても、どれだけ抱きしめても、帰っては、来ませんでした。蘇生魔法も、失敗して。絶望しました。自分に。よく、分かります。だからこそ……。とても、助けてあげたい。でも、一体、どうすれば? 下手に動けば、余計に傷つけてしまいかねないですし……。


「あの二人……。結婚した、ばかりなのだそうよ」
「え……?」
「戦争する、すぐ前。一カ月も、経っていないって」
「……」


 そっと俯く。助けてあげたい。助けたい。抑えきれない。この気持ち。規則も全部、関係ない。私は、目の前で悲しむ人を助けたい。それだけ。
 私は彼女に近づきます。


「あの」
「え……? はい……?」
「少し、良いですか? 努力、しますから」
「……?」


 そっと目を閉じます。蘇生魔術、絶対、成功させる。みんな、ここぞ、っていう時に、力を発揮してくれてる。だから。此処で成功させなければ、私は、ルージュを名乗れないからっ! 絶対に、成功させるッ!


「死霊治術・蘇生ノ術!」


 辺りがカッと赤くなります。大量の魔力が抜き取られる感覚。でも、何故? 魔力が無くなる感じがしない。とられているはずなのに、減ってる感じがしないのです。
 魔法は『思い』。だから。強く、強く、願います。お願い……。
 成功して!


「な……」
「そんな、はず……」
「どう、して……」


 さっきまでより、魔力が増えた気がします。何故……? ではなくて! 私は慌てて前を見ます。


(あ……)


 成功、したんだ。大丈夫、だったんだ。
 男の人に抱きつく女剣士。また泣いてる。けど、さっきまでの、悲しい涙じゃなくて、あれは……。嬉しい、涙。良かった……。助けれらた事も、もちろん良かったです。でも、それ以上に。私も、人の役に立てるんだ、って。とても、嬉しい。


「ありがとう、ございます!」


 お礼を言われたの、久しぶりです。こんなに、嬉しかったんですね。


 この仕事……。悪くないです!

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