赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~
第58話 仲直り
「ノーラ! よ、よかった、無事だったんだ! 良かったぁ……」
「ユリア……。ごめん」
「もう、ノーラなんて大好きなんだからっ!」
大泣きしながらユリアはノーラを抱き締めた。ずっと強い振りしてたけど、実際は、不安で不安で仕方なかったんだろう。ユリアの泣き声、痛い。
なんとかノーラを守りきって帰ってこれた。全員収集して、ノーラを連れて来た事を伝えると、エティはホッとした様に笑ったけれど、こう、ユリアが泣き出してしまった。……予想はしてたんだけどね。
「リーナちゃん、痛くない?」
「はい、大丈夫です」
本当は痛いけど。心配させたくないし。こういう時、ポーカーフェイスは役に立……、え?
「リーナちゃん、嘘ついちゃ駄目だからね?」
「え……? あれ……?」
「エティ」
「はい」
どうして……。分かったの? なんで、なんで? 私、は……。
「はい、どうぞ」
「あ、痛くない……。ありがとう」
エティはニコッと笑って戻って行った。と、入れ替わりでノーラがやってくる。
「リーナ。あの、ごめんな。あの時、いや、今まで。ほんと、ごめん」
「ううん……。悪いのは、私も。ユリア盗っちゃって、ごめん。嫌だったよね」
「そりゃ、そうだ。でも、私は、やり過ぎた……」
「うん、ユリアもノーラも、二人揃って、やり過ぎだよ? でも、似てるなって思う。仲良くした方がいい」
「……、え?」
ノーラは呆気にとられた様に私を見つめる。見る見るうちにその顔は歪み、その場に崩れ落ちてしまった。何が、悪かったの?
「ごめん、誤解、してた。リーナ、そんな風に、笑えたんだ……。今まで、何か、あったんだ……」
「え、え?」
「そういう子なんだと、思ってたけど、違う、何か、辛い事が、あった、でしょ? なのに、私……」
「え? ノーラ?」
「なんでこんな子がユリアに、って、思ってた。違った。ユリアに、よく似合う」
え、どういうこと……? 分かってるけど、分かりたくない。違うって思いたい。だって、私は、私は……。
「とっても可愛い。リーナ」
嗚呼、涙が止まらない。
分かってた。表情が作れない? そんなの昔の話だって。もう、とっくに笑えてた。でも、気付かない振りをしてた。それは、私じゃないと思ったから。
違った。
今の私が、本当の自分だった。もう、隠さなくて、良いんだ。
「ノーラ……。ありがとう」
「え? な、なんで、どうして、お礼なんか」
「ううん、違うの、違うの。ああ、でも、そうじゃなくて……」
「全く……。ほら、落ち着いて」
嬉しかった。ノーラが私の事、認めてくれて。でも、それだけじゃない。これも私だって、認めてくれた。それが、嬉しかった。
今までどうして、ノーラの事、避けてたんだろう。こんなにいい子だった。なのに、私……。もっとはなく、仲直りして、一緒にいたら、ノーラの良いところ、もっといっぱい知れてたのに。
「リーナ?」
「大丈夫! もう大丈夫!」
「そう? ……さっき、助けてくれて、ありがとう」
笑みを返すと、ノーラも笑ってくれた。嬉しい。こんな風に、笑いあうなんて、久しぶり。ううん……。意識してやったのは、久しぶり。
此処が解決すると、私達は次の戦いについての話し合いを始めた。ノーラも含めて。なのだけれど。
「リーナちゃん? どうしたの?」
「いえ……」
「あっ、もしかして、魔力使い過ぎたんじゃない? 頭、痛いの?」
「……。うん」
レアは必殺技使っちゃうし、しかもミアにも渡すもんだから二倍魔力を使う事になった。あと、リアとネージュに他の兵を任せたら、勝手に魔力を沢山使われた。御蔭で魔力は枯渇寸前、体調が悪い。さっきまではまだ良かったんだけど、そろそろ辛くなってきた。
ユリアも疲れてるはずなのに、パッと立ち上がって周りをあけ、私が横になれる様にしてくれた。しかもなんでかユリアの膝枕という特典付き。
ぽふぽふと私の頭を撫でると、そっと笑みを浮かべる。なんでか、安心する。
「んで。どうも、リーナちゃんの負担が大きいらしい」
「うん。私の事助ける前、リーナ、相当の兵を相手にしてた」
「違う、あれ、レアが勝手に煽っただけ」
「誰か一緒に付けようか」
「あ、私は無視?」
ラザールお兄様は私の言葉を無視して勝手に話を進めていく。聞こえなかったはずないんだけど。そんなに私の事心配?
でも、あれは私の使い魔が悪い。だから、そっちを躾け……られる気がしない。
「じゃあ、ノーラちゃん、付きなよ」
「は……、えっ、私?!」
「うん、何か問題でも?」
「いえ?」
ベルさんの唐突な意見に、ノーラは驚いたようだった。でも、私を見て口を『良い?』と動かした。一緒に行きたいのかな? なら、私は問題ない。
問題、あるとしたら、使い魔と上手く連携出来るか、くらい? 生半可なレベルの人だと、多分置いていかれる。私みたいに。私は振り回されてるって言ったほうが正しいけど。
「うん。じゃ、必殺技も準備しておいてね?」
「……、必殺技?」
ノーラが首を傾げる。そっか、知らないんだっけ。ユリアが説明を始める。
「それぞれ、必殺技を作ってみたの。今から見せようか?」
「え、いいの? 疲れるよ」
「まあ、明日までもう戦う事はないわけだし」
全員が同意し、ノーラに必殺技を見せた。一つ一つ全員の必殺技に驚いてくれた。やってる方としては結構嬉しいらしく、みんな満足げだった。私はやらせて貰えなかったんだけどね。当然か。
こうして、この日も終了。ベッドへ向かった。はずだった。
「えっと……?」
「うん、リーナちゃん、ごめんね、今日はノーラと一緒に寝てあげて?」
「え、どういう……?」
「あっ、え、えと、そ、その、部屋が足りないって。この部屋、使い魔たちも居るから、って思って、ちょっと大きい部屋にしたんだよね。だから、今日は……」
「…………」
「リ、リーナちゃん?」
嘘ついてるのは、すぐに分かった。ラザールお兄様が動揺してるのもそうだけどさ。それ以前に、部屋が余ってるのは、知ってたし。わざわざ此処に来る必要なんてあるはずない。つまり、私と一緒に寝たいんでしょ? 素直にそう言ってくれればいいのに、遠回しなやり方を。
そういうやり方、気に入らない。
「家族なのだし、エティのところに行けば? 使い魔三人呼ぶから、狭いです」
「え……」
「もしくは、親友でしょう? ユリアのところは?」
「……」
言ってから、我に返って、後悔した。明らかに、人を傷付ける為に言った。こんな事、するつもりなかったのに。ノーラは大きく瞳を見開くと、一歩後ずさった。やっちゃった……。
ラザールお兄様も驚いた顔をしたから。益々後悔する。その時、ノーラはパッと俯き、後ろを向いて走り去ろうとした。
「ま、待って!」
「っ! リーナ……?」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ、なくて!」
「……」
「嘘つかれたの、嫌だったの……」
「……え?」
濡れた瞳で私を見る。と同時に私は顔を逸らした。ノーラの顔、見れない。どんな顔をしてるか、わかりきってるから。みたくない。
静かだと、時間が止まったかのように感じられる。その静寂の中に、小さな息を吸う声が聞こえた。
「何だ、分かってたの……?」
「そりゃあ。部屋余ってるの、知ってたし」
「ごめん、嘘なんて、吐かなければ、よかった」
ノーラは笑って私まで駆け寄り、抱き締めた。作り笑いだった。慌てて作った様にも見えた。驚いている間にラザールお兄様は扉を閉じ、いなくなってしまった。届くわけないって思ってたんだけど、思わず伸ばした右手が行く宛を失い宙を漂う。
ちょっと震えてるノーラ。怖いんだろう。さっき、あんなことしちゃったから、ノーラ、きっと、怖がってる。安心させてあげなきゃ。
「ノーラ、大丈夫、怒ってないよ」
「で、でも」
「ちょっと気に入らなくてね。まあ、今はもう何とも思ってない。この程度で怒ってごめんね」
「う……。リーナは、優し、過ぎるんだ。偶に、苦しい、くらい」
え? 優しい? そんな事、ないけど。
私はノーラを離す。ベッドに座ると、ノーラも隣に来た。グレーの髪って、なんか不思議な感じ。私の隣にあまり無い色だから。エティはそうだけど、私はラザールお兄様とユリア、ミネルヴァミルヴィナ姉妹、アリス、それか使い魔と一緒にいる事が多いから。こんな距離で見るのは珍しいの。
青緑の瞳は、一見澄んでいて綺麗なのに、何処か、闇を抱えているようにも見える。なんで、だろう。ノーラは一体、どんな事を抱えているっていうの?
「リーナの事、誤解してたって、言った、でしょ」
「……うん」
「私、リーナが、こんなに表情豊かなんだって、知らなかった。……いつ、から?」
「え? えっと、多分、最近だよ。自分じゃ、よく、分からないけれど。みんなの御蔭で、何とか、此処まで戻ってこれた」
「ねえ、なにが、あったのか。私も、聞きたい。駄目?」
「ん……、駄目じゃ、ない」
別に、隠す必要もないし。ちょっと心が軽くなる事を期待しながら、昔のこと、全部話した。
実は、昔の事、誰にも話していないんだけどね。最後、そう付け加えると、ノーラは驚いたような顔をして、謝ってきた。別に、謝る様な事じゃないんだけれどね。寧ろ、こっちが謝りたい。ノーラ、私が喋ってる間、泣いちゃって。
浅はかだった。こんな、簡単に話して良い事じゃなかったんだろう。もっと、ちゃんと注意するように言っておけばよかった。
「誰にも、言ってない? 本当に……?」
「うん。言う必要、なかったし」
「でも……。酷い。そんな事、あって……」
「もう大丈夫だから。だから、そんな顔しないでよ。こっちが辛くなるでしょ?」
そういうと、ノーラはこくんと頷いて私の手をそっと握る。温かい、人の手。前は、ラザールお兄様と会う前は、人が温かいなんて、思えなかった。ただただ、冷酷な、恐怖の対象。今は違う。私も、変われた。
人って、変われるものなんだって、よく分かった。人の温かさに触れる大切さも、よく分かった。だからこそ。戦争が、許せない。人と人とを引き裂く戦争が、大嫌い。止めたいって、思う。
だから、私は戦う。分かってるよ、我が儘だって。人を殺してるのに。そんなこと言える立場じゃないって。でも、心だけは、常に、平和を思い描いてる。こんな戦いのない、平和な世界を。
「絶対戦争、終わらせる」
「え……?」
「ノーラも、手伝ってくれるよね?」
「! もちろん!」
仲間も居るの。私は、独りぼっちじゃない。それが、どれほど私を強くしてくれる事か。
大丈夫、怖くない。呪文の様にいつも唱えてたこの言葉も、もう、いらない。もう、なにも恐れる事なんてない。
私は、必ず、平和をもたらすから……!
「ユリア……。ごめん」
「もう、ノーラなんて大好きなんだからっ!」
大泣きしながらユリアはノーラを抱き締めた。ずっと強い振りしてたけど、実際は、不安で不安で仕方なかったんだろう。ユリアの泣き声、痛い。
なんとかノーラを守りきって帰ってこれた。全員収集して、ノーラを連れて来た事を伝えると、エティはホッとした様に笑ったけれど、こう、ユリアが泣き出してしまった。……予想はしてたんだけどね。
「リーナちゃん、痛くない?」
「はい、大丈夫です」
本当は痛いけど。心配させたくないし。こういう時、ポーカーフェイスは役に立……、え?
「リーナちゃん、嘘ついちゃ駄目だからね?」
「え……? あれ……?」
「エティ」
「はい」
どうして……。分かったの? なんで、なんで? 私、は……。
「はい、どうぞ」
「あ、痛くない……。ありがとう」
エティはニコッと笑って戻って行った。と、入れ替わりでノーラがやってくる。
「リーナ。あの、ごめんな。あの時、いや、今まで。ほんと、ごめん」
「ううん……。悪いのは、私も。ユリア盗っちゃって、ごめん。嫌だったよね」
「そりゃ、そうだ。でも、私は、やり過ぎた……」
「うん、ユリアもノーラも、二人揃って、やり過ぎだよ? でも、似てるなって思う。仲良くした方がいい」
「……、え?」
ノーラは呆気にとられた様に私を見つめる。見る見るうちにその顔は歪み、その場に崩れ落ちてしまった。何が、悪かったの?
「ごめん、誤解、してた。リーナ、そんな風に、笑えたんだ……。今まで、何か、あったんだ……」
「え、え?」
「そういう子なんだと、思ってたけど、違う、何か、辛い事が、あった、でしょ? なのに、私……」
「え? ノーラ?」
「なんでこんな子がユリアに、って、思ってた。違った。ユリアに、よく似合う」
え、どういうこと……? 分かってるけど、分かりたくない。違うって思いたい。だって、私は、私は……。
「とっても可愛い。リーナ」
嗚呼、涙が止まらない。
分かってた。表情が作れない? そんなの昔の話だって。もう、とっくに笑えてた。でも、気付かない振りをしてた。それは、私じゃないと思ったから。
違った。
今の私が、本当の自分だった。もう、隠さなくて、良いんだ。
「ノーラ……。ありがとう」
「え? な、なんで、どうして、お礼なんか」
「ううん、違うの、違うの。ああ、でも、そうじゃなくて……」
「全く……。ほら、落ち着いて」
嬉しかった。ノーラが私の事、認めてくれて。でも、それだけじゃない。これも私だって、認めてくれた。それが、嬉しかった。
今までどうして、ノーラの事、避けてたんだろう。こんなにいい子だった。なのに、私……。もっとはなく、仲直りして、一緒にいたら、ノーラの良いところ、もっといっぱい知れてたのに。
「リーナ?」
「大丈夫! もう大丈夫!」
「そう? ……さっき、助けてくれて、ありがとう」
笑みを返すと、ノーラも笑ってくれた。嬉しい。こんな風に、笑いあうなんて、久しぶり。ううん……。意識してやったのは、久しぶり。
此処が解決すると、私達は次の戦いについての話し合いを始めた。ノーラも含めて。なのだけれど。
「リーナちゃん? どうしたの?」
「いえ……」
「あっ、もしかして、魔力使い過ぎたんじゃない? 頭、痛いの?」
「……。うん」
レアは必殺技使っちゃうし、しかもミアにも渡すもんだから二倍魔力を使う事になった。あと、リアとネージュに他の兵を任せたら、勝手に魔力を沢山使われた。御蔭で魔力は枯渇寸前、体調が悪い。さっきまではまだ良かったんだけど、そろそろ辛くなってきた。
ユリアも疲れてるはずなのに、パッと立ち上がって周りをあけ、私が横になれる様にしてくれた。しかもなんでかユリアの膝枕という特典付き。
ぽふぽふと私の頭を撫でると、そっと笑みを浮かべる。なんでか、安心する。
「んで。どうも、リーナちゃんの負担が大きいらしい」
「うん。私の事助ける前、リーナ、相当の兵を相手にしてた」
「違う、あれ、レアが勝手に煽っただけ」
「誰か一緒に付けようか」
「あ、私は無視?」
ラザールお兄様は私の言葉を無視して勝手に話を進めていく。聞こえなかったはずないんだけど。そんなに私の事心配?
でも、あれは私の使い魔が悪い。だから、そっちを躾け……られる気がしない。
「じゃあ、ノーラちゃん、付きなよ」
「は……、えっ、私?!」
「うん、何か問題でも?」
「いえ?」
ベルさんの唐突な意見に、ノーラは驚いたようだった。でも、私を見て口を『良い?』と動かした。一緒に行きたいのかな? なら、私は問題ない。
問題、あるとしたら、使い魔と上手く連携出来るか、くらい? 生半可なレベルの人だと、多分置いていかれる。私みたいに。私は振り回されてるって言ったほうが正しいけど。
「うん。じゃ、必殺技も準備しておいてね?」
「……、必殺技?」
ノーラが首を傾げる。そっか、知らないんだっけ。ユリアが説明を始める。
「それぞれ、必殺技を作ってみたの。今から見せようか?」
「え、いいの? 疲れるよ」
「まあ、明日までもう戦う事はないわけだし」
全員が同意し、ノーラに必殺技を見せた。一つ一つ全員の必殺技に驚いてくれた。やってる方としては結構嬉しいらしく、みんな満足げだった。私はやらせて貰えなかったんだけどね。当然か。
こうして、この日も終了。ベッドへ向かった。はずだった。
「えっと……?」
「うん、リーナちゃん、ごめんね、今日はノーラと一緒に寝てあげて?」
「え、どういう……?」
「あっ、え、えと、そ、その、部屋が足りないって。この部屋、使い魔たちも居るから、って思って、ちょっと大きい部屋にしたんだよね。だから、今日は……」
「…………」
「リ、リーナちゃん?」
嘘ついてるのは、すぐに分かった。ラザールお兄様が動揺してるのもそうだけどさ。それ以前に、部屋が余ってるのは、知ってたし。わざわざ此処に来る必要なんてあるはずない。つまり、私と一緒に寝たいんでしょ? 素直にそう言ってくれればいいのに、遠回しなやり方を。
そういうやり方、気に入らない。
「家族なのだし、エティのところに行けば? 使い魔三人呼ぶから、狭いです」
「え……」
「もしくは、親友でしょう? ユリアのところは?」
「……」
言ってから、我に返って、後悔した。明らかに、人を傷付ける為に言った。こんな事、するつもりなかったのに。ノーラは大きく瞳を見開くと、一歩後ずさった。やっちゃった……。
ラザールお兄様も驚いた顔をしたから。益々後悔する。その時、ノーラはパッと俯き、後ろを向いて走り去ろうとした。
「ま、待って!」
「っ! リーナ……?」
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ、なくて!」
「……」
「嘘つかれたの、嫌だったの……」
「……え?」
濡れた瞳で私を見る。と同時に私は顔を逸らした。ノーラの顔、見れない。どんな顔をしてるか、わかりきってるから。みたくない。
静かだと、時間が止まったかのように感じられる。その静寂の中に、小さな息を吸う声が聞こえた。
「何だ、分かってたの……?」
「そりゃあ。部屋余ってるの、知ってたし」
「ごめん、嘘なんて、吐かなければ、よかった」
ノーラは笑って私まで駆け寄り、抱き締めた。作り笑いだった。慌てて作った様にも見えた。驚いている間にラザールお兄様は扉を閉じ、いなくなってしまった。届くわけないって思ってたんだけど、思わず伸ばした右手が行く宛を失い宙を漂う。
ちょっと震えてるノーラ。怖いんだろう。さっき、あんなことしちゃったから、ノーラ、きっと、怖がってる。安心させてあげなきゃ。
「ノーラ、大丈夫、怒ってないよ」
「で、でも」
「ちょっと気に入らなくてね。まあ、今はもう何とも思ってない。この程度で怒ってごめんね」
「う……。リーナは、優し、過ぎるんだ。偶に、苦しい、くらい」
え? 優しい? そんな事、ないけど。
私はノーラを離す。ベッドに座ると、ノーラも隣に来た。グレーの髪って、なんか不思議な感じ。私の隣にあまり無い色だから。エティはそうだけど、私はラザールお兄様とユリア、ミネルヴァミルヴィナ姉妹、アリス、それか使い魔と一緒にいる事が多いから。こんな距離で見るのは珍しいの。
青緑の瞳は、一見澄んでいて綺麗なのに、何処か、闇を抱えているようにも見える。なんで、だろう。ノーラは一体、どんな事を抱えているっていうの?
「リーナの事、誤解してたって、言った、でしょ」
「……うん」
「私、リーナが、こんなに表情豊かなんだって、知らなかった。……いつ、から?」
「え? えっと、多分、最近だよ。自分じゃ、よく、分からないけれど。みんなの御蔭で、何とか、此処まで戻ってこれた」
「ねえ、なにが、あったのか。私も、聞きたい。駄目?」
「ん……、駄目じゃ、ない」
別に、隠す必要もないし。ちょっと心が軽くなる事を期待しながら、昔のこと、全部話した。
実は、昔の事、誰にも話していないんだけどね。最後、そう付け加えると、ノーラは驚いたような顔をして、謝ってきた。別に、謝る様な事じゃないんだけれどね。寧ろ、こっちが謝りたい。ノーラ、私が喋ってる間、泣いちゃって。
浅はかだった。こんな、簡単に話して良い事じゃなかったんだろう。もっと、ちゃんと注意するように言っておけばよかった。
「誰にも、言ってない? 本当に……?」
「うん。言う必要、なかったし」
「でも……。酷い。そんな事、あって……」
「もう大丈夫だから。だから、そんな顔しないでよ。こっちが辛くなるでしょ?」
そういうと、ノーラはこくんと頷いて私の手をそっと握る。温かい、人の手。前は、ラザールお兄様と会う前は、人が温かいなんて、思えなかった。ただただ、冷酷な、恐怖の対象。今は違う。私も、変われた。
人って、変われるものなんだって、よく分かった。人の温かさに触れる大切さも、よく分かった。だからこそ。戦争が、許せない。人と人とを引き裂く戦争が、大嫌い。止めたいって、思う。
だから、私は戦う。分かってるよ、我が儘だって。人を殺してるのに。そんなこと言える立場じゃないって。でも、心だけは、常に、平和を思い描いてる。こんな戦いのない、平和な世界を。
「絶対戦争、終わらせる」
「え……?」
「ノーラも、手伝ってくれるよね?」
「! もちろん!」
仲間も居るの。私は、独りぼっちじゃない。それが、どれほど私を強くしてくれる事か。
大丈夫、怖くない。呪文の様にいつも唱えてたこの言葉も、もう、いらない。もう、なにも恐れる事なんてない。
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