赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第54話  空爆と開戦

 ドーン、という大きな音で、私は目を覚ました。カレンダーの日付は八月。最近ずっと暑くて、やっと今日は涼しくてよく眠れそうだ、と思ったらこれだ。いい加減にして欲しい。
 ベッドから降り、カーテンを開けてみる。其処に広がる光景に、私は思わず息を飲んだ。
 街が、真っ赤になっている。
 じゃあ、今の音は、もしかして……。最悪の事態が頭に浮かぶ。私はパッと駆け出すと、手当たり次第、異空間に物を放り込む。練習して、やっとできるようになった異空間に物を預ける魔法。こんな時の為に習得した訳じゃないのに。助かる事には間違いないけど。
 魔服に着替えたところで、丁度ラザールお兄様が飛び込んできた。此方も魔服を着ている。慌てた様子の彼は、私に早口にこう告げる。


「空爆だ、逃げるよ!」


 そろそろ、攻め込まれてもおかしくないとは、思っていた。そして、その時。こういう手段に出るだろうことも、分かっていた。黒魔族シュヴァルツ帝国が、わざわざ丁寧に宣戦布告なんてしてくるはずが、ないから。
 暗い廊下を走る。天井から下がるのはやけに豪華なシャンデリア。これは、毎朝侍女メイド達総出で火を灯している。そんな暇があるはずはないから、明かりは全くない。
 開け放たれた門を飛び出す。グリフィン家は王城のシェルターが使用可能。侍女メイド達はグリフィン家の裏に簡素なシェルターがあるから、おそらく其処。
 私達は王城のシェルターに向かう。遠くて危ないけど、その分頑丈。アンジェラさんだけはそっちに向かってる。侍女長は、特別だから。あと、ルージュは入っていい事になってるから、エティも。でも……。アリスが心配だ。


 上から魔法が降ってくる。圧倒的に火が多いのは、一番広がりやすいから。人に被害があるから。
 空を飛ぶ魔物に乗って、上から魔術師メイジが魔法を撃ってるんだろう。焼けた家屋が崩れていく。その間を縫って、王城へと急ぐ。
 彼方此方で悲鳴が上がる。火達磨になった人もいる。今、まさに火に包まれた人もいる。家の下敷きにされた人もいる。
 足を止めたくなっちゃう。でも、そんな事をしても駄目だ。前を走るラザールお兄様に従う。


「っ!……、うあっ!」


 小さな石に躓いた。その上から、真っ赤に燃える家だったものが降ってくる。


「リーナちゃん!」


 ふわっと体が宙を浮く。気が付けば、ラザールお兄様に抱きかかえられていた。
 ラザールお兄様の顔を見ると、泣きそうな顔をしていた。なん、で? どうして、そんな顔をしているの?


「ごめん、忘れてた。足、痛いよね」
「あっ……」
「心配しないで……。僕が居るんだから」


 ラザールお兄様はキュッと唇を結ぶと、私を抱き抱えたまま走り出す。凄く早い。私と、見えてる視界、違うんだろうな。
 シェルターにはすぐ着いた。アンジェラさんに案内して貰って、王城からの長い階段を下りていく。分厚い鉄の扉を開けると、その先だ。


「ラザール! 良かった」
「フラン、無事だったんだね」
「うん、私は王城に居るんだもの、すぐここに入れたからね」


 アンジェラさんは奥の方に行った。他のみんなも奥に居るらしい。けど、女王様だけはラザールお兄様が不安で此処に居たみたい。明らかに安心したような表情を浮かべた。
 ラザールお兄様に下ろして貰った時、急に恐怖が襲ってくる。さっき、見たもの、聞いたもの。嫌な物が、全部蘇って来て、息が出来ない。蹲ると、ラザールお兄様と女王様が慌てて駆け寄ってきた。


「リーナちゃん、どうしたの?!」
「と、とにかく奥へいこう?」
「わかった」


 ひょい、と私を持ちあげると、そのまま奥へと歩いていく。
 鉄の扉を開けると、さっきまでとはうって変わって明るかった。火の魔法じゃなくて、明かりを点ける魔法っていうのを使ってるらしい。


「リーナ?! ちょっと、顔真っ青なんだけど、ラザール、何があったのよ!」
「そんなの僕が知りたいよ」


 頭の中で悲鳴が木霊する。ぐるぐると回る視界に、思わず目を閉じる。今、上はどうなってるんだろう。嫌だ、嫌だ嫌だ、どうしてみんな、殺されなくちゃいけないの……ッ!


「リーナ、落ち着いて、ね。ほらこっちにおいで」
「ユリア……」
「大丈夫、大丈夫。きっと、大丈夫だから」


 ギュッと抱きしめられる。いつも通りのユリアの香り……。


「はぁ、はぁ……。大丈、夫」
「そう。……水飲む?」
「うん」


 ユリアはアンジェラさんからコップを受け取ると、魔法で中に水を入れる。凄く冷たいけれど、とても心地いい。
 私は異空間からノートを取り出した。親が残してくれたノート。ぺらぺらと捲ってユリアに見せる。


「此処に……。書いてある。黒魔族シュヴァルツが戦争を仕掛けてくるときは、魔王が復活するすぐ前」
「何、で……?」
「それは、分からないけど……。とにかく、早く何とかしないと」


 ユリアは私からノート受け取るとその文字を辿り始める。一ページの半分くらいまで読み進めた時、ユリアはぱたっとノートを閉じた。ちょっと視線を彷徨わせてから、私を見る。


「えっと、これ、どういう事?」
「……、え?」
「ラザール、ちょっと見てよ」


 ラザールお兄様にノートを渡す。少し目を通すと、ちょっとだけ驚いたように目を大きく開いた。


「これ……。赤魔族ロート語?」
「え……。なん、で、それを?」
「実は、ね。リアナが残したものに、赤魔族ロートに関する情報があった」
「え……!」
「ラザールはリーナの話を聞いた後、その事を私に教えてくれたの。……リアナは、全部、知ってたのよ」


 どうして……。どうして、知ってたの? そんなはず、ない。だって、赤魔族ロートの事は、赤魔族ロートしか知る事が出来ない情報。私は、わざわざ赤魔族ロートの所まで訪ねたのに。
 あぁ、そっか……。グリフィン家、自分たちが赤魔族ロートだって事、知ってたんだ?


「今まで、これなんだろう、くらいにしか思ってなかったんだけど、リーナちゃんの話と全く一緒だから、びっくりして……」
「どうしようって迷って、私に教えてくれたらしいの」


 そうだ、ミア。あの時、ラザールお兄様に確認とって……。知ってたから、あの反応をしたんだ。
 待って、よく分からないけれど、とにかく。リアナって一体何者なの?


「取り敢えず、今日はもう寝よう。時間も時間だし」
「リーナも疲れたでしょ? ほら、一緒に寝よう?」
「う、うん……」


 頭の中が情報だらけ。整理しなきゃ……。






「あ…………」


 街は、焼け野原と化していた。
 唯一、頑丈な防御魔法で守られた王城だけが残っている。後は、全て焼かれ、崩れ、此処が町だったなんて、信じられない状態だ。
 シェルターの中に戻る。あんなの、いつまでも見ていられない。


「酷いわね……。戦争に参加できる人も随分少ないだろうから、私達が何とかしないと」
「あたし達だけで何とかなるかな。……シルヴェール、何処に居るんだろう」
「ノーラ姉様が心配です……。ドロシア、一緒に居てくれてるのでしょうか」


 空気は重い。そりゃあそうだ。生きてるか、死んでるかさえもわからない。情報を取る手段も無いのだから。


「アリス、無事、かな……」
「えっ? ア、アリス? アリスはね……」
「えっ?」


 ラザールお兄様はピタッと動きを止めると、斜め下を向いた。え? アリスが、どうかしたの?
 待って、そんなはずないよね? そんなの、信じないよ……?


「アリスねぇ……。どうしてもリーナちゃんに会いたくて、此処まで来ちゃったんだよ」
「……ん?」
「リーナ様ぁ! 御無事で何よりですっ!」


 ちょっと待って、此処まで来ちゃったの?!
 向こうから飛び出してきたのは、確かに私の愛しいアリス。あの距離を、一人で、此処まで……? もう……。


「なんて危ない事を!」
「ひゃっ。だ、だって、リーナ様に会いたかったんです。私は、リーナ様の侍女メイドですよ?」
「う……」


 どうも、今日の朝早くに向こうのシェルターから抜けだして此処まで走って来たらしい。見張りは居たけど、アリスがあまりに堂々と『リーナ様の侍女メイドです、入れて下さい』と言ったものだから、誰も疑わなかったのだとか。まあ、そんなことしなくても、うるうるの瞳で言われちゃ、誰も抗えないと思うけどね……。


「もう、仕方ない。おいで」
「わぁい!」
「全く……。もうこんな無茶なことしちゃ駄目だよ?」
「分かってます!」


 さて、そろそろ話し合わないと。これからの事。どうするのか。


「もう、国境の森は全て焼かれてしまったらしいです。攻め込まれるのは時間の問題」
「じゃあ僕達はすぐ向かおう」
「助かります。一応、他の兵も向かわせていますが」


 という事は、すぐに向かって戦いに参加した方がいいかも。兵も多分、この攻撃の後じゃ少ないんだろうし。志願兵を集めたとは言ってても、どれくらい居るか……。
 馬車に乗ってしまえばすぐの距離。準備を整えたらすぐ出発する。アリスも付いてくる事になってしまった……。女王様も同行するらしい。危ないから留守番だ、と家臣も含めて全員猛抗議したのだけれど、国の頂点に居るものとして、向かわなくてはいけない、と言った。もし死んでしまったら、その時は任せる、といって。


「ああ、緊張する……。対人で必殺技使うかもしれないのは、初めてだし」
「そうだね……。どれくらいの威力なのか、見当もつかない」
「ま、取り敢えず頑張ろう。ねっ?」


 ミレの言葉に、みんな頷く。こういう時、暗い事ばかり考えていても仕方がない。
 ようやくグリフィン家を通り過ぎた辺りで。馬車が吹き飛んだ。そのまま横転。どうなっているのかも分からない。何とか助けあって立ち上がると、魔法で馬車を壊して外に出た。


「もう、馬車では進めないってことね? 良いじゃない、やってやりましょう!」


 それぞれの武器をしっかりと握りしめると、話し合っていた通り、散り散りになって走り始めた。


 さあ、開戦だ!



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