赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第47話  赤い治術師

 ユリアの悲鳴が体育館に反響する。それだけで、全て分かる。掛ける声も見つからないまま、ユリアの後ろに立ち尽くす。


 と、足音が聞こえた。


 はっとして後ろを振り返ると、瞳を真っ赤に染め上げたエティが歩いて来ていた。表情が、読み取れない。
 ノーラの前に立つと、エティは黙って目を閉じる。なんだか、いつものエティと違う魔力を纏っている。そう……。瞳の色、夕焼けが映ってるだけってだけじゃ、ないんだね。


「死霊魔術、応用。蘇生」


 エティは黙ってそう、唱えた。間違いじゃない、蘇生って、言った。でも、そんなはず、ない。私の知る限り、魔法での蘇生は不可能。じゃあ、どうやって、蘇生を……?


(あ、そっか)


 死霊魔術の応用。死霊魔術は黒魔術。学校じゃ教えてくれないタイプの魔法だ。私には、分からない。
 ノーラが赤く光る。横になって居た体が宙に浮き、その足を床に付ける。


 その瞬間。エティが倒れた。


 慌てて駆け寄ると、ただ気絶しただけのよう。魔力の使い過ぎというのが妥当だろう。
 ノーラは不思議そうに両手を見つめる。ユリアが泣きながらその体を抱き締めた。ノーラはちょっと首を傾げると、泣き笑いをしてユリアに何かを言った。なんと言ったのかは聞きとれなかった。そんな私達の様子を見て、アンジェラさんとミレ、ベルさんも此方に来た。安心したように表情を緩める。


 ふと、後ろに気配を感じて、私は振り返る。其処には、さっきのローブの人がいた。こちらを見ていたけれど、踵を返して出ていこうとする。


「ま、待って!」


 自分でも驚くほどの声量が出た。ローブを着た人も驚いたように足を止め、此方をちょっと振り返る。相変わらず、ロ-ブの影になって顔は見えない。
 なんで呼び止めたのか、自分でも分からなかった。でも、黙って居たら行ってしまう。慌てて口から出た言葉は。


「貴方、『運命の支配者デスティネ・ドミナシオン・ユマン』……?」


 私以外の、この場に居た全員が驚いたように「え?」と声を漏らした。


「だったら、どうするの?」
「話が、したい。訊きたい事、沢山ある」
「……」


 パッと一枚の手紙を投げる。いつ書いたのか分からないけれど、インクが乾ききってない。裏返して見ると丁寧に宛名まで書かれている。確実に、私宛。
 顔を上げると、ローブを着た人はもう居なくなっていた。私は黙って封を切る。


『二日後、例の村で』


 例の村って、あの……? 此処までされたら、一人で行くしかない。みんなには悪いけど、私は、これを、一人で解決させたいの。






 私は一冊のノートを開く。両親の残したノートの内容を纏めたもの。誰にも見せてない、パーティの中で、私だけの知っている情報が詰まってる。
 それを見ながら、訊きたい事、訊かなければならない事を紙に書いていく。紙はすぐにインクで埋め尽くさせることとなった。ちょっと減らした方が良いかもしれない。
 今回の一連の……。全部、業と起こしたものだと思ってる。ベルさん、ミレ、エティ。こんなに一気に『覚醒』するはず、ないもん。
 操り人形みたいで、嫌。自分の運命を支配されるなんて。でも、こればかりは仕方ない。諦めるしか、ない。抗う事は、出来ないのだから。


(だったら……)


 彼らが驚くくらい、強くなって見せる。それが一番だ。






 私は森に出ていた。明日、村に行く事になる。何があるのか、分からない。だから、ちょっとでもみんなを強くしておこうかと思って。
 一冊の本を取り出す。私だって、鍛えてきたから、魔力量、相当増えたんだから。みんな、でておいで!


「アルシエル、エリュシオン、イノシオン、ヴァランチ、エクレール」


 出てきた姿を見て、私は唖然とした。え、ちょ、なんで?


(なんでみんな、人型なの?)
「初めまして、御主人様」
「正確には初めてじゃにゃいけどにゃ!」
「ですが、この姿では、初めてでしょう」
「私たち……。人型、なれる」
「今は別に戦う訳じゃないからな、これでも良いだろう」


 そうか。この子たち、ランク高いもんね。人型になれない筈がなかった。
 私達は異世界に住む者たちを『悪魔』と呼んでいる。それが人型であろうと、獣型であろうと。
 みんな、本当の姿は獣。でも、ランクが高くなると人型になれるようになる。だから、この子たちは人型になれるに決まってた。でも、なんでかみんなドレスなんだけど。それは流石に知らないよ?
 って、あ、じゃあ、ミアとかレアも本当の姿は獣なんだよね。どんなだろう。


「人型になると、能力がだいぶ制限されてしまいますからね。戦いには向きません」


 そう言うのは、背中から翼の生えた美しい少女。この子がアルシエルだね。切れ長で黄色をした目と、ちょっとだけふわっとした白い髪が美しい。腰までは到達してない、かな。周りは白い光の粒で覆われている。神秘的な雰囲気だ。首元に小さなリボンがついていて、襟は詰まっている。白いブラウスの上に、足首まである長いスカートの淡い黄色のドレスを着てる。頭の横の両方から小さな羽根がぴょこんと飛び出てる。


「まぁー、あたいたちにゃあ関係にゃいかもしれにゃいけどにゃ!」


 腰なんて優に越してる長い赤茶のポニーテールが揺れる。この子はエリュシオンか。頭に大きな猫耳が付いてるから。口からは小さな牙が覗いている。ちょっと釣り目で、瞳は赤茶でとっても大きくてぱっちりしてる。アルシエルのように、赤い光の粒で覆われてる。尻尾の先にはリボンが付いてる。首元にはチョーカー。鈴が付いてて可愛い。肩出しにアームカバー。一番上の所にはリボン。プリーツのあるスカートの長さは膝の半分くらいまでしかない。


「ですが、ここぞ、という時に呼んで下さった場合、この姿ではお役にたてないかもしれませんから」


 この子はイノシオン。頭の上に小さな耳、額には小さな角が付いてる。空色の髪はちょっと後ろの方でツインテールにされてる。高いところで結んでいても腰を通り越すくらいの長さがある。でも、こっちこそポニーテールじゃないの? まあいいけど。目は細め。綺麗な青色をしている。他の子同様、青い光の粒で覆われてる。左腰に大きなリボンの付いたドレスを着てる。スカートは薄い生地に見える。丈は長くて、後ろちょっと引き摺ってるけど、全く汚れてないという。どうなってるの?


「でも、いまは、いいの。私達、戦う為に、呼ばれたんじゃ、ない」


 熊の耳が付いてるから、ヴァランチ。右の耳は小さな帽子で隠れている。髪は限りなく白に近い水色で、瞳も薄い青。ちょっと垂れ目。後ろの髪は腰の辺りで綺麗に切りそろえられてる。周りは水色の光で覆われてる。右胸と左腰にリボンのついた薄い水色のドレスを着てる。フリルが沢山付いた可愛いデザイン。丈も結構長め。地面に付くか付つかないか、というぎりぎりのところだ。


「戦う事に違いはないが、まあ、そんなに必死にならなくても大丈夫そうだしな」


 最後にエクレール。尖った狼の耳がある。後ろには尻尾も。橙色の髪はショートカット。切れ長で鋭い橙色の瞳をしてる。周りを覆う光ももちろん橙色。ドレスは後ろから見ると足首くらいまであるけど、前は空いてて、膝の半分くらいまで隠れてる感じだ。


(可愛いね、みんな)
「そうでしょうか? それで、本日はどう致しましょうか」
(うーん、適当に戦おっか。私がどれくらいの長さ召喚してられるのか確かめたいだけだし)


 という訳で、適当に森を回る。やっぱりみんな強い。この状態でもこんな魔法が使えるんだ。ユリアより、強いかもしれない。
 私がちょっと疲れて来たくらいでみんなを帰す。結構長かった。これなら十分。明日もちょっとくらい何かあっても大丈夫だと思う。
 因みに、ミアとレアに獣の時の姿見せて、と言ったら怒られた。駄目らしい。






 で、次の日。ネージュに乗って村に向かう。本当だった歩いていくつもりだったんだけど……。


(ほんっと、何これ!)


 森火事で、歩いて行けそうになかったから。
 って言うか、どういう事、これ。木は燃えながら崩れていく。ネージュは全く速さを緩めず、上から降ってくる火に包まれた木の一部を避けながら走り続けている。ほんと、こういう時ネージュは頼りになる。
 じゃなくて。どうして森燃えてるの? こんなの聞いてないんだけど……。あ、いや、流石に家を出るときには聞いてたけどね? 手紙にはこんなこと書いてなかったよ? 本当に、あの人の考えてる事が分からない。


 まあ、とにかく。私達は村に向かって走り続ける。此処を曲がって……。絶句した。村も、火に包まれて、真っ赤だった。其処は、そう、地獄。
 其処からの事は、パニックで正直よく覚えてないんだけど……。エリュシオンとイノシオン呼んで、火を消させた。エリュシオンは火の使い手、何とか出来るかなって。イノシオンは水の使い手。水で消せるかなって。
 でも、甘かった。もっとずっと、強い火だった。
 結局、エリュシオンが火を村から離し、ミアが全部囲むようにバリアを張り、二人掛かりで必死になって消した。まあ、この流れなら分かると思うけど、イノシオンはすぐ帰す事になった。なんで呼んだの、って文句言われたけれど、仕方ない。
 私は相当の魔力使っちゃって、もう立ってられないくらい。その場に座りこむ。


 そんな時、私の事を呼ぶ声が聞こえてきた。


「リーナ!」


 私は声の方を振り返ってみる。


「……っ?!」

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