赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第46話  赤い双剣士

「ねえ!」
「ミレ?」
「ミレに賭けて!」
「えっ?!」


 ミレは真剣な目で蔦と格闘している。この状況、ちょっとでも期待できる物は、全部使いたかった。失敗したって、誰も文句なんて言うはずがない。
 それを聞くと、ミレは小さく息を吸ってから喋りはじめる。


「ミレ……。必殺技が、あるの」
「必殺?」
「そう。字の如く、必ず倒せる。でも、今これが『使えるのか分からない』」
「使えるのか、分からない?」
「だから賭けって言ったの。使えなかったら、大変な事になる」
「……何故?」
「ミレの魔力じゃ、足りないから。みんな、ミレに魔力を頂戴!」


 そう言う事。どうせ倒せそうもないんだから、いっそ、賭けてみるのも良い。使えたらラッキー。使えなくても、結果はどうせ一緒だから。
 私達が頷くと、ミレはちょっと緊張した表情で頷き、二本の剣をしっかりと持ち直す。


「合図したら、魔力送って。じゃ、行くよ」


 剣舞? こういうの、初めて見る。とても美しくて、見惚れてしまう。蔦の攻撃を避けながら舞う姿、とてもかっこいい。
 そうして、いつものように走り出したミレは、「お願い!」と叫ぶ。
 それを聞いて。私は、ペンダントにいつそうしているように。大量の魔力を送り込んだ。


「炎ノ剣舞!」


 二本の剣が炎に包まれる。ミレは剣を構えて走り抜ける。蔦が、いや、薔薇自体が焼き切られていく。
 大きく飛んで此処まで戻ってくると、ちょっとだけ笑みを浮かべて剣を鞘に仕舞った。
 ああ、よかった……。瞳が、赤かったから。


「どう……?」
「復活、しないみたいだ」
「よ、よかったあ!」
「じゃあ、さっさとノーラを探して帰ろう」
「……? 人の気配はありませんよ?」


 レアが首を傾げる。レアの探知に、間違いはない。ってことは……。また此処じゃないの?!
 一体何がしたいんだろう、って、なんとなくわかるけど……。こんなことしなくてもいいのに。


「じゃあ、ノーラは何処に?」
「あ、上、見て!」


 ミレが言うのでみんなで上を見ると、丁度手紙が降ってくるところだった。便箋の柄からして、きっと、前回のと同じ。
 今度は……。え、これって……。学校?


「どういう、ことですか」
「分からないけれど……。今日中に行かないといけないらしいわね」
「じゃあ、アンジェラを置いてから向かおう」
「すみません……」


 という事でラザールお兄様がアンジェラを負ぶって家に帰ってみると、ミルヴィナはあっけらかんと言う。


「あ? これくらい一発で解毒出来るぞ。みんなで行って来い」
「嘘」


 その通りだった。一瞬でアンジェラさんは元気になる。まさか。ミルヴィナさん、そんなに強い治癒魔術師だったんだ。でも、ミルヴィナさん、本業は死霊魔術師ネクロマンサーなんだよね。それなのにそんなに強い解毒魔術が使えるなんて、ほんと凄い。
 ミルヴィナさん曰く。治癒と死霊は真逆。だからこそ出来るのだと言っていた。真逆なのに出来るって、よく分からない。


「じゃあ、無理しない様にな」


 ミルヴィナさんはそう言ってちょっと微笑んでくれた。こういう時のミルヴィナさんは、とても大人っぽく見える。魅力的な感じ。
 私達は昼食を食べてから学校に向かう。今、学校には誰も居ないから、門は閉まってると思うんだけど……。休みの時は魔法で縛られて、開かない様になってるんだよね。
 と思っていた私たちは、学校に着いて唖然とする。まさか壊されてるなんて。こんな粉々じゃ、門の意味なんてないよ。


「酷い……」
「この門って、相当強い魔法で縛られてたわよね? 私、試してみたけれど壊せなかったもの」
「ユリア、なんてことしてるの」
「だって……。壊せないって言うなら、壊してみようかと思って。まあともかく、私じゃ無理よ」
「ってことは、ユリアよりも強い魔法が使えるってことか」


 ユリアの全力込めた魔法って、森全部焼いちゃうような魔法なんだけど……。それ以上って、どんな?
 粉々の門からも、強い魔力が発せられている。ちょっと欠片に触ってみると、バチッという音とともにわずかな痛みが走り、弾かれる。門の形をしてる時だったら、こんなもんじゃ済まない。強い痛みと共にずっと遠くまで弾いて飛ばされちゃうはず。


「とにかく進むか。でも、何処に向かえばいんだ?」
「うーん、レア呼んでみる」


 レアの言う通り、私達は高等科の棟に向かう。確かに強い魔力が感じられる。でも、それは棟に足を踏み入れて初めて気付いたもので、校門通ってすぐじゃ分かんなかった。レアの探知能力ってほんと凄い。
 高等科の棟は初めて入った。あんまり変わんないけど。階段を上がって、三階。私は思わずしゃがみこんだ。


「リーナちゃん?」
「ご、ごめんなさい! 強すぎて……」
「何この魔力……。感じた事がないわ」
「どういう事?」
白魔族ヴァイスじゃないわね。でも、黒魔族シュヴァルツって感じでもないわ。強いて言うなら、間?」


 やっぱり、この正体は『あの人達』なんだ。でも、それは私しか知らない事実。だから……。ユリア、本当にそう感じたんだ。鋭い。
 ユリアが私の手を引いて立たせてくれる。一緒に歩いていると……。ああ、この教室だ。1年A組?


「なんであたしのクラスなの」
「さあ……」
「意味分かんない。ほんと、荒らされてたら怒るよ!」


 ベルさんは扉を蹴破る。バーン、という音ともに扉が壊れた。中に飛び込むと。


「え……?」


 黒いローブを被った人。年齢どころか、男の人か女の人かも分からない。このローブ、よく知ってる。
 ああ、駄目だ……。泣いちゃいそう。こんなに近くに感じるの、久しぶりだもん。一つ深呼吸をしてからそっと飲み下した。


「ちょっと、あんた、ノーラを何処にやったの!」
「……、さあ、何処、だろうね」
「はぁ?! さっさと返しなさいよッ!」


 襲いかかって行ったユリアは数秒後、地面に這いつくばる事になっていた。頭を打ったか、足元が覚束無おぼつかい。ユリア、ちゃんとバリア魔法を張ったうえで攻撃してたのに……。それを破るような、ってこと?
 怖い。どんな魔力を持っているの? 何が怖いって……。全魔力量が分からないからなの。隠されてる。予想すら出来ないよ……。こんなんじゃ、まともに戦えるはずない。


「探して。頑張って」


 声からするに、多分若い女の人か、女の子くらい。でも、変えられてるかも知れないから、分からない。彼だか彼女だかは窓枠に手を掛け、躊躇うことなく飛び降りて行った。あまりに軽い動き。馴れてる。
 それを見てから、エティがユリアに駆け寄って治癒魔術を掛ける。下手に動くと何されるか分からないから、治癒も出来ていなかった。相当強い魔術使ってたから……。結構なダメージだったんだね。
 にしても、ノーラ、一体どこにいるんだろう。予想も出来ない。この広い敷地を走り回らないといけないの? なんて言ってても仕方ない、早く行かなきゃ。私達は踵を返して走りだす。


「何処に向かえばいい?」
「とにかく全部! まずはこの棟の教室全部回るわよ!」


 みんなは散り散りになり、それぞれ廊下を走り抜けながら扉を開き、教室をぐるっと回ってから次へを繰り返す。
 この棟には居ない。次だ。次に向かうは、中等科の棟。私達の教室のある所。その間も結構ある。中等科の棟に着く事にはみんな疲れてしまっていた。


「ったく、どうやって探せって言うのよ。……まあとにかく、ちょっと休憩しましょ」
「そうだね……。って、ユリア?!」
「なによ。ラザールには私どんな風に見えてるわけ? まったく。私だってみんなに無理させたいわけじゃないわ。寧ろ、ごめんね」


 素直に頭を下げるから、私達は驚いた。ユリア、こんなじゃないよね? ま、まあ、悪い訳じゃないけどさ。
 でも、随分冷静。休憩しよう、なんて。もっとパニックかと思ってたけど、案外そうでもないのかな……。いや、それは分からない、か。


「……ノーラ、まだ生きてるのかしら」
「え…………?」


 顔を上げる。たしかに、そうだけど、でも、そんな……。
 ユリアの顔は暗い。まあ、生きてる可能性は、結構低いとは思うけど、でも、それを言っちゃ、希望が消えてっちゃうよ? ユリア、一体どうしたの?


「行きましょ。何とか暗くなる前に探さないと」


 私達はまだ子供だから。あまり遅くまで外に出ていられない。悔しいけど……。急がないと、また明日になっちゃう。
 また同じように校舎を巡る。全然見つからない。日は傾いて来ている。これじゃ、間に合わない。それに、ある問題が。
 私達は全部の校舎を回ってしまい、途方に暮れて校門前に集まる。


「ラザール、お兄様」
「ん? リーナちゃん、どうしたの?」
「今日、夕焼け……。エティが」
「嘘」


 そう、レアが雲と空気の感じから、今日は夕焼けになる、って。
 流石に、エティが可哀想。そうなると、タイムリミットは……。


「三十分、ってところですかね」
「さ……。どうすれば……」
「って言うかね、気になってたんだけど、レアちゃん、ノーラ見つけられないわけ?」
「はい、何か、妨害する魔力があって……」
「なるほど? さっきのあいつに邪魔されてるわけね」


 でも、校舎にはいなかった。一体、何処を探せばいいの?


「時間がない、とにかく探すわよ!」


 今からはもうバラバラにはならない方が良い、と。みんなで一緒に走って探す。足の痛みも感じないくらい、必死だった。
 もう全部見た。ってことは、残りは……。


「体育館!」


 でも……もう間に合わないっ! 少しくらいだったら我慢してられても、そんな可哀想な事、させたくない。
 体育館の扉は当然鍵が掛かってる、と思いきや、鍵だけが壊されていて、ユリアの蹴り飛ばした扉は物凄い勢いで開いた。


 体育館は、窓から射す光で真っ赤に染め上げられている。


 エティの、一番苦手な、シチュエーション。


 咄嗟にアンジェラさんがエティを抱きよせて目を隠す。私とユリア、ラザールお兄様はステージに向かって歩いていく。
 ――誰かが、倒れている。
 もう、分かってるよ。でも、信じたくない。だから、違うって言い聞かせて、近づいた。
 恐る恐る、ユリアが手を伸ばして、その頬に触れる。とたんに、全ての力が抜けたかのように膝をつく。


「いやああああっ! ノーラああああっ!」

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