赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第41話  解読

(わかった)
「ん? どうしたの、ご主人さま?」
(あ、いや……)


 私はそっとノートに視線を戻す。
 このノートの解読法が、分かったかもしれない。
 読むことのできない、不思議な文字。古代文字、つまり、呪文に使う文字を少しずつ、少しずつ独学で学んで、今、やっと、読めるかもしれないと言うところまで到達した。


 まず。私は、沢山あるノートの中で、表紙に、何かの文字とともに書かれた1という数字だけを頼りに、一番最初に読むべきだと思うノートを決めた。


 Ла персонне де дéмон ыуе ноус не соммес пас Wейß ет Счwарз.


 Лес генс ноус аппеллент "Рот".


 これを、古代文字の解読法で、私の読める言葉、つまり白魔族ヴァイス語に直す。
 呪文を読むときに使う、古代文字とアルファベットの対応表を使う。ЛはL、аはそのまま。пはPにして……。そうして、間違いがないよう、確認しながら訳して……。


(出来た)


 La personne de démon que nous ne sommes pas Weiß et Schwarz.


 Les gens nous appellent "Rot".


 うん、これなら。誰だって読める。


(我々は白や黒ではない魔族)


(人々は、我々を“ロート“と呼ぶ)


(……。ロート? ロートって……?)


 ロートと言うのは? 初めて聞く単語だ。そもそも、これは何を言っているのだろう。
 白魔族ヴァイス黒魔族シュヴァルツではない? それって、どうなるの……?


(待って?! 白でも黒でもない魔族が、存在、する……?!)


 眩暈を感じて、私はそっと下を向く。どういう事? こんなの……。『常識』を覆す。
 おかしい。だって、そんなはずはない。魔族は白魔族ヴァイス黒魔族シュヴァルツのどちらかしかいないはず。
 と言うか、まず。これは何? この中の我々って? 一体誰を指しているの?


 待って、私って、本当に白魔族ヴァイス?!


 嗚呼。なんで気付かなかったんだろう。
 そうだよ、私、自分が本当に白魔族ヴァイスだって自信を持って言える証拠、一つも持ってない。分からないんだ。私の種族なんて……。
 と、とにかく、残りを読んで行くしかない。……とてつもない時間が掛かりそうだけど。この二文訳すのにどれだけかかった事か。


「ご主人さま」
(! ミア)
「……。ううん、ごめんね」
(え?)
「きにしないで……。ごめん」


 ミアを見ると、何かに耐えるように片目を閉じていた。多分。言ってはいけない事なんだ。だから、何かに縛られるとか……。
 ミアは、私の子。だから。守らなきゃいけない。ティアと同じ目には、合わせない。
 優しく抱きしめて、囁く。


(私こそ、ごめんね。ミアが辛い思いをするのは、嫌だから)
「え……。なんで、分かっちゃう、かな?」
(なんでだろうね? さ、取り敢えず、これは終わりにしよう。ミア、何かやりたいことある?)






「あれ、リーナちゃん、どうしたの?」
「ラザールお兄様。ミアが、アンジェラさんに会わなくちゃ、って」
「え? どういうこと?」
「アンジェラさまのところに、着いたら、教えるね」


 侍女メイドたちの部屋が集まる廊下を歩く。一番奥、ちょっとだけ豪華な部屋は、アンジェラさんの部屋。
 軽くノックをすると、向こうから返事が返ってくる。扉を開けると、シンプルな内装だった。アンジェラさんらしい。


「一体、どうしたんですか?」
「アンジェラさま、ロートって、わかる?」
「ロート……?」


 アンジェラさんは分からないらしく、不思議そうに首を傾げるだけ。
 と、ミアはさっとラザールお兄様に目線を動かした。私も同じように目線を動かす。あれ、この反応、まさか……。
 ミアは素早くアンジェラさんに目線を戻すと、もう一つ問う。


「じゃあ、『赤い記憶』は?」
「赤い、記憶……? さあ……。ごめんなさい、ちょっと分からないです」


 すると、また同じようにミアはラザールお兄様に目線を動かす。
 明らかに、ミアの表情が変わった。ふぅ、と小さく息を吐くと、ニコッと笑って頭を下げた。


「うん、そっか。ありがとう。ご主人さま、帰ろ」
「え? え?」
「いいから」
「あ、うん……」


 もしかして、本当は、ラザールお兄様に訊いてたの……?






「リーナーっ!」
(えっ?!)


 突然の出来事に、私は驚いて、彼女から逃げた。


「あ、ちょっと待ってよ!」
「そ、そんなに走って来られたら、怖い、です、ミネルヴァさん!」
「ごめん。じゃあ、歩くから止まって?」


 昨日の夜、ミネルヴァさんはパーティに行って来た。アンジェラさんがまた行こうか、と言ったのだけれど、大丈夫だから、と言って断られた。
 でも、やっぱり大丈夫かな、と思っていたところ、レアが隠れてついて行ってくれたし、大丈夫だったと思うんだけど……。


「レアちゃんにお礼言って」
「! じゃあ」
「普通に会話、出来たんです」


 ミネルヴァさんは嬉しそうに、頬を染めながら話してくれた。良かった。家の侍女メイドが笑顔だと、私も嬉しい。
 機嫌良く、跳ねるように廊下を歩いていくミネルヴァさんを見て、思わず笑みがこぼれる。


「あれ、リーナちゃん?」
「ラザールお兄様」
「ミネルヴァ、良かったね。リーナちゃんのおかげだよ」
「? 私じゃない。あれは、レアが」
「でも、レアちゃんはリーナちゃんの使い魔でしょ?」


 ニッと笑うラザールお兄様。いつもよりも子供っぽく見えて……。良い。
 そっと息を吐き、私は別の事に意識を向ける。
 みんなは、もう、大丈夫。あとは。私がノートを解読するだけ。
 それが、一番、みんなの為になるの。






 『Хистойре ду Рот Ⅰ』


 これが、このノートの題名。『ロートの歴史 Ⅰ』と言う意味になる。と言う事は、これを読めば、ロートと言うのが何者で、どういったいきさつで出来たのかが分かるはず。
 ちなみに、ノートは全部で五冊もある。一冊が大体三十二枚、六十四ページ、五冊だから、三百二十ページにもなる。
 ただ、一冊だけ、題名が違う。『journal』と、白魔族ヴァイス語で書かれている。意味は『日記』。中は、他のノートと同じく古代文字で書かれている。


(どっち、先に、読もう、かな)


 歴史を先に読むか、日記を先に読むか。
 ちょっと考えてみたけれど、歴史が分からないと、日記の意味が分からないかもしれないから、先に歴史を読んでしまおう。
 これ、多分だけれど、両親が、私の為に残してくれたんだと思う。だから……。頑張って解読する。大好きな二人の為でもあると信じて。


「無理、しないでね?」
(え?)
「あ、その……。ティアお姉ちゃんの事。辛いなら、まだミアの事、そんなに呼ばないでも……」
(ううん、もう大丈夫だよ。気にしないでね)
「そっか。良かった」


 ミアはパッと顔を明るくした。でも、こんな風に言うってことは……。潜在的などこかでは、私、まだ気にしてるのかな。
 さっきルエラの入れてくれた甘いアップルティーを啜る。疲れてるだろうって、甘いもの飲んでって。そんなに気を使わないでもいいのにね。でも美味しい。


「そういえば、レアお姉ちゃんは?」
(レア? ミネルヴァさんと一緒だよ)
「あ、そっか。ねえ、ミアにも一口頂戴」
(いいよ。はい)


 ミアはそっとカップに口を付ける。ほんのちょっとだけ口に入れると、小さく吐息を溢す。ちょっと離れると、ニコッと笑って椅子に座る。


「おいしい。ルエラさまは、ご主人さまの好きな味良く分かってるんだね」
(うん。ラザールお兄様も、ルエラも、私の好み、よく知ってる)
「なんか、悔しいな。ミアは、心が読めて、それでこうやって分かってるけど、そうでもないのに、おんなじだけ分かってるなんて」
(あ……)


 そういう、ことか。
 ミアはいつも、私の好みについては一切関わらなかった。こういうの好きだよね、とか、一回も聞いた事がない。関わらない様にしてたんだ。考えて、悲しくなるから。
 でも、私……。そんな事、気にしないんだけれど。ミアが気にするのか。


「ねえ、クッキー焼けたみたい」
(え?)
「ルエラのところ、行って来て良い?」
(いいよ。でも、よく分かるね)
「え? ああ。キッチンのみんなが動いてるの、みんな感じてたから」
(……?)
「超音波。ミア、蝙蝠だから」


 そう言う事。トンタトンタとスキップしながら部屋を出てくミア。こういう時のミアは、本当に可愛い。
 ミアの消えていった扉をしばらく眺めてから、またノートに視線を戻した。実はすっかり冷めてしまっていたアップルティーを一口。やっぱり、ちょっと部屋が寒いかな。まだお茶があったかい時は良かったんだけど、今はちょっとね。
 ふぅ、と軽く息を吐いてから、表を頼りに訳していく。ノートに白魔族ヴァイス語に訳した文を書きながら、ぼんやりと両親の事を思う。
 何を思って、書いていたんだろう。大きくなった私を考えていたのか、それとも、これを使わなくてはいけない時の事を思っていたのか……。


「ご主人さま!」
(ミア。お帰り)
「クッキー貰って来た! ついでにこれ」
(?)
「冷めないポットなんだって。ご主人さまの好きな紅茶入れるからって。何が良い?」
(そうだなぁ……。レモンティー)
「はぁい! クッキーここに置いておくね。食べてね」


 そうって、元気に部屋を飛び出していった。あれじゃ使い走りみたいだけど……。でも、本人が好きでやってるんだから、わざわざ止めもしないけれど。
 机の隣にあるサイドテーブルにクッキーのお皿が置いてある。一つ齧ってみると、仄かにハーブの香りが広がる。ってか、結構な数あるんだけど、どれだけ食べると思ってるの、ルエラ……。
 そう言えば、クッキー。お母さん、よく作ってくれたな。懐かしい。お母さん、会いたいよ……。


「ご主人、さま? どう、したの?」
(え?)
「何、なんで泣いてるの? ご主人さま……?」


 そっと目に触れてみる。あぁ、本当だ。気付いてなかった。
 本当の事をミアに言うと、そっか、と小さく呟いてクッキーを一口。ミアは私の隣に立つと、ちょっと首を傾げて私を見る。


「ミアじゃ、駄目なのかな」
(え?)
「ミアが、一緒にいてあげるから。だから、泣かないで。ご主人さまが泣くの、ミア、悲しい」
(……。大丈夫、私は大丈夫だから)


 そう言って、ミアの頭を撫でる。もうひとつクッキーを齧ってみると、今度はレモンの香りが広がる。味、みんな一緒じゃなかったんだ。
 サクッという食感に、私はそっと目を閉じる。お母さんと一緒に食べたクッキー、こんな感じだったな。でも、もう、悲しくなんかない。
 心配はいらない。私はもう、大丈夫。このノートがあるから。お母さん、お父さん、二人の思い、ちゃんと受け取るから、任せて!


 って、結局解読全然進んでないんだけど。

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