赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第38話  二人の恋愛相談

「ミルヴィナ、良い?」
「ん、リーナか? 良いぞ」


 扉を開けると、いつも通り白衣を着たミルヴィナが薬を弄っていた。試験管はコポコポと音を立てながら、白い煙を吐く。
 ミルヴィナは椅子に座ると、私の方を向いてひとつ椅子を取り出す。
 私の相談相手は、大抵ミルヴィナ。口が堅いのもそうだけど、こう見えて、結構優しいから。それに、親身になって考えてくれるし、的確なアドバイスをくれるっていうのもある。


「どうしたんだ?」
「ん、あの……。黙ってて、欲しいんですけれど……、えと」
「……。今まで、私が約束を破った事があったか? 秘密をばらした事があったか?」
「いいえ」
「そういうことだ。何でも話してみろ」


 私は、静かに昨日の事を話し始めた。ラザールが部屋に突撃してきた事。話を聞いて、慰めてくれて。その後……。
 自分で話してて恥ずかしくなっちゃって、顔を真っ赤にして俯く。


「ラザール、昨日は随分大胆だな」
「ですよね……。で、私……」
「ん? どうしたんだ?」
「あ、あの、なんて言うか、もう……」


 ミルヴィナはくすくすと笑いながら私の頭に手を置いた。キョトンとして顔を見ると、にやりと楽しそうに笑っている。
 えっと……。相談相手、間違えましたか?


「そうかそうか。ラザールが中途半端な事をするからだな」
「う……。でも、アンジェラさんが来て、やる気なくなっちゃうのは、分かるから、私も、って、嘘、ついて」
「帰した訳だな。にしても、まだ小さいと思っていたが、二人とも大人だったんだな」


 そういうと、ミルヴィナはそっと笑みを浮かべる。ほらまた、これ。こんな大人の女性、って感じの笑い方、今まで、した事なかったのに。
 なんか、お母さんみたいな感じかな。いや、でも違うか。良く分からない。
 ミルヴィナは内緒にするように言ってから、私に色々な事を教えてくれた。これ、アンジェラさんに届いちゃったら大変だな。うん、内緒。ちゃんと守る。










「ラザール様」
「ん? ああ、アンジェラ」


 入っていいよ、というと、アンジェラが扉を開けて入ってきた。けど、これはおかしい。


「……。怒ってる?」


 何故だか、怖いくらいの笑顔なんだけど……?
 こういう時、アンジェラはたいてい怒ってる。でも、何かしたっけ?


「いえ……。寧ろ、怒っているのはラザール様では?」
「は? なんで僕が怒らなきゃいけないの?」
「昨日。邪魔をしたようですみませんでした」


 ラザールは顔が熱くなっていくのを感じる。
 何時分かったのだろう。動揺した僕の声からだろうか。それとも、まさか、リーナちゃんが……? そうだとしたら、嫌だったのだろう。一体、どれだ?
 なんと声を掛けて良いのか分からなくて。口から出たのは動揺した事が丸分かりな裏返った声。


「なんで?」
「あら、意外です。本当だったんですか」
「……。は?」
「冗談のつもりだったのですが」
「……。はあああ?!」


 椅子を倒すほどの勢いで立ち上がる。そんな馬鹿な。冗談、だと……?


(な、ならどうしてあんな表情を……。ああ、そうか)


 アンジェラは、女優になれるかもしれない。


「うう……。もう僕をからかわないで」
「すみません、絶対ないと思っていたので。でも、本当ですか?」
「悪い……?」
「いえ。寧ろ、やっと付き合う気になってくれたようで、嬉しいです」
「は?」
「え?」


 アンジェラがあまりにも驚いたような声を出したので、ラザールはしまった、と思った。これは、また面倒な事になる。これだけアンジェラと居ると、鈍感だと言われる僕でも流石に分かる。
 アンジェラの顔色を覗うと、少し残念そうだった。え、ま、まさか……。


(僕とリーナちゃんの事、楽しんでるの?)


 なんて趣味の悪い。いい加減にしてくれ。


「え、じゃあ、付き合っても居ないのに?」
「わ、悪かったね……。だって、無防備なリーナちゃん見たら、我慢できなかったんだよ」
「リーナ様、嫌がりませんでした?」
「え? いや、全然……か、な……?」


 そういえば、どうだった? リーナちゃんは……。
 嫌、だったのだろうか。リーナちゃんは、どう思っていたのだろう。
 あの時の記憶があまりにもなくて、分からない。
 なんで、こんな大切な記憶がないんだ。神様の意地悪。一体どんな悪い事を、した、って……。うん、ごめんなさい。許して下さい。凄く反省してますから。


「……。次からは、ちゃんと許可取って下さいね」
「う……。もうないよ、次なんて」
「そうでしょうか? 嫌がっていなかったのなら、十分脈ありですよね?」
「覚えてないんだよ、記憶が曖昧」


 どうだったか……。


(でも、確かに……)


 リーナちゃんは僕の事を、どう思ってるんだろう……?










「あ、でも、すっきりしたかも」
「そうか。私が教えた事は誰にも言うなよ? 怒られるどころの騒ぎじゃない」
「分かってます、大丈夫です」


 体に力が入らなくて、そのままぼんやりと部屋を見つめる。
 火照った体も心地いい。もし、ラザールお兄様と二人、こんな風にベッドで……。ああ、だから駄目だって。辛くなる。
 男の子はきっと、ラザールお兄様以外好きになれないだろうな。でも、ラザールと両思いになるなんて、一体、いつの事? それなのに、溜まっていくばかりのこれをどうすれば?


「うぅ……」
「お願いだから、アンジェラにだけは絶対言うなよ!」
「分かってますよ」
「他の人もだからな?!」
「分かってますって」


 どうせ相手も居ないだろうし。
 そのまま暫く喋った後、ミルヴィナの部屋を後にした。






「あ、リーナちゃん。ちょっと良いかな?」
「はっ、はい!」
「そんなに緊張しないでも……。まあ、仕方ないか」


 そういうと、少しだけ困ったような、大人びた笑みを浮かべた。
 ラザールは、表情によって大人っぽくも子供っぽくも見える。それがまた良い。


獣人族べスティエ人間族ニヒツに勝ったみたい。条約を結ぶ事になったから、獣人族べスティエに向かう。一緒に来てくれるよね?」
「ああ、はい。分かりました」
「ん、じゃあ、準備、しておいてね」
「はい」


 獣人族べスティエ人間族ニヒツに勝つ事が出来たのか。それならよかった。この三国で戦えば。もしかしたら、黒魔族シュヴァルツにも、勝てるかもしれない。
 何故植民地を増やしているのか分からないけど……。とにかく、そんな事は止めさせなくてはいけない。


 戦いが、沢山の不幸を生み出している事。それに、気付いていないのだろうか……。


「リーナちゃん?」
「いえ……。黒魔族シュヴァルツ、止めなきゃ、ですね」
「うん。そう、だね……。戦争、早く終わりに出来るように、頑張るよ」




 数日後。白魔族ヴァイス獣人族べスティエ人間族ニヒツは、三国同盟を結び、黒魔族シュヴァルツを倒し、必ず平和を取り戻すと誓った。 

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