赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~
第37話 突撃
僕は迷っていた。
場所はリーナちゃんの部屋の扉の前。壊れそうなほど大きな音を立てる心臓はどうする事も出来ない。
入るか、入らないか。
突撃する、と決めたとはいえ、いざ扉の前に立ってみると躊躇ってしまう。
(ええい、入るって決めただろうが!)
鍵の掛けられた扉を勢い良く蹴る。意外にも簡単に開いた。開いたのはいいけれど、跳ね返ってきた扉に頭をぶつけるという、あまりにも悲惨な事態。うぅ、痛い……。なんて格好悪いんだろう。もう嫌になるよ。まあ、此処まで来て引けないけど。
部屋は、とにかく真っ暗だった。カーテンは閉め切られ、テーブルの上のランプの火は点いてないし、その上空気が重い。
扉を開けた事で、廊下から光が入ったけど、それがなかったら、本当に真っ暗だっただろう。
「リーナちゃん?」
返事がない。と、サイドテーブルに乗っているペンダントを見つけた。これじゃ、返事、出来ないよね。
息がし辛いほど高鳴る鼓動。出来るだけ無視しようと試みながら、一歩、また一歩と部屋に踏み込む。
そして。キュッと唇を結んで、ベッドの掛け布団を取り払った。
真っ赤な目をしたリーナちゃんが、僕の事をそっと見つめる。
「リーナちゃん」
泣いてはいなかった。いや、もう、出てくる物がないといった感じなのだろう。涙を流さないで泣いてるみたいな、そんな風に感じる。
なんと声を掛ければよいのか分からなくて、少し俯いて考える。分からない。ちゃんと考えてからくればよかった。視線を巡らせながら、必死に言葉を探す。
「あ、あの、大丈夫……?」
言ってから、失敗だと気付く。大丈夫なはずがない。何をやっているのか分からない。もう帰りたい。
リーナちゃんは黙ってペンを手に取ると、さらさらと紙に文字を綴っていく。
心配を掛けてしまってすみません。
本当は、行こうと思っていたのですが、ティアの事、立ち直れていなくて。
ごめんなさい。もう少し、一人でいたかったんです。
「謝らなくて良いんだよ。ティアの事、ショックでしょ?」
<でも>
リーナちゃんは俯く。多分、癖なんだろう。こういう時、俯いて唇を噛むの。言葉に迷ったり、辛かったり、あと、罪悪感感じてるときなんかもね。
「……。あの、さ、やっぱり、嘘、吐かないで欲しい、かな」
「!」
リーナちゃんは驚いたように顔を上げた。目がまん丸に見開かれている。
綺麗に整えられた偽りが聞きたかったわけではない。本当の事が聞きたかった。また笑えるようにする。そう決めたのだから。
ちょっと戸惑ったようにしながらも、リーナちゃんは文字を綴ってくれた。
私……。自身が無くなってしまいました。自分の使い魔に……。全て犠牲にして私の事を守らせてしまったのです。
それほどまでに、頼りのない、主人で。もしかしたら、ミアも、犠牲にしてしまうかもしれないと思って。怖くて、怖くて……。
それに。ティアは、家族のように、仲が良くて。まだ、死んでしまったって、実感が湧かなくて。でも、戦場に行ったら、嫌でもその事を実感させられてしまう。それが嫌で。
みんなにも、心配を、掛けてしまうはず……。絶対泣いてしまうから。行けませんでした。
あと、何故だか……。馬車に揺られていて、ティアの悲鳴が、聞こえた気がしたんです。その直後、契約が消えてしまって。悲鳴が耳から、離れなくて。
ティアが、なんだろう、恨んでいるような、気がしてしまって。そんな事、ないと思うのに、信じられない。
嗚呼、纏まらない。イライラしちゃうけど、ラザールお兄様に当たっても仕方ないですね。まぁ、つまり。
私は……。駄目な主人なんだ、って。だから、召喚魔術しか使えない私は、戦いには、いけない。
「そんな事ないと思うけど」
<いえ。良い主人なら、あんなことには、ならなかった……>
「そう、かな?」
<え?>
「良い主人じゃなかったら、ティアちゃん、体張ってまでリーナちゃんの事守ってくれたかな?」
<それは……>
リーナちゃんはペンを落として俯いた。震える手で顔を覆う。本当は分かっていたけれど、それすらも信じられなかったのだろう。
気持ちは、分かる。身近な人の死は、信じられないし、信じたくない。それに、どうしても、自分のせいだって、思ってしまう。
分かるけど、でも、それじゃ駄目なんだ。僕は、リアナの分まで、笑顔で生きるって決めた。そうすれば、天国で、僕の事、微笑みながら見てくれるよね。
だから。リーナちゃんも、笑ってよ。こんなんじゃ、ティアちゃん、報われないよ。
「リーナちゃんは頑張ったんだよ。その結果なんだよ」
リーナちゃんの事を優しく抱きしめる。いつもと違って、ギュッと強く抱きしめてくる事に驚いた。
その手は震えているから、これが、怖くてやっているのだと分かって。
僕も強く抱きしめ返す。
(なんか……)
いつもはそんな事、全く考えもしないのに。色々と気になってしまって、顔が熱くなる。
もしかして、ユリアにあんな事を言われたからだろうか。まさか。
だが、柔かく、思いのほか大きい胸や、温かな吐息、今は見えないが、淡い桃色の唇、全てを意識してしまう。
僕だって、男の子だ。
(ちょ、ちょっと待って、本気で今日はどうしたって言うの?)
動けば動くほど沼に埋まっていくかのように、考えれば考えるほど、余計に駄目だ。
そんな事に気付かないリーナちゃんは、僕をギュッと抱きしめたまま涙を流し、小さく声を漏らす。
(ああああ! どうしよう……。リーナちゃんが可愛すぎて……)
リーナちゃんは僕を離すと、潤んだ瞳を向ける。あまりにも可愛すぎる。
不思議に思ったのか、ペンを拾って書き始める。
<あの、どうかしました?>
「な、何でもないデス……」
<で、でも……>
早くこの場から離れた方が良いかもしれない。
そう思って立ち上がろうとすると、リーナちゃんに手を掴まれた。慌てた様子でペンを走らせる。
<待って! まだ此処に居て。私、一人で居られない>
「え、あ、うん……。うん」
<本当に……。どうかしたんですか? 体調、悪いですか?>
「違うよ、本当にそれは違う!」
余計に説得力が無くなってしまったようだけど、最早それどころではない。とにかく、違う事を考えよう。違う事、違う事、ええと……。
なんでこういう時に限って何も出てこないのだろうか。そして、なんでこういう時に限ってリーナちゃんの可愛い表情を思い出すのだろう。止めて欲しい。
「あ、あの、ラザールお兄様の為なら何でもしますから、何処か悪いなら言って下さい」
ペンダントを付けたリーナちゃんがそういう。なんでも、って? あぁ、もう限界だ。
「ごめんね、リーナちゃん!」
突然の事に、きっと驚いただろう。
柔かな唇を重ねる。頭を押さえて、離さない。
それだけでは我慢できず、リーナちゃんの唇を舌で開ける。
ベッドの上で、リーナちゃんが下になる形だが、それも気にせず。
ただただ、欲のままにリーナちゃんを愛でる。
息が苦しくて口を離した時、初めて見えたリーナちゃんの顔は真っ赤だった。
二人の乱れた息が部屋中に響く。余計に刺激される。
「ラザールお兄様? 急に、どう、しましたか?」
「ごめんね、我慢できなかった」
「えっ、ちょっ、ラザールお兄様?」
「ごめんね、リーナちゃん。壊してもいい?」
「えっ、あっ?!」
もう我慢も限界だ。今まで、ずっとずっと押さえこんでいた物が弾けた。頭の中は真っ白。何考えてるのか、全く分からない。
仰向けに寝るリーナちゃんの上に優しく乗る。真上から眺めるリーナちゃんの顔は、新鮮な表情。
向きだって、普通に過ごしてたら、こんな風に見る事はない。ベッドの上に散らばる髪が可愛さを引き立てる。
何もかもが新しい。リーナちゃんの頬をそっと撫でる。
「僕の事、嫌い?」
「そんなわけ、ありません! ラザールお兄様になら、私」
「リーナちゃん……」
その時、軽いノックの音が聞こえた。パッと我に返る。
「ラザール様、此方に居らっしゃいますか?」
「えっ?! ああ、うん!」
「ならよかったです。何処に行かれたのかと思いました。では」
アンジェラの足音が遠ざかり。二人はそっと顔を見合わせた。
「……。ごめんね、リーナちゃん」
「ラザールお兄様、私も、です」
「帰る、ね」
「あ、はい」
自分の部屋に戻ってから、僕はベッドに転がって顔を赤らめた。
「一体、僕は何をしようとしていたんだ……」 
場所はリーナちゃんの部屋の扉の前。壊れそうなほど大きな音を立てる心臓はどうする事も出来ない。
入るか、入らないか。
突撃する、と決めたとはいえ、いざ扉の前に立ってみると躊躇ってしまう。
(ええい、入るって決めただろうが!)
鍵の掛けられた扉を勢い良く蹴る。意外にも簡単に開いた。開いたのはいいけれど、跳ね返ってきた扉に頭をぶつけるという、あまりにも悲惨な事態。うぅ、痛い……。なんて格好悪いんだろう。もう嫌になるよ。まあ、此処まで来て引けないけど。
部屋は、とにかく真っ暗だった。カーテンは閉め切られ、テーブルの上のランプの火は点いてないし、その上空気が重い。
扉を開けた事で、廊下から光が入ったけど、それがなかったら、本当に真っ暗だっただろう。
「リーナちゃん?」
返事がない。と、サイドテーブルに乗っているペンダントを見つけた。これじゃ、返事、出来ないよね。
息がし辛いほど高鳴る鼓動。出来るだけ無視しようと試みながら、一歩、また一歩と部屋に踏み込む。
そして。キュッと唇を結んで、ベッドの掛け布団を取り払った。
真っ赤な目をしたリーナちゃんが、僕の事をそっと見つめる。
「リーナちゃん」
泣いてはいなかった。いや、もう、出てくる物がないといった感じなのだろう。涙を流さないで泣いてるみたいな、そんな風に感じる。
なんと声を掛ければよいのか分からなくて、少し俯いて考える。分からない。ちゃんと考えてからくればよかった。視線を巡らせながら、必死に言葉を探す。
「あ、あの、大丈夫……?」
言ってから、失敗だと気付く。大丈夫なはずがない。何をやっているのか分からない。もう帰りたい。
リーナちゃんは黙ってペンを手に取ると、さらさらと紙に文字を綴っていく。
心配を掛けてしまってすみません。
本当は、行こうと思っていたのですが、ティアの事、立ち直れていなくて。
ごめんなさい。もう少し、一人でいたかったんです。
「謝らなくて良いんだよ。ティアの事、ショックでしょ?」
<でも>
リーナちゃんは俯く。多分、癖なんだろう。こういう時、俯いて唇を噛むの。言葉に迷ったり、辛かったり、あと、罪悪感感じてるときなんかもね。
「……。あの、さ、やっぱり、嘘、吐かないで欲しい、かな」
「!」
リーナちゃんは驚いたように顔を上げた。目がまん丸に見開かれている。
綺麗に整えられた偽りが聞きたかったわけではない。本当の事が聞きたかった。また笑えるようにする。そう決めたのだから。
ちょっと戸惑ったようにしながらも、リーナちゃんは文字を綴ってくれた。
私……。自身が無くなってしまいました。自分の使い魔に……。全て犠牲にして私の事を守らせてしまったのです。
それほどまでに、頼りのない、主人で。もしかしたら、ミアも、犠牲にしてしまうかもしれないと思って。怖くて、怖くて……。
それに。ティアは、家族のように、仲が良くて。まだ、死んでしまったって、実感が湧かなくて。でも、戦場に行ったら、嫌でもその事を実感させられてしまう。それが嫌で。
みんなにも、心配を、掛けてしまうはず……。絶対泣いてしまうから。行けませんでした。
あと、何故だか……。馬車に揺られていて、ティアの悲鳴が、聞こえた気がしたんです。その直後、契約が消えてしまって。悲鳴が耳から、離れなくて。
ティアが、なんだろう、恨んでいるような、気がしてしまって。そんな事、ないと思うのに、信じられない。
嗚呼、纏まらない。イライラしちゃうけど、ラザールお兄様に当たっても仕方ないですね。まぁ、つまり。
私は……。駄目な主人なんだ、って。だから、召喚魔術しか使えない私は、戦いには、いけない。
「そんな事ないと思うけど」
<いえ。良い主人なら、あんなことには、ならなかった……>
「そう、かな?」
<え?>
「良い主人じゃなかったら、ティアちゃん、体張ってまでリーナちゃんの事守ってくれたかな?」
<それは……>
リーナちゃんはペンを落として俯いた。震える手で顔を覆う。本当は分かっていたけれど、それすらも信じられなかったのだろう。
気持ちは、分かる。身近な人の死は、信じられないし、信じたくない。それに、どうしても、自分のせいだって、思ってしまう。
分かるけど、でも、それじゃ駄目なんだ。僕は、リアナの分まで、笑顔で生きるって決めた。そうすれば、天国で、僕の事、微笑みながら見てくれるよね。
だから。リーナちゃんも、笑ってよ。こんなんじゃ、ティアちゃん、報われないよ。
「リーナちゃんは頑張ったんだよ。その結果なんだよ」
リーナちゃんの事を優しく抱きしめる。いつもと違って、ギュッと強く抱きしめてくる事に驚いた。
その手は震えているから、これが、怖くてやっているのだと分かって。
僕も強く抱きしめ返す。
(なんか……)
いつもはそんな事、全く考えもしないのに。色々と気になってしまって、顔が熱くなる。
もしかして、ユリアにあんな事を言われたからだろうか。まさか。
だが、柔かく、思いのほか大きい胸や、温かな吐息、今は見えないが、淡い桃色の唇、全てを意識してしまう。
僕だって、男の子だ。
(ちょ、ちょっと待って、本気で今日はどうしたって言うの?)
動けば動くほど沼に埋まっていくかのように、考えれば考えるほど、余計に駄目だ。
そんな事に気付かないリーナちゃんは、僕をギュッと抱きしめたまま涙を流し、小さく声を漏らす。
(ああああ! どうしよう……。リーナちゃんが可愛すぎて……)
リーナちゃんは僕を離すと、潤んだ瞳を向ける。あまりにも可愛すぎる。
不思議に思ったのか、ペンを拾って書き始める。
<あの、どうかしました?>
「な、何でもないデス……」
<で、でも……>
早くこの場から離れた方が良いかもしれない。
そう思って立ち上がろうとすると、リーナちゃんに手を掴まれた。慌てた様子でペンを走らせる。
<待って! まだ此処に居て。私、一人で居られない>
「え、あ、うん……。うん」
<本当に……。どうかしたんですか? 体調、悪いですか?>
「違うよ、本当にそれは違う!」
余計に説得力が無くなってしまったようだけど、最早それどころではない。とにかく、違う事を考えよう。違う事、違う事、ええと……。
なんでこういう時に限って何も出てこないのだろうか。そして、なんでこういう時に限ってリーナちゃんの可愛い表情を思い出すのだろう。止めて欲しい。
「あ、あの、ラザールお兄様の為なら何でもしますから、何処か悪いなら言って下さい」
ペンダントを付けたリーナちゃんがそういう。なんでも、って? あぁ、もう限界だ。
「ごめんね、リーナちゃん!」
突然の事に、きっと驚いただろう。
柔かな唇を重ねる。頭を押さえて、離さない。
それだけでは我慢できず、リーナちゃんの唇を舌で開ける。
ベッドの上で、リーナちゃんが下になる形だが、それも気にせず。
ただただ、欲のままにリーナちゃんを愛でる。
息が苦しくて口を離した時、初めて見えたリーナちゃんの顔は真っ赤だった。
二人の乱れた息が部屋中に響く。余計に刺激される。
「ラザールお兄様? 急に、どう、しましたか?」
「ごめんね、我慢できなかった」
「えっ、ちょっ、ラザールお兄様?」
「ごめんね、リーナちゃん。壊してもいい?」
「えっ、あっ?!」
もう我慢も限界だ。今まで、ずっとずっと押さえこんでいた物が弾けた。頭の中は真っ白。何考えてるのか、全く分からない。
仰向けに寝るリーナちゃんの上に優しく乗る。真上から眺めるリーナちゃんの顔は、新鮮な表情。
向きだって、普通に過ごしてたら、こんな風に見る事はない。ベッドの上に散らばる髪が可愛さを引き立てる。
何もかもが新しい。リーナちゃんの頬をそっと撫でる。
「僕の事、嫌い?」
「そんなわけ、ありません! ラザールお兄様になら、私」
「リーナちゃん……」
その時、軽いノックの音が聞こえた。パッと我に返る。
「ラザール様、此方に居らっしゃいますか?」
「えっ?! ああ、うん!」
「ならよかったです。何処に行かれたのかと思いました。では」
アンジェラの足音が遠ざかり。二人はそっと顔を見合わせた。
「……。ごめんね、リーナちゃん」
「ラザールお兄様、私も、です」
「帰る、ね」
「あ、はい」
自分の部屋に戻ってから、僕はベッドに転がって顔を赤らめた。
「一体、僕は何をしようとしていたんだ……」 
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